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⒋ 危機

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私は今、とても大変な事になっていた。周囲は中級の魔物サファイアウルフに囲まれ、今にも食べられそうなのです。
対して私はというと、魔力が殆ど空になり立つことすら難しい状態。魔法の発動速度が速くなる短杖を片手に構えていますが、大して重さのないそれが、まるで鉛か何かのように重く感じます。

なぜこのような状況に陥っているのか。それは数時間前に遡る。



***



「うう~ん、今日も頑張りましょう!」

無事王都を出る事ができた私は、北に向かって山道を進んでいます。ルーシェ王国からレイジア公国の跡地に向かうには山を越えていかなければいけないのです。険しい山でもなく、危険種などがいるような場所でもないため、1人でもなんとかなっていますが、これが南の死の山であればひとたまりもなかったでしょう。早々に死んでいたに違いありません。すでに何日か野営もしましたが、襲ってくるのは低級の魔物ばかり。私の〈聖結界セントガード〉の前では無力です。

「レッサーウルフが今日のお昼ごはんになりそうですね」

ちょうどお昼にしようと思っていたところ、レッサーウルフが姿を現しました。

「〈風刃ウィンドカッター〉」

風の刃が軽々とレッサーウルフの首を切り裂きます。

「〈解体ディスメンタル〉」

レッサーウルフが綺麗に部位別に分けられました。血は消えてしまうので、血が素材になる魔物では先に血抜きをする必要はありますが、特に汚れることもないので、冒険者の必須魔法ともいえます。
そういえば、私にこの解体の魔法を教えてくれたのはフェニックでした。今世では、レイナに「レティア様に解体なんてさせられません!」とか言われてしまって教えてもらえなかったのです。今思えば、こんな簡単な魔法、別に教えてくれても良かったのに、とちょっと思ってしまいました。

「初めてこの魔法見た時は、食欲なくなっちゃったのよね」

その時のことを思い出して、少し感傷に浸ってしまいました。



「これはどうやって食べるの?」

目の前には自分よりも大きな狼が横たわっていた。フェニックが私の為に狩ってきてくれたのだ。

『そうか、解体しないといけないね』
「解体?」
『そう、食べられる部分とそうでない部分を分けることだよ。〈解体ディメンタル〉』
「狼さんが消えちゃった!?」

目の前から大きな狼がいなくなってしまったことに驚く。

『消えたんじゃないよ。この置いてある物が狼からとれた素材なんだ』
「そうなんだね...」

彼は手早く肉を焼くと串に刺して私に手渡してくれた。

『どうしたの?具合が悪いのかい?』

串を持ったままじっとしている私を不思議に思ったのか、フェニックが覗き込んでくる。

「狼さん可哀想...」

まだ5歳だった私には目の前で解体された狼を食べることに抵抗があった。

『ティアラ、動物はね魔物化するととっても凶暴になるんだ。そして人を襲ったり自然を破壊したりするんだよ。だからそういう事がないように、魔物を狩るんだ。でも、魔物でも一つの命には違いない。だから僕たちがありがたく食べる事で、その命を無駄にしないようにするんだ。だから食べることは悪い事じゃない』
「うん...」

悲しいけれど、食べないと命が無駄になる。それはダメ。私は目をぎゅっと瞑って肉を口に運んだ。

「美味しい...」
『ティアラは優しいんだね』

知らず知らずのうちに涙が出ていた。フェニックがぎゅっと抱きしめてくれる。

『ティアラのその優しさをこの森の植物たちにも向けてあげてね』
「?うん!わかった!」

どういう事か幼い私には分からなかったけれど、フェニックが頷く事を望んでいるように感じて、笑顔で返したのだった。



「懐かしいな...」

フェニックとの思い出に浸っているうちにレッサーウルフは食べ終わり、また歩き始めました。
しかし、すぐに異変に気付きます。

「なんか、静かすぎない...?」
「グルゥ!」
「っ!」

いきなり襲ってきた魔物に慌てて風刃を放ちます。

ドサっ。

「蒼い狼...まさか...」

周りを見回すと沢山の青い光に囲まれていました。

「サファイアウルフ...群れで行動する魔物じゃない!」

慌てて短杖を取り出して構えますが、青い光はどんどん増えて、やがて大量のサファイアウルフが姿を現しました。

「これは流石に...」

数体であれば対処できる程度の魔物ですが、これは優に50体は超えています。恐怖で体が震えました。結界を張ってもいいのですが、いずれ魔力切れになって食べられてしまう未来が見えます。

「戦うしかありませんね」

震える身体を必死に抑え、先制攻撃を放ちました。

「グルゥ!」

道を切り開くためにとにかく多くの攻撃を放ち前に進もうとしますが、数が多すぎてなかなか進めません。

「きゃあ!」

やがて、魔力切れが近くなりふらついたところにサファイアウルフが勢いよくぶつかってきました。慌てて〈簡易結界リトルガード〉を張りますが、込めた魔力が少ないために、何度張ってもすぐに消えて無くなってしまいます。

「もうダメなのかしらね」

魔力がほとんどなくなってしまい、立っている事がやっとです。もう限界なのがわかるのか、サファイアウルフたちは私を取り囲んだままじわじわと近づいてきました。

「最後にフェニックに逢いたかったな...」

せっかく前世を思い出したのに。せっかく旅に出たのに。私は結局フェニックに会えない。

「馬鹿みたい...」

本当に馬鹿らしくて乾いた笑いが漏れました。目の前のサファイアウルフがこの群れのボスなのか、1番に跳びかかる態勢をとります。怖くてぎゅっと目を瞑りました。
その時です。

ヒュッ。ドサッ。

風を切って何かが私の側を飛んでいき、続いて何かが倒れる音がしました。
恐る恐る目を開けると...目の前に2体のサファイアウルフが首から短剣を生やして倒れていました。

「大丈夫か?」

振り返ると、黒髪の青年が立っていました。
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