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第三幕 子猫はもっと遊びたい
伝試練寺の中の猫 1
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愛姫たちに付き添っていた菊花が日本橋の手前で「私は用事があるからこれで」と言って離れたので、愛姫一行は再び子供たちだけの集団となった。
(ちなみに、菊花が離れていくとき青太郎が名残惜しそうに菊花の胸をガン見していて、他の三人のから冷たい視線を向けられていた)
その後四人は、茶屋で暇を持て余していたおばさんや、家の前で将棋を打っていたおじさんたちに聞き込みをして、そこで聞いた『野良猫の溜まり場』になっているという伝試練寺の境内にやってきた。
伝試練寺は開祖の代から脈々と伝わる荒行・苦行を仏からの試練として尊ぶ伝統を持っていて、この寺に籍を置く僧のほとんどが寺内に留まらずに、修行僧として全国の修行地へ散っている。
その影響でそこそこ広い寺なのに寺内に残っているのは年老いた住職と使い走りの小僧だけだ。
人の気配が少なく、それでいて雨風をしのげる建物が多くあるせいで、話に聞いたとおり伝試練寺には数十匹もの野良猫が住みついていた。愛姫が門の外からちらと覗いた範囲だけでも十匹ほどの猫が見える。
「よし、依頼の猫がいるか片っ端から見て回るのじゃ。四人で固まっていても意味は無い、二手に分かれるぞ」
愛姫は百合丸と霧を本殿側へ向かわせて、自分は青太郎と一緒に南の正門に向かいながら寺内の猫たちを見て回ることにした。
壁に沿って進みながら石灯籠の下や盆栽棚の裏を覗いて目当ての猫を探す。そうやって愛姫と青太郎が南正門に来たとき、青太郎は寺の前を通る少年に気が付いて声を掛けた。
「おや、蘭助じゃないか。どうしたんだい、こんなところに一人で」
「あ、青太郎様」
霧と同じくらいの歳の少年は青太郎を見て少々緊張した感じでぺこりと頭を下げる。
「なんじゃ青太郎。そやつはおぬしの店の丁稚仲間か?」
「え? あ、う、うん。蘭助は私の店の丁稚だよ」
自分は狐屋の主人なので蘭助とは『丁稚仲間』ではないのだけれど、この少年が自分の店の丁稚であることは間違いではないので青太郎はとりあえず頷いておいた。
「ほぉ~? おぬしは店の下っ端に『様』付けで呼ばせているのか。青太郎のくせに偉そうじゃのう」
そう言っている本人が誰よりも偉そうなことは全力で棚に上げて愛姫は青太郎の脇腹を突く。
「『青太郎のくせに』って何だい。いいじゃないか、これでも私は店の中じゃ本当に偉いんだからね」
誤解があるようなのできっちりと自分が日本橋狐屋の主人であることを説明しようとしたが、それを言う前に愛姫に言葉を被せられた。
「そりゃあ歳の差で今は先輩面出来るのかもしれぬが、十年もすれば違ってくるじゃろう。向こうの方が偉くなったときに仕返しでイジワルされるかもしれんぞ。今のうちに優しくしておいた方が良いのではないかの。そうすれば立場が逆転しても少しはかつての先輩の顔を立ててくれるかもしれぬ」
「なんで私が追い抜かれることを前提で話すんだい。まるで将来そうなることが決まっているようじゃないか」
「そんなの見れば分かるじゃろ。こ奴の顔を見ろ、ぱっと見た時に随分と華のある女の子だと思ったら男の子だったんじゃぞ? これだけ見目の良い子なのだから商人としてはそれだけで並の者よりも、ずんと有利であろう。明るい将来を神に約束されているようなものじゃ」
「えっと、あの……」
声を掛けられてそのまま放置されていた蘭助が、言い合いを始めた二人の間でオロオロと不安気な声を上げた。
「ほれ、呼び止めておいて放置するとはなんて先輩じゃ。可憐な後輩が可愛そうじゃろ」
「あんたが横槍を入れるからでしょうが、まったく……。で、蘭助、何をしてたんだい?」
「あ、はい。雷蔵様に頼まれて文を届けに行ってきました。これから店に帰るところです」
美童と形容してもまだ足りぬほどに容姿の麗しい蘭助は、店の主人の青太郎と直接話をすることに少し緊張しながらもはきはきと答えた。
「では用事は終わっているんだね、じゃあ少し私を手伝っておくれ」
「わかりました。何をすればいいんです?」
「簡単なことだよ。猫を――」
青太郎が説明をしている途中で、本殿の裏手に回っていた霧が愛姫たちを呼びに来た。
「こっち来て。探していた猫。いた、なの」
「なんじゃと!?」
「本当かい!?」
「今、ウリ丸が見張っている。みんなで包囲して逃がさないようにする、なの」
霧はそう説明しながら蘭助に目をやって『この子は?』と訊くような仕草で首を傾げた。
「ウチの丁稚の蘭助だよ。丁度いい蘭助も手伝っておくれ。猫を取っ捕まえるだけだからそんなに手間はかからない」
「わかりました。頑張ります」
「ほぉ、返事が早くて言葉に淀みが無い。顔が良いだけではなく頭の回転も良さそうじゃな。これなら青太郎を追い越すのに三年もかからぬじゃろう」
「もぉ、そういうのはいいから。さっさと猫を捕まえるよ」
新しく加わった蘭助を連れて本殿の裏に回ろうとしたら、霧に袖を掴まれた。
「青太郎、その子には店に戻ってもらった方がいい、なの」
「え? どうしてだい」
「猫を捕まえても入れておくものが無い、なの。お寺に竹カゴを借りようとしたけど、イタズラに使われると誤解されて貸してくれなかった、なの」
「なるほど。じゃあ蘭助、おまえは今すぐ店に戻って猫を入れるのに適当な大きさのカゴを持ってきておくれ。急ぎで頼むよ」
「わかりました。すぐに!」
蘭助はぺこりと一礼するとすぐに背中を向けて駆け出した。
「よし、それでは猫を捕まえるとしようかの。青太郎、霧、妾に続けなのじゃ!」
愛姫がまるで獲物を見つけた鷹のように目を光らせると、つま先で抉るように地面を蹴って駆け出した。
「大声ダメ。猫びっくりして逃げる。静かに、なの」
霧は横を通り過ぎる愛姫の影のように同じ速度で並走する。
「ちょっ!? あんたら、足が速すぎるよ!」
二人の驚異的な瞬発力に驚きながら青太郎が後を追う。
ちなみに蘭助が青太郎たちと別れて半町ほど離れた頃、岡っ引き風の男が「あぁ、さすがは拙者の運命の伴侶。走る姿も可愛いよぉ。うえぇひひほぅ」と呟きながら蘭助の後を追いかけていたが誰もそれには気付かなかった。
(ちなみに、菊花が離れていくとき青太郎が名残惜しそうに菊花の胸をガン見していて、他の三人のから冷たい視線を向けられていた)
その後四人は、茶屋で暇を持て余していたおばさんや、家の前で将棋を打っていたおじさんたちに聞き込みをして、そこで聞いた『野良猫の溜まり場』になっているという伝試練寺の境内にやってきた。
伝試練寺は開祖の代から脈々と伝わる荒行・苦行を仏からの試練として尊ぶ伝統を持っていて、この寺に籍を置く僧のほとんどが寺内に留まらずに、修行僧として全国の修行地へ散っている。
その影響でそこそこ広い寺なのに寺内に残っているのは年老いた住職と使い走りの小僧だけだ。
人の気配が少なく、それでいて雨風をしのげる建物が多くあるせいで、話に聞いたとおり伝試練寺には数十匹もの野良猫が住みついていた。愛姫が門の外からちらと覗いた範囲だけでも十匹ほどの猫が見える。
「よし、依頼の猫がいるか片っ端から見て回るのじゃ。四人で固まっていても意味は無い、二手に分かれるぞ」
愛姫は百合丸と霧を本殿側へ向かわせて、自分は青太郎と一緒に南の正門に向かいながら寺内の猫たちを見て回ることにした。
壁に沿って進みながら石灯籠の下や盆栽棚の裏を覗いて目当ての猫を探す。そうやって愛姫と青太郎が南正門に来たとき、青太郎は寺の前を通る少年に気が付いて声を掛けた。
「おや、蘭助じゃないか。どうしたんだい、こんなところに一人で」
「あ、青太郎様」
霧と同じくらいの歳の少年は青太郎を見て少々緊張した感じでぺこりと頭を下げる。
「なんじゃ青太郎。そやつはおぬしの店の丁稚仲間か?」
「え? あ、う、うん。蘭助は私の店の丁稚だよ」
自分は狐屋の主人なので蘭助とは『丁稚仲間』ではないのだけれど、この少年が自分の店の丁稚であることは間違いではないので青太郎はとりあえず頷いておいた。
「ほぉ~? おぬしは店の下っ端に『様』付けで呼ばせているのか。青太郎のくせに偉そうじゃのう」
そう言っている本人が誰よりも偉そうなことは全力で棚に上げて愛姫は青太郎の脇腹を突く。
「『青太郎のくせに』って何だい。いいじゃないか、これでも私は店の中じゃ本当に偉いんだからね」
誤解があるようなのできっちりと自分が日本橋狐屋の主人であることを説明しようとしたが、それを言う前に愛姫に言葉を被せられた。
「そりゃあ歳の差で今は先輩面出来るのかもしれぬが、十年もすれば違ってくるじゃろう。向こうの方が偉くなったときに仕返しでイジワルされるかもしれんぞ。今のうちに優しくしておいた方が良いのではないかの。そうすれば立場が逆転しても少しはかつての先輩の顔を立ててくれるかもしれぬ」
「なんで私が追い抜かれることを前提で話すんだい。まるで将来そうなることが決まっているようじゃないか」
「そんなの見れば分かるじゃろ。こ奴の顔を見ろ、ぱっと見た時に随分と華のある女の子だと思ったら男の子だったんじゃぞ? これだけ見目の良い子なのだから商人としてはそれだけで並の者よりも、ずんと有利であろう。明るい将来を神に約束されているようなものじゃ」
「えっと、あの……」
声を掛けられてそのまま放置されていた蘭助が、言い合いを始めた二人の間でオロオロと不安気な声を上げた。
「ほれ、呼び止めておいて放置するとはなんて先輩じゃ。可憐な後輩が可愛そうじゃろ」
「あんたが横槍を入れるからでしょうが、まったく……。で、蘭助、何をしてたんだい?」
「あ、はい。雷蔵様に頼まれて文を届けに行ってきました。これから店に帰るところです」
美童と形容してもまだ足りぬほどに容姿の麗しい蘭助は、店の主人の青太郎と直接話をすることに少し緊張しながらもはきはきと答えた。
「では用事は終わっているんだね、じゃあ少し私を手伝っておくれ」
「わかりました。何をすればいいんです?」
「簡単なことだよ。猫を――」
青太郎が説明をしている途中で、本殿の裏手に回っていた霧が愛姫たちを呼びに来た。
「こっち来て。探していた猫。いた、なの」
「なんじゃと!?」
「本当かい!?」
「今、ウリ丸が見張っている。みんなで包囲して逃がさないようにする、なの」
霧はそう説明しながら蘭助に目をやって『この子は?』と訊くような仕草で首を傾げた。
「ウチの丁稚の蘭助だよ。丁度いい蘭助も手伝っておくれ。猫を取っ捕まえるだけだからそんなに手間はかからない」
「わかりました。頑張ります」
「ほぉ、返事が早くて言葉に淀みが無い。顔が良いだけではなく頭の回転も良さそうじゃな。これなら青太郎を追い越すのに三年もかからぬじゃろう」
「もぉ、そういうのはいいから。さっさと猫を捕まえるよ」
新しく加わった蘭助を連れて本殿の裏に回ろうとしたら、霧に袖を掴まれた。
「青太郎、その子には店に戻ってもらった方がいい、なの」
「え? どうしてだい」
「猫を捕まえても入れておくものが無い、なの。お寺に竹カゴを借りようとしたけど、イタズラに使われると誤解されて貸してくれなかった、なの」
「なるほど。じゃあ蘭助、おまえは今すぐ店に戻って猫を入れるのに適当な大きさのカゴを持ってきておくれ。急ぎで頼むよ」
「わかりました。すぐに!」
蘭助はぺこりと一礼するとすぐに背中を向けて駆け出した。
「よし、それでは猫を捕まえるとしようかの。青太郎、霧、妾に続けなのじゃ!」
愛姫がまるで獲物を見つけた鷹のように目を光らせると、つま先で抉るように地面を蹴って駆け出した。
「大声ダメ。猫びっくりして逃げる。静かに、なの」
霧は横を通り過ぎる愛姫の影のように同じ速度で並走する。
「ちょっ!? あんたら、足が速すぎるよ!」
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ちなみに蘭助が青太郎たちと別れて半町ほど離れた頃、岡っ引き風の男が「あぁ、さすがは拙者の運命の伴侶。走る姿も可愛いよぉ。うえぇひひほぅ」と呟きながら蘭助の後を追いかけていたが誰もそれには気付かなかった。
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