上 下
118 / 155
謀将の子

金沢来訪②

しおりを挟む
 翌朝。

 宇喜多秀家は前夜の酒をものともすることなく、朝から散歩に回っていた。

「殿」

「おお、全登か」

 同じく散歩に出ようとしていたらしい明石全登と鉢合わせになる。

「昨日の話を聞きまして、色々思うことがありました」

「そうか?」

「それがし、どうしても徳川は切支丹の敵と思っていたのですが、確かに松平忠直の側についてはそういうこともないのだと思いまして」

「では、今から金沢を出て、福岡に向かうか?」

 秀家の言葉に、全登は苦笑する。

「さすがにそういうわけには…。殿は、最終的には松平忠直が勝つとお思いなのでしょうか?」

「分からん。そもそも、松平忠直が何をしたいのかははっきり分からぬからな。この点では江戸の徳川の方がはっきりしている」

 秀家は庭の池を見た。昔、この池を見ながら前田利家とまつが仲良く鯉に餌をやっていた様子を思い出す。

「松平忠直が天下を考えて、まっしぐらに突き進むのなら勝つのではないかと思う。越前の忠昌は何といっても弟だし、井伊直孝もつくだろう。秀頼も心情的には忠直に近いはずだし、前田にしても後々の立場を考えれば忠直の方がいい。ただ、忠直自身にそこまでの展望があるのかどうか。徳川家光の方が路線ははっきりしている。忠直が優柔不断なところを見せると、家光の方に流れるということにもなる」

「…確かに、関ケ原の時も、形勢は一気に変わりましたな」

「そうだな。もっとも、あの時の西軍は誰が何をしたいのかがはっきりしなかった。わしは漫然としていたし、毛利も覚悟がなかった。逆に治部には覚悟はあったが、それを皆に分かってもらうことができなかった。又左殿もそうだ。もっと言うと、筑前にも他のやり方で主導権を奪う可能性はあったのかもしれない」

 屋敷の方に戻ろうとすると、横山長知がやってきた。

「宇喜多様、本日の午後、豪様と芳春院様が来られますが、お時間は大丈夫でしょうか?」

「時間は無論大丈夫だが…」

 秀家が答える。どの道、今日は豪と会うつもりでいた。

 しかし、秀家にとって意外なのは芳春院である。もちろん、義母であるから、顔見世自体には抵抗はないが、あの女性がなつかしさだけで来るとも考えづらい。

(何かあるのか…。前田家のことに巻き込まれるのは勘弁してほしいのだが…)



 昼過ぎ。

 話の通り、豪が芳春院を伴って現れた。豪は足早く向かいたいという表情が満面にあるが、足取りの重い母親が一緒であるため、どうしてもその足取りは遅くなる。

「私も後から向かいますので、貴女は先に行っていなさい」

 屋敷の入り口で芳春院が言い、豪は「はい」と中に入っていった。そこからは小走りである。



「殿!」

 客間で待っていると、襖が開いた。

「おお、豪!」

 10年ぶりになるのであるが、その顔や様子はほとんど変わっていないように思えた。

「殿! お久しぶりにございます」

 駆け込むかのような勢いで、手前に座った。

「いや、全く…久しぶりになるのう。そなたのお陰もあって、どうにか生き延びることができた」

 答えながら、思わず目頭が熱くなる。

「すまぬのう。息子二人は江戸と八丈島に待たせてある。二人で会いに行く方がいいとも思って、な」

「はい。それで殿、今後はどうされるのですか? この金沢で暮らすのでしょうか?」

 単刀直入な質問が飛んできた。

「うむ。わし個人としてはどこか寺にでも入って暮らそうと思っている」

「寺に、ですか?」

「今更侍に復帰しようという気はない。どうしてもというのなら秀継を侍にして、わしは隠居したい」

「殿、寺は困ります。異なる信仰だと、死んだ後も別々のところになってしまうかもしれません」

 豪が渋い顔をした。

 それで秀家も思い出す。彼女が切支丹であり、自らもほぼそうであるということに。

「ああ、そうか。それならば、対馬にでも行くとするかのう」

「金沢にだって、切支丹の施設はあります」

「ううむ…」

 金沢に滞在することはない。秀家はそう思っていたが、妻との会話では押され気味になる。

「分かった。金沢にいることも考えてみるか」

「殿!」

 豪が首筋に飛びついてきた。

「…ゴホン」

 廊下の方から咳払いがした。振り向くと、芳春院が渋い顔で部屋の中を覗いている。

「あ、母上…」

 豪は秀家から離れたが、悪びれる様子などはない。

「何か話があったのですよね。私は少し、筑前様と話をしてきます」

 豪はそそくさと離れていき、廊下を歩いていく。すぐに「大膳!」と横山長知を呼びつけるような声が聞こえてきた。案内させるつもりなのだろう。



 部屋の中で芳春院と二人になる。

「…元気なようで結構なことです」

「ははは…。義母上様もお元気なようで、安心いたしました」

「どこが元気なものですか。毎日の生活も大変で、これがないと動くこともままなりません」

 芳春院が杖に視線を向ける。

「前田家の先行きも不安でありますし、私も早く殿のところに行きたいと毎日思う日々ですよ」

「いえ、まあ、それは…」

「それに利政のこともありますし…」

「そうですね」

 同意はしたが、中々難しいとも思った。

 自分が赦免されているわけであるから、本来なら徳川が前田利政を許さないということはないはずである。ただ、前田家の場合は大坂の陣で秀忠を死なせたという事情があるので、秀家とは違う形で取り扱われる可能性もある。

 もちろん、利常が無視して利政を立てることもできるが、徳川家を無視するということは芳春院にとっては受け入れがたい話である。

(前田利政も京で隠居しているのだし、私同様、それほど未練はないのではなかろうか?)

 という思いもあり、京に立ち寄らずにここに来たことを改めて後悔した。

「今の殿で、前田家が大丈夫なのでしょうか…?」

 芳春院は再度愚痴をこぼした。

「私が見る限りでございますが、大丈夫だと思います」

 秀家ははっきりと答える。

「確かに前田家の天下というのは難しくなっているとは思います。ただ、それは筑前殿の責任ではないでしょう。松平忠直という理解しがたい人物がいた不運でございます」

「松平忠直という人物?」

「はい。私も実際に会ったことはありませんが、彼の者は、自分の家をどうでもいいと思っているとんでもない人物のようでございます。反面、どうでもいいと思っているので正しいこともできるのです。筑前殿も多分に変わったところはありますが、それでも、前田家をどうでもいいなどということはいたしません」

「正しいことと、家のためになすことは違う、ということですね」

「左様でございます」

「前田は家名を残すことができるのでしょうか?」

「それは間違いありません。誰が勝とうと、前田を潰すことはできません。むしろ、そうしようとするものがいれば、それは好機になるかもしれません」

「…そうですか。宇喜多殿がそういうのなら、安心しました。正直、宇喜多殿を家老にして殿に意見を言えるようにした方がいいのではないかとも思いましたが…」

「そのような必要はありませんよ。私は関ケ原で西軍を潰したような者ですので、かえって前田家のためになりませぬ」

 秀家が苦笑すると、芳春院も「そうでしたね」と安心したような笑い声をあげた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

鵺の哭く城

崎谷 和泉
歴史・時代
鵺に取り憑かれる竹田城主 赤松広秀は太刀 獅子王を継承し戦国の世に仁政を志していた。しかし時代は冷酷にその運命を翻弄していく。本作は竹田城下400年越しの悲願である赤松広秀公の名誉回復を目的に、その無二の友 儒学者 藤原惺窩の目を通して描く短編小説です。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...