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第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける
両替商『狐屋』 2
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「まぁ良い。父上が亡くなって四十五日も過ぎた。これからは私がこの狐屋を背負って立たねばいけないからね、今までのようにボヤボヤしてられないよ。そうであろう雷蔵」
「若旦那……」
雷蔵の黒目がちな目にホロリと熱いものが浮かぶ。
子供の頃は極道の使い走りをしていた雷蔵だが、十二になった年に縁があってこの狐屋の先代に拾われた。
それ以来、雷蔵は己を表の世界に引き上げてくれた先代のために骨身を削る思いで狐屋のために働いてきた。
それから十八年。
ようやくこの狐屋が天下一の大棚になったその矢先、仕えていた主人が病に倒れ、呆気なくこの世を去り、その跡取りがどうしようもなく阿呆なのを心底心配していた。
狐屋もこれで終わりかと思っていたのだが、そのどうしようもない若旦那の思わぬ言葉に胸が熱くなった。
「若旦那。……ご立派になられましたなぁ」
つぃっと雷蔵は己の袂を掴んで目尻を押さえた。
これならこの店も大丈夫。そんな暖かい気持ちが雷蔵の心を明るくした。
「今すぐ茶をお持ちいたしやす。ところで、どのような鍛錬をしておいでだったんで?」
「うむ、見ておれ。こうするのだ」
青太郎は松の木に巻きつけた帯を手にすると「よいではないかー!」と掛け声を発して帯を思いっきり引いた。
気の抜けた顔のわりに剛力と言って差し支えない筋力を持った青太郎の腕で引かれた帯はパシーンと小気味よい音を立てて松の木を大きく揺らす。
「どうじゃ見事なものであろう? 毎日の密かな鍛錬の成果で、ようやく私にもこの技の極意が見えた気がするぞ。ふっふっふっ、これが才能というものであろうかのう、なぁ雷蔵?」
自信満々の顔で振り向く青太郎。
「すみません若旦那。やはりあっしにゃ何の鍛錬なのかさっぱり理解できやせん」
じわじわと不審顔になる雷蔵。
もしこの家が武家ならば柔術の習練をしているのかと思うところだが、狐屋は商家である。
商人の鍛錬といえば一に算盤、二に読み書き。そして交渉術と腹芸だ。
それなのに、まるで漁師の網引きのように女物の帯を引く鍛錬で商人としての何が養われるのか雷蔵には全くわからなかった。
「おぬしも鈍いのぅ。よいか? 一流の商人ともなれば遊びも一流でなくてはならん」
「……で?」
いやな予感が雷蔵の胸に湧き上がる。
「『女独楽』って技を知っておるか? 嫌がる娘の帯を掴んで『よいではないかー!』って、思いっきり引っ張るのだ。そうすると女が『あーれー』って言いながら独楽のようにクルクル回って素っ裸! 父上は吉原でこの技の達人だったそうじゃ」
「なるほど。わかりました」
雷蔵は思いっきり冷めた目で青太郎の正面に立つと、両手に拳を作って青太郎のこめかみをグリグリとねじ回した。
「ぎゃぁーーー! いっ、痛っ! 痛っ! 痛いっ!」
「何をしていやがるかと思えばこのアホ太郎め!」
「主人に向かってアホ太郎とはなんだ! 痛っ! やめろ! こらっ!」
「ソロバンも満足に弾けねぇくせに、店表にまで聞こえるほどの大きさで奇声を発して女遊びの鍛錬なんかしてんじゃねぇやド阿呆め! 死ね、死にさらせこの穀潰しがぁ!」
「うぎゃぁぁーー!」
「若旦那……」
雷蔵の黒目がちな目にホロリと熱いものが浮かぶ。
子供の頃は極道の使い走りをしていた雷蔵だが、十二になった年に縁があってこの狐屋の先代に拾われた。
それ以来、雷蔵は己を表の世界に引き上げてくれた先代のために骨身を削る思いで狐屋のために働いてきた。
それから十八年。
ようやくこの狐屋が天下一の大棚になったその矢先、仕えていた主人が病に倒れ、呆気なくこの世を去り、その跡取りがどうしようもなく阿呆なのを心底心配していた。
狐屋もこれで終わりかと思っていたのだが、そのどうしようもない若旦那の思わぬ言葉に胸が熱くなった。
「若旦那。……ご立派になられましたなぁ」
つぃっと雷蔵は己の袂を掴んで目尻を押さえた。
これならこの店も大丈夫。そんな暖かい気持ちが雷蔵の心を明るくした。
「今すぐ茶をお持ちいたしやす。ところで、どのような鍛錬をしておいでだったんで?」
「うむ、見ておれ。こうするのだ」
青太郎は松の木に巻きつけた帯を手にすると「よいではないかー!」と掛け声を発して帯を思いっきり引いた。
気の抜けた顔のわりに剛力と言って差し支えない筋力を持った青太郎の腕で引かれた帯はパシーンと小気味よい音を立てて松の木を大きく揺らす。
「どうじゃ見事なものであろう? 毎日の密かな鍛錬の成果で、ようやく私にもこの技の極意が見えた気がするぞ。ふっふっふっ、これが才能というものであろうかのう、なぁ雷蔵?」
自信満々の顔で振り向く青太郎。
「すみません若旦那。やはりあっしにゃ何の鍛錬なのかさっぱり理解できやせん」
じわじわと不審顔になる雷蔵。
もしこの家が武家ならば柔術の習練をしているのかと思うところだが、狐屋は商家である。
商人の鍛錬といえば一に算盤、二に読み書き。そして交渉術と腹芸だ。
それなのに、まるで漁師の網引きのように女物の帯を引く鍛錬で商人としての何が養われるのか雷蔵には全くわからなかった。
「おぬしも鈍いのぅ。よいか? 一流の商人ともなれば遊びも一流でなくてはならん」
「……で?」
いやな予感が雷蔵の胸に湧き上がる。
「『女独楽』って技を知っておるか? 嫌がる娘の帯を掴んで『よいではないかー!』って、思いっきり引っ張るのだ。そうすると女が『あーれー』って言いながら独楽のようにクルクル回って素っ裸! 父上は吉原でこの技の達人だったそうじゃ」
「なるほど。わかりました」
雷蔵は思いっきり冷めた目で青太郎の正面に立つと、両手に拳を作って青太郎のこめかみをグリグリとねじ回した。
「ぎゃぁーーー! いっ、痛っ! 痛っ! 痛いっ!」
「何をしていやがるかと思えばこのアホ太郎め!」
「主人に向かってアホ太郎とはなんだ! 痛っ! やめろ! こらっ!」
「ソロバンも満足に弾けねぇくせに、店表にまで聞こえるほどの大きさで奇声を発して女遊びの鍛錬なんかしてんじゃねぇやド阿呆め! 死ね、死にさらせこの穀潰しがぁ!」
「うぎゃぁぁーー!」
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