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第三章 童貞勇者の嫁取り物語
もう私、女の子でもいいんじゃないかな。
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王女アルフラウルが目を覚ましたのはちょうど日付が変わる真夜中だった。
「ここ……は?」
見慣れないベッドの上で体を起こした王女はどうして自分がこんなところで寝ていたのかを段々と思い出して、ストレスのあまり吐きそうになった。
「誰か、誰か助けて……」
ベッドサイドに置かれている呼び鈴を鳴らすとメイド長のインジャパンがすぐにやって来た。手ぶらではなく水の入ったデキャンタとグラスをトレイに乗せて来たのがさすが王女付きメイド長と言える気配りだろう。
差し出された水を飲んで一息ついた王女はすぐに尋ねた。
「今は何時かしら?」
「先ほど日付が変わったばかりです。姫様が心労でお倒れになってからおよそ八時間ですね」
「そんなに時間を無駄にしてしまったのね……」
「それで姫様、これからどうしますか。時間的にナタリアはとっくにバーグマン領に潜伏活動中。予定通りこのまま私たちもバーグマン領に向かいますと、最悪の場合ナタリアが何かやらかした直後に姫様が飼い主としてその場に登場! という、笑えない光景が生み出される可能性がありますが……どうします?」
インジャパンに決断を促された王女は途端に顔色を悪くして声を荒げた。
「どうしますって!? そんなの私が訊きたいことなのに!」
王女はスカートの裾を強く握って震えている。
「お願い、誰か私に命令して。こうすれば良いんだって私を導いて……」
「しかし姫様……」
「自分で決めるのは嫌。だって王女の私が判断を間違えたらたくさんの人が迷惑するってお父様が言っていたもの。悪くすると死人が出ることだってあるって。でも私にはどんな判断が正しいのか分からない。分からないのに決めるなんてことできないわ」
インジャパンは少し前に気づいた王女の判断力欠如の根底がどこに根差しているのか段々と分かってきた。
今のセリフで思い当たったのが王女がまだ童女だった頃に国王直々に教えていた帝王学だ。
王女は王位を継げる男子ではないものの唯一の実子として帝王学を学ばされていた。
インジャパンは当時すでに王女付きメイド長になっていたので授業の様子は王女の側で見ていたから知っている。
帝王学と言っても特別な秘術があるわけではない。統治者としてはごく当たり前で初歩的な心得を教えているだけである。
その教えの一つに『王命の強さとそれに伴う責任』というものがあった。
王の無責任な行為がどれほど民を苦しめるかを戒める教訓であるのだが、心優しく少し気弱なアルフラウル姫は必要以上に責任を重く受け止めてしまったようだ。
その認識が誰にも修正されないまま成長してしまった為、王女は決断することを極度に恐れるようになってしまったのだろう。
「お気持ちはお察し致します。ですが姫様に今後の方針を決めていただかないと私たちはどう動いていいのかわかりません。このままナタリアを追うのか、それともあの子は無関係だと切り捨てて王都に帰還するか。せめてそれだけでもお決めいただきませんと……」
ブルッと細い肩を震わせた王女は過呼吸になりそうなくらい早い息で左右に目を泳がせた。
「そうだわ、ローズ、ローズを呼んで! この前ローズは頼って良いって言っていたから!」
「親衛隊長のローズですか。わかりました呼んで来ます」
呼び出された親衛隊長のクッコ・ローズ(独身・自称二十九歳・実年齢三十二歳)はすぐに王女の部屋に来て凛々しく敬礼をした。
「お呼びとのことで参上しました。どうかなさいましたか」
「あぁ、助けてクッコ・ローズ。あなただけが頼りなの!」
地味だけれどそこそこ気品のある少女に涙目お祈りポーズで頼られたローズは思わずトゥンク。
「もう私、女の子でもいいんじゃないかな。しかし姫様が相手だと年齢に差が、いや、身分差のほうも相当がんばらないと」
頬を赤らめて妙な呟きを漏らし始めたローズをインジャパンが後ろから肩ポンした。
「何かよからぬことを企んでいませんか。ローズ?」
「い、いえ、何もそのようなことは決して!」
インジャパンは慌てて首を振るローズにため息を吐いた。
「ねぇローズ、あなたに頼っていいかしら。あなたに決めてほしいの。このままナタリアを追うべきか、それとも追跡を諦めて王都に帰るか」
「へ? このまま追うべきでしょう。どう考えても」
深刻な顔で相談された内容がローズには当たり前のこと過ぎてキョトン顔で即答した。
「でもでも、もしかしたら私たちが到着したころにはもうナタリアがやらかした後かもしれないのよ? 激高したバーグマン家の方たちに襲われる可能性があるわよね? ね?」
「到着したときにナタリアがすでに何かやらかした後なら姫様自身がその場でナタリアを処断すればいいだけでは?」
「え?」
武人らしい刃のような鋭い決断を提案されて王女は目を丸くした。
「そうすることで姫様の身の潔白の証明になります。何も問題はありません。このまま追跡を続行すべきです。むしろこのままここで朝を待つより、今すぐ出発して月明かりを頼りに少しでも馬車を進めたほうがよろしいかと」
「今から?」
「はい。そうすればナタリアがやらかす前に捕まえられる可能性が高くなるでしょうね」
武人らしい冷酷な提案をしつつ、ナタリアの身を案じている王女の気持ちも汲んで女性らしい気遣いもできるローズ。
『おや、伊達に王女の親衛隊隊長の地位にいるわけではないのですね』
後ろで見ていたインジャパンは感心した。
『こんな気遣いができるのに、夜会では男性を紹介されるたびに「初めましてクッコ・ローズです。ところで貴方の年俸はどれくらいかしら?」と結婚を焦りすぎて初対面の人に聞いちゃいけないことを聞いてドン引きされている事にどうして気が付かないのでしょう……』
少女の頃から剣一筋で生きてきたクッコ・ローズは男女関係の戦いでも常に抜身の刀で勝負をする子に育っていた。
ローズの武人らしい決断に感激した王女が彼女の手を握って何度も感謝の言葉を述べて、照れながらしきりに恐縮しているローズ。
そんな微笑ましい光景を見ながらインジャパンはため息を吐いた。
「ローズ親衛隊長。今度私の息子に夜会を開くよう言いつけておきます。息子にはもう婚約者がいますが、わりと顔の広い子ですからまだ独身の友達が多くいま「必ず伺います!」」
ローズは食い気味に答えた。
「ここ……は?」
見慣れないベッドの上で体を起こした王女はどうして自分がこんなところで寝ていたのかを段々と思い出して、ストレスのあまり吐きそうになった。
「誰か、誰か助けて……」
ベッドサイドに置かれている呼び鈴を鳴らすとメイド長のインジャパンがすぐにやって来た。手ぶらではなく水の入ったデキャンタとグラスをトレイに乗せて来たのがさすが王女付きメイド長と言える気配りだろう。
差し出された水を飲んで一息ついた王女はすぐに尋ねた。
「今は何時かしら?」
「先ほど日付が変わったばかりです。姫様が心労でお倒れになってからおよそ八時間ですね」
「そんなに時間を無駄にしてしまったのね……」
「それで姫様、これからどうしますか。時間的にナタリアはとっくにバーグマン領に潜伏活動中。予定通りこのまま私たちもバーグマン領に向かいますと、最悪の場合ナタリアが何かやらかした直後に姫様が飼い主としてその場に登場! という、笑えない光景が生み出される可能性がありますが……どうします?」
インジャパンに決断を促された王女は途端に顔色を悪くして声を荒げた。
「どうしますって!? そんなの私が訊きたいことなのに!」
王女はスカートの裾を強く握って震えている。
「お願い、誰か私に命令して。こうすれば良いんだって私を導いて……」
「しかし姫様……」
「自分で決めるのは嫌。だって王女の私が判断を間違えたらたくさんの人が迷惑するってお父様が言っていたもの。悪くすると死人が出ることだってあるって。でも私にはどんな判断が正しいのか分からない。分からないのに決めるなんてことできないわ」
インジャパンは少し前に気づいた王女の判断力欠如の根底がどこに根差しているのか段々と分かってきた。
今のセリフで思い当たったのが王女がまだ童女だった頃に国王直々に教えていた帝王学だ。
王女は王位を継げる男子ではないものの唯一の実子として帝王学を学ばされていた。
インジャパンは当時すでに王女付きメイド長になっていたので授業の様子は王女の側で見ていたから知っている。
帝王学と言っても特別な秘術があるわけではない。統治者としてはごく当たり前で初歩的な心得を教えているだけである。
その教えの一つに『王命の強さとそれに伴う責任』というものがあった。
王の無責任な行為がどれほど民を苦しめるかを戒める教訓であるのだが、心優しく少し気弱なアルフラウル姫は必要以上に責任を重く受け止めてしまったようだ。
その認識が誰にも修正されないまま成長してしまった為、王女は決断することを極度に恐れるようになってしまったのだろう。
「お気持ちはお察し致します。ですが姫様に今後の方針を決めていただかないと私たちはどう動いていいのかわかりません。このままナタリアを追うのか、それともあの子は無関係だと切り捨てて王都に帰還するか。せめてそれだけでもお決めいただきませんと……」
ブルッと細い肩を震わせた王女は過呼吸になりそうなくらい早い息で左右に目を泳がせた。
「そうだわ、ローズ、ローズを呼んで! この前ローズは頼って良いって言っていたから!」
「親衛隊長のローズですか。わかりました呼んで来ます」
呼び出された親衛隊長のクッコ・ローズ(独身・自称二十九歳・実年齢三十二歳)はすぐに王女の部屋に来て凛々しく敬礼をした。
「お呼びとのことで参上しました。どうかなさいましたか」
「あぁ、助けてクッコ・ローズ。あなただけが頼りなの!」
地味だけれどそこそこ気品のある少女に涙目お祈りポーズで頼られたローズは思わずトゥンク。
「もう私、女の子でもいいんじゃないかな。しかし姫様が相手だと年齢に差が、いや、身分差のほうも相当がんばらないと」
頬を赤らめて妙な呟きを漏らし始めたローズをインジャパンが後ろから肩ポンした。
「何かよからぬことを企んでいませんか。ローズ?」
「い、いえ、何もそのようなことは決して!」
インジャパンは慌てて首を振るローズにため息を吐いた。
「ねぇローズ、あなたに頼っていいかしら。あなたに決めてほしいの。このままナタリアを追うべきか、それとも追跡を諦めて王都に帰るか」
「へ? このまま追うべきでしょう。どう考えても」
深刻な顔で相談された内容がローズには当たり前のこと過ぎてキョトン顔で即答した。
「でもでも、もしかしたら私たちが到着したころにはもうナタリアがやらかした後かもしれないのよ? 激高したバーグマン家の方たちに襲われる可能性があるわよね? ね?」
「到着したときにナタリアがすでに何かやらかした後なら姫様自身がその場でナタリアを処断すればいいだけでは?」
「え?」
武人らしい刃のような鋭い決断を提案されて王女は目を丸くした。
「そうすることで姫様の身の潔白の証明になります。何も問題はありません。このまま追跡を続行すべきです。むしろこのままここで朝を待つより、今すぐ出発して月明かりを頼りに少しでも馬車を進めたほうがよろしいかと」
「今から?」
「はい。そうすればナタリアがやらかす前に捕まえられる可能性が高くなるでしょうね」
武人らしい冷酷な提案をしつつ、ナタリアの身を案じている王女の気持ちも汲んで女性らしい気遣いもできるローズ。
『おや、伊達に王女の親衛隊隊長の地位にいるわけではないのですね』
後ろで見ていたインジャパンは感心した。
『こんな気遣いができるのに、夜会では男性を紹介されるたびに「初めましてクッコ・ローズです。ところで貴方の年俸はどれくらいかしら?」と結婚を焦りすぎて初対面の人に聞いちゃいけないことを聞いてドン引きされている事にどうして気が付かないのでしょう……』
少女の頃から剣一筋で生きてきたクッコ・ローズは男女関係の戦いでも常に抜身の刀で勝負をする子に育っていた。
ローズの武人らしい決断に感激した王女が彼女の手を握って何度も感謝の言葉を述べて、照れながらしきりに恐縮しているローズ。
そんな微笑ましい光景を見ながらインジャパンはため息を吐いた。
「ローズ親衛隊長。今度私の息子に夜会を開くよう言いつけておきます。息子にはもう婚約者がいますが、わりと顔の広い子ですからまだ独身の友達が多くいま「必ず伺います!」」
ローズは食い気味に答えた。
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