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第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち

いや、そんな子猫拾ってきたみたいなノリで魔王連れてこられても……

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 真夜中を過ぎた頃。
 俺は簡易ベッドに腰かけて呆けたようにランプの小さな灯を見つめていた。

 召喚魔法が成功したのは結局あの一回きりだった。
 戦闘には向かないお嬢様っぽい子だったので従魔契約はせずにリリースした。

 でも、ロッティには及ばないけれどそこそこ強い魔力を放っていたので従魔契約しておけばよかったと今更のように後悔する。
 なんて間抜けな事をしたんだろうと自責が何度も頭の中をぐるぐる巡る。まるで最初に配られたカードが良かったのに、もっと強い組み合わせを作ろうとして何回もカードを交換した挙句、結局ブタになってしまったポーカーのようだ。

「最終的にはやっぱ俺が一人で行かなきゃいけないんだな……」

 呼び出せたあの子でさえ人間側だと英雄級に匹敵する魔力だった。それを基準に考えると純粋な戦闘タイプの魔族は十倍とか二十倍の強さなのだろう。それがどれほど強いのかを想像したら肌が粟立つくらいに恐ろしくなった。

「殺される。絶対殺される。殺されるなら楽に殺されたい。恐怖を感じることなく死にたい。どうせなら死んだことも気が付かないくらいに一瞬で殺されるのがいいな……」

 絶望からの現実逃避で『理想的な殺され方』について考えていると、なにやら辺りが騒がしくなってきた。
 俺がいる場所から少し離れたところにある護衛隊の本陣からの声だ。

 慟哭する声や怒号、慌ただしく走り回る騎士たちの足音。

 何が起きたんだろう?

 ほとんど虜囚みたいな扱いを受けている俺にわざわざ知らせに来る者なんていないので何が起きたのかわからない。
 夜明け後の別れのときにでも教えてくれるかもしれないけれど、生きて還って来る見込みが無いに等しい俺に面倒な伝達なんてしないだろうな……。

 はぁ……

 最期くらい姉ちゃんたち会ってちゃんと別れの挨拶をしておきたかった……。

 明日の今頃には死体になっているのだと考えると眠るという行為が無意味に思えてベッドに腰かけたままぼんやりする。
 そしてまた『理想的な殺され方』について考え始めようとしていたら、一言の声掛けも無く入り口の布をバサッと捲り上げて白銀鎧の戦士が天幕の中に入って来た。

「おや? そろそろ夜明け前って時間なのにまだ寝てなかったのかい? 我が愛しの弟よ」
「メルセデス姉ちゃん!?」

 続いて、色々と自己主張の激しいボディラインをシスター服に包んでいるシャズナ姉ちゃんが入って来た。

「あら、まだ起きてたの? お姉ちゃんたちが側にいないから寂しかったのかしら? うふふ」
「そ、そんなことないよシャズナお姉ちゃん! ……ってその子は誰?」

 にんまりと嬉しそうに微笑んでいるシャズナお姉ちゃんは手に鉄鎖を握っていて、その鎖の先端はふわふわな癖っ毛から雌山羊のような二本の角を生やした女の子の首輪に繋がっていた。

 天幕の中で一つだけ灯っているランプの薄明りでもはっきり分かるくらいにその女の子ひどく怯えていて、まるでこれから市場に売られていく子牛のような悲壮感を漂わせていた。

「この子かい? 東方魔王だ」

 メルセデス姉ちゃんがこれ以上無いくらい簡潔に答えてくれたけれど、わけが分からない。言葉の意味が分からないのじゃなくて『わけわからん』という驚きの感情だ。

「は? 魔王って……。もしかして今回の討伐目標の?」
「そうだ」

「この子が?」
「そうだ」

 普段から寡黙で、人前では表情の変化が乏しいメルセデス姉ちゃんが珍しく自慢げな顔で胸を反らしている。
 よほど嬉しいんだろうと察することは簡単だったけれど、それならもう少しくらい多弁になって今のこの状況に至った経緯まで話してほしいところだ。

 メルセデス姉ちゃんの話があまりにも端的すぎるので俺は助けを求めるように視線をシャズナ姉ちゃんに移す。
 どんな時でもふんわりとした優しい笑顔を絶やさないシャズナ姉ちゃんは俺の視線を受けると小さく頷いた。

「えっとね、東方魔王が勇者の侵攻を察知した途端に逃げちゃったから魔王の子供が臨時東方魔王に選ばれたらしいの。そうよね?」

 普段から濃厚なフェロモンを周囲に撒き散らしているシャズナ姉ちゃんが優しく怪しく微笑みながらガッと魔王の子の髪を鷲掴みにして彼女の頭を力づくで上げさせた。
 無理矢理顔を上げさせられた気弱そうなその子はシャズナ姉ちゃんと目が合った途端に「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げてブルブルと震えながら「そ、そうです……」と涙声で答えている。

 ちょっと待って。絵面的にどっちが魔族なのか分からなくなってきた。

「そっか、なるほど。で、もうちょっと詳しく聞きたいんだけどいいかな?」
「聞きたいことがあるならロッティが答える!」

 そんな声と共にロッティが天幕の入り口の布を突き破って俺の腕の中に飛び込んで来た。

 魔力を放出しながら飛び込んで来たので臨時魔王って子は「ひいっ!」と怯えた。けれど俺を含めたロッティの家族は慣れている。

 シャズナ姉ちゃんは臨時魔王の首輪を引いきながら二歩後退してロッティから離れ、メルセデス姉ちゃんは「話が終わるまで外で待っていなさいって言ったのに、しょうがない子だ」と苦笑いしながら、丸く破れた天幕に点いた火を水差しの水で手早く消化した。
 反射的にロッティを抱きとめた俺はロッティの体が触れた瞬間に彼女が纏っていた余剰魔力を拡散無力化。ロッティは最近どこかで魔力を放出したらしくて俺の服が弾け飛ぶほどの魔力漏れはしていなかった。

 そういえば姉ちゃんたちもそうだけれど、東方魔王やロッティをよく見張りの騎士たちが入室の許可を与えたな。なんて思ったら、丸く空いた入り口の向こうで安らかな顔で気絶している二人の騎士の姿があった。

 メルセデス姉ちゃんに目を向けると姉ちゃんは『何か?』って顔で爽やかに微笑んだ。
 あぁ、理解したよ。もう魔王討伐が終わったから護衛隊に何を言われても問題ないって認識なんだね。

 それを理解してしまうと、連鎖的に俺はもうこれ以上魔族領に踏み込まなくて良いって事も理解できた。

「王様に命じられていた魔王討伐は臨時とはいえ東方魔王を捕縛したことで達成。俺もう帰っていいってこと?」

 俺に抱きつているロッティを見下ろしながら尋ねるとロッティは何度も頷いた。

「うん。帰ろう。ロッティと一緒に帰ろう。一緒の馬車に乗りたい!」

 俺が一緒にいない状態で誰かと同じ馬車に乗る時には棺型魔力拡散器に入るか貼り付け型の魔力放出器をつけなきゃいけないロッティにとって馬車での移動は苦痛らしい。

「良かったなロッティ。それなら私たちも同じ馬車に乗れる」

「良かったわねロッティ。馬車の中ではイーノックを真ん中にして右にロッティ、左に私という配置で座りましょう。向かい側にメルセデス姉さんね」

「シャズナ、私もたまには怒るのだということを知っておいた方が良い。席は一日おきに私と交代だ」

 なんだか全部終わったような空気を出しているところだけれど、結果が分かったからこそ安心して問い質さなきゃいけない事があった。

「そもそも何で姉ちゃんたちついて来てたの? あと、何で勝手に魔王捕まえて来てるの?」

 俺の質問に姉ちゃんたちがキョトンとしている。

「全てが『愛しの弟が心配だったから』で回答が完了してしまう質問だな」
「『イーノックを愛しているから』でも可よ。むしろ可」
「勝手に魔王拾ってきたのダメだった?」

「いや、そんな子猫拾ってきたみたいなノリで魔王連れてこられても……」

 首輪をつけられて奴隷のように連れて来られている東方魔王(臨時)が不憫でならない。
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