めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞

マルシラガ

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第三章 童貞勇者の嫁取り物語

ははっ!この私を容易く召喚できると思うなよ!

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「いつも、いつも、いつも、いつも、同じことを聞きやがって! もうお前は出禁だうっとぉしい!」

 そんな大音声と共にイーノックは尻を蹴られて店から叩き出された。

 バーグマン侯爵領の商都アイアンリバーにある魔道具店『深淵の入り口』を訪れたイーノックが昨日ネギを買い戻すために借りたお金を返済に来て、たまたま目が合った店主のラウンドクックにほとんど条件反射で「祝福の加護がついた金属武器は入荷してませんか?」と尋ねてブチ切れさせてしまったのだ。

 馬の手綱を持って店の横でイーノックが戻ってくるのを待っていたネギは店から転がり出てきた主人を見て目を丸くした。

「大丈夫? ていうか、なんで店主を怒らせるようなこと言うのさ」

「だって、たまたま俺が知らないうちに入荷していて、それをたまたま来ていた他の客に売れてしまったらイヤだろ」

「話を聞いた限りじゃ効果が微妙な『祝福』の加護付き武器をピンポイントで欲しがる人なんて主様以外にいないと思うんだよ」

 あいたた~。なんて言いつつ、ちっとも痛くなさそうに立ち上がったイーノックのお尻には大きな足跡と土埃がついていたのでネギはポキュポキュと叩いて掃ってあげた。

「ネギ、汚れを落としてくれるのはありがたいんだけど、そこは普通手でやるんじゃないか? ボールを蹴るように足で尻を叩くのはちょっと違うと思う」

「だってボクの手は冷え防止の手袋で覆われているから汚れたら困るし」

 ポキュッと手を叩いてみせるネギ。

 淫魔の子供は手足が冷えやすくて常に着ぐるみパーツのようなもこももの覆いをつけていないと風邪をひいてしまうとイーノックは聞いているのでその辺の事情はわかるのだけれど、心情的には『やっぱ俺、ネギに舐められてるんじゃね?』と疑ってしまう。

 ネギの首には昨日から従魔の首輪がついているのだがそれで何かが変わったわけではない。

 むしろ小ちっちゃ可愛い系のネギが首輪を装備したことで絶妙に可愛さが増し、屋敷のメイド仲間たちから大絶賛された影響か、朝からちょっと調子に乗っている感じが微妙にウザい。

「特にこれから昼食でしょ? ボク、埃臭い手でご飯食べるの嫌だからね」

「そういう状態になったら俺が食べさせてやってもいいんだが?」

「そ、それって『アーン』してくれるってこと? 恋人同士でもないのにそういうのはちょっと……主様だって恥ずかしいよね?」

 ネギがちょっと照れが入った目で見上げるとイーノックは真顔で手を振った。

「いや? お前が相手だと子供の世話をしている感じにしかならないだろうから全然平気って痛い! なんで本気キックするんだ!?」

「そういうところ! そういうところなんだよ主様!」
「そういうところってどういうところだ!?」

 怒ったネギは(昼食は一緒に食べてから)乗合馬車に乗って一人で領主館に帰ってしまった。



「召喚主を放置して一人で帰るとか……俺の従魔はやりたい放題だな」

 街外れの草原に来たイーノックは馬を視覚の木に繋ぐと、愛用の武器『祝福されし棒ブレストロッド』を持って馬から離れた。

 祝福の加護が付いた武器を持たないと体内魔力を外に出せないイーノックはこの棒無しで召喚魔法を使うこともできない。

 イーノックが生まれながらにして持っているレアスキル『魔力完全無効化』の弊害の一つがこれだ。

 魔力を完全に無効化するのでどんなに魔法攻撃を食らってもダメージゼロになる強力なスキルなのだけれどリスクも多い。

 一つはこのスキルは『常時発動型パッシブスキル』なので自分の意志でこれを停止することができない。

 そのせいで回復魔法すら無効化されるのでイーノックが怪我をした場合は自身の治癒力に頼るしかない。

 一般的な冒険者であれば一度の戦闘で怪我を負っても回復魔法による即時治療ができるので先に進めるのだけれど、イーノックの場合は即時治療の手段がないので怪我をしたらそこで冒険終了になる。

 もしイーノックが冒険者になるとしたら、この継戦能力の無さは致命的な欠点と言えるだろう。

「きっとそれが知られているから冒険者ギルドに行っても誰も俺とパーティーを組んでくれないんだろうなぁ。特に女性冒険者は声を掛けただけで真っ青な顔をして逃げていくし……」

 イーノックは誰もいない草原の真ん中でしゃがみこんで溜息を吐く。

 しかし実際のところ、イーノックのスキル『魔力完全無効化』はそれらの欠点に見合うだけの有用性があるとみている冒険者は多かった。

 イーノックが冒険者ギルドでパーティーが組めないのは、次期領主で人類最強の戦姫メルセデスが冒険者ギルドに圧力をかけているからで、女性冒険者が逃げていくのはシャズナのせいだ。

 もちろんイーノックはそんな裏事情なんて知らない。

 草原にしゃがみこんでいるイーノックはそのまま地面に魔方陣を描き始めた。

 中心になる点に棒を挿し、そこからロープを伸ばして先につけた棒でゴリゴリと地面を削りながら正確に円形を描く。

 本当ならここでいつものようにネギと陣形訓練という名称の冒険者ごっこに興じる予定だったのだけれど、肝心の相棒が怒って帰ってしまったので急遽予定を変更して久しぶりに召喚術を試してみることにした。

 棒とロープを利用して草原に三メートルほどの魔方陣を完成させたイーノックは魔方陣から少し離れたところに立って祝福されし棒ブレストロッドを構えた。

「そういえば魔族領から帰還して初めての召喚だな」

 イーノックは初めて従魔(ネギ)ができて浮かれていたし、ネギとわちゃわちゃ遊んでいるのが楽しくて新たな従魔を獲得することをすっかり失念していた。

「考えてみればネギが従魔になったのはほとんど姉さんたちのおかげだし、今度こそ自分だけの力で従魔契約しなきゃな」

 イーノックは棒とロープを利用して草原に三メートルほどの魔方陣を完成させると、魔方陣から少し離れたところに立って祝福されし棒ブレストロッドを構えた。

 んっんっ、あーあー、と、喉の調子を確かめて召喚魔術固有の長い呪文を唱え始める。

「強き力よ、重き力よ、弱き力よ、天駆ける雷光よ、根源の四神を我はまだ知らず、魔が神となる世において――」

 両手から祝福されし棒へ魔力が伝わり、イーノックが見据えている魔法陣に淡い燐光が浮かび出す。

「虚ろなるこの世にて、移ろう正義に平和なく、惑わぬ正義に進化なく、我が求める真なる友は――」

 大気の中に溶け込むように、地の中へと染み込むようにイーノックは感覚を広げ、召喚する魔物を探す。

「ん?」

 そこでイーノックはおかしなことに気づいた。

 薄く広く伸ばしまくった探索の感覚が魔族領に接したとたん一気に広がったのだ。

「もしかして魔族領で一度召喚魔法を実行したから魔力が染み込みやすくなったのか?」

 人間が生きるこちら側は大地母神の加護が満ちているせいで、負の力に属する召喚魔法は広がりにくいし、広がってもすぐ浄化されて痕跡を消されてしまう。

 しかし魔族領には大地母神の加護が及んでいないので前回イーノックが広げた探索の残滓がまだ存在していたようだ。

「おー、これは楽だなー」

 調子に乗ってどんどん間隔を広げていくと、覚えのある魔力を見つけた。

 いや、見つけたというよりも『見つけられた』という感覚だ。

 なんだか嫌な予感がして思わず魔力を引こうとしたら、なぜか向こうの方からイーノックの探索魔力に食いついてきた。

「うぇっ!? なんで!?」

 まるで『おいこら、この私を見つけたくせに召喚しないとはどういうつもりだ!?』と腹を立てているような感じがする。

「なんだかわかんないけど、ここで召喚しないともっと面倒なことになりそうな気がする……」

 イーノックはしかたなくその魔力の影に捕縛の針をひっかけて引っ張ってみた。

 すると今度は『ははっ! この私を容易く召喚できると思うなよ!』と言っているかのように全力で抵抗してきた。

「なんなんだこいつ!? めんどくさい奴だな!」

 ぐんっと腕を引っ張られてイーノックは反射的に引っ張り返す。

 すると、まるで飼い主のタオルを噛んで引っ張り合いを楽しんでいる犬のように魔方陣の向こうにいる存在も嬉々としてまた引っ張る。

「くっ、やるな! しかし俺だって負けないぞ!」

 最初は面倒そうだったイーノックも段々と楽しくなってきて額に汗を流しながら引っ張り合いに夢中になり始めた。
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