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2巻

2-3

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「思わないですね」
「心を読むくらいなら助けようよ⁉」

 本を読みながら俺たちのやり取りをしっかり聞いていたらしいフレグにとどめを刺される。ここに俺の味方はいないのか……
 ガクッと力が抜けた時だった。突如そんななごやかな雰囲気が壊される。

「前方から魔物が接近中! 馬車を止めろ!」

 馬に乗って馬車の前を進んでいた護衛の騎士から声が上がった。索敵さくてきしておけばよかったな。だが、騎士たちの力を見られるいい機会ではあった。焦っている様子も見えないし、ここは傍観していて大丈夫だろう。

「レッドウルフ十体か……絶対に馬車に近づけさせるな! 引きつけてすきを作れ!」

 今回の護衛隊長である王国騎士団副団長ガイズの指示で騎士たちが素早く動く。剣聖けんせいと呼ばれるほど強かった父上が所属していた騎士団だけあって、どの騎士の動きにも無駄がない。
 数人が引きつけて隙を作ると、他の騎士が倒す。レッドウルフは一体がそんなに強いわけではないものの、十体も集まれば厄介やっかいなことこの上ない。だが、騎士たちが苦戦している様子はなかった。

「かなり腕のいい騎士たちを護衛につけてくれたみたいだね」
「ええ、お父様が団長を除いて、実力が高い騎士から順に連れていくようにっておっしゃったから……」

 俺の呟きを聞いたシルが事情を説明してくれる。なるほど、親バカな陛下らしいと納得してしまった。
 数分後、十体いたレッドウルフは全滅していた。
 しかし……

「なんでこんなところに魔物がいたんだろう……」
「確かに。こんな何もない街道に魔物が現れるなんて……おかしいですね」

 俺の言葉にフレグが険しい表情を浮かべて言った。索敵魔法を使ったほうが良さそうだな。俺が魔法を発動すると、その考えは正解だったことがわかった。

「もう一体いる」
「「「「はっ!?」」」」

 索敵魔法に一体の魔物が引っかかった。たった一体。数字だけ見れば全く問題はないが……
 でかい。びっくりするほど反応が大きかった。

「ちょっと僕行ってくるね。馬車の中から出ちゃダメだよ」
「お、おい、アルーー⁉」

 俺はリョウの声を振り切って馬車から飛び出すと瞬時に、身体能力を底上げする〈身体強化ブースト〉を自分にかける。
 そのおかげで一瞬で目的の場所に着く。馬車から少し離れた場所にその魔物はいた。

「やっぱりフレアベアか……」

 フレアベアは巨大な赤色のくまの魔物だ。凶暴な性格で、火に強い耐性を持つ。レッドウルフとは比べ物にならないほど強く、もしこいつが馬車に突っ込んできていたら多大な被害を被ったことだろう。気付いてよかった。

「はっ!」

 携帯していた剣を一閃いっせん。フレアベアの首から血がき出る。綺麗に頭と胴体どうたいが分かれ、フレアベアは絶命した。

「ふぅ、こんなものか」

 魔物たちがなぜ生息地とはかけ離れた街道に出たのか。
 たまたま? 誰かの仕業しわざ? 魔物の生態が変わった?
 どの理由もピンとこない。たまたまというには不自然だし、誰かの仕業ならその誰かはどうやってこの魔物を操ったのだろうか。生態が変わったなら違う場所でも同じようなことが起きていないとおかしいが、そんな話は聞かない。

「なんかきな臭いな」

 俺は顔をしかめる。陛下の言葉が脳裏をかすめた。

『帝国は今相当荒れている』
『あの無能な皇帝は金がなくなれば他国に攻め込めばいいと思っている』
『あの愚皇を引き摺り下ろしてきてほしい』

 どれも帝国が俺たち留学生を快く引き受けるとは思えない言葉だ。

「これは……思った以上に厄介なことになりそうだ」

 俺は密かにため息をついたのだった。


「さっきのレッドウルフとフレアベアは……なんだったのでしょうか?」

 フレアベアを倒して馬車に戻った後、何事もなかったかのように一行は最初の野営場所まで進んだ。簡単な夕食をとった後、火を囲んで雑談しているとシルティスクが呟いた。その言葉に少しだけその場の空気が暗くなる。

「急に現れたよな」
「なんか不安……」

 リョウとミリアが暗い表情で言った。安全だと思っていた街道で魔物に襲われるとなると、先行きが不安になるのも頷ける。

「これも帝国が一枚噛んでいたりするのかな」

 俺の言葉に四人がこちらを向く。シルティスクがいぶかしげに聞いてくる。

「アルくん、どういうこと?」
「確証はないけど、たぶん皇帝は僕たちが来ることを望んでいない。だから僕たちに途中で全滅するなり諦めて帰るなりしてほしいんじゃないかな」
「でも魔物をけしかけるなんてどうやって……」
「魔物を思いのままに操れる、強力なやみ属性魔法の使い手でもいるんだろうね」
「闇属性魔法か……あまりいいイメージがないんだよな……」

 俺はリョウの言葉に苦笑する。

「確かに、闇属性魔法は怖い魔法が多い。人の精神に作用するものとかあるからね。でも……」

 四人を見回して言葉を継ぐ。

「魔法はどれも使い方を間違えれば人を殺しかねない。属性関係なく、ね。だから魔法はどんなものでも慎重に使わないといけないんだよ」

 闇属性魔法に対して偏見を持ってほしくないと同時に、もし帝国で何かあった時に彼らが誤った魔法の使い方をしないように、そうさとした。誰かが息をんだ。

「……そうだな。属性なんて関係ないよな」
「闇属性の魔法だって必要な時はあるもの」

 俺の様子を見てリョウとミリアがしみじみと呟いた。闇属性魔法に対して偏見を持つのを防げたようだ。


   †


 翌朝――

「アルライン卿、昨日のフレアベアの出現について何か思い当たることはありますか?」

 俺は朝早く、まだみんなが寝ている時にガイズ隊長のテントで昨日のことを話していた。

「帝国の仕業、と思うのが妥当では?」
「やっぱりそう思われますか……」

 ガイズ隊長が思案するようにあごをさする。隊長が敬語を使う必要は皆無なのだが、「伯爵に対して敬語を使わないなどありえない」と一蹴いっしゅうされてしまったため、大の大人……しかも騎士団副団長が子供に向かって敬語を使うという謎な状態になっていた。
 まぁ、もう気にしないけど。

「はい。今回の交換留学は反乱の首謀者が設けたものでしょう。どんな手を使ったのかはわかりませんが、皇帝の意思に反するものであるなら、皇帝は僕たちを消そうとするはずです」
「で、まだ帝国に入る前に消してしまえば帝国が責められることはないから、早めに片付けてしまおう……ということですか」
「その可能性が高いかと」

 俺の言葉に隊長は難しい顔で考え込む。

「ふぅ、思ったより事態は深刻なようですね」
「そうみたいですね。帝国に入ってから命を狙われる可能性は考えていましたが、道中で狙われるとはさすがに思っていませんでした」
「陛下もここまでは読んでおられませんでしたね……」

 俺は隊長の言葉に頷く。

「それほど、帝国が堕落している、とそういうことなのでしょう」

 俺がそう言うと、隊長が険しい表情を浮かべる。

「困りましたね。私たち護衛騎士は今回はそこまでたくさんは来ていません。王女殿下をお守りするには少々心許こころもとないかと」

 はっ? あれで護衛騎士が少ない?
 思わぬ言葉に唖然とする。護衛騎士は二十人いる。帝国への入国が拒否されないギリギリの数だ。生徒会のメンバーは俺を抜いて四人。四人全員に常に五人の護衛をつけられるわけだから、十分多いと思うんだが……王族の護衛となるとこれでも心許ないのか。全然感覚がわからない。

「まぁ、そこまで心配しなくて大丈夫かと。道中は僕も護衛の手伝いをしますしね」
「よろしいのですか⁉」

 俺の言葉に隊長がはじかれたように顔を上げた。満面の笑みを浮かべている。そ、そんなに嬉しいのか……

「護衛も僕の任務に含まれていますから。ただ、着いてからは単独行動を取ることが増えると思いますので、みんなをよろしくお願いします」
「もちろんです! 命に代えてお守りします!」

 いや待て待て。そんなに物騒なこと言わないで⁉
 内心で叫びながらも表情は平静を装う。

「命に代えて、ではなく、誰も死なないように。あなた方護衛騎士を含め誰も死なないようにお願いしますね」
「は、はい! きもめいじておきます!」

 パッと頭を下げる隊長。普段は騎士団の副団長だよね、この人……こんなに腰が低くて大丈夫か……?
 昨日の戦闘を見た感じ問題ないとは思うが、なんとなく心配になる。いくら俺が伯爵といっても騎士団の副団長がここまで下手したてに出る必要はないはず。
 たぶん王都動乱の時の俺の噂でも聞いて、丁重に扱わないとやばい奴という認識を持ったんだろうが……複雑だ。


   †


 それから二日間は特に何も起きなかった。魔物や暗殺者に襲われることもなく、馬車は進んでいく。

「平和だね」
「ほんと、初日に魔物に襲われたのが夢みたい」

 リョウの言葉にミリアが頷く。魔物に襲われたことで常に緊張状態にあった馬車での移動だが、ようやく少しその緊張がほぐれてきたようだ。

「でも、これから森に入るわ。森の中ではいつ魔物と出くわしてもおかしくない。くれぐれも油断しないように」

 シルがその可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべて告げた。その言葉通り、前方には鬱蒼うっそうとした森が見渡す限り広がっている。
 シルの言葉を聞いて、少しリラックスした様子だったリョウとミリアがもう一度気を引きしめた。

「そうでしたね。ここから森……気をつけなければ」
「ごめんなさい、安心しちゃダメでしたね」

 リョウとミリアが言い、シルが頷く。シルの表情は普段と違って硬い。それは森に入ったことで日が遮られ馬車の中が暗くなると、より顕著けんちょになった。
 適度な緊張は大事だが……

「シル」
「っ……⁉」

 隣に座っているシルの顔を覗き込むと、彼女は体をピクッとさせる。

「君は緊張しすぎ。何かあっても僕が絶対守るから、むしろもう少し肩の力を抜いて」
「アルくん……」

 シルが不安そうな表情を浮かべていたけれど、俺が安心させるように微笑むと俺に寄っかかってくる。

「そうね。ありがとう」
「どういたしまして」

 しかし、その時――

「これは……」
「どうかしたのか?」

 俺が顔をしかめたのに気付き、リョウが聞いてきた。

「相当な量の魔物が僕たちのほうに向かってきてるんだ」
「そんなっ……⁉」

 シルの顔が一瞬で真っ白になった。手が小刻みに震えている。

「大丈夫だから。さっきも言ったでしょ? 何があっても僕が絶対守るって」
「う、うん……でも、対策はあるの?」
「問題ないよ。あと少しで馬車と魔物がぶつかるけど、全部僕一人で倒すから四人は馬車の中にいるようにね。絶対出てきちゃダメだから」

 俺がそう告げると、シルは目を見開く。

「アルくんっ⁉ 一人で倒すって……」

 ゆっくり話しているひまはない。俺は動いている馬車から飛び出しながら叫ぶ。

「心配しないで大丈夫! これくらいは問題ない」
「ちょっ……⁉」

 馬車を出ると、周りを馬に乗って進んでいた騎士たちが驚きの声を上げる。

「アルライン卿⁉」
「大量の魔物がこっちに向かっています! 対処してきますが、こちらにも魔物が来ないとは限らないので馬車をお願いします!」

 ガイズ隊長に向かって叫ぶと、彼は表情を引きしめて頷いた。

「わかりました! 聞いたかお前ら! アルライン卿が魔物を処理してくれるそうだ。その間我々は馬車を死守するぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」

 護衛騎士たちの頼もしい声を聞いて少しだけ安心する。この感じならシルたちが危険な目にうことはないだろう。俺は魔法で勢いよく空を飛びながら進む。

「多いな……この森の魔物が全部集まってきているみたいだ」

 索敵魔法に引っかかった魔物だけでも優に数百はいる。

「しかも大型の魔物もいるし」

 大きい反応がちらほらある。正直この魔物たちを騎士が対処することは不可能だっただろう。

「確実に殺そうとしているよな」

 そう思うと、怒りが沸いてくる。そんなに王国の人間が帝国に入るのが嫌なら、交換留学なんて受け入れなければよかったものを。たぶんレジスタンス側の思惑なのだろうが……

「しっかりとっちめないとな」

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。思っている以上にイラついてしまっているようだ。そんなことに気付き思わず苦笑いを浮かべた時、前方の少し開けた場所に魔物の真っ黒な大群を確認する。

「っと、あれか。焼き払ったほうが早いな。森が傷つくが……元に戻せば問題ないだろう」

 一体一体倒すには時間がかかりすぎる。強硬手段ではあるものの、森ごと焼き払ってしまえば後ろに被害がいくこともない。手を前に突き出して唱える。

「〈獄青炎ブルーインフェルノ〉」

 ボオッと真っ青な炎が魔物たちに襲いかかった。

「ギャァァァァァァァァァァァア!!!!!!!!」
「ギュルルルルルルルルルルウ!!!!!!!!!」

 悲鳴を上げながら灰になっていく魔物たち。あんなに大量にいた魔物はあっという間に消え去った。

「ふぅ、これでいいかな」

 パンパンと手を払いながらあたりを見渡す。残ったのは焼け野原のみ。

「なんか……視界が広がった?」

 元から開けた場所ではあったが、さらに見通しが良くなった気がする。

「……考えないでおこう」

 炎が色々なものを焼き消してしまったなんて、考えない考えない……

「とりあえずここを元に戻さなきゃね。それに捕まえないといけない奴もいるようだし」

 索敵魔法に引っかかった何者かを見て口角を上げる。

「逃すわけないよね」

 両手を前に突き出して目をつむる。

「〈時間遡行タイムシフト〉」

 俺が唱えると、地面から元々あった植物たちが次々に生えてくる。地表だけ時間を巻き戻したのだ。俺をこの世界に転生させた創造神セラフィの加護のおかげで使える、なんでも創り出せる究極の魔法――創造魔法で作った魔法で、動物には作用せず植物に対してだけ効果を発揮する。魔物たちが現れる前まで森を戻したところ、元の開けた空間は消えせ、花が咲き誇る綺麗な空間が現れた。

「こんなに綺麗な場所だったのか……」

 俺は地面に下り立ち、すっと花をでる。魔物に蹂躙じゅうりんされた森は元の美しさと落ち着きを取り戻したようだ。その時だった。

「はっ?」

 突如間の抜けた声が響いた。視線を向けるとそこには……

「あ……」

 黒いマントを着てフードで顔を隠した人物がいた。声の低さから男だとわかる。植物が生えてきたことに驚いて考えなしに姿を見せてしまったのだろう。その男は俺が見ていることに気付くと、即座にマントをひるがえして走り出した。だが、それを見過ごす俺ではない。

「逃がさないよ。〈光鎖ライトチェーン〉」
「なっ⁉」

 光の鎖が一直線に男に向かう。男は逃れるために魔法を使おうとしたが……

「遅い」
「ぎゃっ⁉」

 それよりも先に光の鎖が男の四肢しし拘束こうそくした。動きをふうじられた男は力なく俯くことしかできない。俺は男のもとまで歩み寄ってフードをはずす。

「おいっ……」

 現れたのは怯えの色を瞳に浮かべた、えない顔の中年の男。随分気弱そうだ。相手を事細かに分析できる魔眼まがんで見ても魔力は黒、つまり闇属性のみしか使えず、量が多いわけでもない。
 ちなみに魔眼とは俺の右目に宿っている力のこと。魔力を流すことで人や物のステータス、魔力の属性などを見られるようになる。

「うーん、暗殺者ってわけじゃなさそうだね。今回のために皇帝がわざわざ雇ったんだろう? 本来は魔術師ってところかな?」
「ど、どうしてそれを……」

 魔術師は術式を理解し、魔法陣を創り出すことで魔法を行使する者のことを指す。術式を深く理解することはかなり難しいため、魔術師は研究者としての側面が強い。戦闘をバリバリこなすわけではないので魔力量は少ない者が大半だが、その反面行使する魔法のレベルは高い。この男もそうだけど、魔力が足りない分を知識で補っているのだろう。
 そして状況を見る限り、この男の専門は魔物の召喚しょうかん及び使役しえき。皇帝からしたら今回みたいに直接手を下せない時には使い勝手が良かったんだろうな。
 そう告げると、男は唖然とした表情を浮かべた。

「そこまで見抜かれていたのか……」
「そもそも暗殺者なら、植物が生えたくらいで驚いて姿を現すなんてヘマしないと思うしね」
「うっ……」

 自分でもヘマした自覚はあったのだろう。男は顔をゆがめた。だが、次の瞬間――


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