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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う

015.まるで君のためだけに作られたみたいな

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「殿下、ご婚約おめでとうございます。あ、あの私のことを覚えておられますか?__ええ、そうです。うふふ、覚えていただけただけでも光栄ですわ」
「殿下、ご婚約おめでとうございます。こちらは私の娘で__」


(……波乱だわ。え?今日の主役って殿下と私よね?)


「……」

 私はこの光景を見て、思わず目をぱちぱちと瞬かせる。何回瞬きをしたところで見えている景色が変わるわけでもないためすぐにやめて、息を吐いた。


「お嬢、大丈夫ですか?」
「ヴィ、ヴィル……。え、ええ」


 昼の婚約式から随分と時間が経ち、現在は婚約披露のパーティーが行われている。殿下と入場して、皇帝陛下と皇后陛下の挨拶、そして私とノア殿下の2人の挨拶とファーストダンスを披露した後は、他の方々もダンスをしたり挨拶をしたりなどいつも通りのパーティーになった。

 最初はノア殿下と2人で挨拶に来られる方々の相手をしていたが、ある程度時間が過ぎると少し離れ挨拶に来る色々な方々と会話をしていた。


「やはりノア殿下はモテモテね」
「お嬢も俺たちが牽制していなかったらああなっていますよ」
「それは大袈裟かな」
「……いえ、結構マジな話です」


 私の周りをヴィルデと兄であるヴィンセントとマティアス、そして従兄弟たちが互いに絶妙な距離をとって立っている。私に挨拶をしに来たように見える方まで引き止めて話しかけているところを見ると、過保護過ぎてちょっと引いた。

 そんなことを考えながら、ノア殿下の方に視線をやるとノア殿下もこちらを見た。ばっちり目が合う。彼は私に向けて微笑むと、そのままこちらに来ようとしたが行く手には人が大勢いる。


「あの!殿下」
「皇太子殿下!」


 黄色い声が相変わらず飛び交っていて、ノア殿下は少し疲れているように見えた。他の場なら自分から声をかけるなど身分的にもノア殿下の性質的にもできないが、今回は「婚約おめでとうございます」の挨拶ができることを逆手にとってグイグイと距離を詰めようとしているらしいと聞いた。それを無下にできないため、先程からこの調子だ。

 ノア殿下は、今日は"威圧"を制御しているらしく、現在はそこにいるだけでキラキラと輝く皇太子殿下になってしまっている。まるでアイドルのようである。


(……あの中に飛び込んだら間違いなく潰されちゃうわ)


 女の子達が目をハートにして群がっているのを見て恐ろしくなった。その中に何故か自分の娘をアピールする親も混じっており、今回の主役である私やノア殿下本人だけでなく、良識のある貴族たちはもれなくドン引きしている。

 恒例の"威圧"がないのをいいことにノア殿下にわざと密着しようとしている者たちを彼の斜め後ろに控える護衛や周りの側近たちがそれとなく制している様子を見て、私とヴィルデは顔を見合わせた。


「人の婚約披露の場だろうと自分本位に行動する奴って凄いですよね。その神経、見習いたくないなぁ」
「ええ、同感です。普段は卒倒したり腰抜かしたりしているくせに、こういう時だけ群がって……、はあ……」


 ヴィルデがぽつりと呟くと、誰かがその言葉に反応した。私とヴィルデが振り向くとそこにはプラチナブロンドの短髪に紫色の目をした背のとても高い男性が立っている。

 彼は私と目が合うなり挨拶の言葉を述べた。


「挨拶が遅れて申し訳ございません。私は皇太子殿下の再従兄弟で側近のディラン・カルノアーツと申します。この度はご婚約おめでとうございます」


 カルノアーツという名は聞いたことがある。この国の公爵の名だ。今日までの間にこの国の皇家の方やご親戚の方、高位の貴族の方に挨拶はしたが、彼とは今回が初対面だ。ノア殿下に付いている方々にご挨拶をしたとき「側近の何人かは所用で外しているので、また後日」と言っていたので、この方もそのうちの一人だろう。


「ありがとうございます。カルノアーツ様。私はセシーリア・デュアラーツ。こちらは私の侍従のヴィルデです」
「初めまして。私はセシーリア様の侍従でヴィルデ・デュアラーツと申します。ご存じだとは思いますが、書類上はセシーリア様の従兄弟です」


 私の隣でヴィルデが礼をする。ヴィルデがフルネームを名乗ると、人によっては彼のことを詮索してくるので、彼は名乗る際によくその言葉を口にする。一族の者がその家の当主やその家族の侍従などをすることはまあある話だが一応だ。

 ヴィルデは父の弟の養子だから書類上は従兄弟である、と言い方をすることがある。私の中では彼は立派な家族であり、大切な侍従兼護衛だけれども。

 叔父は昔植え付けられた女性へのトラウマで婚姻には興味はないが、子どもは欲しかったらしく、ヴィルデのことを気に入ったからと養子にしてしまった。そういったあれこれはきっとこの国の上の人たちも知っているので、カルノアーツ様はただ頷いただけだ。


「__セシーリア」
「ノア殿下!あちらはもうよろしいのですか?」
「ああ。そろそろパーティーも終盤だから君のところに行きたくてね。せっかく俺たちのためのパーティーなんだから君と楽しまないと」


 そこにノア殿下がやってくる。彼がカルノアーツ様を見ると、カルノアーツ様は「ご婚約おめでとうございます」という挨拶をしたので頷いた。ノア殿下は私の隣に立つと、腰に手を添える。なんだか先程よりもずっと距離が近いような気がする。思わず彼を見上げると、優しい眼差しが返ってきた。彼はこちらを見る時、よくそんな目をしている。


「殿下が幸せそうで良かったです。あの時からずっとセシーリア様のことを……」
「ディラン」
「おっと、失礼致しました」
「?」


(ん?私が何?)


 カルノアーツ様が何かを言いかけて、ノア殿下が止める。何故か照れているノア殿下がコホンと咳払いをする。それを見てカルノアーツ様がにっこりと微笑んだ。



 ◇◆◇



「殿下、もちろん私どもも協力致しますが、このご縁うんめいは決して逃がさないようにお願いしますね」
「元よりそのつもりだ」


 セシーリアの元を少々離れ、ノアはディランとそんな会話をする。ノアはもちろん彼女を手放す気がないので頷いた。


「私はあの時のようにうつつを抜かす殿下は見たくありませんよ?」
「大丈夫だ、もう懐に入ってきたのだから。うんと大事にして少々夢中になりはしても、迷惑はかけないよう行動する」
「いえ、多少の迷惑は構いませんよ。大事にされるのもね」


 "運命"とやらを見つけたノアはセシーリアのことを調べる傍ら、彼女のことを考えすぎて少々可笑しくなった時期がある。公務には全く支障はなかったが、それ以外は魂が抜けたようにぼんやりとするので、そんな姿を見たことがない周りはそれはもう慌てた。

 ノアは「ああ」と応えると、セシーリアの方を見る。温い体温も柔らかな唇も細い腰、触れたところから感じるあの甘い何かに溺れそうになる自分の中の何かに向けて思わず苦笑する。自分だって彼女と出会う前までこんな風になるなんて思わなかった。


 まるで"呪い"のような自分の性質がいつだって嫌であったし、"運命"以外に触れられないということを嘆いたこともある。けれどそんな"呪い"も悪くはない、今はそう思えてならなかった。


(俺はきっと彼女以外を本当の意味で受け入れられない)


 そんな"呪い"を生まれた時から持ち、同じように"呪われていた先祖"たちの言い伝えるとおりに"運命"と出会った。まるで自分の人生全てが誰かの描いた道だったとしても、そんなことがどうでも良くなるくらいにこの数日でセシーリアへの思いは大きくなった。


「__あとは彼女も同じところに堕とすだけ」


(俺が彼女以外を受け入れられないように、彼女も俺以外が要らなくなるほどに囲ってそれからここまで堕とさないと)


 そんな感情がゆっくりとノアの中に溜まっていき、思わず自分自身に苦笑した。


「殿下?今何か仰いましたか?」
「いや、何でもない」


 ノアはそう言うとまた笑みを浮かべてセシーリアの元へ歩き出す。彼女は近付いてくるノアを見て柔らかく微笑んだ。

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