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2章・アメリカ社会とスポーツ前史
燐介、南部の陰謀と後の英雄に遭遇する
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リンカーンに旅費まで出してもらい、俺達はニューヨークへと戻ってきた。
ニューヨークでも、日本からの珍客はすっかり有名人になってしまっていたらしい。ニューヨークに着いた途端に記者に取り囲まれる。ペリーに会いたいという旨を伝えると、誰か直接伝えに行ってくれた。
こう、人を使いまくる状況というのも気が引けるが、メールも電話もない時代、一度取り逃すと簡単に半年くらい会えないというのはよくあることだ。心置きなく甘えさせてもらうこととしよう。
記者達を引き連れて、ペリー家の屋敷を目指すことになる。
「こう、毎回毎回誰かがついてくると、殿様にでもなった気分だなぁ」
総司が言う。
確かに参勤交代で江戸を出入りする大名は人数を連れている。それと比較するとかなり小勢ではあるが、自分達が連れていると思うと妙に威張りたくなってくるのも事実だ。
ニューヨークの港から、ペリーの屋敷までは馬車で向かうことになる。
ここも記者達が同行してくれるので、道に迷う心配がないのは有難い。
と思ったところに落とし穴があった。
記者達の先導で、馬車は東に向かう。
市街地を出て、人気のない山の方へと向かっていった。
おや、ペリーはこんなに人気のないところに住んでいたのだろうか、と思った途端に総司が険しい顔で声をかけてくる。
「燐介、どうやら、こいつらは俺達を殺すつもりだ」
何?
「松陰さん、一太。刀を」
総司の声に二人も武器を取った。
あ、ちなみに刀については当初没収されそうになったのだが、松陰が「この国では誰にだって武器を持つ権利があるのだろう」と言いくるめて、何やかんや持てている。
それにしても、俺達を殺すってマジかよ……。一体何が?
と思う暇もなく、馬車を御していた記者がおもむろに振り返って、何かを向けてきた。
ヤバイ! 拳銃だ!
バーンという音が鳴り響く。思わず漏らしてしまいそうなほど恐ろしいが、幸い昔のものなので命中率は高くないらしい。少し右側を抜けていく。
外れたところを総司が一気に飛びついて切り倒す。
「松陰さん! 馬車を走らせて!」
と、叫び、どこに隠し持っていたのか、小太刀《こだち》を前方の馬車の御者めがけて投げつけ、これが命中する。
その間に松陰が御者の位置に座り、馬を走らせようとするが、どうやらアメリカ式馬車の勝手が分からないらしい。全く動かない。
そうこうしている間に前後の馬車に乗っていた記者を装った悪漢が銃を撃ちながら近づいてくる。
これはまずい……。馬車が動かない以上、近づかれてしまえば終わりだ。
「ヘヘヘ、黄色い連中が、奴隷共の味方なんぞしやがってよ……」
一人がそんなことを口にする。
こいつら、南部の連中だったのか!
そうか。松陰が協力して発表されたリンカーンのコメントを恨んで、俺達を襲撃してきたというわけか。
幕末日本がやばいところだということは警戒していたが、考えてみれば南北戦争前後のアメリカも相当に不穏なところだったのだ。
完全に油断していた……
「どけ、どけー!」
その時、馬が駆けてくる音とともにガーン、ガーンと銃声が響いた。
音の方向を見ると、俺より少し年上くらいだろうか、少年とも言うべき男が馬にまたがり、銃を乱射している。
悪のモブキャラと、かっこいいキャラの違いなのだろうか、狙いをつけたあいつらの銃は一発も当たらなかったのに、適当に撃っているかに見える少年の銃が悪漢の一人に当たった。
予期せぬ援軍の予期せぬ一撃に、相手はびびってしまったらしい。
「て、撤退だ! 素性を明かすわけはいかん!」
と言って、銃弾を受けて呻いている男を馬車に乗せ、すぐさま逃げ出してしまった。
「チッ、南部の連中め。逃げ足だけは早い……」
少年は逃げて行った馬車を見て舌打ちをした。
やはり歳は俺達より少し上くらいだろう。制服を着ているところを見ると軍学校の生徒だろうか。
「おかげで助かったよ」
俺が声をかけると、相手はニッと口の端を動かす。
「噂の日本人達がいるじゃないかと思ったら、明らかに南部の連中に連れられていくんだからびっくりしたよ。訛りで分かるだろ?」
「……いや、分からないって」
言われてみると、ちょっと聞きにくい発音だったかな~。慣れない言い方だな~とも思ったが、俺達はそもそも何とか英語に食らいついている四人組だからな。少し聞いただけで「これは南部訛りだ」とかそんなこと、分かるわけないって。
「何だ? 分からないのか? 情けないな」
「うるさい」
助けてもらったことには恩があるが、ちょっと口が悪い。仲良くなるのは難しいかもしれない。
「とにかく助かった。礼を言うぞ」
松陰が一礼をするが、あまり感銘を受けている感じはない。少年は背丈が175くらいはある。松陰より20センチ高いから、ひょっとしたら松陰のことを小物と思っているのかもしれない。
「恩があるのなら、ちょっと頼みたいことがあるんだけど?」
「……何だ?」
「あんた達、提督に会いに行くんだろ? 俺も連れていってほしいんだ」
何だ?
この少年、俺達にくっついてきてペリーに会いたいっていうのか?
「おまえ、その制服だと軍学校にいるんじゃないのか?」
「そうだ。だけど、提督なんて俺にとっては雲の上の人だから、な」
ああ、なるほど。
確かにペリーは海軍でも一番上かそれに準ずるくらいのところにいる。ペーペーの少年兵が簡単に会うわけにはいかないか。
「連れていくことはいいんだが、誰とも分からん奴をペリーのところまで連れていくのは無理だぞ。せめて名前くらい教えてもらわないと」
「名前? ジョージ・デューイだが?」
「ジョージ・デューイね……」
うん? 何かどこかで聞いたことのある名前のような。
と思ったら、ジョージが両手を腰にあてて威張るように胸を張る。
「覚えておけ。いずれ、この国の海軍のトップになる男だからな」
ニューヨークでも、日本からの珍客はすっかり有名人になってしまっていたらしい。ニューヨークに着いた途端に記者に取り囲まれる。ペリーに会いたいという旨を伝えると、誰か直接伝えに行ってくれた。
こう、人を使いまくる状況というのも気が引けるが、メールも電話もない時代、一度取り逃すと簡単に半年くらい会えないというのはよくあることだ。心置きなく甘えさせてもらうこととしよう。
記者達を引き連れて、ペリー家の屋敷を目指すことになる。
「こう、毎回毎回誰かがついてくると、殿様にでもなった気分だなぁ」
総司が言う。
確かに参勤交代で江戸を出入りする大名は人数を連れている。それと比較するとかなり小勢ではあるが、自分達が連れていると思うと妙に威張りたくなってくるのも事実だ。
ニューヨークの港から、ペリーの屋敷までは馬車で向かうことになる。
ここも記者達が同行してくれるので、道に迷う心配がないのは有難い。
と思ったところに落とし穴があった。
記者達の先導で、馬車は東に向かう。
市街地を出て、人気のない山の方へと向かっていった。
おや、ペリーはこんなに人気のないところに住んでいたのだろうか、と思った途端に総司が険しい顔で声をかけてくる。
「燐介、どうやら、こいつらは俺達を殺すつもりだ」
何?
「松陰さん、一太。刀を」
総司の声に二人も武器を取った。
あ、ちなみに刀については当初没収されそうになったのだが、松陰が「この国では誰にだって武器を持つ権利があるのだろう」と言いくるめて、何やかんや持てている。
それにしても、俺達を殺すってマジかよ……。一体何が?
と思う暇もなく、馬車を御していた記者がおもむろに振り返って、何かを向けてきた。
ヤバイ! 拳銃だ!
バーンという音が鳴り響く。思わず漏らしてしまいそうなほど恐ろしいが、幸い昔のものなので命中率は高くないらしい。少し右側を抜けていく。
外れたところを総司が一気に飛びついて切り倒す。
「松陰さん! 馬車を走らせて!」
と、叫び、どこに隠し持っていたのか、小太刀《こだち》を前方の馬車の御者めがけて投げつけ、これが命中する。
その間に松陰が御者の位置に座り、馬を走らせようとするが、どうやらアメリカ式馬車の勝手が分からないらしい。全く動かない。
そうこうしている間に前後の馬車に乗っていた記者を装った悪漢が銃を撃ちながら近づいてくる。
これはまずい……。馬車が動かない以上、近づかれてしまえば終わりだ。
「ヘヘヘ、黄色い連中が、奴隷共の味方なんぞしやがってよ……」
一人がそんなことを口にする。
こいつら、南部の連中だったのか!
そうか。松陰が協力して発表されたリンカーンのコメントを恨んで、俺達を襲撃してきたというわけか。
幕末日本がやばいところだということは警戒していたが、考えてみれば南北戦争前後のアメリカも相当に不穏なところだったのだ。
完全に油断していた……
「どけ、どけー!」
その時、馬が駆けてくる音とともにガーン、ガーンと銃声が響いた。
音の方向を見ると、俺より少し年上くらいだろうか、少年とも言うべき男が馬にまたがり、銃を乱射している。
悪のモブキャラと、かっこいいキャラの違いなのだろうか、狙いをつけたあいつらの銃は一発も当たらなかったのに、適当に撃っているかに見える少年の銃が悪漢の一人に当たった。
予期せぬ援軍の予期せぬ一撃に、相手はびびってしまったらしい。
「て、撤退だ! 素性を明かすわけはいかん!」
と言って、銃弾を受けて呻いている男を馬車に乗せ、すぐさま逃げ出してしまった。
「チッ、南部の連中め。逃げ足だけは早い……」
少年は逃げて行った馬車を見て舌打ちをした。
やはり歳は俺達より少し上くらいだろう。制服を着ているところを見ると軍学校の生徒だろうか。
「おかげで助かったよ」
俺が声をかけると、相手はニッと口の端を動かす。
「噂の日本人達がいるじゃないかと思ったら、明らかに南部の連中に連れられていくんだからびっくりしたよ。訛りで分かるだろ?」
「……いや、分からないって」
言われてみると、ちょっと聞きにくい発音だったかな~。慣れない言い方だな~とも思ったが、俺達はそもそも何とか英語に食らいついている四人組だからな。少し聞いただけで「これは南部訛りだ」とかそんなこと、分かるわけないって。
「何だ? 分からないのか? 情けないな」
「うるさい」
助けてもらったことには恩があるが、ちょっと口が悪い。仲良くなるのは難しいかもしれない。
「とにかく助かった。礼を言うぞ」
松陰が一礼をするが、あまり感銘を受けている感じはない。少年は背丈が175くらいはある。松陰より20センチ高いから、ひょっとしたら松陰のことを小物と思っているのかもしれない。
「恩があるのなら、ちょっと頼みたいことがあるんだけど?」
「……何だ?」
「あんた達、提督に会いに行くんだろ? 俺も連れていってほしいんだ」
何だ?
この少年、俺達にくっついてきてペリーに会いたいっていうのか?
「おまえ、その制服だと軍学校にいるんじゃないのか?」
「そうだ。だけど、提督なんて俺にとっては雲の上の人だから、な」
ああ、なるほど。
確かにペリーは海軍でも一番上かそれに準ずるくらいのところにいる。ペーペーの少年兵が簡単に会うわけにはいかないか。
「連れていくことはいいんだが、誰とも分からん奴をペリーのところまで連れていくのは無理だぞ。せめて名前くらい教えてもらわないと」
「名前? ジョージ・デューイだが?」
「ジョージ・デューイね……」
うん? 何かどこかで聞いたことのある名前のような。
と思ったら、ジョージが両手を腰にあてて威張るように胸を張る。
「覚えておけ。いずれ、この国の海軍のトップになる男だからな」
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