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第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う
風花も雷蔵も空を舞う 2
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文字通り風花の鼻をへし折った雷蔵は蛇腹が半分焼けた提灯を提げて愛姫の後を追った。
背後の闇の中で風花が狂ったように鉄煙管を振り回しているけれど、もうあれの相手をしてやる必要も無い。
このまま放置しておくだけで明日には物言わぬ死体になっている事だろう。
『ったく、どうしてこんな面倒事が多いのやら』
雷蔵は心の中で愚痴を吐いた。
城下に下りてきた小娘一人を見つけ出して保護するだけの簡単な仕事のはずが、あれやこれやとしているうちに思わぬ大事になってしまった。
『あの姫、まだ生きていればいいが……』
雷蔵は出来るだけ早く追いつけるように足を早めているものの、小猿のほうが先に愛姫に追いつくのは確定しているといっていい。小猿の方が雷蔵より先行しているのだから当然だ。
砂の道が終わって岩肌を削った坂道に到着する。
『ここを上るのか。やれやれ、本当に面倒だ』
この道がどこまで続いているのかと見上げると、遥か上方でゆらりと仄かな明かりが動いているのを見た。
『へぇ? どうやらあの姫はまだ生きているようだな』
愛姫を追っている小猿は元々の出自が夜盗で、彼は獣のように夜目が利き、どんな暗い場所でも明かりを持たずに移動することができる。
小猿の能力を知っているからこそ雷蔵はあの明かりは愛姫一行のものだと推測することが出来た。
『生きているって分かっちまったからには、急いでやるか……』
雷蔵が黙々と岩肌の坂を上り続けると、かなり小さなものだったが子供たちの声が聞こえてきた。何を喋っているのかまでは分からないが、子供特有の幼い声が耳をくすぐる音として聞こえてくる。
大声を出せば向こうにも聞こえそうだったが雷蔵はあえて声を掛けないことにした。
ここで声を上げたら子供たちと自分との間にいるはずの小猿にも己の存在を知らせる結果になるからだ。
『しかし、こいつぁちょいとおかしなことになっているな……』
雷蔵はこの状態を訝しんだ。
子供たちとの距離が大分詰まってきているのに子供たちがまだ生きている。それが何よりもおかしい。
普通に考えれば小猿と子供らはとうに接触していていいはずだ。
それなのに子供たちの声に緊迫した様子はなかった。
考えられる可能性としては子供たちが小猿を返り討ちにした場合だが……それは有り得ないと断言できるほどに子供たちに勝てる要素が無い。
確かに風花の一味の中で小猿は最も弱い。しかし子供らを相手にして後れを取るほど弱くはない。どんなに弱くても小猿はこの道の玄人なのだ。
愛姫一行の中に一人だけ戦いの才がある子供がいた。総髪を後頭部で纏めた目つきの鋭い少女が剣士の才の片鱗を見せていたが、彼女が本当に強くなるのはもっとずっと先の事。
その子と小猿が今やり合えば、小猿は文字通り赤子の手を捻るような容易さであの小娘を殺す事が出来るだろう。
それなのに、だ。
子供たちの声に悲壮感はない。誰かが怪我をしているふうでもなく、ましてや誰かが殺されているふうでもない。
『小猿め、いったいどこに消えやがった?』
そんな懐疑を胸に引っ掛けたまま坂を上っていると不意に血の香りが雷蔵の鼻先をよぎった。
『む?』
提灯の明かりを絞っていた布を少しだけ開いて雷蔵は足元を照らす。
すると、そこには真新しい血溜まりが出来ていた。
『これは……』
血溜まりはかなり大きい。
周囲を注意深く見渡すと壁から突き出ている石の先端に着物の切れ端とぬるりとした血液が付着していた。
『あぁ、なるほど。小猿め、突き飛ばされて道から落ちたな?』
提灯をもっと下げて地面を観察すると血溜まりから足を引き摺って進んでいる跡がついていた。
『不意を突かれて、落とされて、怒り狂って再び追いかけている……ってことかい。ざまぁねぇな』
それにしても小猿の不意を突けるほどの技量がある者があの子供らの中にいただろうか?
その可能性があるとすれば、眠そうな半眼をしながらも常に抜け目なく周囲を警戒していた幼女くらいだが、あの幼女が全力で体当たりをしたところで小猿を突き落とせるほどの突撃力は生み出せない。
それなら小猿は自爆に近い形でうっかりと道の端から足を踏み外して落ちてきたのだろうか。
……間の抜けた話だが、逆にそれがいかにも小猿らしい話なので『きっと、そうなんだろうな』と奇妙なほど納得できた。
『そういえば、あの野郎は昔から運が無いと嘆いていたな……』
そのくせよく賭場に現れては景気良く銭をバラ撒いてスッカラカンのオケラになって帰って行く奴だった。
雷蔵は滴り落ちた血痕を辿りながら坂道を上る。
『まぁ、運が無いのは俺もそうらしいんだがな』
雷蔵は自分を買ってくれた先代の言葉を思い出した。
―― おまえは腕っぷしも強いし、頭も切れる。しかし可哀想なほどに運が無い ――
普段からあまり冗談を口にすることが無い先代が雷蔵の顔を見ながらしみじみと言うものだから、当時まだ幼かった雷蔵はどうしたら運が良くなるかと素直に尋ねた。
すると、先代は優しく微笑んでこう言った。
―― ずっと青太郎の側にいなさい。それがおまえにとっての最良の選択だよ ――
先代から与えられた助言は、意味の分からないものだった。
背後の闇の中で風花が狂ったように鉄煙管を振り回しているけれど、もうあれの相手をしてやる必要も無い。
このまま放置しておくだけで明日には物言わぬ死体になっている事だろう。
『ったく、どうしてこんな面倒事が多いのやら』
雷蔵は心の中で愚痴を吐いた。
城下に下りてきた小娘一人を見つけ出して保護するだけの簡単な仕事のはずが、あれやこれやとしているうちに思わぬ大事になってしまった。
『あの姫、まだ生きていればいいが……』
雷蔵は出来るだけ早く追いつけるように足を早めているものの、小猿のほうが先に愛姫に追いつくのは確定しているといっていい。小猿の方が雷蔵より先行しているのだから当然だ。
砂の道が終わって岩肌を削った坂道に到着する。
『ここを上るのか。やれやれ、本当に面倒だ』
この道がどこまで続いているのかと見上げると、遥か上方でゆらりと仄かな明かりが動いているのを見た。
『へぇ? どうやらあの姫はまだ生きているようだな』
愛姫を追っている小猿は元々の出自が夜盗で、彼は獣のように夜目が利き、どんな暗い場所でも明かりを持たずに移動することができる。
小猿の能力を知っているからこそ雷蔵はあの明かりは愛姫一行のものだと推測することが出来た。
『生きているって分かっちまったからには、急いでやるか……』
雷蔵が黙々と岩肌の坂を上り続けると、かなり小さなものだったが子供たちの声が聞こえてきた。何を喋っているのかまでは分からないが、子供特有の幼い声が耳をくすぐる音として聞こえてくる。
大声を出せば向こうにも聞こえそうだったが雷蔵はあえて声を掛けないことにした。
ここで声を上げたら子供たちと自分との間にいるはずの小猿にも己の存在を知らせる結果になるからだ。
『しかし、こいつぁちょいとおかしなことになっているな……』
雷蔵はこの状態を訝しんだ。
子供たちとの距離が大分詰まってきているのに子供たちがまだ生きている。それが何よりもおかしい。
普通に考えれば小猿と子供らはとうに接触していていいはずだ。
それなのに子供たちの声に緊迫した様子はなかった。
考えられる可能性としては子供たちが小猿を返り討ちにした場合だが……それは有り得ないと断言できるほどに子供たちに勝てる要素が無い。
確かに風花の一味の中で小猿は最も弱い。しかし子供らを相手にして後れを取るほど弱くはない。どんなに弱くても小猿はこの道の玄人なのだ。
愛姫一行の中に一人だけ戦いの才がある子供がいた。総髪を後頭部で纏めた目つきの鋭い少女が剣士の才の片鱗を見せていたが、彼女が本当に強くなるのはもっとずっと先の事。
その子と小猿が今やり合えば、小猿は文字通り赤子の手を捻るような容易さであの小娘を殺す事が出来るだろう。
それなのに、だ。
子供たちの声に悲壮感はない。誰かが怪我をしているふうでもなく、ましてや誰かが殺されているふうでもない。
『小猿め、いったいどこに消えやがった?』
そんな懐疑を胸に引っ掛けたまま坂を上っていると不意に血の香りが雷蔵の鼻先をよぎった。
『む?』
提灯の明かりを絞っていた布を少しだけ開いて雷蔵は足元を照らす。
すると、そこには真新しい血溜まりが出来ていた。
『これは……』
血溜まりはかなり大きい。
周囲を注意深く見渡すと壁から突き出ている石の先端に着物の切れ端とぬるりとした血液が付着していた。
『あぁ、なるほど。小猿め、突き飛ばされて道から落ちたな?』
提灯をもっと下げて地面を観察すると血溜まりから足を引き摺って進んでいる跡がついていた。
『不意を突かれて、落とされて、怒り狂って再び追いかけている……ってことかい。ざまぁねぇな』
それにしても小猿の不意を突けるほどの技量がある者があの子供らの中にいただろうか?
その可能性があるとすれば、眠そうな半眼をしながらも常に抜け目なく周囲を警戒していた幼女くらいだが、あの幼女が全力で体当たりをしたところで小猿を突き落とせるほどの突撃力は生み出せない。
それなら小猿は自爆に近い形でうっかりと道の端から足を踏み外して落ちてきたのだろうか。
……間の抜けた話だが、逆にそれがいかにも小猿らしい話なので『きっと、そうなんだろうな』と奇妙なほど納得できた。
『そういえば、あの野郎は昔から運が無いと嘆いていたな……』
そのくせよく賭場に現れては景気良く銭をバラ撒いてスッカラカンのオケラになって帰って行く奴だった。
雷蔵は滴り落ちた血痕を辿りながら坂道を上る。
『まぁ、運が無いのは俺もそうらしいんだがな』
雷蔵は自分を買ってくれた先代の言葉を思い出した。
―― おまえは腕っぷしも強いし、頭も切れる。しかし可哀想なほどに運が無い ――
普段からあまり冗談を口にすることが無い先代が雷蔵の顔を見ながらしみじみと言うものだから、当時まだ幼かった雷蔵はどうしたら運が良くなるかと素直に尋ねた。
すると、先代は優しく微笑んでこう言った。
―― ずっと青太郎の側にいなさい。それがおまえにとっての最良の選択だよ ――
先代から与えられた助言は、意味の分からないものだった。
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