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◆2章.まだ色付かない心に溺れて

016.灰になるその日までに愛を

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「セシーリア様、こちらは第2図書館でございます」
「は、はい……」
「それでこちらから見えるのはアーリア庭園でございます。こちらには温室がございまして__」
「……」


(このお城、広すぎる……!)


 婚約式から数日経った。私の家族含め、城に滞在していた者たちも帰り、いよいよこのお城での生活が始まった訳だが色々と忙し過ぎる。

 まずは殿下の婚約者となったことで客室から婚約者が滞在するとき用の部屋を移動することになった。そこへの荷物の移動などはまあ侍従や侍女たちがしてくれたのでいいが、その合間に次々と私の新しい付き人や護衛が紹介されたり、お城での色々な役職の方と改めて挨拶をしたりした。

 それが終わればこのお城や国でのルール、入っては行けない場所、触れてはいけないものの確認や、殿下のスケジュールやお仕事の内容の把握、自分のこれからすべきことの説明があった。その合間に両陛下に謁見し、殿下と食事をとり、そして皇城の案内が行われたのだが……。


(皇城内の案内が今日で3日目ってどういうこと?)


 私が想像していたよりも城はあまりにも広すぎた。まずはどこに何があるかの把握が必要だと案内されている訳だが、庭園や図書館、サロン、ホール、聖堂、塔などは複数あるし、場所によっては馬車移動である。似たような造りの場所もあり、正直何が何だか分からないし、1人にされたら確実に詰む。

 3日間使ってやっと半分が終えたらしい、と聞いて頭を抱えた。いや、国の中枢だし施設が多いのは分かるよ。国お抱えの騎士団や魔法使いたちの訓練場に研究施設、教育施設、寮、食堂とかも施設にあるし、高位治癒士たちがいる施設もある。それ以外にも貴族たちが執務する場所、会議室、働く者たちの宿泊施設、離宮などそれはもう膨大な敷地と施設が要るのだって分かる。


(さすが大陸一の帝国アーシェラス、私の出身国とは何もかも規模が違いすぎる)


 決して私の出身国カシスティアの規模が小さいわけではない。寧ろこの大陸ではアーシェラス帝国とカシスティア王国が他国よりも桁違いに発展している。この二つの国はどれだけ発展しても自然が多くあり、魔力に溢れているから魔法が使えるものが多く、その分発展している。

 他国は随分の前の内戦や戦争で自然を破壊し、魔力が溜まりやすく、そして循環させることに必要不可欠な森などの自然から妖精や動物を追い出し破壊してしまっていることで勢いを失ってしまった。そして、私の前世の記憶にあるように科学が発展している訳でもないので、生活レベルが違いすぎるらしい。


「セシーリア様、少々休憩致しましょう」
「そうね」

 皇城は方角である程度エリアが別れており、北と西がようやくある程度見てまわることができた。やはり時間が掛かっているのは、私の体質のせいであるだろうから申し訳ないと思ったが、それよりも殿下を受け入れられる人間が現れたことへの喜びの方が大きかったらしく、殿下の周りの方々はそれはもう歓迎してくれた。



「おいしい……」


 お茶を一口飲んでほっと息をつく。現在休憩しているのはガーネット庭園内のガゼボだ。どうやら複数ある庭園や噴水、塔などは皇帝陛下のご寵愛を受けた皇后たちの名であるらしい。

 それの一つ一つがどれも美しく、そしてそれぞれに個性がある。今までの皇帝たちがその妃に合わせた象徴を至る所に残しているらしい。向こうの庭園は色とりどりの花が多かったが、私の今いる庭園は白を基調とした花が多く植えられている。庭園の真ん中の噴水もシンプルなものだった。


「セシーリア、やはりここにいた。俺も一緒にいいかい?」
「の、ノア殿下!ええ、構いませんわ」


 ぼんやりと庭園内を眺めているとそこにノア殿下がやってきた。3人ほど座れるだろうベンチに座っていた私の隣に腰かける。


「どうだい、我が国の城は?」
「昨日もお話した通りとても素敵だと思います。場所ごとに個性がそれぞれあって、ゆっくり眺めていたら時間がいくらあっても足りないくらい……。あと、広く過ぎて1人にされたら迷子になって行き倒れてしまいそうです」


(まあ、本当の意味で一人になることなどありはしないだろうけど)


「ふふ。その時は俺が君のことを探し出してみせるよ」
「……ありがとうございます」


 キラーンと輝く殿下の笑顔に照れつつ、私もはにかむ。一緒に過ごせば過ごすほど、"魔王感"も"悪魔感"もあまり感じない。時々やはり皇族らしさも見られるし、物凄く圧が強いときや言葉が強い時もあるけれど噂されるほどなのだろうか。そう思えてならなかった。


「セシーリア」
「……で、殿下」


 ちゅ、という音が額のところから聞こえてくる。


(は、始まった……!)


 ちなみに私の1番の悩みはこの時間である。そーっと殿下や私に付いていた人達が空気を察して遠巻きになる気配がした。

 髪を掬われ口付けられ、梳かれる。耳に掛けられたかと思えば、腰を引き寄せられ目元やら耳やらにも殿下のお顔が近付いてくる。皇后陛下が「ノアは今まで人に触れ合う機会がなかったから、反動で大変になるかもしれないわ」的なことを話されていたが、全くその通りのようだ。


「ひゃ、殿下……」


 __どうもこの殿下、スキンシップが多すぎる。


 いや、実を言うと皇帝陛下と皇后陛下も仲睦まじいため、人目が少ない場所や慣れている側近や侍従たちの前だと普通にイチャイチャしだす。まだ片手で数えるくらいしかともに過ごしていないが、その甘い光景を割と見た。

 誰も何も言えないし、慣れたのか平然としているが、割と純情ハートな私には刺激が強過ぎて、それをできるだけ外側に出さないようにということを意識し過ぎてその時の食事の味に関しての記憶が全くない。

 必死に隠そうとしていたのが誰からも明らかだったらしく、前日皇后陛下とお茶をした時に「可愛らしかったわ」と何回も言われた。


「……セシーリア。はい、お口開けて」
「は、い」


 殿下の言葉に小さく頷いて口を開ける。目の前にケーキが運ばれてきて、私は断れる訳もなくされるがままそれを食べた。


 両陛下の"あのイチャイチャ"を見て育ってきた殿下である。まあ、こうなるよね!と私の心の声が囁いた。殿下に餌付けされ、甘やかされ、言葉にクラクラと酔わされる。


(これ、結婚前にぱくりと食べられちゃうんじゃ……)


 なんて予感を覚えつつ、私はひたすらにノア殿下の甘やかしを享受した。



 ◇◆◇



「……」


 ノアは薄く笑みを浮かべつつ、セシーリアの髪を梳いた。サラサラと自分の指先に触れるその感覚を楽しみながら、彼女のあどけない寝顔をぼんやりと見下ろした。


(眠ってしまった、か)


 可愛らしく照れるセシーリアの反応を見て益々過剰に触れてしまっていたノアは、彼女が急に眠ってしまったので少々驚いた。しかし、すぐに冷静になり彼女の頭を自分の膝に乗せてやった。


 ノアは、まだ彼女と過ごした時間は僅かだが、彼女の魔力の"付属性質デメリット"でこのようになったのを数回目撃している。眠気を訴えて眠ることもあれば、急に意識がなくなることもあるので、毎回"デメリット"と分かっていてもつい心配になる。

 自分の側近たちの中にも"デメリット"に悩むものは多くいるので慣れてはいるが、彼女のそれは少々強すぎる気がした。


「……っ、ん」


 その柔らかな頬に触れれば彼女が小さく息を漏らした。このくらいの刺激では起きないらしく、その頬にそのまま触れ続ける。

 彼女の付き人たちが教えてくれた通り、彼女がこのようになるパターンは決まっているらしい。基本魔力の制御をしていない時は、数時間おきにこうなるので最初は戸惑っていた彼女付きに任命した者たちも少しずつ慣れてきたようだ。


「癒やしの力が強いから、俺を受け入れるのだろうか?」


 ふとそんなことを考える。数代前に自分と似たような"特異"を持つ皇族の"運命"は特定の魔法を無効化する力を持っていたらしい。他の"運命"もそれぞれその皇族の力を消す力やぴったり合う何かを持っていたという。


(……癒やしの魔力がとても強いならこの"魔力どく"が受け入れられるのは分かる)


 ノアが触れても、口付けをしてもそれが害をなす前にある意味無効にしていると考えられるのだから。しかし、"威圧"にはどうして耐えられるのだろう。

 数回会っていれば耐性がついたと考えられるが、調べれば調べるほど自分と彼女の繋がりは殆どない。初めて会ったあの日は"威圧"を制御していたので尚更だ。

 様々な死線を乗り越えてきた者たちでどうにか耐えられる、というくらいに初対面では中々きついものがあるそれを簡単に受け入れる彼女が、ノアは愛おしく、そして不思議だった。


(まあ、何でもいい)


 そっと彼女の首筋に指を滑らせノアはそれを囁く。


「__セシーリア。絶対に離さないから」


 自分の中に相変わらず蠢く欲は彼女と過ごせば過ごすほどに大きくなるばかりだ。


 __この偶然が、この感情が"呪い"であっても構わない。


 それを今更恨んだところで、気にしたところで彼女以外に"運命"が現れることがあるのだろうか。このどこか空いた心を埋める何かがこれ以上に近いところに来ることなどあるのだろうか。

 そんな事を考える自分に恐ろしさを覚えつつそれでも笑みをこぼす。


(いつかセシーリアもこんな風な感情を持ってくれたなら)


 彼女さえ拒絶しなければ、いや、拒絶されてもノアの心はセシーリアのものになるだろう。あまりこんな自分を見せすぎたら嫌われるかもしれない。煩わしいと思われるかもしれない。けれどそれの加減が人と触れ合う機会が少ない自分には分からない。


「ノア、殿下……。も、お腹いっぱいです……」
「ふっ」


 彼女の夢の中でも自分は彼女に餌付けしているのかもしれない。それを思うとついおかしくなってノアは彼女の寝言に思わず笑った。


(こんな穏やかな日が来るなんて思わなかったな……)
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