上 下
39 / 62
2章・アメリカ社会とスポーツ前史

燐介、南部の陰謀と後の英雄に遭遇する

しおりを挟む
 リンカーンに旅費まで出してもらい、俺達はニューヨークへと戻ってきた。
 ニューヨークでも、日本からの珍客はすっかり有名人になってしまっていたらしい。ニューヨークに着いた途端に記者に取り囲まれる。ペリーに会いたいという旨を伝えると、誰か直接伝えに行ってくれた。
 こう、人を使いまくる状況というのも気が引けるが、メールも電話もない時代、一度取り逃すと簡単に半年くらい会えないというのはよくあることだ。心置きなく甘えさせてもらうこととしよう。
 記者達を引き連れて、ペリー家の屋敷を目指すことになる。
「こう、毎回毎回誰かがついてくると、殿様にでもなった気分だなぁ」
 総司が言う。
 確かに参勤交代で江戸を出入りする大名は人数を連れている。それと比較するとかなり小勢ではあるが、自分達が連れていると思うと妙に威張りたくなってくるのも事実だ。

 ニューヨークの港から、ペリーの屋敷までは馬車で向かうことになる。
 ここも記者達が同行してくれるので、道に迷う心配がないのは有難い。

 と思ったところに落とし穴があった。

 記者達の先導で、馬車は東に向かう。
 市街地を出て、人気のない山の方へと向かっていった。
 おや、ペリーはこんなに人気のないところに住んでいたのだろうか、と思った途端に総司が険しい顔で声をかけてくる。
「燐介、どうやら、こいつらは俺達を殺すつもりだ」
 何?
「松陰さん、一太。刀を」
 総司の声に二人も武器を取った。
 あ、ちなみに刀については当初没収されそうになったのだが、松陰が「この国では誰にだって武器を持つ権利があるのだろう」と言いくるめて、何やかんや持てている。
 それにしても、俺達を殺すってマジかよ……。一体何が?
 と思う暇もなく、馬車を御していた記者がおもむろに振り返って、何かを向けてきた。
 ヤバイ! 拳銃だ!
 バーンという音が鳴り響く。思わず漏らしてしまいそうなほど恐ろしいが、幸い昔のものなので命中率は高くないらしい。少し右側を抜けていく。
 外れたところを総司が一気に飛びついて切り倒す。
「松陰さん! 馬車を走らせて!」
 と、叫び、どこに隠し持っていたのか、小太刀《こだち》を前方の馬車の御者めがけて投げつけ、これが命中する。
 その間に松陰が御者の位置に座り、馬を走らせようとするが、どうやらアメリカ式馬車の勝手が分からないらしい。全く動かない。
 そうこうしている間に前後の馬車に乗っていた記者を装った悪漢が銃を撃ちながら近づいてくる。
 これはまずい……。馬車が動かない以上、近づかれてしまえば終わりだ。
「ヘヘヘ、黄色い連中が、奴隷共の味方なんぞしやがってよ……」
 一人がそんなことを口にする。
 こいつら、南部の連中だったのか!
 そうか。松陰が協力して発表されたリンカーンのコメントを恨んで、俺達を襲撃してきたというわけか。
 幕末日本がやばいところだということは警戒していたが、考えてみれば南北戦争前後のアメリカも相当に不穏なところだったのだ。
 完全に油断していた……

「どけ、どけー!」
 その時、馬が駆けてくる音とともにガーン、ガーンと銃声が響いた。
 音の方向を見ると、俺より少し年上くらいだろうか、少年とも言うべき男が馬にまたがり、銃を乱射している。
 悪のモブキャラと、かっこいいキャラの違いなのだろうか、狙いをつけたあいつらの銃は一発も当たらなかったのに、適当に撃っているかに見える少年の銃が悪漢の一人に当たった。
 予期せぬ援軍の予期せぬ一撃に、相手はびびってしまったらしい。
「て、撤退だ! 素性を明かすわけはいかん!」
 と言って、銃弾を受けて呻いている男を馬車に乗せ、すぐさま逃げ出してしまった。

「チッ、南部の連中め。逃げ足だけは早い……」
 少年は逃げて行った馬車を見て舌打ちをした。
 やはり歳は俺達より少し上くらいだろう。制服を着ているところを見ると軍学校の生徒だろうか。
「おかげで助かったよ」
 俺が声をかけると、相手はニッと口の端を動かす。
「噂の日本人達がいるじゃないかと思ったら、明らかに南部の連中に連れられていくんだからびっくりしたよ。訛りで分かるだろ?」
「……いや、分からないって」
 言われてみると、ちょっと聞きにくい発音だったかな~。慣れない言い方だな~とも思ったが、俺達はそもそも何とか英語に食らいついている四人組だからな。少し聞いただけで「これは南部訛りだ」とかそんなこと、分かるわけないって。
「何だ? 分からないのか? 情けないな」
「うるさい」
 助けてもらったことには恩があるが、ちょっと口が悪い。仲良くなるのは難しいかもしれない。
「とにかく助かった。礼を言うぞ」
 松陰が一礼をするが、あまり感銘を受けている感じはない。少年は背丈が175くらいはある。松陰より20センチ高いから、ひょっとしたら松陰のことを小物と思っているのかもしれない。
「恩があるのなら、ちょっと頼みたいことがあるんだけど?」
「……何だ?」
「あんた達、提督に会いに行くんだろ? 俺も連れていってほしいんだ」
 何だ?
 この少年、俺達にくっついてきてペリーに会いたいっていうのか?
「おまえ、その制服だと軍学校にいるんじゃないのか?」
「そうだ。だけど、提督なんて俺にとっては雲の上の人だから、な」
 ああ、なるほど。
 確かにペリーは海軍でも一番上かそれに準ずるくらいのところにいる。ペーペーの少年兵が簡単に会うわけにはいかないか。
「連れていくことはいいんだが、誰とも分からん奴をペリーのところまで連れていくのは無理だぞ。せめて名前くらい教えてもらわないと」
「名前? ジョージ・デューイだが?」
「ジョージ・デューイね……」
 うん? 何かどこかで聞いたことのある名前のような。
 と思ったら、ジョージが両手を腰にあてて威張るように胸を張る。
「覚えておけ。いずれ、この国の海軍のトップになる男だからな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

惑星保護区

ラムダムランプ
SF
この物語について 旧人類と別宇宙から来た種族との出来事にまつわる話です。 概要 かつて地球に住んでいた旧人類と別宇宙から来た種族がトラブルを引き起こし、その事が発端となり、地球が宇宙の中で【保護区】(地球で言う自然保護区)に制定され 制定後は、他の星の種族は勿論、あらゆる別宇宙の種族は地球や現人類に対し、安易に接触、交流、知能や技術供与する事を固く禁じられた。 現人類に対して、未だ地球以外の種族が接触して来ないのは、この為である。 初めて書きますので読みにくいと思いますが、何卒宜しくお願い致します。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...