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1. 追放
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「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
その言葉に、私の目の前は真っ暗になった。
ーーとうとうこの時がきてしまったのね。
そんな思いを抱く。事実上の国外追放であることは疑うべくもない。この使節団は実質、敗戦したわが国ーーヘルディール王国が帝国に差し出す人質だからだ。
「これでやっとあの女がこの国からいなくなるのか」
「ここ数年この国を見舞った災いはあの女のせいという噂ですから、当然と言えば当然ですわね」
「あの白髪に青い瞳……不吉以外の何物でもない」
「陛下も寛大ですこと。忌み子には甘すぎる処置ではありませんこと?」
「忌み子と言えど公爵令嬢、これくらいが限界なのだろう」
耳に入って来る私に向けられた悪口の数々。それは物心ついた時には既に向けられていたもので、もう慣れっこだった。
傷つきはしない。ただ、自分が「忌み子」であることを強く実感するだけ。
不躾な、いっそ心地いいくらいの拒絶ーー憎悪といってもいいーーの視線を突きつけられる。
私はそれでも、最後の意地でーーいや、身についた習慣というだけなのかもしれないがーードレスの裾を持って優雅にカーテシーをする。
ここで泣き崩れたりすれば、それこそいい見世物になってしまうだろうから。
「身に余る光栄です。精一杯いただいたお役目を果たしてまいります」
「あぁ、頼んだぞ」
王座からこちらを見る国王は清々しいまでの笑みを浮かべている。厄介払いができた、そう思っているのは一目瞭然だった。
「準備がありますので、私はこれで失礼いたします」
「ああ、許可する。詳しくは公爵から話を聞くがよい」
「かしこまりました」
本当は最後までこのパーティーにいたかった。向けられた悪意に負けない姿勢を見せたかった。でも、もう限界みたい。
力の入らない足をなんとか動かして大広間から出ると、待っていた馬車に乗り込んだ。
~~~~~~~~~~~~~
私は白髪と青い瞳を持って生まれた。ヘルディール王国ではそのような容姿の女性を「忌み子」という。国に害をもたらす存在とされていた。
実際、ここ数年この国は多くの国難に見舞われており、それらは全て私のせい。そう言われていた。
忌み子は生まれてすぐに殺されたり、なんとか大人まで生きても投獄されたり処刑されたりと、不幸な運命をたどる者が多い。
その中で私はまだ恵まれた方だったと言える。公爵令嬢として生まれ、現国王の妹であるお母様が必死に嘆願したために殺されなかったし、15歳の今日ここまで生活できていた。
しかし、そんなお母様も物心つく前に亡くなり、私を守ってくれる人はいなかった。お兄様もお父様も私を無視し、使用人ですら恐怖や憎悪、嘲りといった目で私を見る。
これ以上家の名を貶めないために厳しく躾けられたから礼儀作法や勉学は人一倍できるが、それだって幼い頃からできなければ叩かれたために必死に覚えたことだった。
「ただいま帰りました」
家に着くと早々にお父様の書斎に呼ばれた。中に入り声をかけるが一向に声が返って来る様子はない。
ーー当たり前よね。お父様は私のことが嫌いなのだから。
内心で自嘲する。「忌み子」として生まれてきた自分に、お父様が微笑んでくれたことはない。むしろ、お前のせいで私の立場は悪くなった、と罵倒されるくらいだ。
きっと今回の使節団同行も、お父様が提案したことだろう。
「使節団の話は聞いたか?」
「はい」
「お前は第三王子殿下の世話役として行く。家の名を貶める真似だけはするなよ」
「はい」
「出発は一週間後だ。それまでに荷物をまとめておけ」
「かしこまりました」
機械的に返事をすると、お父様はもう興味がなくなったかのように書類に目を落とす。私は静かに自分の部屋に戻った。
屋根裏にある自分の部屋は物が少なくて小ぢんまりしている。身に付けるものだけは豪華なものだが、それ以外の持ち物は少ない。
その部屋に入った瞬間、私は床に崩れ落ちた。
ーーなんで忌み子として生まれてきてしまったのだろう。
そんな問いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。帝国で人質として暮らす生活が幸せなものであるはずがない。忌み子として生まれてしまった現実に絶望しそうになる。
でも、死ねない。私を必死に守ってくれた母のために、どんなに死にたくても死ぬわけにはいかなかった。
「なぜ、神様は忌み子なんてものを生み出したの?」
そんなどうしようもない問いがこぼれた。
前世で悪いことでもしたのだろうか? それともただの偶然? 私という存在は生まれてきてはいけなかった?
考えれば考えるほど、自分の存在意義がわからなくなる。
あぁーー
「答えなんてないのね」
無自覚に漏れた呟きは、胸の中にストンと落ちた。
ふらりと立ち上がるとベッドに倒れこむ。枕に顔を埋めて嗚咽を押し殺した。
その夜は一晩中泣いて、泣いて、泣き明かした。
その言葉に、私の目の前は真っ暗になった。
ーーとうとうこの時がきてしまったのね。
そんな思いを抱く。事実上の国外追放であることは疑うべくもない。この使節団は実質、敗戦したわが国ーーヘルディール王国が帝国に差し出す人質だからだ。
「これでやっとあの女がこの国からいなくなるのか」
「ここ数年この国を見舞った災いはあの女のせいという噂ですから、当然と言えば当然ですわね」
「あの白髪に青い瞳……不吉以外の何物でもない」
「陛下も寛大ですこと。忌み子には甘すぎる処置ではありませんこと?」
「忌み子と言えど公爵令嬢、これくらいが限界なのだろう」
耳に入って来る私に向けられた悪口の数々。それは物心ついた時には既に向けられていたもので、もう慣れっこだった。
傷つきはしない。ただ、自分が「忌み子」であることを強く実感するだけ。
不躾な、いっそ心地いいくらいの拒絶ーー憎悪といってもいいーーの視線を突きつけられる。
私はそれでも、最後の意地でーーいや、身についた習慣というだけなのかもしれないがーードレスの裾を持って優雅にカーテシーをする。
ここで泣き崩れたりすれば、それこそいい見世物になってしまうだろうから。
「身に余る光栄です。精一杯いただいたお役目を果たしてまいります」
「あぁ、頼んだぞ」
王座からこちらを見る国王は清々しいまでの笑みを浮かべている。厄介払いができた、そう思っているのは一目瞭然だった。
「準備がありますので、私はこれで失礼いたします」
「ああ、許可する。詳しくは公爵から話を聞くがよい」
「かしこまりました」
本当は最後までこのパーティーにいたかった。向けられた悪意に負けない姿勢を見せたかった。でも、もう限界みたい。
力の入らない足をなんとか動かして大広間から出ると、待っていた馬車に乗り込んだ。
~~~~~~~~~~~~~
私は白髪と青い瞳を持って生まれた。ヘルディール王国ではそのような容姿の女性を「忌み子」という。国に害をもたらす存在とされていた。
実際、ここ数年この国は多くの国難に見舞われており、それらは全て私のせい。そう言われていた。
忌み子は生まれてすぐに殺されたり、なんとか大人まで生きても投獄されたり処刑されたりと、不幸な運命をたどる者が多い。
その中で私はまだ恵まれた方だったと言える。公爵令嬢として生まれ、現国王の妹であるお母様が必死に嘆願したために殺されなかったし、15歳の今日ここまで生活できていた。
しかし、そんなお母様も物心つく前に亡くなり、私を守ってくれる人はいなかった。お兄様もお父様も私を無視し、使用人ですら恐怖や憎悪、嘲りといった目で私を見る。
これ以上家の名を貶めないために厳しく躾けられたから礼儀作法や勉学は人一倍できるが、それだって幼い頃からできなければ叩かれたために必死に覚えたことだった。
「ただいま帰りました」
家に着くと早々にお父様の書斎に呼ばれた。中に入り声をかけるが一向に声が返って来る様子はない。
ーー当たり前よね。お父様は私のことが嫌いなのだから。
内心で自嘲する。「忌み子」として生まれてきた自分に、お父様が微笑んでくれたことはない。むしろ、お前のせいで私の立場は悪くなった、と罵倒されるくらいだ。
きっと今回の使節団同行も、お父様が提案したことだろう。
「使節団の話は聞いたか?」
「はい」
「お前は第三王子殿下の世話役として行く。家の名を貶める真似だけはするなよ」
「はい」
「出発は一週間後だ。それまでに荷物をまとめておけ」
「かしこまりました」
機械的に返事をすると、お父様はもう興味がなくなったかのように書類に目を落とす。私は静かに自分の部屋に戻った。
屋根裏にある自分の部屋は物が少なくて小ぢんまりしている。身に付けるものだけは豪華なものだが、それ以外の持ち物は少ない。
その部屋に入った瞬間、私は床に崩れ落ちた。
ーーなんで忌み子として生まれてきてしまったのだろう。
そんな問いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。帝国で人質として暮らす生活が幸せなものであるはずがない。忌み子として生まれてしまった現実に絶望しそうになる。
でも、死ねない。私を必死に守ってくれた母のために、どんなに死にたくても死ぬわけにはいかなかった。
「なぜ、神様は忌み子なんてものを生み出したの?」
そんなどうしようもない問いがこぼれた。
前世で悪いことでもしたのだろうか? それともただの偶然? 私という存在は生まれてきてはいけなかった?
考えれば考えるほど、自分の存在意義がわからなくなる。
あぁーー
「答えなんてないのね」
無自覚に漏れた呟きは、胸の中にストンと落ちた。
ふらりと立ち上がるとベッドに倒れこむ。枕に顔を埋めて嗚咽を押し殺した。
その夜は一晩中泣いて、泣いて、泣き明かした。
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