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完全版【001】:変態は歓喜し、鬼畜無理ゲーは泪を溢す!(1)
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連邦暦四千五百六十七年、人類は現実の一秒が三百六十日に相当する仮想現実の世界を初めて構築した。其れを成したのは医療研究機関であるインダストリア社だった。
インダストリア社は人間の機械生命体化を為し遂げた医療研究機関のパイオニアで、現在は不老不死研究に力を入れており、研究の副産物として現実の一秒が三千百十万四千秒に相当する仮想現実の世界を創り上げた。
そうして、前人未踏の仮想現実の世界を構築したインダストリア社は、医療研究を母体とした多角経営に乗り出し、仮想現実世界を基盤としたビジネスモデルを世界に提案し、世界は其の恩恵により著しい発展を遂げるかに見えた。
だが、其の恩恵を十二分に受けられたのは一部の者達だけだった。
【最大延長】時間での研究開発が仮想現実世界で進められる内に、仮想現実での生活と現実の生活との間での順応の差異に、人間の脳の認識が耐えられ無い事が判明した。現実の一秒で仮想現実世界の三百六十日を体験後に、ログアウトして現実の生活との認識の擦り合わせが困難な事例が多発し、人間の最大延長時間での使用は困難になった。
こうして、人間の脳の認識の擦り合わせが可能な現実の一秒が仮想現実世界での二十四秒を、【最大延長】時間とした規定が、人間の仮想現実世界の原則となった。
現実の一秒が【仮想現実世界の三百六十日】と【仮想現実世界での二十四秒】と比較すると格差は明らかではあるが、其れでも現実の一秒が仮想現実世界では二十四倍に為る恩恵は人類に著しい発展を与えた。
其の恩恵により人類が余暇を有意義に過ごせるように、インダストリア社のゲーム開発部門では、数々の仮想現実ゲームを発売展開していく。
時は流れ百八十三年後、インダストリア社は、人間の脳の認識の限界を克服するシステムを完成させ、満を持して現実の一秒が三千百十万四千秒の仮想現実に相当するFHSLG(ファンタジー歴史シミュレーションゲーム)【アルグリア戦記】を発表した。
FHSLG【アルグリア戦記】は、多人数参加型のゲームとして当初開発をスタートさせたが、多人数ではログイン時間の差異によって、プレイヤー間の連携に大きな齟齬が発生した。其れはゲームの世界観である、歴史変革を楽しむには向いていなかった。
其の理由から、FHSLG【アルグリア戦記】は、一人用ゲームとして発売され、長きに渡ってゲーム愛好家に愛され続けられる事となる。
連邦暦四千七百五十年六月、インダストリア社は、FHSLG【アルグリア戦記】のゲーム発売を記念して、仮想現実世界でのお祭りイベントを開催すると発表した。
イベントの内容は、ゲーム挿入歌の一般公募で、プロ・アマ・音楽ジャンル問わず、ゲームプレイヤーの魂を揺さぶる自信こそが、唯一の応募の条件だった。
開催場所は、仮想現実世界【ヴァルハラ】で、審査員はイベントに参加する権利を有するFHSLG【アルグリア戦記】をサービス開始前に事前購入した一千万人と、インダストリア社の主導管理脳【マザーアース】だった。
世相として、仮想現実世界に於いてテロ行為が多発していた。人類の貧富の差が顕著に現れる現代、富裕層であるハイブランドの住民をターゲットにしたものだった。
仮想現実でのテロ行為により、精神に致命傷を受け脳死するケースが多発していた。テロリストの多くは、何等かの思想を以て正義を主張する者達だった。
仮想現実世界のテロリストとして、単独でのテロ行為で殺傷した総数百万人越えのテロリストだけで結成した五人組が、当日【ヴァルハラ】のイベントにアーティストとして参加すると表明していた。
アーティスト名は、【超極悪人】で、世界を崩壊させると宣言していた。事実、彼等の出現により、イベントは異様な盛り上がりを見せた。
彼等の演奏に魂を揺さぶられ、其のまま昇天したイベント参加者もいたが、彼等の目的は違った。彼等の真の目的は、【マザーアース】で、主導管理脳が管理するハイブランドの住民達の思考データだった。
ハイブランドの一握りが人類世界を支配している。其の多くが機械生命体となって、永遠の命を得ており、テロ対策として思考データを【マザーアース】に保存していた。
思考データがある限り、何度でも蘇る機械生命体の抹殺を、テロリスト達は目論んでいた。
メタルサウンドが鳴り響き! メタルシャウトが、魂を濡らす!
エレキの旋律が、魂を即死させ、爆破し、誘爆させる!
ベースの調べが、魂の存在を確定させる!
弾詰まりのないツーバスの連撃が、的確に魂をドラミングする!
ボーカルの叫びが、魂を直撃し、揺さぶる!
魂の慟哭が、境界線を無視し、破壊し、殲滅する!
【超極悪人】の演奏時間四分十一秒後、仮想現実世界【ヴァルハラ】は崩壊した。
其れと同時に、インダストリア本社が大爆発を起こし、主導管理脳【マザーアース】は破壊された。
世界は闇に閉ざされた。
仮想現実の世界で、人生を謳歌していた人類に鉄槌が降った瞬間だった。
貧困層のアンダーグラウンドの住民が、富裕層のハイブランドの住民に対し、少なからず溜飲を下げた瞬間でもあった。
一月後、世界は、人類は、仮想現実の世界を再び構築していた。破壊された【マザーアース】に代わり、補助管理脳の一つが主導管理脳【エルダーアース】としてバージョンアップしたのだった。
インダストリア社は、本社爆発時に亡くなった前社長に代わり、新たに新社長が就任した。
新社長は、FHSLG【アルグリア戦記】のサービス開始を宣言し、挿入歌には【マザーアース】を破壊し、仮想現実世界を崩壊させたテロリスト達の曲が、圧倒的得票差で選ばれた。
FHSLG【アルグリア戦記】は現実の一秒で、三千百十万四千秒の仮想現実のゲーム世界を楽しめる。ゲーマーと呼ばれるゲーム愛好家達は、挙って【アルグリア戦記】に乗めり込んでいった。
ファンタジーなゲーム世界で繰り広げられる戦いの歴史。アルグリア大陸を統一するのは、果たして誰なのか? 【アルグリア戦記】の公式ホームページには、初回購入者一千万人のプレイヤーネームが、ゲームの進行度によってランキングされていた。
毎月、ランキングの順位ごとに、特別な特典がプレイヤーに授与された。
ランキング上位のプレイヤーはゲーマー達にとって、憧れであり、まさしく神だった。
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『師匠、俺挑戦して来ます! 鬼畜仕様と名高い、最高の七段階目の最難度のシナリオを! 聞いてますか、師匠?』
俺は、MMOWG(多人数参加型戦争ゲーム)【矛盾】で、師事したプレイヤーネーム【クマメタル】こと師匠に応答を求めた。
師匠はゲームネームと同じくイカれた人だった。【クマメタル】とは、【マザーアース】を破壊した五人組【超極悪人】のリーダーの名前だった。イカれたプレイヤーネームが登録を認められた理由は知る術もないが、正常な人物は決して付ける事のない名前だった。
俺は再度、師匠に応答を求めたが、自分の世界に浸っているであろうイカれた変態が応答するとは思えなかった。
『カルマ! 皆殺しって、最高だな!!! 何も考える必要がない、ただ全てを殺すだけだ! なあ、カルマ?』
イカれた変態は、どうやら俺の言葉を聞いてはいなかったようだ。確かに戦闘中のトランス状態の師匠に、応答を求めた俺が馬鹿だった。
MMOWG【矛盾】に於いて、対戦相手から忌み嫌われていた師匠は、触らぬDQNに祟り無しの文言其の侭に、【凶神】と呼ばれていた。
師匠の戦いのルールは、殺られたら殺り返すと言うシンプルで徹底したスタイルだった。
触らなければ、近付かなければ何事も起こらない。其れを理解した対戦相手は師匠を徹底的に無視した。居ない者として空気として扱ったが、イカれた変態は『毒饅頭を喰らえ!』と対戦中の戦場を暢気に横断して見せたのだった。
何処の世界にも、思慮の浅い新人は居るものだ。
暢気に戦場を闊歩するたった一人の師匠に、何を畏れる事があるのかと攻撃を加えた。たった一人の愚か者が、所属する連盟を崩壊に導いたのだった。
【矛盾】のプレイヤー達は、師匠に対して専門の監視体制を共同で敷き、イカれた変態が出現すると警戒注意情報が飛び交った。
『師匠、今はどのキャラアバターでプレイしているんです? 俺は今度【カルマ】でプレイしますよ!』
『ふっ、ふはははは~! カルマが【カルマ】をプレイするのか? まあ、楽しんで来い! 鬼畜のシナリオって奴をな! 其れと俺は今【ピグリス】でプレイしている。最高だぞ【マンドラゴラ】は、ふっはははは~!』
『へぇ~、モンスタープレイですか? 殲滅プレイヤーの師匠なら、人種種族なんか抑も関係ないですし、【アルグリア戦記】を楽しんでますね!』
『ああ、堪らないぜ! ノンプレイヤーキャラアバターも本物同然だしな! 只、ゲームのエフェクト処理だけが、此の世界が仮想現実の中だって主張している。其処だけが不満だがな!』
『いやいや、其れがあるから安全にプレイが出来るんですよ? でないと精神がマジで殺られてしまいます!』
【アルグリア戦記】では、血は流れない。只、エフェクト処理が為されるだけだ。傷口からエフェクトが漏れ落ちるように表現されており、其れはプレイヤーの精神を護る為のゲームシステムだった。
プレイヤーの精神を保護するゲームシステムの中には、感覚調整システムがある。
此れはプレイアバターの感覚を調節するもので、感覚を低く調整すれば痛覚が鈍り痛みを感じなくなる。逆に高く調整すれば感覚は鋭敏になり、少しの痛みも激痛に感じる。故に感覚調節システムの設定を高くする場合は、全ての責任の所在をプレイヤーであると認め、了承した者だけが感覚調整で三十パーセント以上に調整が可能になるのだった。
只、其れはプレイヤー自らが、己の生殺与奪権を【アルグリア戦記】に譲渡するサインでもあった。ゲーマーの中には、ゲームに命を文字通り賭ける命知らずのプレイヤーも多く存在した。
其の命知らずのゲーマーを、人は【廃人】と呼んだ。
俺の感覚調整は百パーセントで、鋭敏過ぎる感覚は即死レベルの激痛を感じる事も、常人以上の能力を発揮する事も可能だった。
有識者の間では、【アルグリア戦記】はゲーム形態に於いて、レベル制なのかスキル制なのかと当初議論されたが、結論としてはリアルシミュレーション制とでも言うべき形態だった。
レベル制とは、レベルが上がれば上がるほど強くなるシステムで、レベル差が戦いの勝敗を決するゲーム形態だ。
スキル制とは、スキルの特異性と熟練度と組み合わせにより、戦いの結果が左右されるゲーム形態だ。
リアルシミュレーション制とは、レベル制の能力値とスキル制の技術の組み合わせの妙を元にしたシステムで、現実で修得している技術をレベル・スキルのアシスト無しで、実現可能なゲーム形態だった。
所謂、リアルチートと謂われるプレイヤーが有利なゲーム仕様だった。
レベルの強さとスキルの強さの絶妙なバランス調整の上で成り立つ【アルグリア戦記】が、神ゲー(神の如き高評価の面白いゲーム)と謂われる由縁は、ゲーム製作会社の開発職人達が本気で本物を創り上げる為に、画期的な手段で【アルグリア世界】を創造したからだった。
インダストリア社の新社長も、熱く語っていた。
『プレイヤーである君達に問う! 異世界に転生したくはないか? 人生をやり直したくはないか? 君達の行動次第で【アルグリア大陸】の歴史を己色に塗り直せ! 人生がやり直せないって誰が決めた? 俺が許そう、自由に生きろ! 君達が何色に染まろうと自由だ! ・・・・・・だが、此のゲーム世界がもしかしたら現実世界ではと、疑いを君達が持った時、ゲーム世界は現実世界に変わる。そして君達は気付くだろう【アルグリア世界】が君達のもう一つの現実世界だと! 君達自身でゲーム世界【アルグリア戦記】が、真実の現実世界だと確かめろ! プレイヤー達よ、己の全てをアルグリアの歴史に刻め!』
FHSLG【アルグリア戦記】の世界には四十七の人類国家が存在し、その住民の一人をプレイして、大陸の統一制覇を目指してゲームは展開する。
但し、アルグリア語を話す人類の国が四十七国家であり、アルグリア語を話せない所謂、モンスターと謂われる魔物にもコミニュニティーが存在した。
プレイヤーの中には、モンスタープレイに嵌まる者も多く、シナリオの進め方によっては【十の災厄】と呼ばれる、アルグリア大陸に十個体しか存在しないユニーク個体でプレイする事も可能だった。
『では、師匠! 楽しんで来ます!』
『おう、楽しんで来い! またなカルマ!』
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俺はカルマとの通信を切り、目の前の自分が為した結果を、唯々見つめていた。人類と謂われるアルグリア語を話す者達が、自分達の正義を振り翳した結果が広がっていた。
死屍累々の屍が横たわる戦場において、動くものは自分以外には存在をしない。阿鼻叫喚の地獄絵図が其処に顕現していたのだった。
よくやるよ、カルマ。鬼畜仕様のマゾシナリオなど、何が楽しくて挑戦するのか、俺には全くカルマの気持ちが解らなかったが、アイツはゲーム馬鹿だったと謂う理由で納得はした。
現実の人生全てをゲームに捧げた廃人の中の廃人、【廃神】と呼ばれるゲーム脳の変態がプレイヤーネーム【カルマ】の正体だった。
『もう一つの現実世界ねぇ、ふん、下らない! 肉を断ち、熱く鉄臭い血を浴びる悦びが無くて、何が現実だ! 本物の血の匂いとは、全く似てねえじゃねえか!』
プレイヤーネーム【クマメタル】は、そう毒突くと虹色の体を蠢かせながら、プレイアバター【ピグリス】として花弁を大きく開き、自分以外の生物を体内に取り込み消化させていった。
アルグリア大陸の四十七人類国家及び数多のモンスターコミュニティーを掌中に納めずに、全ての勢力を倒す殲滅プレイヤーである【クマメタル】にとって、【アルグリア戦記】とは現実の仕事の息抜きに他ならない。
攻撃されなければ、攻撃をしないルールを持つ【クマメタル】は、俺を攻撃しろ、毒饅頭を喰らえと、移動不可能な筈の【マンドラゴラ】で、今日も暢気に【アルグリア大陸】を闊歩していた。
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「マスター! マスター! 起きて下さい!」
大声で俺を呼び続ける声に反応をして、目を覚ました。
「う、うん? どうしたんだ、ミリィ!」
状況判断が出来ないままで、呼び声の主に俺を起こすと言う、暴挙の理由を尋ねた。
「栄養摂取、運動、シャワーをお願いします!」
ああ、俺が頼んで於いて、どうしたんだもないよな。
俺は現実の世界に舞い戻り、現実の身体に栄養補給と、適度な運動後にシャワーを浴びる為に、軋むベッドチェアーから降り立った。【仮想現実装置】を右耳から外した俺は、【家庭用自動人形】ミリィに食事内容をいつものように丸投げして、重力運動室のドアを開け日課の運動を始めたのだった。
「ミリィ! 明日も同じように、よろしく! じゃ行って来る!」
俺は最低限の身体のメンテナンスと栄養補給をして、再び【ダイブトリッパー】を右耳に装着し、「ダイブ!」と呟き仮想現実の世界へ意識を跳ばした。
「いってらっしゃいませ、マスター!」
【オートドール】であるミリィは、いつも通りマスターを仮想現実世界に送り出し、室内の清掃を始めるのだった。
其の容姿は、何処から見ても黒髪の美少女其のもので、透き通る白肌に纏う白と黒のメイド服が、一部の嗜好家には堪らない雰囲気を醸し出していた。
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『ぽ~ん♪ マスター、ようこそ仮想空間へ! 本日のご用命を、お伺いします!』
仮想現実の世界の入口である【ポータルサイトの案内人】の【ナリア】が、いつもの如く行き先を尋ねる。
『やあ、ナリア! 【アルグリア戦記】で頼む!』
蒼い瞳の蒼い毛玉の如き狸が、了解とばかりに、空中で可愛らしく頷く。
『いってらしゃいませ、マスター!』
『ああ、行って来る!』
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『【カルマ】さま! ようこそ、【アルグリア戦記】へ! 本日はどのシナリオで、アバタープレイを始められますか?』
純白の空間に浮かぶ執事服に身を包んだ黒猫の姿の、【アルグリア戦記の総合案内人】である【ジョドー】が、慇懃な動作でカルマを迎えた。
『ああ、ジョドー。今回は【創造神の試練】の【カルマ】でプレイするよ!』
『なるほど、愈々と言うところですか、【カルマ】さま。【アルグリア戦記】ランキング一位のご出陣、私ジョドーも胸が高鳴ります!』
全く感情を表に出さないポーカーフェイスの執事に、カルマは内心苦笑をしながらも、ゲームスタートの準備を始める。
従来であれば、シナリオを選択し、プレイアバターを選択後にカスタムをするところだが、生憎【創造神の試練】の選択アバターは、シナリオ限定アバター【カルマ】のみで、カルマ以外に選択肢がない。
其れ処か、能力値(筋力・耐久力・知力・敏捷・器用・魅力)が【1】で固定(個体レベルが上がっても能力値は一切上がらない)で、スキル(才能)も【0】で固定(スキルを一切修得出来ない)、おまけにアイテムの持ち込みも不可、子孫での継承プレイも不可の縛り要素の塊が、鬼畜仕様のシナリオ【創造伸の試練】だった。
『現在まで誰一人として、クリアしたプレイヤーが居ない【創造神の試練】をクリア出来るのは、【カルマ】さまを措いて他には居られないと愚考します』
執事の言葉には、憂いがあった。顔には全く表さない感情が、ノンプレイヤーキャラアバターであるジョドーの心の裡にあった。
【アルグリア戦記の総合案内人】であるジョドーとしても、誰も攻略出来ないシナリオは、プレイヤーからのクレームも膨大だった。
AI(人工知能)搭載のジョドーがサービスを提供(同時接続で接客対応している)するプレイヤーは、一千万人。もう直ぐ第二陣として、加えて一千万のプレイヤーを迎える執事としては、頭が痛いところなのだろう。
『ははは、ジョドーの期待に応えられるように、楽しんでくるよ!』
『ありがとうございます! 【カルマ】さま、準備が整いました! 良い旅を!』
『行って来ます!』
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「おぎゃああああああああああああああああああ~!」
「マルナよくやった! 元気な男の子だ! ・・・・・・よし! 【カルマ】と名付けよう!」
「カルマ、うっ、うう・・・・・・生まれてき、てくれて・・・・・・あり、がとう~」
此れが、【創造神の試練】か、始まりは案外他のアバターと、余り変わりはないようだな。
下調べは勿論していない。そんな勿体ない事は出来ない。どんな困難が待ち受けているのか、想像するだけでご飯三杯は食えるな!
何々、現在地はマルカ王国の辺境のラック村か、両親は父親が【カリトリアス・エルブリタニア】で、母親が【マルゲレーナ・アルバビロニア】・・・・・・え、マジか! マジですか? そうですか・・・・・・
此の【アルグリア大陸】には、四十七の人類国家と数多のモンスターのコミュニティーが存在する。【アルグリア戦記】は其の中から、プレイアバターを選択してゲームを始める。
ゲームクリアとは、全ての勢力(人類国家とモンスター)を支配下に置きアルグリア大陸を統一制覇する事だった。
人類国家で大陸統一制覇の可能性が、戦力的に高い国家が幾つか存在した。其の内の二つの国家の名前が、俺の両親の家名にある。
【アルバビロニア大帝国】、エルフが統治するアルグリア大陸のほぼ中央に位置する軍事超大国だ。
【エルブリタニア帝国】、アルバビロニア大帝国と同じくエルフが統治する強国で、二つの国は隣接している。
其の大国の二つが俺の実家と言う事になる。もうヤバい感じしかしない。見るからに粗末な部屋に大国の皇子と皇女って、もう駆け落ちしかないじゃないですか~!
あ、あれ、ちょっと待てよ。此れって最高の家柄じゃないか! 上手くやれば、どっちの国も継承出来る血統って事だ。
でも今まで誰一人として、プレイヤーはクリアーしていない。此の事実から、プレイアバター【カルマ】に掛けられた、縛りの過酷さが伺える。
其れでは、お待ちかねのステータス確認と行きますか! 俺は脳裏に自分のステータス情報を表示した。
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【情報表示】:▼
氏名:【カルマ】
個体LV:【1】
備考:▼
年齢:【0歳】
種族:【森精霊人と普精霊人の混血】
身分:【未設定】
職業:【未設定】
称号:【未設定】
才能:【0】※封印
説明:▼
【運命と宿命の申し子】
【状態表示】:▼
生命力:【6/6】
魔力 :【8/8】
精神力:【9/9】
持久力:【3/3】
満腹度:【11/100】
【能力表示】:▼
筋力 :【1】※封印
耐久力 :【1】※封印
知力 :【1】※封印
敏捷 :【1】※封印
器用 :【1】※封印
魅力 :【1】※封印
【部隊編成表示】:▼
統率力:【未設定】
攻撃力:【未設定】
防御力:【未設定】
機動力:【未設定】
持久力:【未設定】/【未設定】
戦法力:【未設定】/【未設定】
士気力:【未設定】/【未設定】
詳細:▼
主将:【未設定】
副将:【未設定】
副将:【未設定】
部隊:【未設定】
戦法:【未設定】
特性:【未設定】
説明:【未設定】
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何だ、封印って? 封じているなら、もしかしたら、解けるって事じゃないか、縛りが解けるなら楽勝だけど、其処まで易しくはないな。其れなら、抑も、ランカーがクリア出来ないのは可笑しい。
何だかワクワクするな! 其れじゃ、恒例の生命力と魔力と精神力上げと参りますか!
はぁぁぁぁぁぁぁぁ~、ふぉぉぉぉぉぉぉぉ~、丹田から身体中を魔力で循環させ、魔力を操作する。従来は此の二つの動作で、スキル【魔力循環LV1】と【魔力操作LV1】が獲得出来たが・・・・・・
はてさて、封印状態でスキルは修得不可、何処まで生命力と魔力を上げれるかが重要なポイントとなる。
魔力を態と枯渇させて、生命力を魔力に充当し生命力ギリギリを攻めるやり方で、従来はスキル【魔力回復LV1】・【生命力回復LV1】・【精神耐性LV1】・【痛覚耐性Lv1】が獲得出来た。
だが、スキル修得不可では、只々激痛に苦しむだけかも知れない。まあ、其れでもやるんだけどね。
赤ん坊では、出来て匍匐前進くらいだから、スキル【肉体強化LV1】が獲得出来ない状態で、果たして何処まで、持久力を鍛えられるか。スゲぇドキドキする!
おっと、満腹度が危険域に達しそうだ!
「おぎゃああああああああああああああああああ~!」
「よ~し、よしよし~お腹空いたの~? 泣かないで~」
ウグウグっ! ・・・・・・母ちゃん、・・・・・・母乳が美味過ぎる・・・・・・、ゲポっ!
よ~し! やるぞ~! 脳裏情報に浮かぶ、魔力の自然回復数値の時間と消費数値のバランスが重要だ。
身体の内と外に魔力を流す、従来は此れで、スキル【肉体強化LV1】が獲得出来るのだが、封印で修得は不可だし、魔力枯渇時に生命力を魔力に充当する行為は、激痛を只々味わう拷問のような行いだった。
普通の神経の持ち主なら、絶対にしようとも思わない。おまけに、感覚調整システムの推奨パーセンテージ三十(それ以上は精神に何等かのダメージを与える)のところを、百パーセントに設定している。
其れでも嬉々として、激痛の先の向こう側を夢想するだけで、幸せなのがプレイヤーネーム【カルマ】だった。
「なあ、マルナ。カルマから魔力の波動を感じないか?」
「ええ、感じるわ~。流石、私達の子供ね~」
「だよな! 俺もそう思ってたんだ! はっははは~!」
良かった、父ちゃんも母ちゃんも天然設定で、助かった~!
神経質な両親の場合、最悪気味悪がられて捨てられた経験をしているカルマは、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
約半年ほど経った頃、運命の歯車が、遂に動き出した。カルマは逸早く異変を感じ取っていた。生後十日過ぎくらいに、不審な六人一組の斥候部隊がラック村に隠密潜入して居たからだ。
何故、身動き取れない赤ん坊の身でそれが解ったのか、其れはゲームシステムの恩恵だった。脳裏に浮かぶ周辺地図(脳裏地図)で、簡単に味方と敵を識別出来た。人物情報で、所属している勢力も解る。全て情報表示で数字と文言で確認出来るからだった。
此の【アルグリア世界】の住民からしたら、十分チートな能力だった。鑑定系のスキルがあれば、もっと詳細に情報を獲得出来るが、無くても十二分にありがたい力だった。
カルマとしては、両親に異常を伝えたい処だったが、伝える術が無かった。言葉は「あぅあぅあぅ!」くらいしか話せず、筆記で伝えようにも、何故か物が持てない! 流石に筋力【1】ポイントでも羽ペンくらい持てる筈だが、持てない。地面に書こうにも、外は極寒の氷雪地帯だった。
異変を知らせる事が出来ずに、遂に運命の日を迎えた。
「うわぁぁぁ~! 盗賊だぁ~! 襲撃だぁ~!」
「ぎゃあああああ~!」
ラック村は、盗賊を装った武装集団の襲撃を受けたのだった。父親のカルスは、其の声を聞くや否や、母親のマルナと赤ん坊のカルマを逃がすべく行動に移した。
こんな寒村の限界集落に、夏期でも雪が溶けない豪雪地帯を超えて、盗賊が来るなど、自分達親子が目当てだとしか、カルスには思えなかった。
「マルナ! どうやら囲まれているようだ! 俺が囮になる、お前はカルマを連れて逃げろ!」
カルスとの一瞬の目配せで、マルナはカルマを抱き、頷き返す。
「解ったわ! カルス、死んじゃ駄目よ! 直ぐ追い掛けて来てね!」
「ふっ、閃光と謂われた俺だぜ! 直ぐ追い付くさ!」
「カルマ、お出掛けしましょう?」
「ははは、とんだお出掛けだ! 直ぐ追い付く! マルナ、カルマを頼んだぞ! 愛してる!」
「カルス! ・・・・・・」
二人は抱き合い、接吻を交わし屋外に慎重に出たのだった。外は盗賊を装った集団によって、家は燃やされ、住民は問答無用で殺されていた。
「裏山から、ハルベルト山脈に抜ける道に、山小屋がある! 其処で落ち合おう!」
そう言い放つとカルスは、剣を握り締め、住民を襲っている明らかに訓練を受けた集団に突っ込んで行った。
其の言葉を聞くと同時に、マルナはカルマを抱き抱え、裏山の道無き道を進むのだった。
父ちゃん、いくら昔は冒険者で鳴らしたと言っても、相手は殺しを専門とする暗殺部隊百名が相手だ! 勝ち目は無いよ!
情報が全て解るカルマは、冷静に状況を分析していた。
あれ、此れってヤバくない?
「はぁ、はぁはぁはぁ!」
母ちゃんも運動不足で体力が落ちてるから、追手を振り切れるかは難しい。
くっ、父ちゃんが殺られた!
脳裏地図の父親の印が灰色に変わる。そして、母親と自分の青色の印に迫る、敵の赤色の印。
其の赤色の印が、点滅をし始めたのを確認したカルマは、追手に追いつかれた事を知った!
「はぁ、はぁはぁ。カルマ、貴方は私が守る!」
いつもおっとりした母親の決死の覚悟が、カルマの集操感を押し上げる。
ヒュ―――――――! ガッ!
「当たったぞ! 追え逃がすな!」
「「「はっ!」」」
矢を右肩に受けたマルナは、其れでもカルマさえ無事なら問題ないと、雪の道を逃げ進む。
「おい、其処までだ!」
マルナは追い詰められていた。道無き雪に埋もれた山道は、女の身で追手を振り切る事は出来なかった。
「貴方達、一体何者? 間違っても盗賊では無いわね?」
「ふっはははは! 其れを知って如何する? 今頃は【カリトリアス】殿下も、此の世とお別れしているだろうよ! 安心して、親子三人で冥府へ旅立て!」
「おい、喋り過ぎだ!」
「構うものか、どうせ此処で死ぬんだからな!」
「貴方達、私が誰か知らないようね?」
「ああ、知る必要が無いからな! 死ね!」
暗殺者がマルナに殺到しようとした時、後ろへ後退ったマルナの足下が崩れ、マルナが悲鳴を挙げながら峡谷の谷底へと落ちて行く。
「ちっ! 手間を掛けさせる! 死体は回収する命令だぞ!」
「仕方ない、降りるぞ!」
「お前は、頭に報告に行け!」
「はっ!」
四人の暗殺者達は、即座に行動に移った。一人は本隊に状況を知らせに。残りの三人は母子の遺体を回収する為に。
くっ、此処は何処だ? あっ、母ちゃんは?
あっ、母ちゃん・・・・・・!
母親は子供を守る為に、魔力で自分の身体では無く子供を包み、子供を優しく抱えながら、守るように死んでいたのだった。
「あぅあぅあぅ・・・・・・」
カルマの声は母には、もう届かない。カルマ自身も極寒の谷底では、此の侭では凍え死ぬしかない。
追手も諦める気配は無い。脳裏地図の赤色の印が、カルマの青色とマルナの灰色の印を、目指して近付いて来る。
そんな状況でも、カルマは冷静に分析を開始する。現在地の確認。追手の到着予想時刻。自分のHP(生命力)。自分の身体の調子。全てを確認したカルマが出した結論は、ある場所に向かう事だった。
運命には、必ず思惑がある。劇なら演出家の。映画なら監督の。小説なら作者の。此の世界|(ゲーム)なら神(運営)の思惑が必ず存在する。
無ければゲームが進まないし、面白くないと確信するゲーム脳の変態は、常人の思考回路とは別の思考で、自分独自の答えを導き出す!
あそこだ!
カルマは自分の導き出した答えに向かって、匍匐前進を開始する。此処からは時間との戦いだった。
悴む身体で、凍える手足で、赤ん坊は一心不乱に匍匐前進で進む。
脳裏情報に浮かんでいるのは、HP(生命力)の残数値と、匍匐前進のスピードを上げる為に使用するMP(魔力)数値、スピードを維持するEP(持久力)数値、そして燃料であるFP(満腹度)数値だった。
極寒の冷えはHP(生命力)を、極寒の痛みはMSP(精神力)を徐々に削っていく。悴む手足が、徐々に機動力を落としていく。スピードを上げるMP(魔力)を使用すると、FP(満腹度)の減りが早くなる。スピードの強弱によって、EP(持久力)が下がっていく。
手足の感覚も、寒さで既に無い。身体を動かしているようで、動いている気がしない。
ヤバい!
<<個体名【カルマ】のHP(生命力)が【0】になりました!>>
あっ!
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「お帰りなさいませ、【カルマ】さま。プレイ時間は【百八十一日十八時間二十五分十三秒】でした。プレイ結果によって、獲得した英雄ポイントは【三百七十七】です! リスタートされますか、それともプレイアバター【カルマ】でのプレイを終了されますか?」
ふー、全く駄目だった。雪の降り積もっている中を、闇雲に進むのは自殺行為だ。先ず吹雪くと息が出来ない。
必ず正解のルートがある筈だ。考えてみれば、解る事だ。マルカ王国の辺境の村、ハルベルト山脈、答えはあそこに必ずある。ふっふふふふ。楽しい、久々にワクワクが止まらない。
「・・・・・・リスタートのようですね、【カルマ】さま? 最高難易度のシナリオは、如何だったでしょうか?」
「ああ、勿論リスタートで頼むよ【ジョドー】! 最高に興奮したよ! 最高のシナリオだ!」
無表情の執事が間抜けにも、口をアングリと空けた侭、暫し固まっていたのは決して錯覚では無かった。
「・・・・・・ゴホン! 左様でご座いましたか、お気に召して頂いたご様子。此のジョドー、感無量にご座います! 準備が整いました! ご武運を!」
「ありがとう、ジョドー! 行って来るよ!(へぇ、良い旅を以外にも、バリエーションがあったんだ!)」
【カルマ】の身体が、徐々にエフェクト処理され分解されて、消えて行く。
【アルグリア戦記の総合案内人】であるジョドーは、プレイヤーネーム【カルマ】を見送った後、現在プレイ中の一千万のプレイヤーの中で、鬼畜最高難度のシナリオ【創造神の試練】をプレイ後に、クレーム以外の言葉を、況してや賛辞の言葉を、初めて聞いた事に漸く気が付いた。
「くっくくくく。色々常人離れ過ぎて、禁止事項の斜め上を行く、流石は【廃神】と呼ばれる【カルマ】さまです。此のジョドー、思わず台詞を間違えてしまいました!」
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「おぎゃああああああああああああああああああ~!」
「マルナよくやった! 元気な男の子だ! ・・・・・・よし! 【カルマ】と名付けよう!」
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【アルグリア戦記】には、セーブ機能は存在しない。全て最初からのスタートと為る。現実の世界で、セーブなどは出来る筈もない。此処は【アルグリア世界】、もう一つの現実の世界。現実の一秒が、三千百十万四千秒に相当する仮想の現実世界。現実の一時間が、百二十九万六千日(三千五百五十年と二百五十日)に相当する【悠久の歴史を刻む世界】。
果たして、【アルグリア世界】は、仮想の現実世界なのだろうか? 其れとも、実はもう一つの現実世界【異世界】なのだろうか? 其の答えは【プレイヤー】だけが知っている。
To be continued! ・・・・・・
インダストリア社は人間の機械生命体化を為し遂げた医療研究機関のパイオニアで、現在は不老不死研究に力を入れており、研究の副産物として現実の一秒が三千百十万四千秒に相当する仮想現実の世界を創り上げた。
そうして、前人未踏の仮想現実の世界を構築したインダストリア社は、医療研究を母体とした多角経営に乗り出し、仮想現実世界を基盤としたビジネスモデルを世界に提案し、世界は其の恩恵により著しい発展を遂げるかに見えた。
だが、其の恩恵を十二分に受けられたのは一部の者達だけだった。
【最大延長】時間での研究開発が仮想現実世界で進められる内に、仮想現実での生活と現実の生活との間での順応の差異に、人間の脳の認識が耐えられ無い事が判明した。現実の一秒で仮想現実世界の三百六十日を体験後に、ログアウトして現実の生活との認識の擦り合わせが困難な事例が多発し、人間の最大延長時間での使用は困難になった。
こうして、人間の脳の認識の擦り合わせが可能な現実の一秒が仮想現実世界での二十四秒を、【最大延長】時間とした規定が、人間の仮想現実世界の原則となった。
現実の一秒が【仮想現実世界の三百六十日】と【仮想現実世界での二十四秒】と比較すると格差は明らかではあるが、其れでも現実の一秒が仮想現実世界では二十四倍に為る恩恵は人類に著しい発展を与えた。
其の恩恵により人類が余暇を有意義に過ごせるように、インダストリア社のゲーム開発部門では、数々の仮想現実ゲームを発売展開していく。
時は流れ百八十三年後、インダストリア社は、人間の脳の認識の限界を克服するシステムを完成させ、満を持して現実の一秒が三千百十万四千秒の仮想現実に相当するFHSLG(ファンタジー歴史シミュレーションゲーム)【アルグリア戦記】を発表した。
FHSLG【アルグリア戦記】は、多人数参加型のゲームとして当初開発をスタートさせたが、多人数ではログイン時間の差異によって、プレイヤー間の連携に大きな齟齬が発生した。其れはゲームの世界観である、歴史変革を楽しむには向いていなかった。
其の理由から、FHSLG【アルグリア戦記】は、一人用ゲームとして発売され、長きに渡ってゲーム愛好家に愛され続けられる事となる。
連邦暦四千七百五十年六月、インダストリア社は、FHSLG【アルグリア戦記】のゲーム発売を記念して、仮想現実世界でのお祭りイベントを開催すると発表した。
イベントの内容は、ゲーム挿入歌の一般公募で、プロ・アマ・音楽ジャンル問わず、ゲームプレイヤーの魂を揺さぶる自信こそが、唯一の応募の条件だった。
開催場所は、仮想現実世界【ヴァルハラ】で、審査員はイベントに参加する権利を有するFHSLG【アルグリア戦記】をサービス開始前に事前購入した一千万人と、インダストリア社の主導管理脳【マザーアース】だった。
世相として、仮想現実世界に於いてテロ行為が多発していた。人類の貧富の差が顕著に現れる現代、富裕層であるハイブランドの住民をターゲットにしたものだった。
仮想現実でのテロ行為により、精神に致命傷を受け脳死するケースが多発していた。テロリストの多くは、何等かの思想を以て正義を主張する者達だった。
仮想現実世界のテロリストとして、単独でのテロ行為で殺傷した総数百万人越えのテロリストだけで結成した五人組が、当日【ヴァルハラ】のイベントにアーティストとして参加すると表明していた。
アーティスト名は、【超極悪人】で、世界を崩壊させると宣言していた。事実、彼等の出現により、イベントは異様な盛り上がりを見せた。
彼等の演奏に魂を揺さぶられ、其のまま昇天したイベント参加者もいたが、彼等の目的は違った。彼等の真の目的は、【マザーアース】で、主導管理脳が管理するハイブランドの住民達の思考データだった。
ハイブランドの一握りが人類世界を支配している。其の多くが機械生命体となって、永遠の命を得ており、テロ対策として思考データを【マザーアース】に保存していた。
思考データがある限り、何度でも蘇る機械生命体の抹殺を、テロリスト達は目論んでいた。
メタルサウンドが鳴り響き! メタルシャウトが、魂を濡らす!
エレキの旋律が、魂を即死させ、爆破し、誘爆させる!
ベースの調べが、魂の存在を確定させる!
弾詰まりのないツーバスの連撃が、的確に魂をドラミングする!
ボーカルの叫びが、魂を直撃し、揺さぶる!
魂の慟哭が、境界線を無視し、破壊し、殲滅する!
【超極悪人】の演奏時間四分十一秒後、仮想現実世界【ヴァルハラ】は崩壊した。
其れと同時に、インダストリア本社が大爆発を起こし、主導管理脳【マザーアース】は破壊された。
世界は闇に閉ざされた。
仮想現実の世界で、人生を謳歌していた人類に鉄槌が降った瞬間だった。
貧困層のアンダーグラウンドの住民が、富裕層のハイブランドの住民に対し、少なからず溜飲を下げた瞬間でもあった。
一月後、世界は、人類は、仮想現実の世界を再び構築していた。破壊された【マザーアース】に代わり、補助管理脳の一つが主導管理脳【エルダーアース】としてバージョンアップしたのだった。
インダストリア社は、本社爆発時に亡くなった前社長に代わり、新たに新社長が就任した。
新社長は、FHSLG【アルグリア戦記】のサービス開始を宣言し、挿入歌には【マザーアース】を破壊し、仮想現実世界を崩壊させたテロリスト達の曲が、圧倒的得票差で選ばれた。
FHSLG【アルグリア戦記】は現実の一秒で、三千百十万四千秒の仮想現実のゲーム世界を楽しめる。ゲーマーと呼ばれるゲーム愛好家達は、挙って【アルグリア戦記】に乗めり込んでいった。
ファンタジーなゲーム世界で繰り広げられる戦いの歴史。アルグリア大陸を統一するのは、果たして誰なのか? 【アルグリア戦記】の公式ホームページには、初回購入者一千万人のプレイヤーネームが、ゲームの進行度によってランキングされていた。
毎月、ランキングの順位ごとに、特別な特典がプレイヤーに授与された。
ランキング上位のプレイヤーはゲーマー達にとって、憧れであり、まさしく神だった。
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『師匠、俺挑戦して来ます! 鬼畜仕様と名高い、最高の七段階目の最難度のシナリオを! 聞いてますか、師匠?』
俺は、MMOWG(多人数参加型戦争ゲーム)【矛盾】で、師事したプレイヤーネーム【クマメタル】こと師匠に応答を求めた。
師匠はゲームネームと同じくイカれた人だった。【クマメタル】とは、【マザーアース】を破壊した五人組【超極悪人】のリーダーの名前だった。イカれたプレイヤーネームが登録を認められた理由は知る術もないが、正常な人物は決して付ける事のない名前だった。
俺は再度、師匠に応答を求めたが、自分の世界に浸っているであろうイカれた変態が応答するとは思えなかった。
『カルマ! 皆殺しって、最高だな!!! 何も考える必要がない、ただ全てを殺すだけだ! なあ、カルマ?』
イカれた変態は、どうやら俺の言葉を聞いてはいなかったようだ。確かに戦闘中のトランス状態の師匠に、応答を求めた俺が馬鹿だった。
MMOWG【矛盾】に於いて、対戦相手から忌み嫌われていた師匠は、触らぬDQNに祟り無しの文言其の侭に、【凶神】と呼ばれていた。
師匠の戦いのルールは、殺られたら殺り返すと言うシンプルで徹底したスタイルだった。
触らなければ、近付かなければ何事も起こらない。其れを理解した対戦相手は師匠を徹底的に無視した。居ない者として空気として扱ったが、イカれた変態は『毒饅頭を喰らえ!』と対戦中の戦場を暢気に横断して見せたのだった。
何処の世界にも、思慮の浅い新人は居るものだ。
暢気に戦場を闊歩するたった一人の師匠に、何を畏れる事があるのかと攻撃を加えた。たった一人の愚か者が、所属する連盟を崩壊に導いたのだった。
【矛盾】のプレイヤー達は、師匠に対して専門の監視体制を共同で敷き、イカれた変態が出現すると警戒注意情報が飛び交った。
『師匠、今はどのキャラアバターでプレイしているんです? 俺は今度【カルマ】でプレイしますよ!』
『ふっ、ふはははは~! カルマが【カルマ】をプレイするのか? まあ、楽しんで来い! 鬼畜のシナリオって奴をな! 其れと俺は今【ピグリス】でプレイしている。最高だぞ【マンドラゴラ】は、ふっはははは~!』
『へぇ~、モンスタープレイですか? 殲滅プレイヤーの師匠なら、人種種族なんか抑も関係ないですし、【アルグリア戦記】を楽しんでますね!』
『ああ、堪らないぜ! ノンプレイヤーキャラアバターも本物同然だしな! 只、ゲームのエフェクト処理だけが、此の世界が仮想現実の中だって主張している。其処だけが不満だがな!』
『いやいや、其れがあるから安全にプレイが出来るんですよ? でないと精神がマジで殺られてしまいます!』
【アルグリア戦記】では、血は流れない。只、エフェクト処理が為されるだけだ。傷口からエフェクトが漏れ落ちるように表現されており、其れはプレイヤーの精神を護る為のゲームシステムだった。
プレイヤーの精神を保護するゲームシステムの中には、感覚調整システムがある。
此れはプレイアバターの感覚を調節するもので、感覚を低く調整すれば痛覚が鈍り痛みを感じなくなる。逆に高く調整すれば感覚は鋭敏になり、少しの痛みも激痛に感じる。故に感覚調節システムの設定を高くする場合は、全ての責任の所在をプレイヤーであると認め、了承した者だけが感覚調整で三十パーセント以上に調整が可能になるのだった。
只、其れはプレイヤー自らが、己の生殺与奪権を【アルグリア戦記】に譲渡するサインでもあった。ゲーマーの中には、ゲームに命を文字通り賭ける命知らずのプレイヤーも多く存在した。
其の命知らずのゲーマーを、人は【廃人】と呼んだ。
俺の感覚調整は百パーセントで、鋭敏過ぎる感覚は即死レベルの激痛を感じる事も、常人以上の能力を発揮する事も可能だった。
有識者の間では、【アルグリア戦記】はゲーム形態に於いて、レベル制なのかスキル制なのかと当初議論されたが、結論としてはリアルシミュレーション制とでも言うべき形態だった。
レベル制とは、レベルが上がれば上がるほど強くなるシステムで、レベル差が戦いの勝敗を決するゲーム形態だ。
スキル制とは、スキルの特異性と熟練度と組み合わせにより、戦いの結果が左右されるゲーム形態だ。
リアルシミュレーション制とは、レベル制の能力値とスキル制の技術の組み合わせの妙を元にしたシステムで、現実で修得している技術をレベル・スキルのアシスト無しで、実現可能なゲーム形態だった。
所謂、リアルチートと謂われるプレイヤーが有利なゲーム仕様だった。
レベルの強さとスキルの強さの絶妙なバランス調整の上で成り立つ【アルグリア戦記】が、神ゲー(神の如き高評価の面白いゲーム)と謂われる由縁は、ゲーム製作会社の開発職人達が本気で本物を創り上げる為に、画期的な手段で【アルグリア世界】を創造したからだった。
インダストリア社の新社長も、熱く語っていた。
『プレイヤーである君達に問う! 異世界に転生したくはないか? 人生をやり直したくはないか? 君達の行動次第で【アルグリア大陸】の歴史を己色に塗り直せ! 人生がやり直せないって誰が決めた? 俺が許そう、自由に生きろ! 君達が何色に染まろうと自由だ! ・・・・・・だが、此のゲーム世界がもしかしたら現実世界ではと、疑いを君達が持った時、ゲーム世界は現実世界に変わる。そして君達は気付くだろう【アルグリア世界】が君達のもう一つの現実世界だと! 君達自身でゲーム世界【アルグリア戦記】が、真実の現実世界だと確かめろ! プレイヤー達よ、己の全てをアルグリアの歴史に刻め!』
FHSLG【アルグリア戦記】の世界には四十七の人類国家が存在し、その住民の一人をプレイして、大陸の統一制覇を目指してゲームは展開する。
但し、アルグリア語を話す人類の国が四十七国家であり、アルグリア語を話せない所謂、モンスターと謂われる魔物にもコミニュニティーが存在した。
プレイヤーの中には、モンスタープレイに嵌まる者も多く、シナリオの進め方によっては【十の災厄】と呼ばれる、アルグリア大陸に十個体しか存在しないユニーク個体でプレイする事も可能だった。
『では、師匠! 楽しんで来ます!』
『おう、楽しんで来い! またなカルマ!』
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俺はカルマとの通信を切り、目の前の自分が為した結果を、唯々見つめていた。人類と謂われるアルグリア語を話す者達が、自分達の正義を振り翳した結果が広がっていた。
死屍累々の屍が横たわる戦場において、動くものは自分以外には存在をしない。阿鼻叫喚の地獄絵図が其処に顕現していたのだった。
よくやるよ、カルマ。鬼畜仕様のマゾシナリオなど、何が楽しくて挑戦するのか、俺には全くカルマの気持ちが解らなかったが、アイツはゲーム馬鹿だったと謂う理由で納得はした。
現実の人生全てをゲームに捧げた廃人の中の廃人、【廃神】と呼ばれるゲーム脳の変態がプレイヤーネーム【カルマ】の正体だった。
『もう一つの現実世界ねぇ、ふん、下らない! 肉を断ち、熱く鉄臭い血を浴びる悦びが無くて、何が現実だ! 本物の血の匂いとは、全く似てねえじゃねえか!』
プレイヤーネーム【クマメタル】は、そう毒突くと虹色の体を蠢かせながら、プレイアバター【ピグリス】として花弁を大きく開き、自分以外の生物を体内に取り込み消化させていった。
アルグリア大陸の四十七人類国家及び数多のモンスターコミュニティーを掌中に納めずに、全ての勢力を倒す殲滅プレイヤーである【クマメタル】にとって、【アルグリア戦記】とは現実の仕事の息抜きに他ならない。
攻撃されなければ、攻撃をしないルールを持つ【クマメタル】は、俺を攻撃しろ、毒饅頭を喰らえと、移動不可能な筈の【マンドラゴラ】で、今日も暢気に【アルグリア大陸】を闊歩していた。
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「マスター! マスター! 起きて下さい!」
大声で俺を呼び続ける声に反応をして、目を覚ました。
「う、うん? どうしたんだ、ミリィ!」
状況判断が出来ないままで、呼び声の主に俺を起こすと言う、暴挙の理由を尋ねた。
「栄養摂取、運動、シャワーをお願いします!」
ああ、俺が頼んで於いて、どうしたんだもないよな。
俺は現実の世界に舞い戻り、現実の身体に栄養補給と、適度な運動後にシャワーを浴びる為に、軋むベッドチェアーから降り立った。【仮想現実装置】を右耳から外した俺は、【家庭用自動人形】ミリィに食事内容をいつものように丸投げして、重力運動室のドアを開け日課の運動を始めたのだった。
「ミリィ! 明日も同じように、よろしく! じゃ行って来る!」
俺は最低限の身体のメンテナンスと栄養補給をして、再び【ダイブトリッパー】を右耳に装着し、「ダイブ!」と呟き仮想現実の世界へ意識を跳ばした。
「いってらっしゃいませ、マスター!」
【オートドール】であるミリィは、いつも通りマスターを仮想現実世界に送り出し、室内の清掃を始めるのだった。
其の容姿は、何処から見ても黒髪の美少女其のもので、透き通る白肌に纏う白と黒のメイド服が、一部の嗜好家には堪らない雰囲気を醸し出していた。
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『ぽ~ん♪ マスター、ようこそ仮想空間へ! 本日のご用命を、お伺いします!』
仮想現実の世界の入口である【ポータルサイトの案内人】の【ナリア】が、いつもの如く行き先を尋ねる。
『やあ、ナリア! 【アルグリア戦記】で頼む!』
蒼い瞳の蒼い毛玉の如き狸が、了解とばかりに、空中で可愛らしく頷く。
『いってらしゃいませ、マスター!』
『ああ、行って来る!』
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『【カルマ】さま! ようこそ、【アルグリア戦記】へ! 本日はどのシナリオで、アバタープレイを始められますか?』
純白の空間に浮かぶ執事服に身を包んだ黒猫の姿の、【アルグリア戦記の総合案内人】である【ジョドー】が、慇懃な動作でカルマを迎えた。
『ああ、ジョドー。今回は【創造神の試練】の【カルマ】でプレイするよ!』
『なるほど、愈々と言うところですか、【カルマ】さま。【アルグリア戦記】ランキング一位のご出陣、私ジョドーも胸が高鳴ります!』
全く感情を表に出さないポーカーフェイスの執事に、カルマは内心苦笑をしながらも、ゲームスタートの準備を始める。
従来であれば、シナリオを選択し、プレイアバターを選択後にカスタムをするところだが、生憎【創造神の試練】の選択アバターは、シナリオ限定アバター【カルマ】のみで、カルマ以外に選択肢がない。
其れ処か、能力値(筋力・耐久力・知力・敏捷・器用・魅力)が【1】で固定(個体レベルが上がっても能力値は一切上がらない)で、スキル(才能)も【0】で固定(スキルを一切修得出来ない)、おまけにアイテムの持ち込みも不可、子孫での継承プレイも不可の縛り要素の塊が、鬼畜仕様のシナリオ【創造伸の試練】だった。
『現在まで誰一人として、クリアしたプレイヤーが居ない【創造神の試練】をクリア出来るのは、【カルマ】さまを措いて他には居られないと愚考します』
執事の言葉には、憂いがあった。顔には全く表さない感情が、ノンプレイヤーキャラアバターであるジョドーの心の裡にあった。
【アルグリア戦記の総合案内人】であるジョドーとしても、誰も攻略出来ないシナリオは、プレイヤーからのクレームも膨大だった。
AI(人工知能)搭載のジョドーがサービスを提供(同時接続で接客対応している)するプレイヤーは、一千万人。もう直ぐ第二陣として、加えて一千万のプレイヤーを迎える執事としては、頭が痛いところなのだろう。
『ははは、ジョドーの期待に応えられるように、楽しんでくるよ!』
『ありがとうございます! 【カルマ】さま、準備が整いました! 良い旅を!』
『行って来ます!』
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「おぎゃああああああああああああああああああ~!」
「マルナよくやった! 元気な男の子だ! ・・・・・・よし! 【カルマ】と名付けよう!」
「カルマ、うっ、うう・・・・・・生まれてき、てくれて・・・・・・あり、がとう~」
此れが、【創造神の試練】か、始まりは案外他のアバターと、余り変わりはないようだな。
下調べは勿論していない。そんな勿体ない事は出来ない。どんな困難が待ち受けているのか、想像するだけでご飯三杯は食えるな!
何々、現在地はマルカ王国の辺境のラック村か、両親は父親が【カリトリアス・エルブリタニア】で、母親が【マルゲレーナ・アルバビロニア】・・・・・・え、マジか! マジですか? そうですか・・・・・・
此の【アルグリア大陸】には、四十七の人類国家と数多のモンスターのコミュニティーが存在する。【アルグリア戦記】は其の中から、プレイアバターを選択してゲームを始める。
ゲームクリアとは、全ての勢力(人類国家とモンスター)を支配下に置きアルグリア大陸を統一制覇する事だった。
人類国家で大陸統一制覇の可能性が、戦力的に高い国家が幾つか存在した。其の内の二つの国家の名前が、俺の両親の家名にある。
【アルバビロニア大帝国】、エルフが統治するアルグリア大陸のほぼ中央に位置する軍事超大国だ。
【エルブリタニア帝国】、アルバビロニア大帝国と同じくエルフが統治する強国で、二つの国は隣接している。
其の大国の二つが俺の実家と言う事になる。もうヤバい感じしかしない。見るからに粗末な部屋に大国の皇子と皇女って、もう駆け落ちしかないじゃないですか~!
あ、あれ、ちょっと待てよ。此れって最高の家柄じゃないか! 上手くやれば、どっちの国も継承出来る血統って事だ。
でも今まで誰一人として、プレイヤーはクリアーしていない。此の事実から、プレイアバター【カルマ】に掛けられた、縛りの過酷さが伺える。
其れでは、お待ちかねのステータス確認と行きますか! 俺は脳裏に自分のステータス情報を表示した。
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【情報表示】:▼
氏名:【カルマ】
個体LV:【1】
備考:▼
年齢:【0歳】
種族:【森精霊人と普精霊人の混血】
身分:【未設定】
職業:【未設定】
称号:【未設定】
才能:【0】※封印
説明:▼
【運命と宿命の申し子】
【状態表示】:▼
生命力:【6/6】
魔力 :【8/8】
精神力:【9/9】
持久力:【3/3】
満腹度:【11/100】
【能力表示】:▼
筋力 :【1】※封印
耐久力 :【1】※封印
知力 :【1】※封印
敏捷 :【1】※封印
器用 :【1】※封印
魅力 :【1】※封印
【部隊編成表示】:▼
統率力:【未設定】
攻撃力:【未設定】
防御力:【未設定】
機動力:【未設定】
持久力:【未設定】/【未設定】
戦法力:【未設定】/【未設定】
士気力:【未設定】/【未設定】
詳細:▼
主将:【未設定】
副将:【未設定】
副将:【未設定】
部隊:【未設定】
戦法:【未設定】
特性:【未設定】
説明:【未設定】
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何だ、封印って? 封じているなら、もしかしたら、解けるって事じゃないか、縛りが解けるなら楽勝だけど、其処まで易しくはないな。其れなら、抑も、ランカーがクリア出来ないのは可笑しい。
何だかワクワクするな! 其れじゃ、恒例の生命力と魔力と精神力上げと参りますか!
はぁぁぁぁぁぁぁぁ~、ふぉぉぉぉぉぉぉぉ~、丹田から身体中を魔力で循環させ、魔力を操作する。従来は此の二つの動作で、スキル【魔力循環LV1】と【魔力操作LV1】が獲得出来たが・・・・・・
はてさて、封印状態でスキルは修得不可、何処まで生命力と魔力を上げれるかが重要なポイントとなる。
魔力を態と枯渇させて、生命力を魔力に充当し生命力ギリギリを攻めるやり方で、従来はスキル【魔力回復LV1】・【生命力回復LV1】・【精神耐性LV1】・【痛覚耐性Lv1】が獲得出来た。
だが、スキル修得不可では、只々激痛に苦しむだけかも知れない。まあ、其れでもやるんだけどね。
赤ん坊では、出来て匍匐前進くらいだから、スキル【肉体強化LV1】が獲得出来ない状態で、果たして何処まで、持久力を鍛えられるか。スゲぇドキドキする!
おっと、満腹度が危険域に達しそうだ!
「おぎゃああああああああああああああああああ~!」
「よ~し、よしよし~お腹空いたの~? 泣かないで~」
ウグウグっ! ・・・・・・母ちゃん、・・・・・・母乳が美味過ぎる・・・・・・、ゲポっ!
よ~し! やるぞ~! 脳裏情報に浮かぶ、魔力の自然回復数値の時間と消費数値のバランスが重要だ。
身体の内と外に魔力を流す、従来は此れで、スキル【肉体強化LV1】が獲得出来るのだが、封印で修得は不可だし、魔力枯渇時に生命力を魔力に充当する行為は、激痛を只々味わう拷問のような行いだった。
普通の神経の持ち主なら、絶対にしようとも思わない。おまけに、感覚調整システムの推奨パーセンテージ三十(それ以上は精神に何等かのダメージを与える)のところを、百パーセントに設定している。
其れでも嬉々として、激痛の先の向こう側を夢想するだけで、幸せなのがプレイヤーネーム【カルマ】だった。
「なあ、マルナ。カルマから魔力の波動を感じないか?」
「ええ、感じるわ~。流石、私達の子供ね~」
「だよな! 俺もそう思ってたんだ! はっははは~!」
良かった、父ちゃんも母ちゃんも天然設定で、助かった~!
神経質な両親の場合、最悪気味悪がられて捨てられた経験をしているカルマは、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
約半年ほど経った頃、運命の歯車が、遂に動き出した。カルマは逸早く異変を感じ取っていた。生後十日過ぎくらいに、不審な六人一組の斥候部隊がラック村に隠密潜入して居たからだ。
何故、身動き取れない赤ん坊の身でそれが解ったのか、其れはゲームシステムの恩恵だった。脳裏に浮かぶ周辺地図(脳裏地図)で、簡単に味方と敵を識別出来た。人物情報で、所属している勢力も解る。全て情報表示で数字と文言で確認出来るからだった。
此の【アルグリア世界】の住民からしたら、十分チートな能力だった。鑑定系のスキルがあれば、もっと詳細に情報を獲得出来るが、無くても十二分にありがたい力だった。
カルマとしては、両親に異常を伝えたい処だったが、伝える術が無かった。言葉は「あぅあぅあぅ!」くらいしか話せず、筆記で伝えようにも、何故か物が持てない! 流石に筋力【1】ポイントでも羽ペンくらい持てる筈だが、持てない。地面に書こうにも、外は極寒の氷雪地帯だった。
異変を知らせる事が出来ずに、遂に運命の日を迎えた。
「うわぁぁぁ~! 盗賊だぁ~! 襲撃だぁ~!」
「ぎゃあああああ~!」
ラック村は、盗賊を装った武装集団の襲撃を受けたのだった。父親のカルスは、其の声を聞くや否や、母親のマルナと赤ん坊のカルマを逃がすべく行動に移した。
こんな寒村の限界集落に、夏期でも雪が溶けない豪雪地帯を超えて、盗賊が来るなど、自分達親子が目当てだとしか、カルスには思えなかった。
「マルナ! どうやら囲まれているようだ! 俺が囮になる、お前はカルマを連れて逃げろ!」
カルスとの一瞬の目配せで、マルナはカルマを抱き、頷き返す。
「解ったわ! カルス、死んじゃ駄目よ! 直ぐ追い掛けて来てね!」
「ふっ、閃光と謂われた俺だぜ! 直ぐ追い付くさ!」
「カルマ、お出掛けしましょう?」
「ははは、とんだお出掛けだ! 直ぐ追い付く! マルナ、カルマを頼んだぞ! 愛してる!」
「カルス! ・・・・・・」
二人は抱き合い、接吻を交わし屋外に慎重に出たのだった。外は盗賊を装った集団によって、家は燃やされ、住民は問答無用で殺されていた。
「裏山から、ハルベルト山脈に抜ける道に、山小屋がある! 其処で落ち合おう!」
そう言い放つとカルスは、剣を握り締め、住民を襲っている明らかに訓練を受けた集団に突っ込んで行った。
其の言葉を聞くと同時に、マルナはカルマを抱き抱え、裏山の道無き道を進むのだった。
父ちゃん、いくら昔は冒険者で鳴らしたと言っても、相手は殺しを専門とする暗殺部隊百名が相手だ! 勝ち目は無いよ!
情報が全て解るカルマは、冷静に状況を分析していた。
あれ、此れってヤバくない?
「はぁ、はぁはぁはぁ!」
母ちゃんも運動不足で体力が落ちてるから、追手を振り切れるかは難しい。
くっ、父ちゃんが殺られた!
脳裏地図の父親の印が灰色に変わる。そして、母親と自分の青色の印に迫る、敵の赤色の印。
其の赤色の印が、点滅をし始めたのを確認したカルマは、追手に追いつかれた事を知った!
「はぁ、はぁはぁ。カルマ、貴方は私が守る!」
いつもおっとりした母親の決死の覚悟が、カルマの集操感を押し上げる。
ヒュ―――――――! ガッ!
「当たったぞ! 追え逃がすな!」
「「「はっ!」」」
矢を右肩に受けたマルナは、其れでもカルマさえ無事なら問題ないと、雪の道を逃げ進む。
「おい、其処までだ!」
マルナは追い詰められていた。道無き雪に埋もれた山道は、女の身で追手を振り切る事は出来なかった。
「貴方達、一体何者? 間違っても盗賊では無いわね?」
「ふっはははは! 其れを知って如何する? 今頃は【カリトリアス】殿下も、此の世とお別れしているだろうよ! 安心して、親子三人で冥府へ旅立て!」
「おい、喋り過ぎだ!」
「構うものか、どうせ此処で死ぬんだからな!」
「貴方達、私が誰か知らないようね?」
「ああ、知る必要が無いからな! 死ね!」
暗殺者がマルナに殺到しようとした時、後ろへ後退ったマルナの足下が崩れ、マルナが悲鳴を挙げながら峡谷の谷底へと落ちて行く。
「ちっ! 手間を掛けさせる! 死体は回収する命令だぞ!」
「仕方ない、降りるぞ!」
「お前は、頭に報告に行け!」
「はっ!」
四人の暗殺者達は、即座に行動に移った。一人は本隊に状況を知らせに。残りの三人は母子の遺体を回収する為に。
くっ、此処は何処だ? あっ、母ちゃんは?
あっ、母ちゃん・・・・・・!
母親は子供を守る為に、魔力で自分の身体では無く子供を包み、子供を優しく抱えながら、守るように死んでいたのだった。
「あぅあぅあぅ・・・・・・」
カルマの声は母には、もう届かない。カルマ自身も極寒の谷底では、此の侭では凍え死ぬしかない。
追手も諦める気配は無い。脳裏地図の赤色の印が、カルマの青色とマルナの灰色の印を、目指して近付いて来る。
そんな状況でも、カルマは冷静に分析を開始する。現在地の確認。追手の到着予想時刻。自分のHP(生命力)。自分の身体の調子。全てを確認したカルマが出した結論は、ある場所に向かう事だった。
運命には、必ず思惑がある。劇なら演出家の。映画なら監督の。小説なら作者の。此の世界|(ゲーム)なら神(運営)の思惑が必ず存在する。
無ければゲームが進まないし、面白くないと確信するゲーム脳の変態は、常人の思考回路とは別の思考で、自分独自の答えを導き出す!
あそこだ!
カルマは自分の導き出した答えに向かって、匍匐前進を開始する。此処からは時間との戦いだった。
悴む身体で、凍える手足で、赤ん坊は一心不乱に匍匐前進で進む。
脳裏情報に浮かんでいるのは、HP(生命力)の残数値と、匍匐前進のスピードを上げる為に使用するMP(魔力)数値、スピードを維持するEP(持久力)数値、そして燃料であるFP(満腹度)数値だった。
極寒の冷えはHP(生命力)を、極寒の痛みはMSP(精神力)を徐々に削っていく。悴む手足が、徐々に機動力を落としていく。スピードを上げるMP(魔力)を使用すると、FP(満腹度)の減りが早くなる。スピードの強弱によって、EP(持久力)が下がっていく。
手足の感覚も、寒さで既に無い。身体を動かしているようで、動いている気がしない。
ヤバい!
<<個体名【カルマ】のHP(生命力)が【0】になりました!>>
あっ!
----------
「お帰りなさいませ、【カルマ】さま。プレイ時間は【百八十一日十八時間二十五分十三秒】でした。プレイ結果によって、獲得した英雄ポイントは【三百七十七】です! リスタートされますか、それともプレイアバター【カルマ】でのプレイを終了されますか?」
ふー、全く駄目だった。雪の降り積もっている中を、闇雲に進むのは自殺行為だ。先ず吹雪くと息が出来ない。
必ず正解のルートがある筈だ。考えてみれば、解る事だ。マルカ王国の辺境の村、ハルベルト山脈、答えはあそこに必ずある。ふっふふふふ。楽しい、久々にワクワクが止まらない。
「・・・・・・リスタートのようですね、【カルマ】さま? 最高難易度のシナリオは、如何だったでしょうか?」
「ああ、勿論リスタートで頼むよ【ジョドー】! 最高に興奮したよ! 最高のシナリオだ!」
無表情の執事が間抜けにも、口をアングリと空けた侭、暫し固まっていたのは決して錯覚では無かった。
「・・・・・・ゴホン! 左様でご座いましたか、お気に召して頂いたご様子。此のジョドー、感無量にご座います! 準備が整いました! ご武運を!」
「ありがとう、ジョドー! 行って来るよ!(へぇ、良い旅を以外にも、バリエーションがあったんだ!)」
【カルマ】の身体が、徐々にエフェクト処理され分解されて、消えて行く。
【アルグリア戦記の総合案内人】であるジョドーは、プレイヤーネーム【カルマ】を見送った後、現在プレイ中の一千万のプレイヤーの中で、鬼畜最高難度のシナリオ【創造神の試練】をプレイ後に、クレーム以外の言葉を、況してや賛辞の言葉を、初めて聞いた事に漸く気が付いた。
「くっくくくく。色々常人離れ過ぎて、禁止事項の斜め上を行く、流石は【廃神】と呼ばれる【カルマ】さまです。此のジョドー、思わず台詞を間違えてしまいました!」
----------
「おぎゃああああああああああああああああああ~!」
「マルナよくやった! 元気な男の子だ! ・・・・・・よし! 【カルマ】と名付けよう!」
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・
【アルグリア戦記】には、セーブ機能は存在しない。全て最初からのスタートと為る。現実の世界で、セーブなどは出来る筈もない。此処は【アルグリア世界】、もう一つの現実の世界。現実の一秒が、三千百十万四千秒に相当する仮想の現実世界。現実の一時間が、百二十九万六千日(三千五百五十年と二百五十日)に相当する【悠久の歴史を刻む世界】。
果たして、【アルグリア世界】は、仮想の現実世界なのだろうか? 其れとも、実はもう一つの現実世界【異世界】なのだろうか? 其の答えは【プレイヤー】だけが知っている。
To be continued! ・・・・・・
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