上 下
116 / 155
謀将の子

越前の弟

しおりを挟む
 但馬、豊岡城。

 立花宗茂や徳川義直は依然としてこの地で毛利軍と睨み合いを続けていた。

 とはいっても、若狭と丹波のことも含めて小康状態となっており、しばらく動く見込みは薄い。立花宗茂としては、一度江戸か福岡に戻りたいとも考えていたのであるが、そうできない理由は徳川義直にあった。

「この度の敗戦はわしの責任である」

 と言い出し、そうではないと言っても聞かない。

 そのうえで再戦のために勉強したいと兵法書を携えてやってくるので、宗茂としても放置ができず相手しているうちにずるずると時間が過ぎてしまっていたのであった。

 ちなみに、義直は同じ理屈で藤堂高虎には政務の書物などをもって回っており、昼から夕方にかけて毎日兵法や政務の勉強をしていた。

「それはいいのでござるが…」

 宗茂が夜、高虎と酒を酌み交わしながら溜息をつく。

「こう毎日だと、さすがに拙者も疲れてくる…」

「それがしも…。領国のことも気になるし…」

「藤堂殿はご子息が若かったですな」

「左様。まだまだ、ひよっこでございます。誰かと交代することはできぬものですかなあ」

 藤堂高虎はよほど領国のことが気になるらしい。もっとも、半年以上、離れているという現実を考えれば無理はない。

「しかも、毛利はしばらく様子見しそうであるし」

 高虎が溜息をついた。



「失礼いたします」

 二人が更に話をしているところに、門番の兵士が入ってきた。

「先ほど、彦根の真田様からの伝令が来まして、これを立花様にお渡ししてほしいと」

「真田殿から?」

 宗茂はけげんな顔をして受取り、書状を開く。高虎も様子を見る。

 読んでいるうちに、宗茂の目が見開かれた。

「…赦免された宇喜多殿が真田殿のところに来て、対毛利の策を授けたらしい」

「宇喜多殿が?」

 高虎が面食らった顔を見せた。

「10年以上も表舞台から消えていた宇喜多殿に、毛利の何が分かるというのだ?」

「いや、ただ、真田殿の書かれていることを見ると、出鱈目ではなさそうだ」

 宗茂が高虎に書状を渡す。読んでいるうちに高虎も、小さく唸る。

「…なるほど。確かに、わしらは目の前のことに拘泥しすぎて、分かるはずのことを見失っていたのかもしれぬのう」

「今から準備しておいた方が良さそうであるな」

 宗茂の言葉に高虎も頷く。

「しかし、真田殿…ではなくて宇喜多殿か。水戦が得意なものでも船を出されるのは嫌なものであるというのはどういうことであろう」

「…さて、それがしも分からぬが、何か単純なことを見落としているのかもしれぬのう」

「それにしても、宇喜多殿は徳川のことを嫌っているのではないかと思っていたが、どうして真田殿にそのようなことを教えたのであろう?」

「…さて、とにかく、もう一つの言葉を考えてみよう」

「そうであるな。酒もなくなってきたし、今宵はここまでにしよう」

 二人は続けざまに立ち上がり、部屋を出て行った。



 越前・北ノ庄。

 松平忠昌はその日も朝から日課としている木刀の素振りを行っていた。夏の陣が終わってから、毎日欠かさず行っている日課である。

 一通り終えて、庭から戻ってきたところに、弟の直政がいた。不思議そうに首を傾げている。

「どうしたのだ?」

「兄上、先程門番から報告があって、実は昨晩、宇喜多秀家が城に来ていたということなのですが」

「宇喜多秀家?」

 もちろん、忠昌も宇喜多秀家が赦免されたという話は聞いているが、そもそも忠昌は宇喜多秀家を見たこともないし、どんな人間であるかもはっきりと分かっていない。関ケ原で西軍にいたという歴史的事実以外、縁もゆかりもない人物である。

「本人が、時間も時間ゆえ、明日の昼くらいにもう一度来たいと申していたそうです」

「北ノ庄に何の用なのだ?」

 と弟に問いかけて、先程から不思議そうな顔をしていたのはこのことであったのかと合点が行った。

「丹波にでも聞いてみるか…」

「先ほど会ったので尋ねてみましたが、丹波も宇喜多秀家のことは全く知らないということでした」

「…では、どうすればいいのだ?」

 家老ですら知らないとなってくると、全く見ず知らずの人間ということになる。そもそも本人であるかどうかも分からない。

「とはいえ」

「とはいえ、何だ?」

「もし、兄上であったなら…」

「むう…」

 忠昌が小さく唸った。

「宇喜多秀家は宗家にとって望ましからぬ人物である可能性がある。ということは、兄上にとって望ましい人物ということになる」

「はい。多分、偽物だとしても良いではないかと言いそうです」

「…入れるしかないか」

 忠昌の言葉に、直政も頷いた。しかし、二人ともどこか嫌そうな顔もしていた。


 昼を過ぎた頃、宇喜多秀家が門番に言っていた通りにやってきたという報告が入り、忠昌は城に入れるように命令した。

 少し待っていると、精悍な顔をした男が連れられてきた。

(ふうむ…。歳は50近いと思うが、しっかり鍛えられていて隙はなさそうだ。流人となりながらも、自らを鍛錬していたということか…)

 もちろん、忠昌は秀家の体つきが農作業によるものだとは分からない。

「宇喜多秀家と申します。この度、江戸の家光様のご厚情を受けて赦免されまして、全国を回っております。この度は金沢に行く途中、越前様のことを思い出しまして、一度お会いしようと思って訪ねてまいりました」

「うむ…。しかし、越前にどのような用向きで?」

「いえ、特にこれということはありません。ただ…」

「ただ?」

「私はこの後、金沢に行く予定でございますので、もしかしたら前田家の者として、今後お会いすることもあるかもしれないかと…」

「うーむ…」

「時に、松平様は前田家のことをどうお思いですか?」

「前田家のこと?」

「はい。現在、同盟関係にあるということではございますが、前田家を挟み込む形で越前と高田があります。少し西で毛利が攻め込んできているのに越前が動けないのは、前田のことを警戒しているからではないかと思いますが」

「それはその通りだが、仕方ないとしか思っておらん」

 忠昌は思ったままを答えて、次いで、どう答えたものかを考える。

(正直に言うべきか、それとも誤魔化すべきなのか…)

 しかし。

(わしが誤魔化してもすぐに分かってしまうか)

 と思い、正直に答えることにした。

「今はうまく行っていないが、例えば徳川の家臣にも昔はうまく行っていなかった連中はいる。前田も今は敵だが、そのうち良くなるかもしれんし、永遠にうまく行かないかもしれないが、それについてわしがどうこう言うことではない」

「……」

「と、我が兄なら言うのではないかと思っている。越前の当主は兄であるから、その方針に従うまでのことだ」

「…左様でございますか」

「それが何か?」

「いえいえ、これは私の好奇心でございますゆえ、ありがとうございます」

 秀家は頭を下げた。

 その後、忠昌も話題がないので当たり障りのない話をして、半刻ほどを過ごした後退出していった。

「ふうむ、何であったのだろう?」

 一人になった後、忠昌は首を傾げた。



 北ノ庄を出た秀家が振り返る。

「弟も中々の者のようだのう…」

 そうつぶやくと、金沢へと足を進めていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

鵺の哭く城

崎谷 和泉
歴史・時代
鵺に取り憑かれる竹田城主 赤松広秀は太刀 獅子王を継承し戦国の世に仁政を志していた。しかし時代は冷酷にその運命を翻弄していく。本作は竹田城下400年越しの悲願である赤松広秀公の名誉回復を目的に、その無二の友 儒学者 藤原惺窩の目を通して描く短編小説です。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...