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第三章 童貞勇者の嫁取り物語

何食べたらああなるの……

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「ふぅん。王女の密命で婚約破棄するための潜入工作ねぇ……」

 ナタリアから全てを聞き出したシャズナはソファの背もたれに体を預けた脱力姿勢で天井を見上げて何かブツブツと小声で呟きながら何やら考え込んでいる。

「あ~あ、本当に全部ペラペラ喋りやがって。これで俺たちの生存確率はゼロになっちまったじゃねぇか」

「しょうがないじゃない! 私が爪を剥がされる痛みに耐えられると思うの!? 絶対無理! 爪切り失敗して深爪になっただけで泣きそうになる私に耐えられるわけないじゃない!」

「いや、深爪くらいで泣きそうになるなよ」

「どうせ耐えられないなら何もされないうちに降伏したほうがいいに決まってるわ!」

「理屈は分かるが少しは申し訳なさそうにしろよ。ベラベラと機密をゲロっておいてなんでそんなに偉そうなんだ」

 後は処刑されるだけの二人がギャイギャイと言い争っているがシャズナは全く気にしなかった。

 深く意識を落とし込んで考えているからかシャズナの姿勢がだんだんと崩れて、今では天井を仰ぐようなエビ反りのポーズになっている。

 そのせいでただでさえ大きな胸が余計に強調されて、シスター服に包まれた胸部がまるで土嚢でも詰め込んだかのようにパンパンなっていた。

「すげぇ……」
「何食べたらああなるの……」

 言い争っていたウェーズリーたちが思わず魅入ってしまうほどエロい。

 二人にガン見られているシャズナはその視線が気づかないほど深く思考の海に没入して、これまでに得ている情報の整理と擦り合わせをしていた。

『王女が昨日わざわざ使者を寄こして手紙で知らせてきた《勇者様に不逞を為そうとしている使用人》ってこの小娘のことなんでしょうね。そしてこの小娘たちがやろうとしていたのはイーノックとの婚約を破棄するための工作活動。この事実だけを見れば王女はイーノックとの結婚に乗り気ではない。いいえ、むしろ忌避している。それなのに昨日の手紙にはこの婚約を拒絶するつもりはないと書いてあった。積極的ではないけれど王の決定に迎合して結婚を受け入れる立場を表明している。なんなのこの食い違い。一体どういう事かしら?』

 シャズナは一度ぐいいぃと背中を逸らしてから大きく息を吐いて肩の力を抜き、まるで岩場に打ちあげられたトドのように脱力しきったあられもない格好で思考を続けた。

『言葉と行動。どちらを信用するかと言えばもちろん行動。事実として王女はメイドを使ってイーノックを罠にハメようとした。一方で手紙では結婚に前向きな姿勢を見せている。しかしそれはあくまでも手紙という私信に過ぎず、公式文書ではない。どちらかがブラフなのだとしたら当然手紙のほうがブラフ。つまり王女は本気でイーノックとの結婚を嫌がっている』

 人目も気にせずにだらしない格好で天井を見上げていたシャズナが急にニヤァと悪い笑みを浮かべたのでウェーズリーたちはビクッと肩をすくめた。

『そっか。うふふふふふ、そっか、そっか。王女は本気でイーノックとの結婚が嫌なのね。で、婚約破棄の工作を仕掛けておいて、さらに保険として私たちには結婚に前向きなポーズをとってみせた。つまりあの手紙は『あー、残念だわー。私は結婚したかったのにそっちに問題があるせいで結婚無理だわー』って言えるようにするための布石。うふふふふ、あの王女、あまり印象に残らない地味な子だったけれど中身はなかなか腹黒なのね。嫌いじゃないわ』

 情報の分析を終えたシャズナはエビ反りになっていた上体をゆっくりと起こした。

「ようやく状況を把握できたわ。どうやらお互いの思惑がすれ違っていたようね。弟との結婚を望まない王女は私たちの敵ではなくむしろ仲間。排除すべき敵は私の母一人だけみたい」

「え? あ、そうなのか? え?」

 先ほどまでの憎悪とは真逆の親愛が籠った笑顔を向けられてウェーズリーたちは頭上に「?」を散らして戸惑った。

 シャズナの脳内でどのような計算が行われたのか知らないけれど、どうやらこの姉は弟が王女と婚約するのに反対の立場らしい。

「あぁ、そうだ。早くこのことをメルセデス姉さんに伝えておかないと不幸な事故が起きてしまいそう。ねぇウン、至急姉さんに王女の暗殺中止を伝えてくれるかしら。詳しいことは家で説明するって伝言も添えてね」

「イエス、マム」

 懺悔室の扉を塞いでいた護衛のシスターがキビキビとした動きで部屋を出て行った。

「ね、ねぇおじさん? 今、王女様を暗殺とか言ってなかった?」

「シッ、それ以上言うなお嬢。どうやら俺たち命拾いしたみたいだから下手にそこを突っ込んでこの流れを止めるんじゃねぇ。俺たちは何もしていないし、何も聞いていない。いいな?」
「あっはい」

 二人はこそこそと相談するけれどシャズナが目の前にいるので意味はない。

 当然それはウェーズリーたちも承知の上で、わざとらしいこそこそ話は生殺与奪の権を握っているシャズナに対する「余計なことはしないので俺たちを殺さないで!」のアピールだ。

「うふふふ、そんなこと気にしなくていいわよ。べつに口止めする気はないから」

「へ? 王女様に知られてもいいの? 本当に?」

 シャズナはその問いに答えず、ただニッコリと微笑んだ。

「お嬢、王女様の暗殺計画がバレても平気なのは、バーグマン家のお嬢さん方はとっくに覚悟が決まっていて『お? やんのかコラ。喧嘩上等だコラ』の意気込みなんだよ。何の覚悟もできていない俺たちが今までと同じ軽いノリで関わっていいことじゃあない。長生きしたかったら黙っておけ」

「う、うん、そうする」

「いやぁねぇ、たかが侯爵家の次女でしかない私ごときが王女殿下に盾突こうだなんてするわけないじゃない。畏れ多いことだわ」

 シャズナはさっきまで普通に『殿下』とかの敬称もなく呼び捨てていたのに、いけしゃあしゃあと『畏れ多い』なんて言い始めたので、二人は呆れるのを通り越して感銘を受けた。

「お嬢。ここまでになれとは言わないが、お嬢も一応は貴族なんだから今のを手本としてちょっとは本音と建前の使い分けを覚えておけよ」

「ふへ~。絶対無理ぃ」

「ま、それはそれとしてあなたたちにお願いがあるの」

 シャズナは席を立つと、地べたに這いつくばっている二人を見下ろしながら聖女のように微笑んだ。

「言うとおりにしてくれるならあなたたちを殺さないであげるわ」

「それ、お願いじゃなくて脅迫だよな!?」
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