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第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち

そんな事するの初めてだし怖いから絶対嫌だって言ってるのに、主様はボクを言葉巧みに誘導するのです。

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 今日の主様は自分のトレーニングよりもボクを鍛えることに熱中しました。

「無理無理! 腕立て伏せなんて一回も出来ないよ。筋トレなんてボクには無理だよ!」

 そんな事するの初めてだし怖いから絶対嫌だって言ってるのに、主様はボクを言葉巧みに誘導するのです。

「心配ない。そういう場合は膝をついた状態でやればいいんだ。な、簡単だろ?」

 それでもやりたくないボクは「膝をついて腕立てしたら服が汚れちゃうよ!?」と懸命に抵抗してみせたのに主様はそれもあっさりパリィです。

「服は汚れるものだ。汚れたら洗えばいい」

「そ、それはそうかもだけど、この執事服は今日貰ったばかりの新品なんだよ」

「制服を新品で渡されたばかりなら同じサイズの着替えも用意されているはずだ。ネギのサイズに合わせて作った制服が一着きりのはずがないだろ? 今着ているのを汚したところで何の問題も無い」

「え、えっと……汗で汚れてもいいトレーニング用の服があったらボクだって頑張れると思うよ? でもボクそんな服持ってないから今日のところは――」

「そうか、頑張ろうって気になってくれて俺は嬉しいぞ! トレーニング用の服が欲しいのなら俺が明日までに用意しておく。楽しみにしててくれ。でも今日はこのまま始めるぞ!」

 違うんだよ主様! ボクはやりたくないから色々言っているだけで、そんなきっちりと逃げ道を塞いでくれなくていいんだよ!

 ボクが求めてるのは「じゃあ、しょうががないね」って諦めてくれる優しさなんだってば!

「あぁそうだネギ。膝をついた状態の腕立てだと負荷が少なくなるから、負荷が少なくなった分だけ回数を増やすからな。さ、始めようか」

 はわわわ。『諦める優しさ』が欲しかったのに、真逆の『逃がさない厳しさ』を与えられちゃいました。

 それからもボクはずっと『出来ない言い訳』を羅列してトレーニングから逃げようとしてるのに、主様は言い訳の一つ一つに『出来る工夫』を挙げて回り込んできます。


 ネギはコマンド『逃げる』を選択。
 しかし回り込まれてしまった!
 腕立て五〇回のダメージ。

 ネギは再びコマンド『逃げる』を選択。
 しかし回り込まれてしまった!
 腹筋五〇回のダメージ。


 どんなに泣き言を繰り返しても逃げられません。

 言い訳を潰される度に頭の中で『ザカザカザカ!』って不思議な効果音が聞こえてきて、言い訳が尽きると「さぁ、納得できたなら始めようか」って主様はとニッコリと微笑むのです。

 もう泣きたいです。

 なんなんでしょうか? 主様のポジティブな精神はちょっと普通じゃない。

 ボクがこんなに嫌がっているんだから少しくらいは妥協する事があってもいいはずなのに主様は決して折れません。
 こういうのも不屈の精神って言うのかな?
 その強い精神力が自分自身に向かっているのなら全然かまわないんだけれど、それをボクに向けるのは違うと思うんです。

 けっきょくボクは腕立て、腹筋、背筋、スクワット、からの走り込みまでみっちりやり込まされました。
 プルップルです。

 わー……筋肉ってこんなに震えるんだね。

 自分自身のことなのに思わず失笑してしまうくらいボクの腕と足がプルプル震えています。

「よぉーし、よく頑張ったなぁネギ! 今日は初日だからここまでにしようか」

 やりきった! って達成感に満ちた顔になってる主様にビシッとサムズアップされたけど、ボクには爽やかさなんて全然感じられない。

 息を切らして地面に這いつくばって、何度も吐いた胃液の臭いが鼻の奥に留まっている状態を爽やかに感じられる人がいるとしたら、それはかなり高レベルな変態さんでしょう。

 あいにくボクは特殊性癖なんて持ってない業界の淫魔なので、こんなの普通に拷問です。

 立ち上がる筋力すら絞り出されたボクは主様に背負われて屋敷に帰りました。

「お疲れさまネギ。明日もまた一緒に頑張ろうな!」

 使用人棟のボクの部屋の前でボクを下ろした主様はそんなそんな死刑宣告をボクに残しておきながら能天気なくらい楽しそうに母屋へ帰って行きました。

 もうやだ。ほんと逃げたい。

 ちょっとだけ力が回復した手足をプルプルさせながら部屋に入ったボクは、それでもベッドに上がる体力までは戻っておらず、まるで壊れた人形のように床に寝転がって手足の痙攣が収まるのを待ちました。

 床にペトリと頬をつけながらボクはぼんやりと考える。

 もう夕ご飯の時間だけどお腹空かないなぁ。
 やっと吐き気が治まったばかりだから食べてもすぐリバースしそうだし、食堂に行けるほど体力回復してないし……。

 ちょっと涙がこぼれた。

 従者のお仕事ってこんなだっけ?
 ボクの知っている従者と人間界の従者って仕事内容が違うのかな?
 でも従者のお仕事に筋トレなんて含まれないよね? 兵士じゃないんだから。

 って、そんな事よりも!

 ボク女の子だって言っているのに全く信じようともしないで、こんなキツいトレーニングさせるってどういう事だよぉ!?

 せめて主様だけでもこの誤解を解いてボクを女の子だって認めて貰わないと、明日からのボクの生活は毎日がブートキャンプになっちゃう!

 そうなったらボクは筋トレという名の拷問で責め殺されるか、このブートキャンプを生き延びてムキムキマッチョな身体になっちゃうかの二者択一の未来しかない。
 そんな未来なんてどっち地獄だよ。マッチョなサキュバスってどこに需要あるのさ!?

 どうしよう? どうやったら主様はボクを女の子だって認めてくれる?

 ボクの慎ましいお胸のふくらみを強調してみせたのに「それはおっぱいじゃない」って、わりと真面目に凹むことを真顔で言われちゃったし……。

 こうなったらヤルしかないのかな?

 ボクの未来のために。
 明日を笑って過ごせるようになるために。

 ……やろう。それしかもう方法は無いよ。

 ボクはようやく力が入るようになってきた手足で腹這いになってモゾモゾと部屋を出た。

 執事としてボクは主様のスケジュールを覚えている。

 主様はそろそろ食事を終える頃だ。そしてその次はお風呂に行く。
 タイミングはばっちりだ。

 ……出来る事ならこんな捨て身の作戦なんて実行したくなかったよ。

 この作戦はボクの自分自身のプライドを傷つける行為だし、何よりも恥ずかしい。
 デメリットはかなり大きい。

 でも、この作戦に成功すれば主様の認識は一瞬で変わるし、かなり高い確率で、いや、もうほぼ間違いなくボクに惚れちゃうことになっちゃうね!

 ……ヤバイね。

 もしかしたら、その場の勢いで一線越えてしまうかもしれない。
 大人の階段を昇っちゃうかもしれない。

 けれどもうボクは退かないよ。媚びないよ。顧みないよ!

 だってボクは決意したんだ。

 作戦名『ドキッ! 浴場に入ってきた俺の従魔が実は女の子だった!?』を実行するって!
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