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14話 妖精あたまの理由

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 彼の案内でリリシアは建物のなかに入る。三角屋根の、大きな食堂くらいの広さだ。
「隠れ家……というのは」
「ここは元は先々代の温室だったんだ。光が綺麗に入るから、少し改造して使わせてもらっている」
 壁面には本棚がずらりと並び、中央には台が所狭しと置かれている。画廊のような雰囲気だ。そして、台の上にはさまざまな形と色の石が飾られていた。
 赤い石、黒い石、三色混ざった石など、そのどれもがガラス屋根からの太陽光で煌めいている。
「す、すごく、綺麗です…!」
 リリシアは目を大きく見開き、あちこちを見渡した。まるで宝石の間に迷い込んだようだ。
「これは……宝石……なのですか?」
 見たこともない種類の石たちに囲まれて、セヴィリスは照れくさそうに首を横に振った。
「貴女が思うような『宝石』というのはほとんどないよ。宝石は主に宝飾品に使われるものを指すのだけれど、ここにあるものたちを分別する名前はないんだ。大部分がいわゆるただの石だ。なかには奇石と呼ばれるものもあるけれど。私は色々な土地に行くことが多いから、そこで見つけた変わった石を集めて鑑賞するのが好きなんだ」
「これが、ただの石……」
 リリシアは見回す。どれもこれも個性的な色や輝き方をしていて、見ているだけでも楽しく、心が躍る。
「そう。宝石は、皆が価値があると決めてこそ貴石、宝石と呼ばれるからね。でも、そんなものに分類されずとも美しいもの、わくわくするものはこの世にたくさんあるんだ」
 彼の口調はだんだんと熱を帯びてきていた。
「たとえばほら、この赤い石。これは遥か北の山地で見つけた」
 彼が見せてきたのは血と間違うような赤い石に、何本も白い線が入ったものだ。
「この石は紅石というんだけれど、別名『ドラゴンの爪痕』と呼ばれている」
「ドラゴンですか?」
「そう、古の時代、世界各地に巨大なドラゴンがいたとされる。今でも彼らが争った跡が各地に見られるんだ。この石も大きな竜が巨大な岩を引っ掻いたときにできたという逸話があるんだよ」
「まぁ……、そのようなお話があるのですね。ドラゴンの伝説……知りませんでした」
 セヴィリスが手のひらに乗せてくれた赤い石は小さくてもずっしりとした重みがある。
「人間の時代よりもずっと昔だからね。我々聖騎士は、幼い頃から古代の伝承なども学んできたから馴染みがあるんだよ。まぁ、そうでなくとも、は小さな頃からこういう変わった石を集めるのが好きだったんだ」
 彼の瞳は館にいるときの生真面目な表情ではなく、キラキラと輝いている。まるで少年のようだ。
「貴女はその、あまり興味はないだろうけど。何度か私の居場所をアンドルに尋ねていたそうだから」

 彼は、わざわざリリシアの疑問に答えるためにここに案内してくれたのだ。

「こんな趣味は変わっているとみんなが思っているのは知っているから、打ち明けるのは少し恥ずかしかったんだ。お茶会や夜会に招かれても庭園の石ばかり見ているのだからね。あまりに気になるときは、庭師と話し込んだり、土を掘り返してしまったこともある」
 夫の美しく整った顔が困った表情になる。リリシアは深く深く息を吸い、微笑んだ。
「そんな! ここは、とても楽しいです。知らないことばかりで……それに、とても綺麗。教えてくださって私、とても嬉しいです!」

 今まで、リリシアに好きなもののことを情熱を持って語るものなどいなかった。お茶会と同じく、彼女が諦めてきたもののひとつだ。そして。

『妖精あたま』

 リリシアの頭によぎった言葉だ。
 ルーシーたちが言っていたのは、おそらくこのことなのだろう。たまたまセヴィリスが石探しをしている場面に遭遇した令嬢がことを大きく触れ歩き、噂が噂を呼んだのだ。
(私は、本当に馬鹿ね。あの人たちの言葉を少しでも信じて、セヴィリス様のことを怖がって……)

 今、ベルリーニの人々ははるか遠く、彼らの嘲りや悪意はリリシアには届かない。
「セヴィリス様。もっともっと、たくさん、聞かせてくださいませ」
 彼女はセヴィリスの手のひらに赤い石を戻した。そして、手を握り心からの笑顔を向けた。セヴィリスが大きな目を瞬かせる。
「あ、ありがとう……」

 庭園では、リリシアのお茶会が今も続いている。だが、賑やかな空気はここまでは届かない。それでもデインハルト家の古い温室では、同じくらい弾んだ会話が交わされていた。
 ただひとつ違うところといえば、二人を包む空気がどんな砂糖菓子より甘くなっていったことだろう。



 **

 満月の夜。

「やはり、なにか変だな……」

 寝台に腰掛けたセヴィリスは呟いた。
 魔印の手当てのため、リリシアの肩を見ていた彼はもう一度、首を捻った。
 窓には重い布をかけ、月の光が入り込まないようにしている。満月にそなえ、魔印がおこす症状を警戒しているのだ。
 リリシアは不思議そうな顔で聖騎士長を見上げた。目の下の隈はすっかり消え、頬は薔薇色で健康そのものだ。初夜にあれだけ感じた頭痛や痛みはほとんどない。微かに肩が疼くのは間違いないのだが、いつもとほとんど変わらない。

「変……とは」
(セヴィリス様が毎夜、とても丁寧に手当てしたくださるから、夢も見ないし、身体の調子もすごくいいのだけれど)
 だから、彼女はなぜ夫がこんなに首を傾げているのかわからないのだ。
「ああ。思ったよりも症状が出ていないのはとてもいいことなんだ。普通はもっともっと侵食されるものだからね」
「そ、そうなのですか?」
 彼は頷く。
「もちろん、ここに来て三月ほど経つからこの館に馴染んできたせいもあるかもしれない。だが、それにしても」
 あまりにも症状が軽いのだという。リリシアは寝着のリボンに手をかけた。
「よろしければ、他のところも見られますか?もしかしたら、別の症状が……」
「え」
「ですから、脱いで」
 これまでの魔印の手当ての時、リリシアは左肩をあらわにしているだけだった。彼女の肌は首までぴっちりと覆われている。聖騎士としてのセヴィリスに全幅の信頼を置いているリリシアは、だから何の不安もなく首元のボタンを外そうと指をかけた。
「だ、だめだ!」
 夫は小さく叫んだ。
「そ、そこまでしなくて大丈夫。顔色を見れば貴女が良い状態で、魔印が悪さをしていないのはよくわかるからっ…」
 彼はくるりと背を向けた。
「ご、ごめ……んなさい。はしたないことを……」

 リリシアはそろそろと手を下ろす。意外な反応に、こちらまで恥ずかしくなってしまったのだ。
「いや、はしたなくなんてない! ただ、その……」
 セヴィリスは珍しくもごもごと何やら言葉を濁している。やがて、大きく息を吸うとこういった。
「ともかく、今夜はいつもと同じ手当てをしよう。それと、ここまで魔印が落ち着いているので、貴女の一番の望みを叶えられると思う」

 リリシアははっと顔を上げた。夫は笑顔で頷いている。
「修道院へ行こう。貴女さえ良ければ、明日にでも」
「あ、ありがとうございます!」

 彼女は嬉しさに瞳を大きく潤ませ、セヴィリスに感謝した。

 そして次の日、彼らの馬車はベルリーニ領へと出発した。
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