上 下
11 / 62
1章・渡米を目指す幕末転生少年

黒船来航し、江戸に向かう②

しおりを挟む
「殿、考えていただきたいのですが、本来、未来の土佐に私はいないのです」
「ふむ、そうだろうな」
「つまり、私がいる、ということ自体が未来を変える原因となります。私がいない方が、未来はそのままで済む可能性が高いのです」
「なるほど……」
 豊信は腕を組んで考え始めた。
「また、私が未来を知っているということを、他の者に知られたとすれば、利用される可能性もございます。今、こうして殿が私をお召しになっていることも他の者にとっては怪しいことでございますれば……」
 ここは武士でも上下があることが幸いしている。
 俺の宮地家は坂本家同様、元々は郷士の家柄だから、土佐藩の武士の中でも低い側である。その家の小僧が頻繁に藩主から呼び出されることに違和感を覚える者も多いであろう。
「……なるほどのう」
「私からもお願いいたします」
 おっ、万次郎が俺の側に回ってくれた。
「アメリカ船の情報について、私も燐介から教わりたいことは多くあります。多くの情報を幕閣《ばっかく》の方々に説明できれば、引いては土佐の立場向上にもつながるのではないかと」
 “土佐の立場向上”、この一言は効いたようだ。豊信が膝を打つ。
「よし、分かった。その方ら二人で行ってこい」
 こうして、万次郎が代表、俺がお供ということで、江戸に向かうことで確定した。

 ただし、当然だが二人で行くということはありえない。
 俺は12歳の小僧だし、万次郎は大人だが戦闘能力はない。
 まだまだ序盤だが、日本国内に幕末の気配は漂っていて、世情は不安定だ。街道を歩いていて襲われないとも限らない。土佐から派遣された者が途中で盗賊に殺されたとあっては、土佐の名折れである。
 ということで、護衛が六人ほど選ばれるが、その中に予想外の名前があった。
「い、以蔵も連れていくんですか? まだ子供じゃないですか?」
 岡田以蔵《おかだ いぞう》。
 幕末の有名な人斬りである。
「子供って、おまえの方が余程子供ではないか」
 豊信にビシッと言われてしまった。
 以蔵は1838年の生まれというから、この年数えで16歳である。ただ、満にすると14歳か15歳。この時代だとそうではないが、令和の感覚で言うならまだまだ子供だ。
 と言いたいところだが、体格だけは十分大人であるし、筋トレが性に合っているのか、大人顔負けのパワーももっている。
「……確かに以蔵はまだまだ若いが、二か月前のあの”ほーむらん”を覚えておるだろう? 下手な大人より力強いとわしは思っておる」
 そうだった、あいつ、野球の試合で毎試合すごいバッティングを連発していて、周囲の関心を惹いていたんだった。
 豊信も以蔵のことを気に入っているのか。
 これはちょっとまずいかもしれないな。
 本来の以蔵は俺達より身分が低くて、土佐の武士階級では底辺にいたような男だ。だから人斬りみたいな汚れ役をやらされることになったわけだし、最後は使い捨てのような扱いを受けて処刑されることになった。史実上では、豊信にとってはどうでもいい存在だったに違いない。
 それがこの世界では、結構豊信に好かれている。
 これが人事に影響すると、後の歴史にも影響してくるのではないか……?

 俺が迷っていると見たらしい。
「何だ、以蔵だと都合の悪いことでもあるのか?」
「い、いえ、そういうことはありません」
 と、一応否定するが、頭の中はフル回転中だ。
 以蔵の周辺環境が変わると、やはり都合が悪い。歴史が結構変わるからだ。
 幕末土佐では、一時期、武市半平太一党を中心とした土佐勤王党が大きな勢力をもった。これが行き過ぎて反撃を食らったのだが、最終的に半平太が切腹しなければならなくなったのは、以蔵が捕まってあっさり自白したことが大きい。
 以蔵が捕まらなくて誰も自白しないとなったら、土佐勤王党が持ちこたえるかもしれない、ひいては土佐藩自体の運命が大きく変わってしまう可能性がある。

 ただ、このルートは俺が護衛を断ったからどうなるというものでもない。
 土佐に残れば残ったで、以蔵は筋トレで更にパワーアップして各種競技の花形選手として重宝されるだろう。ますます豊信に好かれてしまう可能性すらある。人斬りになるくらい剣だって強いから豊信直属の剣士として出世してしまうかもしれん。
 そうなると以蔵に暗殺される予定の奴も含めて、幕末の歴史が滅茶苦茶変わってくる。
「分かりました。以蔵についてきてもらいましょう」
 トータルで考えると、ここは以蔵を豊信から切り離した方が良さそうだ。
 出世の糸口になるかもしれないことを考えると以蔵には悪い。別に嫌いだというわけではない。
 ただ、未来が変わり過ぎると困るのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

バスケットボールくすぐり受難

ねむり猫
大衆娯楽
今日は女子バスケットボール県大会の決勝戦。優勝候補である「桜ヶ丘中学」の前に決勝戦の相手として現れたのは、無名の学校「胡蝶栗女学園中学」であった。桜ヶ丘中学のメンバーは、胡蝶栗女学園の姑息な攻撃に調子を崩され…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

三賢人の日本史

高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。 その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。 なぜそうなったのだろうか。 ※小説家になろうで掲載した作品です。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...