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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う

009.人は生まれ持つそれを選べない

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「……いやいや、まさか"あれ"に耐えることができることは」
「ええ、本当ですわね」
「……」


 __なんだ、これ。


 私は今、謁見室にて皇帝陛下と皇后陛下、そして皇太子殿下と向き合って座っている。私の両側には両親が座っていて、何だかお見合いの席のようである。


 あの謁見の間での出来事から約15分ほど経っただろうか。ポカンと突っ立っていた私を何故か嬉しそうに見る人もいれば、驚愕した顔で見る人もいた。

 あのヴィルデですらたじろいだというのに、何が起こっているの?なんて思っているうちには何事もなかったかのようにみんな身なりを整え、皇太子殿下に挨拶をして、そしてそのままこの謁見室へと案内された。何が起きているのかせめて両親に聞きたかったのだが、それをする暇もなくここに通されたのだ。


(……何が何だか分からないし、気まずい)


 何故かずっと皇太子殿下が私のことを見つめてくるのだ。まるで天使のように麗しい顔でそんなに見つめないでほしい。そう困り果てていると助け舟が出る。皇后陛下だ。


「ノア、そんなに見つめるのはよくないわ。セシーリア嬢が怖がってしまうでしょう?」
「これは失礼致しました。驚きの連続だったもので、つい」
「い、いえ!気にしておりませんわ」


 ごめんなさい。めちゃくちゃ気にしてます。でも、そう言うしかないのでそう言って強ばった顔の筋肉を動かして微笑む。すると皇太子殿下から極上の笑みが返ってきた。あまりの威力に顔から火が出そうだ。


「セシーリア嬢、先程のことは驚いただろう?」
「は、はい……」


 そんなことを考えていれば、皇帝陛下に話を振られた。ちょうど知りたかった話題だ。陛下の問いに正直に頷くと、陛下も頷き更に言葉が続く。


「我が皇家は遠い昔から色々と特殊でな。ノアのようにただそこにいるだけで相手が怯ませてしまう性質を持つものが生まれることがある。私もそのがあるので相手によっては怯む者もいるが、ノアの場合はとてもこれが強くてな。あの謁見の間の通りだ」
「……」


 それを聞いて私は頷く。

 なるほど。だから先程のようなことになるし、彼の噂も色々と凄いのか。ああいう謁見の場とかパーティーとか何だか大変そうだと思わず思ってしまう。


(……あれ、でもなんで私は何ともなかったの?)


 正直威圧なんて全く感じなかった。どちらかというと私の中で未曾有の事態が起きたせいでの困惑が強かったのだ。


「慣れれば耐えきる者も出てくるが、血縁でもない限りは大抵あの場のようなことになる。しかし、セシーリア嬢は何ともなさそうだったな。何か感じなかったか?」
「何か、ですか?……そういえば何か通り過ぎた感覚がありました。触れた感覚はあっても水のように掴めず、そして風のように通り過ぎていくようなものを感じたような気が致します。しかし、恐ろしいものは感じませんでした」


 そう正直に答えると、皇帝陛下が嬉しそうに「そうか」と微笑んだ。何と言うか前世のイケメン海外スターにファンサされた気分である。美形の微笑みは心臓に悪い。


「ふむ。セシーリア嬢とは別の件でこの婚約を進めていたが、まさかノア相手に怯みもしないとは魔力が多いのか、もとの性質なのか。……しかし、これは僥倖だ。ノア、このご縁を大事にしなさい」
「はい、父上」


 皇帝陛下が皇太子殿下の肩に手を添えてそう言うと、皇太子殿下も微笑んで頷いた。王室や皇室はドロドロと恐ろしいくらい殺伐としていることもあるらしいが、彼らは何と言うかとても暖かく互いを大切にしていることが伝わってくる。


「セシーリア嬢」
「はい」
「体調が宜しいようならノアと2人で話す機会を今から作りたいのだが、どうだろうか?」


 体調というのは私の体質のことだろう。ここに来るまでの馬車で随分と休息をとったし、魔力のコントロールに力を入れていたお陰か眠気は全然ないため、陛下のご配慮をありがたく受けることにした。


 ◇◆◇


「セシーリア嬢こちらです」
「はい」


 両親と両陛下はまだ話をするらしいので、私は皇太子殿下に直々に案内されて城の庭園へと来ていた。そこはとても美しい世界で思わず目を見開く。

 立派な噴水に切り揃えられた木々、美しい色をした花。奥の方には緑が更に生い茂っていて、そこに小さな滝まであるし、その下は割と大きめな池がある。一日居ても飽きないかもしれないそれらに感動していると隣からクスクスと笑い声が降ってきた。


「セシーリア嬢はとても可愛らしいですね」
「……え、あ、あの皇太子殿下」


 つい美しさに心を奪われ、皇太子殿下のことなど頭からすっぽり抜けて感動してしまっていた。それをバッチリ見られていたらしく、あまりの恥ずかしさに思わず頬をおさえる。


「セシーリア嬢、皇太子殿下ではなくノアと呼んで頂けませんか?」
「では、ノア殿下と」
「……今はそれで良いでしょう。俺はセシーリアと呼んでも良いでしょうか?」
「へ?は、はい!もちろんでございます」


 急に一人称が"俺"になったことや呼び捨てにドギマギしつつ数回頷く。だめだ、この人と一緒にいたら心臓が早々に爆散する。そんな予感がした。


「これから末永く一緒にいるので、口調も互いに崩しましょうか?」
「えっと、それは……」


 殿下が崩すのは一向に構わないが、私にはちょっと難しいかもしれない。と言う旨を小さな声で呟く。


「セシーリア」
「ひゃい」


 何だこの甘い拷問の時間は、とビクビクしつつ皇太子殿下……、いや、ノア殿下を見上げる。陽の光に照らされた美しい金色の髪が風にゆったりと吹かれている。


「駄目かな?」
「……うう、分かりました。努力致します」
「ふふ、ゆっくりでいいからね」
「……はい」


 何だか出会ってほんの少ししか経っていないのが不思議なくらいに私は今落ち着いている。どうしてだろう?皇太子殿下のお陰だろうか?

 皇帝陛下が言っていたような威圧のようなものがなければ、もしかしたら噂なんか1mmも掠っていないような素敵な方なのだろうか?それとも相手によっては腹黒になるとか?……いや、それはまだ気付きたくないかも。


 皇太子殿下にエスコートされながら暫く庭園を行くとガゼボに辿り着く。そこにはお茶とお菓子が用意されていて、促されるまま頂くこととなった。


「セシーリア嬢は本当に怖がらないね。何だか新鮮だ」
「ノア殿下の隣をここまで歩いてきて、時々先程と同じようなものを感じましたが、恐ろしいどころか妙に安心しました」
「……っ、そうなのか。母が昔、父に言っていたのはこれか」
「え?」
「いや、なんでもない。時々このような俺の性質にも動じない貴女のような方が現れるらしいと聞いていたから、本当に驚いているんだ」


 そう言ってノア殿下は悲しそうな、でも嬉しそうな複雑な表情を浮かべている。きっと今まで威圧だの噂だので色々な目にあってきたのだろう。私の体質もだが、生まれつきのものに振り回されるのは本当に大変なのだ。


「ノア殿下。お聞きしたいことがあります」
「なんだい?」
「どうして私と婚約をすることになったのでしょう?そして皇帝陛下が言われていた"別の件"とは?」
「……あー、それは」


 なんなら明らかに婚約から結婚までの期間が短すぎることも気になる。今回の婚姻に関して不思議に思うところが割とあるのでどうしても婚約式の前に聞いておきたかったのだ。


 すると途端に皇太子殿下の顔が暗くなる。


「あ、あの無理にお聞きしたいわけではないので……」
「いや、言っておくべきだろう。君は当事者であるし、いつか言わないといけないのだから」
「……」


 そう言うとノア殿下は小さく息を吐いて、それから私を見た。


「__セシーリアとの婚姻を望んだのは、俺の体に"毒"があるからなんだ」
「……__え?」

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