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第三章 童貞勇者の嫁取り物語
もしや『勇者』?
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イーノックが王女の正体に気づかずに従魔の首輪を嵌めていた頃、
アイアンリバーの南約10㎞の地点に出現していた大魔王ダーラは身嗜みを整えていた。
「ふぅ、さっぱりした」
イーノックとの競り合いが半日以上にも及んだせいで全身汗だくだった体を魔法で生み出した水と風で服ごと洗浄した。
驚異的な魔力制御がなければ不可能な技をダーラは当たり前のように行う。
人間で例えるなら両手の指に挟んだ糸を八本の針の穴へ同時に通すような緻密な制御。
元々持っている膨大な魔力をこのレベルで操作できるからこそダーラは全魔族の頂点に君臨しているのだ。
誰もが恐れる大魔王ダーラ。
そんな彼女は水で作った全身鏡で身嗜みを丹念にチェックしていた。
それはまるで初めて男の子とデートに行く女の子のような真剣さである。
いろんな角度で自分の姿を点検し、何度も前髪をいじって鏡の中の自分に笑いかけてみて、五分ほど笑顔チェックをしてようやく満足したダーラはフンと鼻息を噴いた。
「さて、あの召喚士はどこかしら。別に会いたいわけじゃないけど『今回は引き分けだったわね!』って言っておかなきゃね、一方的に勝ったって思われるのは癪だもの。別に会いたいわけじゃないんだけど!」
誰に聞かれているわけでもないのに、そんな言い訳じみたことを言い放つ。
ダーラの勝敗基準では「召喚されてしまったけれど、本来出るべき魔方陣から遠く離れた場所に出たのだからギリギリセーフ。負けてなんかない!」という『引き分け』判定だ。
ダーラはあらかじめ用意していた疲労回復ポーションを飲み干して体力を全回復させた。
これは万がいちダーラが召喚士に競り負けたとしても、次の戦いで勝つための備えとして腰のポーチに入れておいたもの。
召喚士は呼び出した魔物を屈服させなくては従魔契約が結べない。
召喚されてもなお魔物が抵抗する場合は直接戦って打ち負かさなければならず、ダーラはもちろん全力で抵抗するつもりだったので抜かりなく第二回戦の用意もしていた。
召喚士に従魔契約を迫られた者は二度の対戦の機会がある。
一度目は魔力糸で絡め捕られて魔方陣に引き込まれるまでの引き合い勝負。
それに負けて魔方陣の向こう側に引きずり出された後、二度目の対戦が始まる。
二度目の戦いは直接対決。
剣でも魔法でも、とにかく負けて従魔契約を結ばれない限りは魔族側の勝利になる。
ぶっちゃけ、呼び出された後に召喚主から逃げきれたら魔族側の勝ちなのだ。
「考えてみたら引き分けじゃないわよね、こんなに離れた場所に召喚した時点で向こうの負けじゃない? だってすぐ逃げられるんだもの。そうよ、むしろ今回は私の勝ち!」
ダーラはまだ手に巻き付いている魔力の糸の残滓を払って得意げに胸を張った。
ちなみに万が一の可能性として、二回戦もダーラが負けて従魔契約を強いられ、さらにその場の雰囲気で「よぉーし、これからお前の身も心の完全に服従させてやるぜ! ぐへへへ!」みたいなドッキドキな三回戦に突入した場合のためにエロかわいい下着を着用している。
そういうところでもダーラは抜かりなかった。
「んふふふ、あの召喚士は今頃この私を従属させられずに悔しがっているはず。思いっきりからかってあげましょうか『ざぁーこ! ざぁーこ! 前回私を要らないって言ったことを死ぬほど後悔するといいわ!』なぁんて煽ってグヌヌヌさせてあげましょう。んふふふ、楽しみだわぁー!」
ダーラはウッキウキな気分でイーノックの所在を見つけようと、今度はもっと遠くまで探れるよう強めに探査魔法を放った。
ピィン……。
「――……えっ!?」
ダーラは返ってきた反応に驚いた。
自分がいる位置から北へおよそ五㎞に一般人とは明らかに違う密度の魔力反応があり、しかもそれはダーラの探知魔法を『斬った』。
来ると事前に分かっていたわけでもないのに音速に匹敵する探査魔法の波に瞬時に反応して斬るなんて、魔族最強のダーラにも不可能な芸当だ。
「こんなことができる人類がいるなんて……もしや『勇者』?」
ダーラの浮かれ気分は一瞬で消え去った。
「こっちに来るかしら?」
探知魔法を斬ってみせたことから向こうは完全にダーラの存在に気付いているはず。
問題はその者がダーラに対してどのような反応を見せるかである。
動向を知るためにもう一度探知魔法を放つとまた斬られたが、魔力の波を斬った者とは別の反応がもの凄いスピードでこちらに向かって来ているのが分かった。
「偵察用の使い魔を放ったのかしら? ……違うわね。人間は召喚士でもない限り魔物を使役できないはず。じゃあ猟犬?」
五㎞の距離をあっという間に詰めてきたそれは驚いたことに犬ではなく人間だった。
女性なのになぜか男物の執事服を着ている。
その女執事はダーラを見たとたんに腰のナイフを抜くと、敵を警戒する蜘蛛のように両腕を肩よりも高い位置に上げた。
女執事は腕を高く掲げたまま腰をギリギリまで低い位置に落とすと足をM字型に開き、体全体を左右に揺らしながらダーラを威嚇している。
「私に対して威嚇? 威嚇だけなら交戦せずに主人が到着するまでの時間が稼げるとでも思ったのかしら。でも残念、あなたの実力じゃ時間稼ぎにもならないわ」
自分の強さに絶対の自信を持つダーラは敵対行動をする相手に『様子見』なんてことはしなかった。
どうせ自分のほうが圧倒的に強いのだから敵の力量を図る必要がない。
だから敵対者は『即殺』それがダーラ。
(イーノックの時も例外ではなかった。実際に初めて召喚魔法で呼び出されたときは殺す気で攻撃している。魔法を完全無効化されてしまって殺せなかったが)。
ダーラが女執事のロメオに指を向けた瞬間、ロメオは何かを感じて全力で横っ飛びに飛んだ。
「――っ!?」
しかし回避が間に合わず無音の風の刃がロメオの肩をざっくりと斬り裂いた。
「あら、首を落すつもりだったのに肩しか斬れなかったわ。でも魔法が見えていたわけじゃないわよね。だって全然目で追えていなかったもの。もしかして何か来そうな予感がしてあてずっぽうに横に跳んだだけ? ふふふっ、その勘の良さは褒めてあげるわ」
ロメオは驚愕に目を見開いて即座に反転、無防備な背中を晒してでも全速でこの場から脱出する選択をした。
もちろんダーラは見逃さない。
逃げるロメオの背中に追撃のエアカッターボムを打ち込もうと指を鳴らしかけた――が、
ギィン!
耳障りな衝撃音。
ダーラが攻撃をキャンセルして展開させたエアシールドに斬撃が刻まれた。
「まだ姿も見えない距離からこんな威力の斬撃を飛ばすなんて。ずいぶんと愉快なことをしてくるのね」
割れたエアシールドが草の上に落ちて消滅する。
このわずかな隙にロメオはダーラの可視範囲から逃げ切った。
「あぁ、残念。敵を逃がしてしまうなんていつ以来のことかしら」
ダーラは軽く苛立ちながら腰のフランベルジュ(波刃型のレイピア)を抜いた。
斬撃が飛んできた方向を見据えながらダーラは不敵な笑みを浮かべる。
「魔王の天敵と言われている『勇者』と戦うのなんていつ以来になるのかしら。今代の勇者は剣技が得意のようだけれど……まだ姿が見えないのに伝わってくる覇気が凄いわね。これまで私の前にまで到達した歴代の『勇者』と比べても類を見ないほどの強さ。んふふふふ……面白くなってきたわ」
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元々持っている膨大な魔力をこのレベルで操作できるからこそダーラは全魔族の頂点に君臨しているのだ。
誰もが恐れる大魔王ダーラ。
そんな彼女は水で作った全身鏡で身嗜みを丹念にチェックしていた。
それはまるで初めて男の子とデートに行く女の子のような真剣さである。
いろんな角度で自分の姿を点検し、何度も前髪をいじって鏡の中の自分に笑いかけてみて、五分ほど笑顔チェックをしてようやく満足したダーラはフンと鼻息を噴いた。
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誰に聞かれているわけでもないのに、そんな言い訳じみたことを言い放つ。
ダーラの勝敗基準では「召喚されてしまったけれど、本来出るべき魔方陣から遠く離れた場所に出たのだからギリギリセーフ。負けてなんかない!」という『引き分け』判定だ。
ダーラはあらかじめ用意していた疲労回復ポーションを飲み干して体力を全回復させた。
これは万がいちダーラが召喚士に競り負けたとしても、次の戦いで勝つための備えとして腰のポーチに入れておいたもの。
召喚士は呼び出した魔物を屈服させなくては従魔契約が結べない。
召喚されてもなお魔物が抵抗する場合は直接戦って打ち負かさなければならず、ダーラはもちろん全力で抵抗するつもりだったので抜かりなく第二回戦の用意もしていた。
召喚士に従魔契約を迫られた者は二度の対戦の機会がある。
一度目は魔力糸で絡め捕られて魔方陣に引き込まれるまでの引き合い勝負。
それに負けて魔方陣の向こう側に引きずり出された後、二度目の対戦が始まる。
二度目の戦いは直接対決。
剣でも魔法でも、とにかく負けて従魔契約を結ばれない限りは魔族側の勝利になる。
ぶっちゃけ、呼び出された後に召喚主から逃げきれたら魔族側の勝ちなのだ。
「考えてみたら引き分けじゃないわよね、こんなに離れた場所に召喚した時点で向こうの負けじゃない? だってすぐ逃げられるんだもの。そうよ、むしろ今回は私の勝ち!」
ダーラはまだ手に巻き付いている魔力の糸の残滓を払って得意げに胸を張った。
ちなみに万が一の可能性として、二回戦もダーラが負けて従魔契約を強いられ、さらにその場の雰囲気で「よぉーし、これからお前の身も心の完全に服従させてやるぜ! ぐへへへ!」みたいなドッキドキな三回戦に突入した場合のためにエロかわいい下着を着用している。
そういうところでもダーラは抜かりなかった。
「んふふふ、あの召喚士は今頃この私を従属させられずに悔しがっているはず。思いっきりからかってあげましょうか『ざぁーこ! ざぁーこ! 前回私を要らないって言ったことを死ぬほど後悔するといいわ!』なぁんて煽ってグヌヌヌさせてあげましょう。んふふふ、楽しみだわぁー!」
ダーラはウッキウキな気分でイーノックの所在を見つけようと、今度はもっと遠くまで探れるよう強めに探査魔法を放った。
ピィン……。
「――……えっ!?」
ダーラは返ってきた反応に驚いた。
自分がいる位置から北へおよそ五㎞に一般人とは明らかに違う密度の魔力反応があり、しかもそれはダーラの探知魔法を『斬った』。
来ると事前に分かっていたわけでもないのに音速に匹敵する探査魔法の波に瞬時に反応して斬るなんて、魔族最強のダーラにも不可能な芸当だ。
「こんなことができる人類がいるなんて……もしや『勇者』?」
ダーラの浮かれ気分は一瞬で消え去った。
「こっちに来るかしら?」
探知魔法を斬ってみせたことから向こうは完全にダーラの存在に気付いているはず。
問題はその者がダーラに対してどのような反応を見せるかである。
動向を知るためにもう一度探知魔法を放つとまた斬られたが、魔力の波を斬った者とは別の反応がもの凄いスピードでこちらに向かって来ているのが分かった。
「偵察用の使い魔を放ったのかしら? ……違うわね。人間は召喚士でもない限り魔物を使役できないはず。じゃあ猟犬?」
五㎞の距離をあっという間に詰めてきたそれは驚いたことに犬ではなく人間だった。
女性なのになぜか男物の執事服を着ている。
その女執事はダーラを見たとたんに腰のナイフを抜くと、敵を警戒する蜘蛛のように両腕を肩よりも高い位置に上げた。
女執事は腕を高く掲げたまま腰をギリギリまで低い位置に落とすと足をM字型に開き、体全体を左右に揺らしながらダーラを威嚇している。
「私に対して威嚇? 威嚇だけなら交戦せずに主人が到着するまでの時間が稼げるとでも思ったのかしら。でも残念、あなたの実力じゃ時間稼ぎにもならないわ」
自分の強さに絶対の自信を持つダーラは敵対行動をする相手に『様子見』なんてことはしなかった。
どうせ自分のほうが圧倒的に強いのだから敵の力量を図る必要がない。
だから敵対者は『即殺』それがダーラ。
(イーノックの時も例外ではなかった。実際に初めて召喚魔法で呼び出されたときは殺す気で攻撃している。魔法を完全無効化されてしまって殺せなかったが)。
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