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第三章 童貞勇者の嫁取り物語
そこまで近くに来ているのに姿を見せてくれないだなんて、随分と焦らしてくれるね!
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「ぐぬぬぬ! いい加減に諦めろよぉ、しぶといなぁぁぁあ!」
祝福されし棒をまるで釣り竿のようにしならせて魔力の糸を引くイーノック。
あれから六時間ずっと引っ張り合いを続けていまだに決着がつかない。
ふんぬぬぬ! と踏ん張りながら顔を上げれば空はすっかり茜色。
きらりと一番星が見え始めている。
イーノックは持久力にはそれなりに自信はあったのに、とっくに体力が尽きていて早く楽になりたかった。
魔力も尽きかけている。
糸の維持だけなら消費魔力なんて微々たるものだけれど、召喚される側の抵抗が強いとその分だけ魔力を放出して強度を上げなければいけない。
その一方で召喚される側に魔力消費の負担はないのでその部分だけを見れば召喚士側のほうが不利な戦いだ。
それでもイーノックは頑張る。
ここまでやったのだからどうせなら勝って終わらせたい。
イーノックが疲れ果てているのと同じペースで魔方陣の向こう側もかなり弱っているのが感じられる。
向こうもこれほどの競り合いになるのは予想外だったのかもしれない。
もう少し、あともう少し。
糸の維持がそろそろ限界に近付いている。
しかし召喚される側もギリギリの状態だ。
魔方陣のすぐそこまで引き寄せられていてチラチラと影が見えている。
お互いに決着の時が近いと感じて最後の力を振り絞った。
引かれた糸が空気を切ってパイィィンと高音が鳴る。
力の拮抗した状態が二十秒続いた。
同時の息継ぎでフッと力が弱まり、次の瞬間に再び全力で引き合う。
引くタイミングが刹那の差でイーノックが早かった。
タイミングをずらされて踏ん張りがきかなかった魔方陣の向こうの影がさらに近づく。
「よしっ、ここだ!」
体力がギリで勝負を焦ったイーノックが腕の力だけで糸を手繰り寄せた。
しかし無茶な糸引きをしたせいで引く力が弱まり、引き込んだ以上に引き戻された。
「あぁもう! なんてタフネスなんだよ!」
イライラが抑えられなくなったイーノックは糸を手に巻き付けて魔方陣に背中を向けると、一本背負いをするかのように糸を肩に引っかけて全体重を乗せて思いっきり引いた。
この強引な引きに対抗しきれなかったのか影は魔方陣の中から右足だけこっち側に来た。
「ぃよっし、勝ったぁー!」
イーノックが万感の思いを込めて勝利を吠えた。……が、まだ糸を引く力は微塵も緩んでなかった。
「何ぃ!? まだやるのか?!」
影は右足が出た状態になってもまだ勝負を諦めていないらしく、女性の足だと思われるスラッとした白い足がめっちゃ踏ん張っている。
どれくらいの踏ん張りかというと、マニキュアが塗られた足の指がまるでバッタの足のように曲がっているくらい全力の踏ん張りだ。
「なぁ、俺の声が聞こえるか!」
イーノックが糸を引きながら足だけ出しているソレに声を掛けた。
「そこまで近くに来ているのに姿を見せてくれないだなんて、随分と焦らしてくれるね!」
勝ったと思ったのにギリギリの状態でも諦めない粘りを見せつけられたイーノックは糸の向こうにいる対戦者を好敵手認定した。
こちらの声が向こうに聞こえているのかなんて分からないけれど、初めて出会った好敵手に声を掛けずにいられない。
グンと糸を引かれる感覚。踏ん張っている足が少しだけ魔方陣の向こうに後退した。
「おいおい、こっちは君に会えるのをずっと心待ちにしていたんだ。今更帰るだなんて寂しい事はしないでくれよ!」
疲労困憊しているはずなのになぜかイーノックの精神は高揚している。
これまで感じたことの無いほどのハイテンション。
謎の万能感に包まれたイーノックは言葉使いがメルセデスのようになっていた。
イーノック自身でも気づいていない『人類最強』への憧れがそうさせているのかもしれない。
「気づいていたんだ。きみは俺に会いたくて来たんだろう? だったら素直にこっちに来て姿を見せてくれ」
今度こそ決着を。もう糸を維持する魔力がない。
「いつまでもそんなところに隠れていないで、俺たちを隔てている魔方陣を抜けて、さぁ、来るんだ!」
渾身の力で糸を引く。
魔方陣の向こうの影も視力を振り絞って抵抗するがズルズルと引っ張り出され――。
ブチン!
本当にあと少しの所でイーノックの魔力制御が乱れて糸が切れ、召喚魔法そのものが霧散した。
「う、嘘だろ……ハァハァ、こ、こんな……ギリギリで、失敗とか」
息も絶え絶えに膝をついて、ずっと握りっぱなしだった祝福されし棒をカランと落とした。
「いや、完全では、ないけれど……ハァハァ……召喚そのものは、成功している感じがする。どこか……ハァハァ……この近くに、出現しているはず……あ、これって……ハァハァ……逆に、マズい状況かも」
召喚した『何か』を自分が見ていないところに出現させてしまった事に気が付いたイーノックは、昨日サード女史から教わったばかりの一言を思い出した。
『従魔が誰かをデストロイした場合は契約主が責任を追うことになりますので、天文学的な賠償金を支払う覚悟がないのなら、そうならないように細心の注意が必要です』
召喚が半ば成功していることは嬉しいのだけれど、もし召喚したのが好戦的な魔族で、そんなのがもしアイアンリバーの街中に出現でもしたら大変な騒ぎになる。
「中途半端に、召喚に……ハァフゥ……成功、したせいで、困ったことになったな……」
急いで召喚したモノを見つけて契約魔術で行動制限を施さないといけない。
さもなければ――、
「ヤバい。これは……マジでヤバい。こんなところで休んでいる場合じゃない。下手するとすごい賠償責任を負わされて、強制的に勇者から借金奴隷へジョブチェンジだ!」
イーノックは気合を入れ直して地面についていた膝を立て、すぐに探しに行こうと立ち上がった。
すると――、
ガサッ。
魔方陣を描いたすぐ近くの雑木の茂みから一人の少女がオドオドした様子で出てきた。
祝福されし棒をまるで釣り竿のようにしならせて魔力の糸を引くイーノック。
あれから六時間ずっと引っ張り合いを続けていまだに決着がつかない。
ふんぬぬぬ! と踏ん張りながら顔を上げれば空はすっかり茜色。
きらりと一番星が見え始めている。
イーノックは持久力にはそれなりに自信はあったのに、とっくに体力が尽きていて早く楽になりたかった。
魔力も尽きかけている。
糸の維持だけなら消費魔力なんて微々たるものだけれど、召喚される側の抵抗が強いとその分だけ魔力を放出して強度を上げなければいけない。
その一方で召喚される側に魔力消費の負担はないのでその部分だけを見れば召喚士側のほうが不利な戦いだ。
それでもイーノックは頑張る。
ここまでやったのだからどうせなら勝って終わらせたい。
イーノックが疲れ果てているのと同じペースで魔方陣の向こう側もかなり弱っているのが感じられる。
向こうもこれほどの競り合いになるのは予想外だったのかもしれない。
もう少し、あともう少し。
糸の維持がそろそろ限界に近付いている。
しかし召喚される側もギリギリの状態だ。
魔方陣のすぐそこまで引き寄せられていてチラチラと影が見えている。
お互いに決着の時が近いと感じて最後の力を振り絞った。
引かれた糸が空気を切ってパイィィンと高音が鳴る。
力の拮抗した状態が二十秒続いた。
同時の息継ぎでフッと力が弱まり、次の瞬間に再び全力で引き合う。
引くタイミングが刹那の差でイーノックが早かった。
タイミングをずらされて踏ん張りがきかなかった魔方陣の向こうの影がさらに近づく。
「よしっ、ここだ!」
体力がギリで勝負を焦ったイーノックが腕の力だけで糸を手繰り寄せた。
しかし無茶な糸引きをしたせいで引く力が弱まり、引き込んだ以上に引き戻された。
「あぁもう! なんてタフネスなんだよ!」
イライラが抑えられなくなったイーノックは糸を手に巻き付けて魔方陣に背中を向けると、一本背負いをするかのように糸を肩に引っかけて全体重を乗せて思いっきり引いた。
この強引な引きに対抗しきれなかったのか影は魔方陣の中から右足だけこっち側に来た。
「ぃよっし、勝ったぁー!」
イーノックが万感の思いを込めて勝利を吠えた。……が、まだ糸を引く力は微塵も緩んでなかった。
「何ぃ!? まだやるのか?!」
影は右足が出た状態になってもまだ勝負を諦めていないらしく、女性の足だと思われるスラッとした白い足がめっちゃ踏ん張っている。
どれくらいの踏ん張りかというと、マニキュアが塗られた足の指がまるでバッタの足のように曲がっているくらい全力の踏ん張りだ。
「なぁ、俺の声が聞こえるか!」
イーノックが糸を引きながら足だけ出しているソレに声を掛けた。
「そこまで近くに来ているのに姿を見せてくれないだなんて、随分と焦らしてくれるね!」
勝ったと思ったのにギリギリの状態でも諦めない粘りを見せつけられたイーノックは糸の向こうにいる対戦者を好敵手認定した。
こちらの声が向こうに聞こえているのかなんて分からないけれど、初めて出会った好敵手に声を掛けずにいられない。
グンと糸を引かれる感覚。踏ん張っている足が少しだけ魔方陣の向こうに後退した。
「おいおい、こっちは君に会えるのをずっと心待ちにしていたんだ。今更帰るだなんて寂しい事はしないでくれよ!」
疲労困憊しているはずなのになぜかイーノックの精神は高揚している。
これまで感じたことの無いほどのハイテンション。
謎の万能感に包まれたイーノックは言葉使いがメルセデスのようになっていた。
イーノック自身でも気づいていない『人類最強』への憧れがそうさせているのかもしれない。
「気づいていたんだ。きみは俺に会いたくて来たんだろう? だったら素直にこっちに来て姿を見せてくれ」
今度こそ決着を。もう糸を維持する魔力がない。
「いつまでもそんなところに隠れていないで、俺たちを隔てている魔方陣を抜けて、さぁ、来るんだ!」
渾身の力で糸を引く。
魔方陣の向こうの影も視力を振り絞って抵抗するがズルズルと引っ張り出され――。
ブチン!
本当にあと少しの所でイーノックの魔力制御が乱れて糸が切れ、召喚魔法そのものが霧散した。
「う、嘘だろ……ハァハァ、こ、こんな……ギリギリで、失敗とか」
息も絶え絶えに膝をついて、ずっと握りっぱなしだった祝福されし棒をカランと落とした。
「いや、完全では、ないけれど……ハァハァ……召喚そのものは、成功している感じがする。どこか……ハァハァ……この近くに、出現しているはず……あ、これって……ハァハァ……逆に、マズい状況かも」
召喚した『何か』を自分が見ていないところに出現させてしまった事に気が付いたイーノックは、昨日サード女史から教わったばかりの一言を思い出した。
『従魔が誰かをデストロイした場合は契約主が責任を追うことになりますので、天文学的な賠償金を支払う覚悟がないのなら、そうならないように細心の注意が必要です』
召喚が半ば成功していることは嬉しいのだけれど、もし召喚したのが好戦的な魔族で、そんなのがもしアイアンリバーの街中に出現でもしたら大変な騒ぎになる。
「中途半端に、召喚に……ハァフゥ……成功、したせいで、困ったことになったな……」
急いで召喚したモノを見つけて契約魔術で行動制限を施さないといけない。
さもなければ――、
「ヤバい。これは……マジでヤバい。こんなところで休んでいる場合じゃない。下手するとすごい賠償責任を負わされて、強制的に勇者から借金奴隷へジョブチェンジだ!」
イーノックは気合を入れ直して地面についていた膝を立て、すぐに探しに行こうと立ち上がった。
すると――、
ガサッ。
魔方陣を描いたすぐ近くの雑木の茂みから一人の少女がオドオドした様子で出てきた。
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