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第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う
お江戸の町は大騒ぎ 4
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「菊花。先ほどはなぜ私に判断を仰いだのですか?」
城から十分離れたところで柘榴は歩きながら振り返りもせずに後ろの菊花に訊いた。
門番の片桐から謀反を企んでいる者の情報を得たので、それによってどう行動するかを柘榴に確認したことを言っているらしい。
「謀反などという大事件があったので、諜報部隊で一番腕の立つ師匠たちが全員このまま愛姫保護の任務を継続していていいのかと思いまして……」
藤花が飼っているくのいちの中で荒事が得意な上位三人、柘榴、孔雀、鼈甲が揃って出てきているので、何人かはそちらの方に向けたほうがいいのでは……と菊花は考えたらしい。
「なるほど。状況に大きな変化があったので現場の判断で臨機応変に対処べきだと。そう考えたのですね」
「はい」
「孔雀。鼈甲。あなた方は私に何も訊かないのですね?」
「当然です。確かめるまでもありませんわお姉様」
派手な髪飾りをつけた孔雀はまるで算術の問題を解いた子供のような得意顔でそう返答した。
「訊く必要が無い」
浅黒い肌で黒目の大きな鼈甲はつまらなそうに淡々と答えた。
「ふむ、良い答えね鼈甲。では、あなたが菊花に教えてあげなさい。なぜ『訊く必要が無い』のか」
「面倒だ。断る」
「……鼈甲、私に逆らうの?」
不意に柘榴が足を止めた。ゾクリと肌が粟立つほどの寒気が流れ始め――、
「菊花、よく聞け。臨機応変というのはその者の立ち位置によってやるべきことの異なる言葉だ。例えば今の場合だと、我らは藤花様から愛姫の保護を命じられている。この目的は我らの独自判断で変更してはいけない部分だ。我らがしても良い『臨機応変』とは、その目的を達成するための手段をより確実性の高いものに変更することだ。命じられている以外の任務を後から付け加えたり、任務遂行の人員構成変更は最初に命令を出した藤花様にしかできない事で、現場の独断でそれを変更することは越権行為になる。だから先ほどの場合でも命令に変更は無いかと柘榴様に確認する必要は無く、それ故に私は『訊く必要が無い』と答えたのだ」
鼈甲がまるで立て板に水を流したような流麗さでスラスラと喋り始めたので、柘榴は一度舌打ちをしてから再び歩き出した。
「えっと、鼈甲姉さん? 今みたいな大事件が起きても現場で対応することはいけないって事でしょうか?」
「目の前しか見えていなければ効率が悪いように思えるかもしれないが、大局的には正しい行動だ。我らは組織。統制が取れていればこそ組織は集団で動いている強みが発揮されるのであって、個々が恣意的に行動していたのではただの烏合の衆だ。……こんな感じでいいですか柘榴様」
首元に刀を突きつけられて尋問されている捕虜のような饒舌さで菊花に説明をした鼈甲は、前を歩く柘榴に恐る恐るといった様子でお伺いを立てた。
「……えぇ、良い説明でした。その必死さに免じて先ほどの反抗的な態度は不問にしてあげます」
柘榴の胸元でパチンと音がした。
まるで懐剣を鞘に納めたような音だったが、彼女の後ろについて歩いている菊花たちからは見えないので今の音が何だったのかなんて分からない。もちろん菊花たちはそれを確かめるような愚かな行為はしなかった。
ちょっとした緊張感が漂う彼女たちの前方を五人の同心が全速力で走り過ぎた。
「よぉし瓶底寺だ! まだ謀反人がそこにいる可能性が高い! 一人残らず踏ん捕まえて大出世じゃ!」
「待て! 奴隷どもから嘆願されたのはわしじゃ! おぬしらはお奉行に命じられた当初の命令である愛姫の保護を優先するべきじゃ!」
「阿保抜かすな! そりゃ愛姫を保護したらそれなりに褒美が出るだろうが、一番得するのは命令を出したお奉行で、実行したわしらが貰えるのは白餅一つがせいぜいじゃ。今はそんな褒美で終わる程度の仕事をしている場合じゃねぇよ!」
「手柄を独り占めしようったって、そうはいかないですぞ小磯殿。我ら五人はいつでも一緒の仲良し与力でしょうに。くふふふっ!」
「くそっ! こんな時に限って有りもしない友情を振りかざしおって!」
五人の同心が言い争いながら走り抜けていくのを見送った柘榴は、彼らが巻き上げた土煙を手扇で払い落した後でおもむろに振り返って菊花を見据えた。
「見ましたか菊花? 現場の判断で勝手に動くと言うことはあれほど醜い行為なのですよ」
「えぇ、本当に醜いですね。実はまだ現場の判断で即応してはならないという縛りに納得できない気持ちでいましたが、今のを見て心が冷えました。師匠の言葉は紛れも無く正しいのだと心から理解できた気がします」
「よろしい。では私たちは当初の命令通り伝試練寺へ向かいます。少し歩みを早めますので遅れずについてきて下さい」
城から十分離れたところで柘榴は歩きながら振り返りもせずに後ろの菊花に訊いた。
門番の片桐から謀反を企んでいる者の情報を得たので、それによってどう行動するかを柘榴に確認したことを言っているらしい。
「謀反などという大事件があったので、諜報部隊で一番腕の立つ師匠たちが全員このまま愛姫保護の任務を継続していていいのかと思いまして……」
藤花が飼っているくのいちの中で荒事が得意な上位三人、柘榴、孔雀、鼈甲が揃って出てきているので、何人かはそちらの方に向けたほうがいいのでは……と菊花は考えたらしい。
「なるほど。状況に大きな変化があったので現場の判断で臨機応変に対処べきだと。そう考えたのですね」
「はい」
「孔雀。鼈甲。あなた方は私に何も訊かないのですね?」
「当然です。確かめるまでもありませんわお姉様」
派手な髪飾りをつけた孔雀はまるで算術の問題を解いた子供のような得意顔でそう返答した。
「訊く必要が無い」
浅黒い肌で黒目の大きな鼈甲はつまらなそうに淡々と答えた。
「ふむ、良い答えね鼈甲。では、あなたが菊花に教えてあげなさい。なぜ『訊く必要が無い』のか」
「面倒だ。断る」
「……鼈甲、私に逆らうの?」
不意に柘榴が足を止めた。ゾクリと肌が粟立つほどの寒気が流れ始め――、
「菊花、よく聞け。臨機応変というのはその者の立ち位置によってやるべきことの異なる言葉だ。例えば今の場合だと、我らは藤花様から愛姫の保護を命じられている。この目的は我らの独自判断で変更してはいけない部分だ。我らがしても良い『臨機応変』とは、その目的を達成するための手段をより確実性の高いものに変更することだ。命じられている以外の任務を後から付け加えたり、任務遂行の人員構成変更は最初に命令を出した藤花様にしかできない事で、現場の独断でそれを変更することは越権行為になる。だから先ほどの場合でも命令に変更は無いかと柘榴様に確認する必要は無く、それ故に私は『訊く必要が無い』と答えたのだ」
鼈甲がまるで立て板に水を流したような流麗さでスラスラと喋り始めたので、柘榴は一度舌打ちをしてから再び歩き出した。
「えっと、鼈甲姉さん? 今みたいな大事件が起きても現場で対応することはいけないって事でしょうか?」
「目の前しか見えていなければ効率が悪いように思えるかもしれないが、大局的には正しい行動だ。我らは組織。統制が取れていればこそ組織は集団で動いている強みが発揮されるのであって、個々が恣意的に行動していたのではただの烏合の衆だ。……こんな感じでいいですか柘榴様」
首元に刀を突きつけられて尋問されている捕虜のような饒舌さで菊花に説明をした鼈甲は、前を歩く柘榴に恐る恐るといった様子でお伺いを立てた。
「……えぇ、良い説明でした。その必死さに免じて先ほどの反抗的な態度は不問にしてあげます」
柘榴の胸元でパチンと音がした。
まるで懐剣を鞘に納めたような音だったが、彼女の後ろについて歩いている菊花たちからは見えないので今の音が何だったのかなんて分からない。もちろん菊花たちはそれを確かめるような愚かな行為はしなかった。
ちょっとした緊張感が漂う彼女たちの前方を五人の同心が全速力で走り過ぎた。
「よぉし瓶底寺だ! まだ謀反人がそこにいる可能性が高い! 一人残らず踏ん捕まえて大出世じゃ!」
「待て! 奴隷どもから嘆願されたのはわしじゃ! おぬしらはお奉行に命じられた当初の命令である愛姫の保護を優先するべきじゃ!」
「阿保抜かすな! そりゃ愛姫を保護したらそれなりに褒美が出るだろうが、一番得するのは命令を出したお奉行で、実行したわしらが貰えるのは白餅一つがせいぜいじゃ。今はそんな褒美で終わる程度の仕事をしている場合じゃねぇよ!」
「手柄を独り占めしようったって、そうはいかないですぞ小磯殿。我ら五人はいつでも一緒の仲良し与力でしょうに。くふふふっ!」
「くそっ! こんな時に限って有りもしない友情を振りかざしおって!」
五人の同心が言い争いながら走り抜けていくのを見送った柘榴は、彼らが巻き上げた土煙を手扇で払い落した後でおもむろに振り返って菊花を見据えた。
「見ましたか菊花? 現場の判断で勝手に動くと言うことはあれほど醜い行為なのですよ」
「えぇ、本当に醜いですね。実はまだ現場の判断で即応してはならないという縛りに納得できない気持ちでいましたが、今のを見て心が冷えました。師匠の言葉は紛れも無く正しいのだと心から理解できた気がします」
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