めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞

マルシラガ

文字の大きさ
上 下
30 / 100
第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち

いや、そんな子猫拾ってきたみたいなノリで魔王連れてこられても……

しおりを挟む
 真夜中を過ぎた頃。
 俺は簡易ベッドに腰かけて呆けたようにランプの小さな灯を見つめていた。

 召喚魔法が成功したのは結局あの一回きりだった。
 戦闘には向かないお嬢様っぽい子だったので従魔契約はせずにリリースした。

 でも、ロッティには及ばないけれどそこそこ強い魔力を放っていたので従魔契約しておけばよかったと今更のように後悔する。
 なんて間抜けな事をしたんだろうと自責が何度も頭の中をぐるぐる巡る。まるで最初に配られたカードが良かったのに、もっと強い組み合わせを作ろうとして何回もカードを交換した挙句、結局ブタになってしまったポーカーのようだ。

「最終的にはやっぱ俺が一人で行かなきゃいけないんだな……」

 呼び出せたあの子でさえ人間側だと英雄級に匹敵する魔力だった。それを基準に考えると純粋な戦闘タイプの魔族は十倍とか二十倍の強さなのだろう。それがどれほど強いのかを想像したら肌が粟立つくらいに恐ろしくなった。

「殺される。絶対殺される。殺されるなら楽に殺されたい。恐怖を感じることなく死にたい。どうせなら死んだことも気が付かないくらいに一瞬で殺されるのがいいな……」

 絶望からの現実逃避で『理想的な殺され方』について考えていると、なにやら辺りが騒がしくなってきた。
 俺がいる場所から少し離れたところにある護衛隊の本陣からの声だ。

 慟哭する声や怒号、慌ただしく走り回る騎士たちの足音。

 何が起きたんだろう?

 ほとんど虜囚みたいな扱いを受けている俺にわざわざ知らせに来る者なんていないので何が起きたのかわからない。
 夜明け後の別れのときにでも教えてくれるかもしれないけれど、生きて還って来る見込みが無いに等しい俺に面倒な伝達なんてしないだろうな……。

 はぁ……

 最期くらい姉ちゃんたち会ってちゃんと別れの挨拶をしておきたかった……。

 明日の今頃には死体になっているのだと考えると眠るという行為が無意味に思えてベッドに腰かけたままぼんやりする。
 そしてまた『理想的な殺され方』について考え始めようとしていたら、一言の声掛けも無く入り口の布をバサッと捲り上げて白銀鎧の戦士が天幕の中に入って来た。

「おや? そろそろ夜明け前って時間なのにまだ寝てなかったのかい? 我が愛しの弟よ」
「メルセデス姉ちゃん!?」

 続いて、色々と自己主張の激しいボディラインをシスター服に包んでいるシャズナ姉ちゃんが入って来た。

「あら、まだ起きてたの? お姉ちゃんたちが側にいないから寂しかったのかしら? うふふ」
「そ、そんなことないよシャズナお姉ちゃん! ……ってその子は誰?」

 にんまりと嬉しそうに微笑んでいるシャズナお姉ちゃんは手に鉄鎖を握っていて、その鎖の先端はふわふわな癖っ毛から雌山羊のような二本の角を生やした女の子の首輪に繋がっていた。

 天幕の中で一つだけ灯っているランプの薄明りでもはっきり分かるくらいにその女の子ひどく怯えていて、まるでこれから市場に売られていく子牛のような悲壮感を漂わせていた。

「この子かい? 東方魔王だ」

 メルセデス姉ちゃんがこれ以上無いくらい簡潔に答えてくれたけれど、わけが分からない。言葉の意味が分からないのじゃなくて『わけわからん』という驚きの感情だ。

「は? 魔王って……。もしかして今回の討伐目標の?」
「そうだ」

「この子が?」
「そうだ」

 普段から寡黙で、人前では表情の変化が乏しいメルセデス姉ちゃんが珍しく自慢げな顔で胸を反らしている。
 よほど嬉しいんだろうと察することは簡単だったけれど、それならもう少しくらい多弁になって今のこの状況に至った経緯まで話してほしいところだ。

 メルセデス姉ちゃんの話があまりにも端的すぎるので俺は助けを求めるように視線をシャズナ姉ちゃんに移す。
 どんな時でもふんわりとした優しい笑顔を絶やさないシャズナ姉ちゃんは俺の視線を受けると小さく頷いた。

「えっとね、東方魔王が勇者の侵攻を察知した途端に逃げちゃったから魔王の子供が臨時東方魔王に選ばれたらしいの。そうよね?」

 普段から濃厚なフェロモンを周囲に撒き散らしているシャズナ姉ちゃんが優しく怪しく微笑みながらガッと魔王の子の髪を鷲掴みにして彼女の頭を力づくで上げさせた。
 無理矢理顔を上げさせられた気弱そうなその子はシャズナ姉ちゃんと目が合った途端に「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げてブルブルと震えながら「そ、そうです……」と涙声で答えている。

 ちょっと待って。絵面的にどっちが魔族なのか分からなくなってきた。

「そっか、なるほど。で、もうちょっと詳しく聞きたいんだけどいいかな?」
「聞きたいことがあるならロッティが答える!」

 そんな声と共にロッティが天幕の入り口の布を突き破って俺の腕の中に飛び込んで来た。

 魔力を放出しながら飛び込んで来たので臨時魔王って子は「ひいっ!」と怯えた。けれど俺を含めたロッティの家族は慣れている。

 シャズナ姉ちゃんは臨時魔王の首輪を引いきながら二歩後退してロッティから離れ、メルセデス姉ちゃんは「話が終わるまで外で待っていなさいって言ったのに、しょうがない子だ」と苦笑いしながら、丸く破れた天幕に点いた火を水差しの水で手早く消化した。
 反射的にロッティを抱きとめた俺はロッティの体が触れた瞬間に彼女が纏っていた余剰魔力を拡散無力化。ロッティは最近どこかで魔力を放出したらしくて俺の服が弾け飛ぶほどの魔力漏れはしていなかった。

 そういえば姉ちゃんたちもそうだけれど、東方魔王やロッティをよく見張りの騎士たちが入室の許可を与えたな。なんて思ったら、丸く空いた入り口の向こうで安らかな顔で気絶している二人の騎士の姿があった。

 メルセデス姉ちゃんに目を向けると姉ちゃんは『何か?』って顔で爽やかに微笑んだ。
 あぁ、理解したよ。もう魔王討伐が終わったから護衛隊に何を言われても問題ないって認識なんだね。

 それを理解してしまうと、連鎖的に俺はもうこれ以上魔族領に踏み込まなくて良いって事も理解できた。

「王様に命じられていた魔王討伐は臨時とはいえ東方魔王を捕縛したことで達成。俺もう帰っていいってこと?」

 俺に抱きつているロッティを見下ろしながら尋ねるとロッティは何度も頷いた。

「うん。帰ろう。ロッティと一緒に帰ろう。一緒の馬車に乗りたい!」

 俺が一緒にいない状態で誰かと同じ馬車に乗る時には棺型魔力拡散器に入るか貼り付け型の魔力放出器をつけなきゃいけないロッティにとって馬車での移動は苦痛らしい。

「良かったなロッティ。それなら私たちも同じ馬車に乗れる」

「良かったわねロッティ。馬車の中ではイーノックを真ん中にして右にロッティ、左に私という配置で座りましょう。向かい側にメルセデス姉さんね」

「シャズナ、私もたまには怒るのだということを知っておいた方が良い。席は一日おきに私と交代だ」

 なんだか全部終わったような空気を出しているところだけれど、結果が分かったからこそ安心して問い質さなきゃいけない事があった。

「そもそも何で姉ちゃんたちついて来てたの? あと、何で勝手に魔王捕まえて来てるの?」

 俺の質問に姉ちゃんたちがキョトンとしている。

「全てが『愛しの弟が心配だったから』で回答が完了してしまう質問だな」
「『イーノックを愛しているから』でも可よ。むしろ可」
「勝手に魔王拾ってきたのダメだった?」

「いや、そんな子猫拾ってきたみたいなノリで魔王連れてこられても……」

 首輪をつけられて奴隷のように連れて来られている東方魔王(臨時)が不憫でならない。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜

くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。 いや、ちょっと待て。ここはどこ? 私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。 マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。 私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ! だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの! 前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

処理中です...