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第三章 童貞勇者の嫁取り物語

き、貴様ら! いくら侯爵家の娘とはいえ先ほどから王女殿下に対して無礼であろう!

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 メルセデスたちが今にも王都へ攻め上ろうとしているところに思いがけず王女からの手紙が届いて、なんだか二人は出鼻をくじかれた気分になった。

「そういえば王女ってどんな女だったかしら。あまり印象に残ってないのよねぇ」

 シャズナはあごの先に指をあてて考え込んだが王女の顔をはっきりとは思い出せなかった。

「たしかウェーブの強い青銀色の髪で明るいエメラルドグリーンの瞳をしていたな。王家が仕切る夜会などで何度か見かけたが、とても最高権力者の娘とは思えないほど怯えた様子で愛想笑いをしていたのが印象に残っている」

 メルセデスはシャズナとそんな話をしながら使者から片手で手紙を取り上げた。

「お、王族からの私信をそのような無作法で受け取るとはなんたる――」

 使者は激高して怒鳴り散らしたがメルセデスもシャズナも気にしなかったし、そもそも相手にしていない。

 メルセデスはその場で開封するとシャズナも横から覗き見るようにして読み始める。

 そこに書かれている文言を要約するとこのような内容だった。

『私の意思を誤解した使用人が勇者様に不逞を為そうとしている可能性がある』
『勇者様との婚約を王が認めたからには私はそれを拒絶するつもりはない』
『勇者様に被害が及ばないように私自身が勇者様の側に行って使用人の暴走を未然に防ぎたい』
『この使者が到着する翌々日にはそちらに到着するので諸事よろしく頼みたい』

 今回の婚約話を王女が拒んだわけではなく、むしろ『拒絶しない』という消極的な言い回しではあるが婚約を承諾するという内容になっている。

 この手紙を読み進めた姉妹はキピキピキと血管を浮き上がらせて額がマスクメロンのようになっていた。

「あらあら、あの陰気な小娘は呼ばれてもいないのにウチに来るのね。到着するのが翌々日ということは今ちょうどお隣のオロローム領に到着した頃かしら」

「陰気な小娘だと!? まさか王女殿下のことではあるまいな!?」

 ピッキピキにキレているシャズナの暴言に対して使者も詰問の声を大きくする。

「王城の奥深くに引きこもっていた泥棒猫がのこのこと巣から出て来たのだから、引きずり出す手間が省けたと喜ぶべきだろうか」

 しかし次のメルセデスの『泥棒猫』発言でとうとう使者の我慢が限界を迎えた。

「き、貴様ら! いくら侯爵家の娘とはいえ先ほどから王女殿下に対して無礼が過ぎる! もう我慢ならん、貴様らそこに膝を折って首を垂れろ! わが剣の錆にして――」

 怒りの限界に達した使者が剣の柄にてをかけたその瞬間、彼は突然膝をカクンと落として白目を剥いて倒れた。

「ロメオ、余計なことはするな」

 使者の背後にはいつの間にかロメオがいた。
 どうやらロメオが使者の意識を刈り取ったらしい。

「すみませんお嬢様。このままだと玄関に血の池ができてしまいそうだったので、つい。いえ、この男のことはどうでもいいんですが石畳の隙間に染み込んだ血のりを洗い流すのはけっこう面倒なんです」

「……ちっ!」

 普段の彼女なら絶対しない舌打ちをしてメルセデスはロメオに背を向けた。

 首が飛ぶ寸前に気絶させることで彼の命を救ったロメオは、泡を噴いて倒れている使者の姿を見てホッとした。

「それくらいで済んで良かったですねぇ……」

 使者の頭頂部にティーカップソーサーくらいの大きさのハゲが新しく出来上がっていたけれど他に外傷はないようだ。

 気絶させるのが一瞬でも遅かったらメルセデスの斬撃が使者の脳みそを体外へフライアウェイさせていたことだろう。

 ロメオは近くにいた庭師を手招きして、当分目覚めそうにない使者を敷地の外に捨ててくるよう指示した。

「ところでロメオ、ロッティを連れてきていないようだが?」

 いつもよりも若干低めの声でメルセデスに問われたロメオは内心で怯えながらも表情には出さずに「はい」としっかり返事をした。

「そのことですが実はロッティ様がお休みになっている棺型魔力拡散装置が壊れかけているようで、装置に手をかけただけでこうなりました」

 ロメオは手の内側が茶色く焦げている手袋をメルセデスに見せた。

「そういえばそろそろ装置の交換の時期だったな。寝ているロッティを抱き上げて新しい装置に移す作業ができるのはイーノックだけだし……困ったね、今回の件はイーノックに内緒で全てを終わらせるつもりなのだが」

 メルセデスはイーノックが何も知らないうちにこの件を握り潰して、婚約話なんて最初からなかったことにしようと考えていた。

「そうね、私もイーノックには今回の婚約話を知らせないほうがいいと思うわ。優しいあの子のことだから婚約の話があった子が『不慮の事故』で亡くなったのを知ったら、ずっと気に病みそうだもの。イーノックは私たちが用意した箱庭の中で何も知らないまま何の憂いもなく幸せに暮らして欲しいわ」

 シャズナが真剣な顔で語り、メルセデスも無言で頷いた。そしてそれを側で聞いていたロメオは全く表情を動かさずに内心でひっそりとイーノックを憐れんでいた。

「じゃあロッティには悪いが王女は私だけで仕留めるとしよう。こっちに向かっているとわざわざ知らせるくらいに無警戒だ。領境に検問を張っていれば苦労せずに捕獲できるだろう」

「手紙の内容からすると王女が領内に入るのは三日後あたりね。首を入れる壺は明日までに用意すれば良さそうね。あ、王女が追いかけているメイドのほうは私に任せて。どのようなルートでウチの領に入って来たとしても一度はアイアンリバーの街に寄るだろうから私の人脈を使って街全体に監視網を張らせておくわ」

「頼む」

 二人の目的が完全に一致しているため毛先ほどの淀みもなく王女の暗殺計画が決まる。

「じゃあ今後の予定も大筋が決まったし、今日はもう騎士団に帰ってもらっていいんじゃないかしら。イーノックが帰ってきたときに家の前に騎士団が集まっていたら不審に思うかもしれないわ」

「ふむ、それはいけないね」

 メルセデスは緊急招集した騎士団員たちに向かって声を張った。

「みんな! 急な招集で来てもらったのに状況が変わった。おそらく三日後に再び招集するからそのつもりでいてくれ! 今日は無駄足踏ませてすまなかったね、解散!」
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