めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞

マルシラガ

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第二章 姉たちがイーノックが大好きで過保護になったワケ

イーノックの存在は私の幸福

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 ともかくメルセデス姉さんが規格外の天才だったので私は常に劣等感を抱いていた。

 学問はいつまで経っても姉さんに追いつかず、魔術の修得なんか姉さんは初級全てのカリキュラムを終えていて比較することも出来ない。武術においては言わずもがなだ。

 私がどれだけ頑張っても、何をやっても、次女の私は姉さんの下位互換という立場から離れることが出来ない。私は自己のアイデンティティを失いかけて外に出て人と顔を合わすことが苦痛に感じるようになっていた。

 そんな私の精神的な支えとなったのは弟イーノックの存在だった。
 もちろん二つも歳下の弟が私の心を癒してくれるセリフなんて言えたりするはずがない。
 私も元からそういうのを弟に求めてはいない。

 だた単純にイーノックの存在が私の癒しになっていた。

 メルセデス姉さんの才能が認知されてから二年が経ち、六歳になった私は武術の訓練を始めた。もちろん私の実力なんてメルセデス姉さんの足元にも及ばない。
 お父さんは「凄いじゃないかシャズナ。かなりセンスがいいぞ!」と褒めてくれたけれど、姉さんの凄さを間近で見ているから自分のダメっぷりが自覚できてしまう。

 それなのに弟のイーノックは訓練中の私をキラキラとした憧れの目で見ていた。

 気の利いた褒め言葉なんて一言も言わないのだけれど、顔を紅潮させて目を輝かしているその表情は自信を無くしている私にとって百万編の褒め言葉よりも嬉しいご褒美だった。

 その頃のイーノックはまだ四歳。
 武術の訓練が始まるのは二年先なのに私の真似をして木の棒を振り回している。

 小さくても男の子だからかイーノックは木の棒を振り回して遊ぶのがお気に入りだった。

 私が父と稽古をしている横で「ていっ! やー!」って可愛い声を上げて体力が続く限り棒を上げ下げしている。
 これだけ棒振りが好きならイーノックもいずれは姉さんのように才能を開花させる日が来るのでは……と私は薄ら寒くなるような焦りを感じたのだけれど、その心配は全くの杞憂だった。

 イーノックはひどく不器用な子だった。
 自分で振り上げた棒で自分のおでこを打つくらいに不器用だった。

 不器用なのは武術に限ったことではなかった。
 私が四歳の頃にはある程度読み書きが出来るようになっていたけれどイーノックはまだ基本文字を半分も覚えられていない。算数もまだ理解が追いつかずに指を折り曲げて足し算するのが精一杯。魔法に関しては一度も術を成功させたことが無い。

 私は弟が不器用なことに正直ホッとした。

  天才の姉メルセデスに対してコンプレックスを感じ、凡才以下の不器用な弟イーノックに対して優越感を覚え、私はその間に立つことでなんとか精神のバランスを保つ事ができたのだ。

 弟の不器用さに癒されている自分に後ろめたさを感じないわけではなかったけれど、そんな意地悪な感情は次第に別のモノへと変質していった。

 その感情の変化は今では当然のものだったと納得しているのだけれど、私の気持ちを知っているメルセデス姉さんは今でも「違うよシャズナ。そっちの方向へ行っちゃダメだったんだよ」って眉を顰めて深々と溜息を吐くのだ。

 まるで私がおかしな宗教に嵌ってしまったみたいな感じで呆れられているけれど、それこそ『癒しの日』を何よりも大事にしているメルセデス姉さんだけには言われたくないセリフだ。

 姉さんだけでなく、父さんや母さんも難しい顔をして「あまり弟ばかりに入れ込むな」と注意されるけれど、もうそれは無理な注文よね。

 だって、もしお父さんたちが私の前からいなくなっても私は耐えられる。けれどイーノックが私の前からいなくなったら……ダメ、無理、耐えられない。ちょっと考えただけで涙が止まらなくなるし、腸が断たれたようなレベルでお腹が痛くなる。

 とにかく、そんなこんなで私は六歳の頃からずっとイーノックを側に置いていた。

 イーノックはいつだって私を憧れの目を見てくれるので一緒にいると良い気分になれる。
 私はイーノックをまるで自分に与えられたヌイグルミのように連れ回したし、イーノックもまるで親鳥の後を追う雛鳥のように私の側を離れずにチョコチョコとついて来た。

 そんな弟があまりにも可愛いので、最初こそ弟と自分を比べた優越感でニマニマしていた私だけれど、気が付けば愛しさのほうが遥かに大きくなっていて、姉に対するコンプレックスとかどうでもよくなっていた。

 ―― イーノックの存在は私の幸福そのものだ ――

 その真理を発見した瞬間私は『イーノックを一生私の側から離さない!』と決心した。

 何もおかしな事は無い。

 姉と弟が一緒にいるのはとても自然な事だ。
 家族が仲良くするのは当然な事だ。
 こんな簡単な事に今まで気づいていなかったのが恥ずかしいくらいだ。

 この真理に気付いてからの私は本当に幸せだった。

 イーノックがいればどんなことでも楽しい。
 イーノックがいれば何でもできそうな気がする。
 イーノックがいれば安心してお昼寝できる。
 イーノックに「しゃずにゃねーちゃん、しゅごい!」と褒められると手足の力が抜けてプルプルと震えてしまうくらい嬉しくなってしまう。

 それから私の日常はイーノックが中心になっていた。

 朝、私は目覚めるとすぐにイーノックの部屋に行く。
 イーノックが寝ているベッドの側に椅子を置き、イーノックが目覚めるまでその寝顔を堪能する。
 イーノックが目覚めたら一緒に洗面所に行って一緒に顔を洗って、一緒に歯を磨く。
 イーノックと一緒に朝食を食べ、同じ部屋で勉強をし、屋敷の裏の習練場で一緒に武術の訓練をする。
 日課の習い事が終わったら一緒にランチを食べて、午後からは一緒に遊ぶ。途中でお昼寝を挟むことも忘れない。
 日が沈んだら一緒に夕飯を摂り、一緒にお風呂に入り、就寝前にはイーノックに本を読み聞かせて、ちゃんと眠ったのを確認したら柔らかなほっぺにおやすみのキスをして私は自分の部屋に戻った。

  私はそんな幸せな日常を繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。

 そうやって私がずっとイーノックを独占していたせいで、後日メルセデス姉さんをギャン泣きさせる事件を起こしてしまうのだけれど、それはまだ先の話。

 でも、それ以外はずっとイーノックを私の側から離さなかった。

 幸せだった。
 夢のように幸せな日々だった。

 この幸せは妹ロッティが生まれる日まで続いた。
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