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2巻

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「アルライン卿、気持ちはわかりますがさすがに……」
「良い。こ奴がこのような反応をするのは当たり前だからな」

 陛下は宰相閣下の言葉を遮ると、苦々しい表情を浮かべた。

「お主の言い分もわかる。しかし、これは帝国と交換留学という話なのだ。王国の体面のためにも学生をある程度の人数送らなければならない」
「だからと言って彼らを送るにはあまりにもっ……!」

 俺は生徒会の友人たちを思い、声を荒らげる。

「だが、お主らの生徒会がこの国では一番優秀だろう。加えて、お主という規格外の化け物もおるしな」

 なんかしれっと失礼なことを言われた気がする。でも、そこに気を止める余裕はなかった。

「そもそも生徒である必要はあるのですか? 教育目的で文官を送るでも……」
「そうすれば一人だけ学生であるお主の存在がおかしくなるであろう?」
「……」

 ぐうのも出ない。陛下がさらに言う。

「それともお主は友人を守り切る自信がないのか?」
「そんなわけっ……!」

 俺は思わず叫んだ。友人の命を守るためならなんでもする。それこそ命だってかけられる。
 しかし、叫んでから陛下の言葉がわなであったことに気付いた。口を押さえた時には遅かった。陛下はニヤッと笑うと、面白がるような目を向けてくる。

「では大丈夫ではないか。私だってお主がいなければ子供を送り出そうとは思わんよ」

 そんなことを言われてしまえば口をつぐむしかない。

「……はぁ、わかりました。私が全力でお守りします」
「ああ、よろしく頼む」
「で・す・が!」

 俺は目を見開いて一文字一文字区切るように言うと、陛下と宰相は気圧けおされたようにる。

「シルティスクだけはダメです」
「アルくんっ⁉」

 ここまでの話で反対されると思っていなかったのか、シルが驚いたようにこちらを見る。だが、これだけは絶対に譲れない。

「王女が同行していると帝国側が知れば、それこそ危険度はね上がるでしょう。そんなことをするわけにはいきません」

 俺の言葉に陛下が頷く。

「ああ、同感だ。元よりシルティスクを行かせるつもりはない。彼女以外のメンバーで行ってもらう予定だった」
「な、なぜですお父様⁉」

 シルが叫ぶ。陛下は首を横に振った。

「そなたは王女だろう? さすがに敵国に行かせるわけにはいかないのだよ」
「でも私は生徒会長ですわ! 生徒会のメンバーが行くのに私が行かないというのは……!」
「そなたは自分の価値をわかっていないようだな」
「なっ……」

 陛下の冷たい眼差しを受けて、シルは言葉を詰まらせた。親バカな陛下にしては珍しい態度だ。

「もしそなたに何かあれば民が黙っていないだろう。帝国と全面戦争になることはわかりきっておる。戦争を回避するためにこ奴を送るのに、そなたに万が一のことがあれば全てが無駄むだになってしまう」
「ですがアルくんがいればっ……!」
「そなたの身に何か起こる可能性がほんの少しでも残っているならダメだ。それに……」

 陛下が少し表情を和らげる。

「私自身がそなたに何かあったら耐えられないのだよ」
「お父様……」

 国王としても、父親としてもシルが行くのは許可できないのだろう。父親の目になった陛下にシルも強く出られず、言葉尻がすぼんでいく。
 このままシルは王国に残ることになるかと思った時、宰相が口を開く。

「私はシルティスク様が帝国に行くのは賛成ですよ」
「「なっ⁉」」

 宰相の言葉に絶句する。陛下が宰相を強く睨んだ。

「どういうことだ。シルティスクが行く必要など……」
「陛下もわかっておいででしょう? 今のまま帝国に行ったところで、皇帝が彼らに相応の待遇をするとは思えません。伯爵のアルライン卿がいても、歳若いが故にあなどられるのでしょうしね」
「そうだが……」

 口ごもる陛下に対し、宰相がまくしたてるように言う。

「ですが、第一王女であられるシルティスク様が帝国に行けば、帝国はそれ相応の待遇を用意しないといけません。そんなこともわからない愚皇でしたらともかく、王女殿下が行くことで確実に滞在先を皇城にすることができるでしょう」
「別に皇城である必要は……」
「街は荒れ果てていると聞きます。学生をそんな場所に放り込むおつもりですか?」
「ぐっ……」
「皇城に滞在すれば、アルライン卿がレジスタンスに力を貸しやすくもなります。それに……」

 宰相が俺のことをじっと見つめ、続ける。

「そもそもアルライン卿がいれば滅多なことは起こらないとわかっておいででしょう?」
「う、うむ……」
「でしたら殿下にも帝国に行ってもらうほうがよろしいかと」
「……」

 陛下は黙り込んでしまった。
 そこはもうちょっと頑張ろうよ? ね? 父親として娘が心配でしょ?
 俺は内心で呟く。だが、もう俺に言えることは何もなかった。
 部屋が静寂せいじゃくに包まれる。そして……

「シルティスク、お前はどうしたい?」

 陛下がシルに静かに問いかけた。

「わ、私は……」

 シルが俯く。いくら行きたい気持ちがあったとはいえ、正反対の意見を二つも言われたら、即決なんてできるわけがない。沈黙が広がる。

「お父様」

 シルが顔を上げた時、その瞳には強い決意の色が浮かんでいた。それだけで答えを察してしまう。

「帝国に行きますわ」
「……そうか」

 魂が抜けたような表情になる陛下。俺も今すぐ止めたいと思いながらも、くちびるんで耐えることしかできない。シルが決めたことを尊重してやりたかった。
 ただ一人、宰相閣下だけが満足そうに頷く。

「殿下、ありがとうございます。ただ危険な場所には違いありませんので、決してアルライン卿から離れませぬよう……」
「わかってるわ」

 宰相の言葉を遮ったシルの表情は思ったよりも硬い。荒れている帝国に行くことになったんだ。やっぱり緊張しているのかもしれない。
 俺は気付けば再び彼女の手を握っていた。

「僕が絶対守るから。心配しないで」
「アルくん……」
「離れろっ! まだシルは渡さんぞ⁉」

 俺とシルが見つめ合うと陛下が叫んだ。いや、俺たちはすでに婚約者だって何度言ったらわかるんですか⁉
 シルと二人で苦笑する。宰相は無表情を貫いているが、少しだけ口角が上がっていた。
 陛下がため息をつく。

「こうなってしまってはしょうがないな……」
「お任せください。シルティスクは必ず守ります。もちろん一緒に行く他のみんなも」
「ああ、頼んだぞ。絶対無事に帰ってくるように」

 そう言った陛下の目を、俺はまっすぐ見つめる。

「もちろんです」
「その言葉、たがえることのないように」

 陛下の言葉に俺は強く頷いたのだった。



  第二話 生徒会


「えぇっ⁉ 俺たちが帝国に行くのか?」
「ああ。国王陛下から直接指示があったよ」

 翌日、俺はシルとともに生徒会室にいた。部屋には生徒会のメンバー全員がそろっている。
 戦争が起きることを阻止するために帝国に留学に行くことを説明すると、驚きの声を上げたのはリョウだ。入学式の日に仲良くなって以来、リョウとはよく話すし、よく一緒に出かけるようになった。初めての同性で同い年の友人ということもあってか、こいつと絡んでいる時は俺も童心に返ったような心地がする。いや、見た目通りの精神年齢になると言ったほうが正しいか。
 この三年でリョウの魔法はめきめきと上達し、今では俺とシルティスクに次ぐ四年生の第三席だ。しかも長身の赤髪イケメンに成長している。

「帝国は敵国だったよね? 大丈夫なの?」

 不安そうな面持ちでピンク色の髪をらしたのはミリアだ。ミリアは几帳面きちょうめんな性格で書記を任せている。凄く字が綺麗きれいで彼女が作った議事録はとても読みやすいから、もう他の人に頼むことなんてできない。
 ミリアは水属性魔法以外はからっきしだが、水属性に関してだけは非凡ひぼんな才を持っていた。

「いや、かなりやばいらしい。ただ、交換留学生って形だから身の安全は一応保証されているはずだ」
「えぇ、行きたくないなぁ」

 俺の言葉に対するミリアの素直な感想に、皆一様に頷く。まぁ、確かに誰が好き好んで今の帝国に行くというのだろうか。
 不安そうな表情の生徒会役員たちを見て、シルティスクが口を開く。

「皆さん、このような危険を伴うお願いをしてしまって本当にごめんなさい。ですが、今の帝国は近い将来王国に戦いを仕掛けてくる可能性が高いのです。それを止めるには皆さんの力が必要なんです」
「帝国に入ればあとは僕がどうにかする。だが、僕だけというわけにもいかなくてね……一緒に帝国に行ってもらえないかな?」

 シルと俺の言葉にみんながけわしい表情を浮かべる。

「シルティスク様もいらっしゃるのですか?」

 暗緑色の髪に眼鏡をかけた真面目そうな男の子が、鋭い目でこちらを見ていた。生徒会最後の一人、フレグラント・フィル・レバーテール。子爵ししゃく家の嫡男ちゃくなんだ。ちなみにこの学園では基本的にファーストネームを名乗るルールだが、生徒会役員だけは例外で、全員フルネームを名乗っている。
 フレグの言葉にシルが苦笑する。

「様はつけないでっていつも言っているのに……」
「何度も申し上げておりますが、王女殿下に敬称をつけないのは無理ですのであきらめてください」
頑固がんこね、ほんと……」

 シルがため息をついた。見た目通り真面目で堅物かたぶつな彼は座学が優秀で、会計を担当している。俺とは二年で同じクラスになってから仲良くなり、役員決めの際に声をかけたのだった。

「そう、質問の答えだけど、私も帝国に一緒に行くわ。第一王女として同行します」
「「「はいっ⁉」」」

 俺とシル以外の声が合わさる。
 当たり前の反応ではある。明らかに危険とわかっている場所に第一王女が行くなんて、普通ではありえない。フレグだってシルが行かないと思っていたが、確認の意味を込めて質問しただけだろう。
 俺は戸惑う三人に言う。

「それだけ非常事態なんだ。シルがいない状態で僕たちだけが帝国に行ったら、どういう扱いをされるかわからないからね」
「でもアルラインくんもいるんだし、そんなにひどい扱いができるわけ……」

 ミリアの言葉に首を横に振る。

「ここにいるみんなには話しているけど、僕の力のことは基本的に秘密だからね。帝国は僕のことを偶然爵位をもらっただけの子供と思って侮るだろうさ」
「そうですね。しかも皇帝の性格を考慮すると、たかが伯爵ごときに良い待遇をする必要などない、くらいに考えてもおかしくないです」
「そういうことだね」

 俺はフレグの言葉に頷いた。国庫が尽きたら戦争を起こせばいいと考える傲慢ごうまんな皇帝が、伯爵ごときをもてなすとは到底思えなかった。

「確かに帝国はそういう国だからありえるだろうな。だからシルティスクさんが一緒に行くのか」
「えぇ、さすがに王女の私を雑には扱えないでしょうからね」

 リョウが納得したように言い、シルが首肯した。生徒会室に沈黙が広がる。
 三人とも、なかなか気が乗らないのだろう。
 どうしようかと思ったその時だった。

「私は行きますよ」
「「「「っ⁉」」」」

 フレグの落ち着いた声に、俺含め彼以外の四人が驚きの表情を浮かべる。

「アルラインがいて、しかもシルティスク様も行くということは護衛騎士もたくさんつくのでしょう? ここまで安全な状況で帝国に行けることなんて、もうないと思いますからね。この機会をのがすつもりはありません」
「……っ! ありがとう、フレグ! 君ならそう言ってくれると思ったよ!」
「私が行きたかっただけですので」

 フレグに駆け寄って手を取ると、少し照れた様子で視線をそらされる。基本無表情な彼は友人があまりいなかったため、お礼を言われ慣れていないのだ。


 そんな俺たちの様子を見て、リョウとミリアも決心したようだった。

「フレグがそう言うのなら俺も行く」
「私も行くわ。考えてみればアルラインくんがいるのだから、きっと大丈夫よね」

 二人の言葉に、俺とシルは目を合わせると満面の笑みを浮かべた。

「二人ともありがとう!」
「本当に助かるわ」

 陛下からの指示といえど無理やり連れていくのはできる限り避けたかったから、本人たちが決心してくれて助かった。あとは俺が四人を守りながら反乱を成功させて、戦争を阻止そしすれば問題ない。
 ……大丈夫か、これ。
 改めて考えると、無理難題をふっかけられているとしか思えない。

「アルくん、どうかした?」

 シルが俺の顔をのぞき込んでくる。

「いや、なんでもないよ」

 シルに心配かけないように笑う。やるしかないものはやるしかないんだ。グダグダ言ってもしょうがない。
 俺は頭を振って切り替えると三人に告げる。

「じゃあ決まりだね。出発は一週間後。それまでに荷物を準備しておいてくれ」
「了解!」
「何必要かなぁ」
「なんとかしましょう」

 リョウ、ミリア、フレグがそう言って荷物について考え始める。この世界ではなかなか他国に旅行なんてできないから、若干テンションが上がっている雰囲気が伝わってきた。
 そんな中、シルが爆弾を落とす。

「ちなみにパーティーがあるらしいから正装は絶対必要よ」

 リョウとミリアが固まった。フレグは一瞬ピクッとしたものの、そのまま自分の仕事に戻る。平民出身のリョウとミリアはパーティー慣れしていないから、緊張しやすい。フレグは貴族だからパーティーには慣れているのだろう。
 ミリアがギギギ、と音がなりそうな動きでシルを見る。その顔ははっきりわかるほど青ざめていた。ミリアは学園の歓迎パーティーですら相当緊張していたもんな。

「大丈夫よ、今から一緒にドレスを選びに行きましょうね」
「そ、そんなお金……」
「今回は経費ということで国からお金が出るから。とびっきりいいものを準備しましょう!」

 シルの言葉を聞き、ミリアの顔が真っ青を超えて真っ白になる。ドレス選びがどれほど時間と体力がいるものか知っているのだろう。しかも……

「え、えっと、ま、待ってください。シルティスクさんの目が怖いっ……!」
「アルくん、ちょっとミリアさんと買い物してくるから先に帰るわ」

 離さないとばかりにシルがミリアの手をつかむ。だいぶ張り切っているようだった。ミリアがすがるように見つめてくるが……俺はミリアから顔をそむけた。

「わかった」
「アルラインくんっ……」

 ごめんミリア、今のシルには逆らえない。

「じゃあお先に失礼しますわ」

 シルはそう言ってミリアを引っ張りながら出ていく。俺たちは顔を引きつらせて見送ることしかできない。

「女の子って大変だな……」

 リョウの呟きにフレグと一緒に無言で頷く。
 俺たちの気持ちが初めて一緒になった瞬間だった。


   †


 一週間後――

「帝国かぁ……どんなところなんだろうな……」

 俺たちは馬車に乗ってスフェルダム帝国に向かっていた。今は何もないただまっすぐ続く街道をゆっくり進んでいる。
 この一週間で俺は何度も王城に足を運び、陛下と宰相閣下と話し合いをした。護衛騎士の数、スケジュール、外交交渉まで。あくまで留学であるはずなのだが、俺とシルがいる時点でこれはもう外交に他ならないらしい。そんな事情にかこつけて、陛下も閣下も大量の仕事を押しつけてきた。しかもわからないことがあれば、転移魔法で戻ってこいといういい加減さ。
 さすがにひどいと思う。俺はまだ十三歳なのに、なぜこんなに仕事をしているんだ……

「アル、どうした?」

 死んだ顔をしていたからだろうか、窓から外を見ていたリョウが聞いてくる。この馬車には生徒会全員が乗っているのをすっかり忘れていた。
 ちなみにわざわざ五人乗れるように改良したらしく、相当でかい。

「準備で疲れたなって思ってね」

 苦笑いを浮かべると、リョウが得心とくしんしたように頷く。

「さっきのリエル様の剣幕けんまく凄かったもんな」
「あぁ……それもあるな」

 考えていたこととは少し違うが、確かにそれもあった。リエル――俺の義姉あねうえの心配性には困ったものだ。
 出発前のことを思い出す。


『アルくん、いい? 女の子に軽々しく笑顔を向けちゃダメよ?』
『大丈夫ですよ。シルと一緒に行くので、さすがに色目を使ってくる女性なんていないでしょうし……』
『甘いわ!』
『えぇ……』
『アルくんはかっこいいの! 側室でもいいって思う女の子はいっぱいいるはずよ。しかもこの歳で伯爵だしね。だから笑顔を振りまかないって約束して!』
『別に笑顔を振りまいているつもりは……』
『その無意識が一番怖いのに……お願いだから婚約者を増やさないで!』
『大丈夫ですって。僕の婚約者はシル一人だけです』
『それならいいけど心配だわ……アルくんはほんとかっこいいから……』

 義姉上はことあるごとに俺の周りに女の子が寄りつかないか心配してくる。それはシルと婚約してからも変わらなかった。だが、いくら同年代の中で身分が高かろうと、将来俺より偉くなる奴はいる。それに見た目だって義姉上は身内贔屓びいきがすぎると思う。俺よりイケメンなんていっぱいいるのだから。
 我が義姉ながら困ったものである。

「……アルってなんで特定のことにはこんなに鈍感どんかんなんだろうな?」
「リエル様が守ってきたからじゃないかしら?」
「あぁ……自分の魅力に気付く機会がなかったのか……」

 そこ、残念な目で見ない。俺は好き勝手言っているリョウとミリアを軽くにらむ。そもそも鈍感ってなんだ。そう思ってシルを見るが、黙ったまま苦笑いを浮かべられた。せぬ。というかこんな中でもフレグは本を読むのか……ちょっとは俺のために弁明しようとか……


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