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◆第1章 ゆっくりと籠に堕とされていく金糸雀
003.どの世界でも勘違いほど厄介なものはない
しおりを挟むアリスは結局あの後、3日寝込んだ。
「はあ、.....本当に貧弱だわ」
1日で治すつもりだったというのに結局熱が中々下がらなかった。まさか3日寝込んだ後、1日様子見で学院を休むことになってしまうとは.....。
(ショックすぎる。学院に行きたかった.....)
2日学院を休むことになってしまったことに、アリスはただただ落ち込んだ。エイダとミラを休みの日以外に見れないなんて何かの拷問かと思ったくらいだ。
(女の子が足りないわ。ああ、ツンデレ、あの2人のツンデレを見たい.....。かわいいお2人を気が済むまで眺めたい)
ショックのあまり少々思考が変態チックになるくらいには、アリスにとってこの2日間はとにかく苦痛であった。
「アリス、今日は本当に大丈夫なの?」
「見てくださいお母様。今日は絶好調です!」
「顔色は確かに良さそうだけれど.....。クラウス、今日はアリスを気にかけてあげてね」
「ええ、母上。俺に任せてください」
アリスは母と兄に囲まれながら、にこにこと明るい笑みを浮かべることに必死になった。
(見て!私、超元気!ハイパーウルトラ元気だからっ!!)
アリスの家族はとても過保護だ。うん、少し度が過ぎるとは思っている。ここで少しでも不調そうに見られてしまえば更にもう1日ほど休まされそうで内心ビクビクしているのだ。
(お母様は普段は穏やかな人なのに、体調に関しては鬼のように恐ろしく変わってしまうのよね。まあ、それだけ思われていると思えば、ありがたいことではあるけれど)
「アリス、絶対に無理をしてはダメよ?」
「ええ、もちろんですわ」
母は遂には馬車にまで着いてきて、アリスに何度もそう言い聞かせた。アリスは首を縦にふりまくったせいで、少々首を痛めた。
(友人に付き合わされたライブでヘドバンした時よりはマシだわ。頑張って頷け!そしてにっこり笑うのよ、アリス!)
馬車さえ動いてしまえば私の勝ちだ!と意気込んでアリスはただひたすら出発の時刻まで母の話を聞いて首を縦に振りまくった。
◇◆
「はぁぁあ、この時間が1番幸せ~」
アリスは声が届く範囲に誰もいないことを確認すると、そう零してゆるゆると口元を緩めた。
今はお昼休み。昼食を済ませたアリスはいつものように北校舎近くのベンチに座る。目の前に広がるのはやはりエイダとミラのお昼休み恒例になりつつある闘いである。
アリスは病み上がりということもあり、膝掛けをしっかりと準備してまでいつもの定位置のベンチに座って2人に熱い視線を送る。
(毎日毎日同じ時間に同じ場所へ偶然を装ってやって来ては口喧嘩をするだなんて、お2人とも本当に素直でないのね)
アリスは相変わらずニコニコしながら「尊いわ」と呟いた。
「ミラさん、いい加減その口調どうにかされた方が良いですわよ?」
「え~、エイダ様にしかこんな態度はとっておりませんけど~。特別ですよ~」
「と、特別!?...それは嬉し__、いや、ダメですわ!あなたも男爵令嬢。礼儀作法はきちんとしてくださいませ!」
(今、特別って言葉に反応して嬉しいって言いかけたよね.....)
こういうたまに出てくる素が更に可愛らしくて、アリスが2人の闘いを見逃せない理由の一つにもなっている。
「__やあ、シェッドスフィア嬢。体調はどうですか?」
「あ、あら、オーウェン様。今日はとても調子が良いですわ」
「そう。それは良かった」
「ご心配をお掛けしました」
アリスがぼんやりと2人を相変わらず見つめ続けていれば、やはりこの男がやって来た。オーウェンが、彼の後ろを着いてきていた護衛に向かって軽く手を挙げれば、彼は軽く頭を下げ、慣れたようにいつもの定位置へと歩いていった。
オーウェンはいつものようにアリスの隣に腰掛ける。アリスはエイダやミラも気になったが、視線をオーウェンに向けたままにした。オーウェンは嬉しそうにニコリと綺麗な笑みを浮かべた。
「たった2日、いや休みも入れれば4日か。それだけの時間でもシェッドスフィア嬢に会えないのは中々に寂しくて」
「ふふ、私もですわ」
「__え?」
「オーウェン様とベンチにこうやって座る時間は結構好きなんです。お友達とこうやって過ごせる時間は何より貴重ですもの」
オーウェンはアリスの言葉に途中まで惚けていたが、アリスの言葉を最後まで聞いて何故か急にガクリと肩を落とした。
(え、えー!?なに、何!?__私、何か変なこと言った?.....あ、友達って言っちゃった。王子様相手にめちゃくちゃ馴れ馴れしい。不敬だ、不敬だわ!)
「お友達、__友、か」
「オーウェン様っ!申し訳ございません!私なんてことを」
「いや、いいんです。私の行動力や示し方がまだまだ足りていないということですから。__外堀を埋めるだけではやはりだめだな。ここはやはり強硬手段.....」
「??オーウェン様、最後の方はなんと...?」
(何だろう。オーウェン様まで数日前のクラウス兄様のような黒い笑みを浮かべているわ。しかも何やらボソボソ言ってるし.....)
「まあ、今はお友達でも良いですかね」
「へ?」
(今、は?)
アリスの頭の中にはもう既にエイダやミラのことはなかった。ただただポカンとオーウェンを見つめる。オーウェンは「ふう」と息をつくと、アリスを見た。
「そうだ、シェッドスフィア嬢」
「は、はい!」
「お友達であることを許してくれるなら、名前で呼んでもいいかな?」
「も、もちろんですとも!お好きなようにお呼びくださいませっ」
「では、アリス」
「....っ」
「と、呼ばせてもらいますね」
「は、はい」
(いいのか、王子?私なんかとお友達になって。.....いや、オーウェン様が良いのならいいんだけど)
アリスはコクリと小さく頷いた。オーウェン様が気にしないのならいいや、と彼の様子を見て思う。何故か『お友達』という単語を異様に強調してくる気がしたが、まあ良いだろう。
「アリス?こんなところに.....って_オーウェン様」
「やあ、クラウス殿」
「く、クラウス兄様」
校舎の影の方からアリスの名前を呼ぶ声が聞こえて振り返る。そこにはアリスの方に歩いてくる兄、クラウスがいた。
クラウスはどうやらオーウェンが角度的に見えていなかったようだ。アリスの横にオーウェンがいることに気づき、慌てて頭を下げた。オーウェンは特に気にしていないようで「楽にしてくれ」と声を掛ける。
「お、オーウェン様は妹と何を.....?」
「何、か。.....いや、ただ日向ぼっこをしていただけだ。ねえ、アリス」
「そ、そうですね」
「アリス、__呼び捨て?」
(く、クラウス兄様、また小さい声で何か言ってる。それに何故かちょっと不機嫌な気が.....。や、病み上がりなのにこんな所にいるから怒らせたかも...)
「ああ、俺とアリスはお友達だからね。今は」
「お、ともだち...?今は?」
オーウェンの言葉を聞いて、クラウスはばっと勢いよくアリスに視線を投げた。アリスはそれに小さく「ひっ」と声を上げる。アリスは顔から血が引いていくような感覚を覚えた。
(めちゃくちゃ怖いぃぃ!だよね、やっぱりお友達って可笑しいよね!)
「どうしたアリス。顔色が悪いな?兄様が医務室に連れて行ってやろう」
「.....いえ、別に体調が悪いわけでは...」
「それはいけない。アリス、俺が連れていきましょう」
「いえ、オーウェン様のお手を煩わせる訳には.....」
気がつけばアリスの手はオーウェンとクラウスにそれぞれ掴まれていた。何故か2人はバチバチと火花を散らしている。
軽く手をそれぞれの方向に引かれながらアリスは心の中で涙する。アリスの頭の中には処刑法の1つある『八つ裂きの刑』が浮かんでいた。別に四肢を拘束されて引っ張られている訳では無いが、普通にこの状況は辛い。
(なんでこうなった?いや、もしこれがラノベとかの世界ならこの展開は.....)
アリスは現実逃避気味に前世の記憶を辿る。それからオーウェンとクラウスをそれぞれ見遣る。
___『いやあ、尊いよね。...え?何がって。それはね!』
頭の中に仲の良かったあの子の声がゆっくり再生された。そして1つの可能性に思い当たった。
(__ふふふ。私、鈍感じゃないからどういうことか分かったわ)
ちなみに彼女は自覚はないがめちゃくちゃ鈍感である。しかし、どう脳が働いて作用したのか、彼女の中のそれは盛大な勘違いともにアリスに行動させる。
「うわ」
「おっと」
アリスは2人の手をそれぞれ掴み返す。急なことに2人は手を慌てて離したが、アリスは気にせず握ったままクラウスとオーウェンの手を繋げた。そして2人の繋がった腕の下を膝掛けを忘れずに掴んでサッと通ると、2歩ほど前に行きそして2人を振り返った。
「あ、あのアリス?」
「.....えっと、これは?」
ぽかん、とアリスを見つめる2人にアリスはただただニッコリとそれはもう素敵な笑顔を浮かべた。エイダとミラの闘いをいつも見ていたせいで、2人も彼女たちみたいに実は仲良くしたいのに中々歩み寄れないのでは?とアリスはひっそりと考えた。
「ふふ、__お幸せに。では失礼しますわ」
アリスは礼をしてからひざ掛けをたたむ。そしてオーウェンの護衛にも頭を下げた。彼は何故か困惑気味に顔を歪めていたがアリスは気にしない。
__『男同士もありなのよ!.....え、あまり興味無い?まあまあそう言わずに__』
(まあ私はあまり興味なくても、誰を愛するかは個人の問題だもの。私は偏見しないわ、寧ろお2人なら応援するわ!)
そんなことを考えながら、アリスはさっさとその場を後にした。残念ながら彼女の勘違いに気づき、訂正するものはこの場にはいなかった。
「素早かったね」
「ですね」
「笑顔が素敵だったし」
「ええ、我が妹ながら.....」
「で?この手とあのお幸せにって何だと思う?クラウス殿...」
「さ、さあ.....?」
去っていくアリスの後ろ姿を見ながら、男2人はただただ困惑していた。
__後日、オーウェンとクラウスが呆けてしばらく手を繋いでいたあの出来事は、こっそりアリスをオーウェンの恋人としてクラウスが認めて握手した、というねじ曲がった話になり、しばらく噂されることになる。
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