上 下
1 / 1

オトシモノのおとさた

しおりを挟む
   ある日、烏がカァカァ鳴くような黄昏時。いつものように帰り道を歩くと足の裏に嫌な感触があった。
「グニョッ」
僕は嫌な感触から逃れたかった。だがほんの少しの好奇心が嫌な感触の原因に目を向けさせた。ゆっくり。ただゆっくりとその方向に目を向けた。
「ヒィッ」
声にもならない声がこぼれた。転がっていたのは誰かの目だった。そのように気付くまではそう長い時間は要らなかった。ただただその場には凍てついた恐怖と夜の帳が下りていた。その目が僕を地獄に落とすキッカケに過ぎなかった。

「父さん!聞いてよ!今日、学校の帰り道に目が、目が!落ちてたんだ!」
「はぁ。たかし。そんなことあるわけないだろ。第一、注意しながら歩けばそんなもの偽物だとわかるはずだ。そうだろ母さん」
「そうね、お父さんも前に家の鍵かけ忘れたよね?注意してればそんなミスしないと思うけどなー。」
「すまんかった。」
「誰に似たんだか昔からたかしは注意力なくてほんと大変だったのよ。母さんがいつも確認してるから小学校の時も忘れ物なかったし、はぁ。もうたかし疲れてるんじゃない?早めに今日は寝たら?」
なんで信じてくれないんだよ、本当にあったのに。ほんとに、
母さんに言われるがまま布団に入った。夕方のあの衝撃が忘れられず未だ眠気がこない。怖い。怖い怖い怖い。誰の。なんだろ。ただ何故か人間以外の目には思えなかった。少し考えてると知らず知らずのうちに眠りについていた。
深い深い眠りの中。そこには知らない女の人がぼんやりと立っていた。
「あの。すいません。私、オトシモノしたんです。オトシモノ。オトシモノはどこ。見つからないよ。」
そう言いながらどんどん近づいてきた。
「ねぇオトシモノ。オトシモノ知らない?」
最初は遠くに見えていた女の人がもうすでに手の届く距離にまで来ていた。
「私のオトシモノォォォォ」
「ぎゃー!!!!はぁっはぁっ。朝か。」
眼が覚めると恐怖に侵されていた。目の前にまだ女がいるようなほど心臓の鼓動が、呼吸が、乱れていた。
「だれだよあいつ。」
そう呟いた声が、部屋の空気に溶け込んでいった。
その日はずっと夢に出てきた女の人が気になってほかのことが手につかなった。
「たかし、今日太鼓の廃人うちにいこ?たかしー聞いてるか?」
「あ、ごめんゆうじ。行こっか!太鼓の廃人久しぶりだな!」
ブーブブ。たかしのスマホが鳴った。メールが来た。
「私のオトシモノ知らない?見つけてくれたらイイモノあげる。」
僕はその場から動けなくなってしまった。少しゆうじに待ってもらったが一緒に太鼓の廃人をしにいった。久しぶりに音ゲーをしたな!そんな他愛のない話をしてその日は解散した。昨日と同じ帰り道。ゆうじから連絡が来た。その着信音にビビったが落ち着いて返信した。
連絡を取り合いながら歩いていた。
「グニョッ」
前にも感じたことのある不快感。今度こそ違う。そう願って不快感の方に目をやった。
「助けて」
そうやってゆうじに連絡をしてその場から逃げ出した。
あれは本当に目だ。昨日も見た目。ただ腐る様子もなくそう一目でわかるほど異質なものだった。
「たかし大丈夫か?」
そのメッセージすらあの女からの連絡に思えた。
怖い。怖い。ただそれだけしか浮かんでこなかった。
鍵のかかってないドアノブを開け家に入るが家には誰もいなかった。靴を靴箱に入れて居間を通って自室に戻ろうとした。が。テーブルの上に置き手紙があった。
「ちょっと買い物に行くから母より。」
なるほどと思ったがどこか違和感があった。普段は感じないような違和だった。
ただ違和感の正体がわからなかった。

   部屋に一人。布団の中で一人考えていた。未だに違和感の正体がわからなくて考えていた。
「何かが変だ。」そう呟いた時、そういえばゆうじに返信してないことに気がついた。慌ててゆうじに返信してぼんやり考え込んでた。あの夢の女は誰なんだ。そうぼんやり考え込んでると母が帰ってきた。
「ただいまーたかし帰ってるのねー。今から晩御飯作るからちょっと待っててねー」
なんで居るのがわかったんだろう。とりあえず晩御飯の用意ができる前に居間に戻った。決して一人で居るのが怖いからではない。決してだ。だが、居間に行きたかったそれだけだ。
「今日は生姜焼きよー」
とても美味しそうな匂いはお腹が空いた僕に食事を促すのに最適だ。出来上がった生姜焼きは香ばしい匂いとその隣にはホカホカの炊きたてご飯。僕は考えるのをやめ、一心不乱に飯をかきこんだ。
「うめぇ」
僕の口からこぼれたのはこれだけだった。口の中の美味しさを漏らすまいと飯、生姜焼き、飯、生姜焼き、幸せだった。夢見心地で頬張ったご飯。最高だった。そして僕も食べてと言わんばかりに味噌汁がこちらを見てる。ズズズっとすすった。味噌の香り。言わずもがなだった。ある命をかけた博打漫画風に言うなれば、悪魔的だ。考え込んで疲れた脳を麻痺させるには簡単だった。
ご飯が終わって幸せに浸ってると着信が鳴った。
「今日見つけてくれたよね。なんで教えてくれないの。なんでなんでなんでなんでなんでなんで」
スマホが壊れたかと思うくらいのなんでの連打。僕は慄いた。まもなくまたスマホが鳴った。ブーブブ
「なんで無視すんの。見たでしょ。メール」
ブーブブ
「ねぇなんで」
ブーブブ
「なんで教えてくれなかったの。」
怖くなってスマホの電源を消し、布団に潜った。多分僕の手は震えていたんだと思う。そんなに時間がたたないうちに布団の中で眠りについた。
まただ。また暗闇の中。女の人が立っていた。ただ前と違うことが一つだけあった。はっきりと見えた。その女には眼がなかった。ただそこに二つの穴としか思えないそれらがあった。どうして無視したの。そう言って近寄ってきた。女の右手には銀色に光る何かがあった。
「どうして、どうして!」
女はゆっくりだが的確な敵意を向け銀色のなにかをふりかぶってきた。
「たかし、たかし!いい加減起きなさい!」
母の声がする。助かった。安心していた。だがそこにはいつもの母ともう一人別な女がいた。
「ぎゃー!!!!」
つい叫んでしまった。一度目をそらすと、その女はいなかった。
母は
「あんた何叫んでんの?母さんのスッピンが怖いってか?」
普段ふざけない母さんがふざけた。少し不思議だった。まあいいや。そんなふうに感じた。
ブーブブ
ふとスマホに目をやった。
「あと少しだったのに。早く。早く。見つけても教えてくれないなら見てないのと同じだよね。そんなの、目いらないじゃん。ちょうだいよ。」
僕は怖くなって聞いた。
「母さん。僕のスマホの電源勝手に入れた?」
絞り出した声はかろうじて母さんに届いた。
「そんなことするわけないじゃん」
僕は震えが止まらなくなった。
「たかしそろそろ学校行かないと遅刻するよ」
僕は震える体を抑え学校に向かった。
いつものような生活だった。ただ違うのは僕がいつもより感情が豊かだったことだ。そんな感じで今日の学校が終わった。いつものように帰路につくことにした。今日は少し雨が降りそうな空模様だった。
またある。例のごとく。あの目が。ただこれまでと違って何も思わなくなってた。
たった3日でここまで適応するのかと驚いていた。そんなことを一人で考えてたら家の前についていた。
「ただいまー」
そう言って僕は家の中に入った。居間に入ったら人の気がなかった。ただあったのはテーブルの上に置き手紙だけだった。
「晩飯を買いに行きます。母より」
異様な雰囲気を感じた。なんだろう。一人で恐怖に震えていると上からどんどんどん、なにかを叩く音が聞こえた。あまりの怖さに涙が溢れてきた。そして腰が抜け大きな尻餅をつき、そのまま動けなくなった。そんな状況が可笑しくって吹き出してしまった。一人で大笑い。しばらく笑っていると母さんが帰ってきた。
「たかしどうしたの?」
「わかんないけど可笑しくって。でさ。左目の眼帯はどうしたの?」
「あーものもらいになっちゃって。ところで今日の晩ご飯は生姜焼きよ。」
「え?今日も?」
「今日もって?」
「昨日も生姜焼きだったじゃん。まぁいいけど」
無性にイライラしながら部屋に戻った。腹がたつ。むしゃくしゃして八つ当たりしようとした時。
ブーブブ
「なんで今日も放置したの。わたしミテルカラ」
急に女から連絡が来た。
ブーブブ
「はやく。ちょうだいよ」
ブーブブ
怖いからもう電源消した。もう考えることをやめた僕は、ただ落ちていく日を眺めるだけだった。初めてアレをみつけたときのような暗さになり、呼吸が荒くなってきた。はぁっはぁっ手が痺れてきた。そしてどんどん指の先から血の気がなくなって冷たくなっていく。だんだん目の前が白くなっていく。バタン大きな音を立てて僕は倒れた。下にいた母さんは全く助けには来なかった。少し立ったあと。
「たかしー晩御飯できたよーたかしー」
そう言って僕部屋のの扉を開けた。やっと気がついたらしい。僕はその時目が覚めた。少しゆっくりしてから頑張って居間まで降りてご飯を食べた。昨日ほど美味しそうに思えなかった。
「いただきます。かっら!なにこれ!」
辛味から逃げるためにご飯を書き込む。
「バリッ」
硬い。芯が残ってる。本当に美味しくない。
「こんなもんくえるか!」
先にぶちぎれたのは父さんだった。僕もその流れに乗って、
「もういらない。」
そう言って自室に戻った。
なんで料理上手な母があんな失敗するか、やっぱり変だ。
「まいっか」
どうでもよくなった。風呂に入るのもめんどくさくなり、そのまま寝床についた。布団に入ってすぐ眠気が襲ってきた。眠気にさそわれるがまま眠りについた。
「ねぇ今日も無視したよね。やっぱり目、いらないじゃん!早くよこせよ!早く」
女が銀色のなにか。いや、包丁を持って襲ってきた。僕は一心不乱に逃げた。だが暗闇の中。転んでしまった。もう無理だ。追いつかれてしまった。
「よこせええええええええ」
ドスッ。包丁は頬をかすめて床に刺さった。
その隙に一心不乱に逃げ出した。すると遠くの方にぼんやり目の前に扉が見えた。もしかしたらそこから逃げられるかもその可能性にかけ全力で扉まで走った。
「待てぇぇぇぇ!!!」
女は包丁を抜き取り全力で追いかけてきた。僕は脇目も振らず一目散にドアに入って行った。ドアまで残り10m。
「やだ。捕まりたくない」
残り5m。女がどんどん距離を詰めてきた。
残り1m。もう手を伸ばせば届く距離だった。が、足がもつれた。多分周りから見てたら新喜劇かコントかと思うくらい滑稽に転んでた。
「やだ。やだやだ死にたくない。やだやだ。」
「その目をよこせ!」
「はっ、夢か。」
目が覚めた。
「夢の中の女。左目がなかったよな。」
そう呑気に思い出し、身震いしてた。
「左目。え。」
気がついた時には遅かった。階段を一段。また一段と登る音が聞こえる。逃げなきゃ。そう本能が体を動かした。僕はスマホを持ってクローゼットに隠れた。ギシギシ。ついに歩く音が止んだ。
「ガチャッ」
「よこせえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
荒ぶった母のような女は僕のベットに飛びかかった。僕は今まできてた女からのメールに恐る恐る返信をした。
「お願い。これで終わって。」
そんな風に思いながら送信ボタンを押した。

           早くちょうだいよ

Re:ここから学校に行くための道に落ちてたよ。

心臓がばくばくなった。すると女は眼帯を投げ捨て一心不乱にそっちに向かった。その姿は狂気としか言い表せない。だが一つの疑問が浮かんだ。いつ母さんと入れ替わったんだろう。とても不思議でならなかった。ただ、そんなことより本物の母さんはどこにいるの。それが不安でならなかった。家中を探し父さんと相談した結果、警察を頼ることにした。不安でならなかった。どこにいるのか皆目見当もつかなかった。
一日中家の中や、近所中を探し回った。気がついた時にはもうあたりは夜の帳が下りきっていた。父さんと家に帰った。今後のことを話しながら。
「ただいま」
悲しみに暮れながら二人とも自分の部屋に戻った。
どこに行ったんだろう。疲れ切った体を休めるべく、ふぃっと息を吐きベッドに腰掛けた
「どんどんどん」
お尻に振動を感じた。「もしや。」と思いマットレスを剥がし、ベッドの下を見るとそこに母さんが閉じ込められていた。よかった。安心して涙がこぼれた。だが見慣れない姿だった。そこにいた母は右目に眼帯をしていた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

呪詛人形

斉木 京
ホラー
大学生のユウコは意中のタイチに近づくため、親友のミナに仲を取り持つように頼んだ。 だが皮肉にも、その事でタイチとミナは付き合う事になってしまう。 逆恨みしたユウコはインターネットのあるサイトで、贈った相手を確実に破滅させるという人形を偶然見つける。 ユウコは人形を購入し、ミナに送り付けるが・・・

狙われた女

ツヨシ
ホラー
私は誰かに狙われている

幽霊船の女

ツヨシ
ホラー
海を漂う幽霊船に女がいた。

月影の約束

藤原遊
ホラー
――出会ったのは、呪いに囚われた美しい青年。救いたいと願った先に待つのは、愛か、別離か―― 呪われた廃屋。そこは20年前、不気味な儀式が行われた末に、人々が姿を消したという場所。大学生の澪は、廃屋に隠された真実を探るため足を踏み入れる。そこで彼女が出会ったのは、儚げな美貌を持つ青年・陸。彼は、「ここから出て行け」と警告するが、澪はその悲しげな瞳に心を動かされる。 鏡の中に広がる異世界、繰り返される呪い、陸が抱える過去の傷……。澪は陸を救うため、呪いの核に立ち向かうことを決意する。しかし、呪いを解くためには大きな「代償」が必要だった。それは、澪自身の大切な記憶。 愛する人を救うために、自分との思い出を捨てる覚悟ができますか?

子籠もり

柚木崎 史乃
ホラー
長い間疎遠になっていた田舎の祖母から、突然連絡があった。 なんでも、祖父が亡くなったらしい。 私は、自分の故郷が嫌いだった。というのも、そこでは未だに「身籠った村の女を出産が終わるまでの間、神社に軟禁しておく」という奇妙な風習が残っているからだ。 おじいちゃん子だった私は、葬儀に参列するために仕方なく帰省した。 けれど、久々に会った祖母や従兄はどうも様子がおかしい。 奇妙な風習に囚われた村で、私が見たものは──。

山を掘る男

ツヨシ
ホラー
いつも山を掘っている男がいた

村の愛玩動物

ツヨシ
ホラー
営業で走り回っていると小さな村に着いた。

【完結】呪いの館と名無しの霊たち(仮)

秋空花林
ホラー
 夏休みに廃屋に肝試しに来た仲良し4人組は、怪しい洋館の中に閉じ込められた。  ここから出る方法は2つ。  ここで殺された住人に代わって、 ー復讐を果たすか。 ー殺された理由を突き止めるか。  はたして4人のとった行動はー。  ホラーという丼に、恋愛とコメディと鬱展開をよそおって、ちょっとの友情をふりかけました。  悩みましたが、いいタイトルが浮かばず無理矢理つけたので(仮)がついてます…(泣) ※惨虐なシーンにつけています。

処理中です...