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第三幕 子猫はもっと遊びたい
雷蔵、私にも友達ができたんだよ! 1
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青太郎坊ちゃんが気持ち悪い。
雷蔵は箸を持った手を止めて眉間に皺を寄せた。
狐屋の奉公人たちの食事は皆が同じ部屋で膳を並べて頂く事になっている。武家や他の商家には無い風習だが、これは先代主人が初めて奉公人を雇ったときからの習わしだ。
一番の上座には当然青太郎が鎮座して、奉公人たちは左右に分かれて膳の列が続いている。
地位の高い者ほど上座の近くに座ることになっているので、大番頭の雷蔵は否応なく青太郎から一番近い席で飯を食うハメになっている。
雷蔵は箸を置いて溜息を一つ吐いた。
青太郎が赤ん坊の頃から雷蔵はその成長を見続けている。
だから青太郎がニヤケた顔で飯茶碗を持ったまま芯の抜けた五重塔のように体をグネグネさせていても特に思う事は無い。青太郎の奇行にはとっくに耐性がついているのだから。
それでも、だ。
それでも、店の皆が揃って食事をしている最中に、いつもの五割増しのにやけた面で「うふふふ」とか「んにゅふふ~」とか呻いていられたのではせっかくの飯が喉を通らない。
「坊ちゃん、せっかくの飯が不味くなるので死んでく……いえ、どこか邪魔にならないところに消えてくれませんか」
「雷蔵、今『死んでくれ』って言いそうになっただろ? というか、その後の言葉も相当に惨い事を言っているからね? わかっているのかい? 我、狐屋の主人ぞ?」
「なんですかい『我』って。変な言い方しないでくだせぇ。もともと頭が悪いのにそんな変な喋り方をすると一層際立って馬鹿っぽいですよ」
「お前は本当に遠慮のない奴だね!」
青太郎ががっくりと項垂れて目の前の膳に乗っている里芋の煮物に箸を挿した。
「刺し箸は行儀が良くねぇですよ、青太郎坊ちゃん。あー……またニヤニヤと上の空になっているから膝の上に飯を零しているじゃねぇですか」
「おっと、これはいけない……。ところでお前、この私がこんなに嬉しそうにしている方は気にならないのかい? 何があったのか聞きたくはないのかい?」
「激しくどうでもいいですな」
雷蔵は青太郎の膝に落ちたご飯粒をひょいひょいと抓み取ると、青太郎の下あごを指で押して口を開かせて、ごみでも捨てるような仕草で飯粒のかたまりを投げ入れた。
「うぐ、もぎゅ、もぎゅ……ごくん。あのな、実はな」
「後にしてくだせぇ。飯は静かに食うもんです」
青太郎はどうしても話したかったようだが、雷蔵はこれ以上無駄に疲れる事は御免蒙りたいとばかりにピシャリと戸締りするように会話の戸板を閉ざして自分の箸を取った。
青太郎坊ちゃんが気持ち悪い。
食事が終わると雷蔵は二人の番頭と連れ立って湯屋に赴き、一日の垢をきれいに流して、さっぱりとした良い気分で狐屋の自室に戻ったら……柔らかそうな布団の上に青太郎がちょこんと座って雷蔵が帰ってくるのをウキウキ顔で待っていた。
「……何のまねですかい、坊ちゃん」
もしもふざけた答えが返ってきたら、躊躇することなくその首をへし折ってやろうと心に決めて問いかけると、青太郎はきょとんとした顔で「忘れたのかい?」と訊き返してきた。
「食事の時に今日あった良きことを話そうとしたら『後にしてくだせぇ』って言ったのは雷蔵のほうじゃないか。だから私の方からこうしてわざわざ話しに来てやったのだ」
偉かろう? と胸を張る青太郎を本当にどうしてくれようかと雷蔵は真剣に悩んだ。
雷蔵は昼も夜も忙しい。
特に今は愛姫探索の経過報告を聞く事やその報告を元にした新たな指示をしなければならないし、新規に雇い入れる人手の手配なども一人でするのだ。
やらなければいけないことがまるでわんこ蕎麦のように次から次へと目の前に出てきて息つく暇もない。だからせめて今夜は早めに休んで少しでも睡眠をとっておきたいところなのだが――。
能天気なウキウキ顔で雷蔵を見上げている青太郎を見て、彼は全身から生気が抜けていくような脱力感を味わった。
もう、こいつを殺してしまった方が面倒が無くていいんじゃないか?
最近ではそんな考えがチラチラと頭の中で浮かんでは消えている。
「坊ちゃん。いえ、若旦那。この雷蔵は狐屋の番頭であって、若旦那の世話をする女中じゃあありやせんぜ」
「そんなことは分かっているよ。だけど雷蔵は私が赤ん坊の頃からの付き合いのあるいわば兄のような者。私の身に起きた吉事を誰よりも先に教えておこうと思ってね。光栄に思ってくれていいのだぞ?」
「あっしが聞きたくねぇと言っても聞かせるおつもりで?」
「そうだね」
「それでも聞かずにいたらどうしやす?」
「聞いてくれるまでずっと雷蔵に張り付くよ。私には昼間も夜もやることがないからね、暇にまかせていつまでも追いかけるよ!」
「……じゃあ、聞きますんでさっさと喋ってここから出てってくだせぇ」
「なんだいなんだい、そんなに私の吉事が聞きたいのかい? もう、雷蔵ったらしょうがないなぁー、じゃあ特別に話してや――すまぬ、もう調子に乗ったりしないから、歯を鳴らしながらげんこつを握るのはやめておくれ。怖いじゃないか」
雷蔵は箸を持った手を止めて眉間に皺を寄せた。
狐屋の奉公人たちの食事は皆が同じ部屋で膳を並べて頂く事になっている。武家や他の商家には無い風習だが、これは先代主人が初めて奉公人を雇ったときからの習わしだ。
一番の上座には当然青太郎が鎮座して、奉公人たちは左右に分かれて膳の列が続いている。
地位の高い者ほど上座の近くに座ることになっているので、大番頭の雷蔵は否応なく青太郎から一番近い席で飯を食うハメになっている。
雷蔵は箸を置いて溜息を一つ吐いた。
青太郎が赤ん坊の頃から雷蔵はその成長を見続けている。
だから青太郎がニヤケた顔で飯茶碗を持ったまま芯の抜けた五重塔のように体をグネグネさせていても特に思う事は無い。青太郎の奇行にはとっくに耐性がついているのだから。
それでも、だ。
それでも、店の皆が揃って食事をしている最中に、いつもの五割増しのにやけた面で「うふふふ」とか「んにゅふふ~」とか呻いていられたのではせっかくの飯が喉を通らない。
「坊ちゃん、せっかくの飯が不味くなるので死んでく……いえ、どこか邪魔にならないところに消えてくれませんか」
「雷蔵、今『死んでくれ』って言いそうになっただろ? というか、その後の言葉も相当に惨い事を言っているからね? わかっているのかい? 我、狐屋の主人ぞ?」
「なんですかい『我』って。変な言い方しないでくだせぇ。もともと頭が悪いのにそんな変な喋り方をすると一層際立って馬鹿っぽいですよ」
「お前は本当に遠慮のない奴だね!」
青太郎ががっくりと項垂れて目の前の膳に乗っている里芋の煮物に箸を挿した。
「刺し箸は行儀が良くねぇですよ、青太郎坊ちゃん。あー……またニヤニヤと上の空になっているから膝の上に飯を零しているじゃねぇですか」
「おっと、これはいけない……。ところでお前、この私がこんなに嬉しそうにしている方は気にならないのかい? 何があったのか聞きたくはないのかい?」
「激しくどうでもいいですな」
雷蔵は青太郎の膝に落ちたご飯粒をひょいひょいと抓み取ると、青太郎の下あごを指で押して口を開かせて、ごみでも捨てるような仕草で飯粒のかたまりを投げ入れた。
「うぐ、もぎゅ、もぎゅ……ごくん。あのな、実はな」
「後にしてくだせぇ。飯は静かに食うもんです」
青太郎はどうしても話したかったようだが、雷蔵はこれ以上無駄に疲れる事は御免蒙りたいとばかりにピシャリと戸締りするように会話の戸板を閉ざして自分の箸を取った。
青太郎坊ちゃんが気持ち悪い。
食事が終わると雷蔵は二人の番頭と連れ立って湯屋に赴き、一日の垢をきれいに流して、さっぱりとした良い気分で狐屋の自室に戻ったら……柔らかそうな布団の上に青太郎がちょこんと座って雷蔵が帰ってくるのをウキウキ顔で待っていた。
「……何のまねですかい、坊ちゃん」
もしもふざけた答えが返ってきたら、躊躇することなくその首をへし折ってやろうと心に決めて問いかけると、青太郎はきょとんとした顔で「忘れたのかい?」と訊き返してきた。
「食事の時に今日あった良きことを話そうとしたら『後にしてくだせぇ』って言ったのは雷蔵のほうじゃないか。だから私の方からこうしてわざわざ話しに来てやったのだ」
偉かろう? と胸を張る青太郎を本当にどうしてくれようかと雷蔵は真剣に悩んだ。
雷蔵は昼も夜も忙しい。
特に今は愛姫探索の経過報告を聞く事やその報告を元にした新たな指示をしなければならないし、新規に雇い入れる人手の手配なども一人でするのだ。
やらなければいけないことがまるでわんこ蕎麦のように次から次へと目の前に出てきて息つく暇もない。だからせめて今夜は早めに休んで少しでも睡眠をとっておきたいところなのだが――。
能天気なウキウキ顔で雷蔵を見上げている青太郎を見て、彼は全身から生気が抜けていくような脱力感を味わった。
もう、こいつを殺してしまった方が面倒が無くていいんじゃないか?
最近ではそんな考えがチラチラと頭の中で浮かんでは消えている。
「坊ちゃん。いえ、若旦那。この雷蔵は狐屋の番頭であって、若旦那の世話をする女中じゃあありやせんぜ」
「そんなことは分かっているよ。だけど雷蔵は私が赤ん坊の頃からの付き合いのあるいわば兄のような者。私の身に起きた吉事を誰よりも先に教えておこうと思ってね。光栄に思ってくれていいのだぞ?」
「あっしが聞きたくねぇと言っても聞かせるおつもりで?」
「そうだね」
「それでも聞かずにいたらどうしやす?」
「聞いてくれるまでずっと雷蔵に張り付くよ。私には昼間も夜もやることがないからね、暇にまかせていつまでも追いかけるよ!」
「……じゃあ、聞きますんでさっさと喋ってここから出てってくだせぇ」
「なんだいなんだい、そんなに私の吉事が聞きたいのかい? もう、雷蔵ったらしょうがないなぁー、じゃあ特別に話してや――すまぬ、もう調子に乗ったりしないから、歯を鳴らしながらげんこつを握るのはやめておくれ。怖いじゃないか」
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