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白鷺と鶴と

会津包囲③

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 会津・猪苗代城。

 東から攻め込んだ南部・相馬軍は郡山近辺をすぐに突破した。その数は四千ほどであるが、立ちはだかる蒲生家の兵士は意気上がらないため、簡単に突破を許したのである。

 翌日の朝には、早くも猪苗代近辺まで到着していた。

 とはいえ、南部利直の表情に油断はない。

「猪苗代城を何日で落とすことができるか…」

「この様子なら、すぐに落とせそうではありますが…」

 肩を並べている相馬利胤が楽観論を述べるが。

「いや、あまりにも手ごたえがなさすぎる。恐らく主力は猪苗代か鶴ヶ城に集めているのだろう」

「左様でございますか」

「我々は引き続き猪苗代へ進軍を続ける。相馬殿は、伊達・上杉軍を案内してほしい」

「分かり申した」

「しからば、ご免」

 南部利直は自軍に対して、猪苗代への進軍を命じるのであった。



 西から攻め入った軍勢もすぐに喜多方までは到着した。

 そこから鶴ヶ城のある若松へと進軍していくことになる。

「さすがにこの方面では抵抗も激しいかもしれない」

 松平忠輝もそう予想していたが、この予想は大きく裏切られることになる。

「伝令を派遣しましたところ、鶴ヶ城近辺には敵兵はいないということのようです」

 この報告には、忠輝も驚いた。

「一体どういうことだ? 加藤明成は何がしたいのだ?」

「加藤軍はほぼ全員が猪苗代城に籠っているようです」

「分かった。東西から挟撃して、一網打尽にしてくれよう。よいな、真田殿、酒井殿?」

 忠輝の言葉に、二人も大きく頷く。

 西からの軍は鶴ヶ城を素通りして、そのまま猪苗代に向かうこととなった。

 松平忠輝も、引き続き東に向かおうとしていたが、鶴ヶ城からの伝令がその動きを止める。

「加藤嘉明殿を発見いたしました」

「何? 加藤殿を…」

「いかがいたしましょうか?」

「分かった。向かおう」

 加藤嘉明が今回の謀反と無関係であることは、忠輝のみならず徳川方のほぼ全員の知るところである。

「それにしても、明成も自分の父は殺せなかったということか」

 忠輝は伝令の案内に従って急ぐ。

 そこは会津城下の屋敷であった。中に入ると、嘉明が縛られたうえに猿轡を嚙まされて座っていた。

 忠輝は険しい顔になり、その場にいた者を叱責した。

「何故、このような粗略な扱いをしておるのだ? 謀反人は加藤明成であって、嘉明殿は無実じゃ」

「お、恐れながら、我々としてもこうしたかったわけではございません。ただ、加藤様がご自害なさろうとしたため…」

「何?」

 忠輝が嘉明を見た。

(確かに、息子に幽閉されたあげく、その息子が謀反まで起こしたとなると、そのようになっても不思議はないか…)

「そういうことなら仕方ない。悪かった」

 忠輝は率直に非を認めて、嘉明に近づいた。

「このような扱いをして申し訳ない」

 と一言かけて、猿轡を解いた。

「加藤殿、我々も理非は弁えておる。謀反人は息子であって、加藤殿ではない。しかも、経緯を紐解いてみると江戸の指示にも問題があったという。気に病むことはない」

「上総殿、拙者は謀反のことを気に病んでいるのではありませぬ」

「…?」

「あの愚か者は、十成ら多くの者を斬り捨てていきました。彼らの主として、何もできずにいた己が憎いのでございます…」

「うむ…。それも聞いてはいる」

「それがしだけが残るわけには参りませぬ。どうか、部下と共に行かせていただきたい」

「それはならぬ。それらの者にも家族がおろう。加藤殿が死んでしまっては、誰が残されたものの面倒をみるのだ?」

「しかし、これだけの不始末をしてしまった以上、改易は免れますまい」

「そうかもしれぬが、そうならぬかもしれぬ。先ほども申したが、今回の措置については徳川家にも責任がある。無論会津でというわけにはい
 かぬが、小国で生き延びることはできるかもしれぬ」

 明成は別として、嘉明については豊臣秀頼をはじめ、とりなしに動く者は多くいるはずであった。徳川家にしても明成の処分を放置していたことや、嘉明に対して蒲生家家臣をそのまま採用するよう指示を出したなど、謀反に対する落ち度がある。

(3万石程度で存続というのは十分にありうる話だ)

「…しかし」

「しかし、も何もない。ここで加藤殿が自害しても誰も救われぬ」

「…承知いたしました」

「うむ。ひとまずは我が軍と帯同してもらおう。場合によっては高田で預かることになるかもしれぬ」

 そのことについて、誰かに文句を言われることもないだろう。忠輝はそう思った。



 若松で戦いがなかったこともあり、松平・真田・酒井勢も東に、猪苗代へと向かう。山間を抜けてくると、南に猪苗代湖が大きく広がり、その紅葉に目を奪われる。

「あれが猪苗代城か…」

 その向こうへと視線を送ると、既に南部・相馬勢が到着していた。気づいたのであろう。向こう側の軍からこちらへと近づいてくるものがある。敵城を前にして大胆な行為ではあるが、城兵は城から動かないようで遠巻きに動く分には何も起こらない。

「上総様」

「おお、南部殿か。首尾はどうじゃ?」

「東側の町はほぼ支配下に入っております。程なく、伊達・上杉の本隊も到着するころかと」

「うむ。城は動く気配もないようであるし、揃い次第強攻をかけるとするか」

 忠輝は猪苗代城へ視線を送った。籠城を決め込んでいるのか、城は静かなままである。あるいは無人なのか、とも思えるほどである。

「…開城の使者は送ったか?」

「いいえ。先に伊達様の方で二度使節を送りましたが全員斬首されたため、もうそうするに及ばずと」

「なるほど…。つくづく理解に苦しむ男だ。ならば、義父上と上杉殿を待つとしよう」

「おそらく夕方には到着するものと思います」

「ならば翌朝だな」

 攻城側の方針は固まった。

 松平忠輝は部隊に戻り、方針を伝えて、その日は英気を養わせることにした。



 城内からもその様子は見て取れた。

「遂に来たか」

 猪苗代の天守で、加藤明成が笑みを浮かべている。

「高田の松平忠輝に、南部に、相馬に、おお、あちらを見よ」

 明成が指さしたのは猪苗代湖の向こうである。

「かなり遠いが、宇都宮の奥平の旗もあるではないか」

 そう語る明成の言葉は心底楽しそうであった。

「出撃の準備は整っておるか? まさか、これだけの旅に出遅れるなどというものはおらぬだろうな?」

 明成の言葉に居並ぶ者達が次々に頷く。

 今やまともな考えをする者は残っていない。そういう者はとっくに見限って城を離れるか、あるいは斬られて城の上に浮かんでいる。

 残っているのは、戦の狂気に憑りつかれた者、五〇〇。

「無論でございます。いつでも出られます」

「いや、まだ、伊達と上杉が来ていない。おそらく今晩中にはつくのだろう。明日の早朝に城を出て、突撃をかけるぞ」

 明成の言葉に、多くの者が頷いた。
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