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第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
おい、頭に穴空いてんぞ
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「てゆうか、おめぇら強ぇのか? どんだけのモンよ?」
獣の下半身を持つ悪魔ノッブタが指をパチンと指を鳴らす。
その指の上でブウゥンと黒い魔力の塊が生まれた。
「基本防御!」
ザアッと顔を青褪めさせた団長が抜刀するような速度で団員たちに命令。
厳しい訓練を受けている団員たちは団長の命令を頭で理解するよりも早く体が条件反射で反応する。
前衛の騎士たちが剣を持つ右腕を引いた左半身の姿勢から左の脇をしめて盾を持つ左腕を身体に引き寄せて後衛はその影に隠れるように身を屈めた。
黒い魔力の塊が騎士たちの目の前に投げられたのと騎士たちが防御を固めたのはほとんど同時と思えるほど極小の時間差。
ドンと重く腹に響く炸裂音。
前衛の騎士たちが体に引き寄せていた盾の表面に殺傷力の高い衝撃波が叩きつけられる。
「ぐううぅ!?」
ザリザリと盾を削るような衝撃波が団員たちの間を突き抜けると、一瞬の間を置いて後衛の三人が呻き声を上げて膝をついた。
前衛の盾で受け止めきれなかった衝撃波が当たって革鎧の薄い部分が皮膚ごと削られていた。
「おぅおぅ、素晴らしい練度じゃな。ノッブタのブラッククロウを受けて負傷者が一割ちょいか。個人の強さはともかく集団としてならそこそこ強いのではないかのぅ」
赤黒いフードからしわくちゃな猿のような顔を出している魔族が片目だけを大きく見開いて騎士団全員を観察している。
「んなこたぁどうでもいいんだよ猿翁。どうだ、この中にいるのか勇者?」
「いないねぇ、今の反応で丸わかりだ。多少の実力差はあるけどみんな団栗の背比べ、歴代の『勇者』のような突き抜けた『何か』を持っているのは誰もいない。きっちり型に嵌った優秀な凡人どもだよ」
四天王の二人が騎士団員たちの前で全くの無警戒で会話をしている。
騎士団員たちがそれを何もせずに見ているわけは無く、負傷者の治療と支援魔法の付与を必死になって行っていた。
「ヒール!」「エンチャント・プロテクト」「ヒール!」「ヒール!」「プロテクション!」「ヒール!」「サンクチュアリ」「エンチャント・プロテクト」
一度の攻撃で敵が自分たちより遥かに格上だと実感させられた団員たちは団長の指示を待つまでも無く防御と撤退に有利な付与を選んでいる。
そんな彼らの足掻きを面白くなさそうな目で見ている者がいる。
前東方魔王の側近だったのにたった一度の失言で一兵卒に落とされたザバルダーンだ。
「おい、なぜ攻撃してこない? 頼んでもいないのに勝手に攻め込んできておいて、実力差を見せられたら、まるで自分たちが被害者みたいな顔して防御系中心の付与魔法……やはり俺は人間と分かり合える気がしない。人間は根性が腐りきっている。自分が死にたくないばかりに仲間を置いて逃げ出すクソ野郎よりはましだが……いや、そんなに変わらないな。性根が腐っていることでは同類だ」
自分の頭部を脇に抱え込んだデュラハンのザバルダーンは私怨を含んだ否定の言葉を吐きながらノッブタと猿翁の前に出た。
自らの正義だけを信じて、価値観の異なる他者を許さず、無意味な対立を生み出した末に斬首処刑された後、この世の全てが許せなくなって魔族へと変貌したデュラハン。
そんなデュラハンの魂を苗床として生まれたザバルダーンは兜をかぶるように自分の頭部を首の上に嵌め込むと、怒りに震えながらズラッと大ぶりのバスターソードを抜いた。
最初に団員たちに攻撃を仕掛けたノッブタは『勝手にすれば』と言わんばかりに大きな欠伸をして口元をムニュムニュさせている。彼らの中に勇者はいないと分かった途端にやる気をなくしたようだ。
勝手にブチ切れて怒りながら近づいてくるザバルダーンに最大限の警戒をしながらエリック団長はこの瞬間の状況を分析する。
先に衝撃魔術を放った悪魔はこちらへの興味を無くしている。自分たちを凡人だと言い切った猿顔の悪魔もこちらを舐めきって背中を向けている。登場以来一言もしゃべっていない岩の集合体のような魔物はいつの間にか膝を抱えて座って夜空を見上げている。
この瞬間において戦わなくてはいけない敵は怒気を振り撒きながら向かって来るザバルダーンのみとエリック団長は判断。危険な状況ではあるがこの瞬間であれば一人敵を減らすことが出来る。エリックは矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「剣を構えろカラム! 目標デュラハン。他は基本防除、支援・魔法は各個の判断! いくぞおぉぉぉ!」
地面に着くほど下げていた剣先を振り上げてエリックは駆け出した。恐怖で委縮していた己の心を昂らせるために気合の声を張り上げてザバルダーンに突進。
背後から慌てたようにパワーとディフェンスの付与魔法が届く。淡い光が体を包む度に基礎能力が底上げされるのを実感する。
反抗を予想していなかったザバルダーンは一瞬怯むも、思わず引いてしまった足に力を込めてバスターソードを真横に振り抜いた。
左から襲ってくる斬撃にエリック団長は対応しない。全身全霊の一撃を確実に叩き込むために防御は捨てている。特に左からの攻撃は副長のカラムが防いでくれるから安心して――、
ズンッ。
肺腑を貫くようなダメージを負って団長は体をくの字に曲げながら真横に吹っ飛んだ。
「ぐっ!? な、ぜ……」
地面に落ちて転がりながら見た回る世界。その景色の中に最初の立ち位置から一歩も動かずに膝を屈している副長のカラムがいた。
強張った顔でカチカチと歯を鳴らして剣を取り落としている。
くそっ。さっきの一撃で恐怖に負けていのたか……。
連携が取れないまま一人で突っ込んで自滅した。結果だけを見ればこの上なく愚かで情けない負け方だった。
エリック団長はすぐに立ち上がろうとしたが体に力が入らない。剣が手から滑り落ちそうになって、初めて自分の手が血で濡れていると気づく。
王より直々に下賜された金属鎧がスッパリと斬られて横腹に深い傷をつけていた。
「ア、アダマンタイト鋼線が組み込まれているのに……」
急速に冷えていく身体とぼやけて見えにくくなった視界の奥で必死の抵抗を続ける部下たちが見えた。
槍も矢も。火玉も風刃も。全てザバルダーンの斬撃で弾き飛ばされ、構えた盾を貫かれ、次々に倒れてゆく。
エリック団長が最期に見たのは最も信頼していた副長のカラムが必死になって命乞いをしている姿だった。
もう生きている者がいないのに執拗に剣を死体に突き入れているザバルダーンを見て僅かに目を眇めたノッブタは落胆した様子でため息をつきながら猿翁の尻を膝で軽く蹴った。
「なぁ猿翁。勇者どこにいんの? こいつらやっちゃえば出てくるみたいな事言ってたのに来ねぇじゃん」
「おかしいねぇ『お約束』なら勇者は仲間の危機にバッとかっこよく登場するのに。どうやら勇者は本当に近くにはいないみたいだ。こっちの位置も教えることになっちゃうから使ってなかったけれど、手っ取り早く探知魔法で探そうか」
猿翁が地面を指差してピィンと張り詰めた魔力の波を放つ。
「……ん?」
しばらくして猿翁は首を傾げた。
「どうした?」
「反応がおかしい。いや、すごく強い反応を示すのがここと魔王城の中間地点あたりにいるんだけれど……」
「ん? 普通に考えたらそれが勇者だろ。つか、『だけど』ってなんだ」
「いや、こいつらがウルルマルカの野営地点にまだ千人以上を残しているんだけどね、その野営地の中に変なのがいる」
「変なの?」
「探知魔法の波がそこで掻き消えた。ちょっと有り得ない反応だね。何があるんだろう」
「強力な魔力耐性が付与された防具とかじゃね? それは後で襲って頂くとして、今は勇者だ。俺ぁ勇者と戦いたいんだよ! 中間地点ってどのへんだよ、早くナビしろよ!」
「へいへい」
猿翁がもう一度ピィンと探知魔法を使う。
「位置はここから北北西に向かって約二キロ。数は……あぁ、こっちは反応がデカすぎて数がわからないね。もう一度見ようか」
「ほぉ? そんなにデケェ反応か。勇者で間違いなさそうだな」
数の確認のために猿翁がピィンと三度目の探知魔法を放った直後、
ポッ。
突然、猿翁の頭に穴が空いた。
「おい、頭に穴空いてんぞ。なんだこれ?」
「……」
猿翁は返事をすることなく、頭の穴から血を噴出させながら壮絶な死を遂げた。
獣の下半身を持つ悪魔ノッブタが指をパチンと指を鳴らす。
その指の上でブウゥンと黒い魔力の塊が生まれた。
「基本防御!」
ザアッと顔を青褪めさせた団長が抜刀するような速度で団員たちに命令。
厳しい訓練を受けている団員たちは団長の命令を頭で理解するよりも早く体が条件反射で反応する。
前衛の騎士たちが剣を持つ右腕を引いた左半身の姿勢から左の脇をしめて盾を持つ左腕を身体に引き寄せて後衛はその影に隠れるように身を屈めた。
黒い魔力の塊が騎士たちの目の前に投げられたのと騎士たちが防御を固めたのはほとんど同時と思えるほど極小の時間差。
ドンと重く腹に響く炸裂音。
前衛の騎士たちが体に引き寄せていた盾の表面に殺傷力の高い衝撃波が叩きつけられる。
「ぐううぅ!?」
ザリザリと盾を削るような衝撃波が団員たちの間を突き抜けると、一瞬の間を置いて後衛の三人が呻き声を上げて膝をついた。
前衛の盾で受け止めきれなかった衝撃波が当たって革鎧の薄い部分が皮膚ごと削られていた。
「おぅおぅ、素晴らしい練度じゃな。ノッブタのブラッククロウを受けて負傷者が一割ちょいか。個人の強さはともかく集団としてならそこそこ強いのではないかのぅ」
赤黒いフードからしわくちゃな猿のような顔を出している魔族が片目だけを大きく見開いて騎士団全員を観察している。
「んなこたぁどうでもいいんだよ猿翁。どうだ、この中にいるのか勇者?」
「いないねぇ、今の反応で丸わかりだ。多少の実力差はあるけどみんな団栗の背比べ、歴代の『勇者』のような突き抜けた『何か』を持っているのは誰もいない。きっちり型に嵌った優秀な凡人どもだよ」
四天王の二人が騎士団員たちの前で全くの無警戒で会話をしている。
騎士団員たちがそれを何もせずに見ているわけは無く、負傷者の治療と支援魔法の付与を必死になって行っていた。
「ヒール!」「エンチャント・プロテクト」「ヒール!」「ヒール!」「プロテクション!」「ヒール!」「サンクチュアリ」「エンチャント・プロテクト」
一度の攻撃で敵が自分たちより遥かに格上だと実感させられた団員たちは団長の指示を待つまでも無く防御と撤退に有利な付与を選んでいる。
そんな彼らの足掻きを面白くなさそうな目で見ている者がいる。
前東方魔王の側近だったのにたった一度の失言で一兵卒に落とされたザバルダーンだ。
「おい、なぜ攻撃してこない? 頼んでもいないのに勝手に攻め込んできておいて、実力差を見せられたら、まるで自分たちが被害者みたいな顔して防御系中心の付与魔法……やはり俺は人間と分かり合える気がしない。人間は根性が腐りきっている。自分が死にたくないばかりに仲間を置いて逃げ出すクソ野郎よりはましだが……いや、そんなに変わらないな。性根が腐っていることでは同類だ」
自分の頭部を脇に抱え込んだデュラハンのザバルダーンは私怨を含んだ否定の言葉を吐きながらノッブタと猿翁の前に出た。
自らの正義だけを信じて、価値観の異なる他者を許さず、無意味な対立を生み出した末に斬首処刑された後、この世の全てが許せなくなって魔族へと変貌したデュラハン。
そんなデュラハンの魂を苗床として生まれたザバルダーンは兜をかぶるように自分の頭部を首の上に嵌め込むと、怒りに震えながらズラッと大ぶりのバスターソードを抜いた。
最初に団員たちに攻撃を仕掛けたノッブタは『勝手にすれば』と言わんばかりに大きな欠伸をして口元をムニュムニュさせている。彼らの中に勇者はいないと分かった途端にやる気をなくしたようだ。
勝手にブチ切れて怒りながら近づいてくるザバルダーンに最大限の警戒をしながらエリック団長はこの瞬間の状況を分析する。
先に衝撃魔術を放った悪魔はこちらへの興味を無くしている。自分たちを凡人だと言い切った猿顔の悪魔もこちらを舐めきって背中を向けている。登場以来一言もしゃべっていない岩の集合体のような魔物はいつの間にか膝を抱えて座って夜空を見上げている。
この瞬間において戦わなくてはいけない敵は怒気を振り撒きながら向かって来るザバルダーンのみとエリック団長は判断。危険な状況ではあるがこの瞬間であれば一人敵を減らすことが出来る。エリックは矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「剣を構えろカラム! 目標デュラハン。他は基本防除、支援・魔法は各個の判断! いくぞおぉぉぉ!」
地面に着くほど下げていた剣先を振り上げてエリックは駆け出した。恐怖で委縮していた己の心を昂らせるために気合の声を張り上げてザバルダーンに突進。
背後から慌てたようにパワーとディフェンスの付与魔法が届く。淡い光が体を包む度に基礎能力が底上げされるのを実感する。
反抗を予想していなかったザバルダーンは一瞬怯むも、思わず引いてしまった足に力を込めてバスターソードを真横に振り抜いた。
左から襲ってくる斬撃にエリック団長は対応しない。全身全霊の一撃を確実に叩き込むために防御は捨てている。特に左からの攻撃は副長のカラムが防いでくれるから安心して――、
ズンッ。
肺腑を貫くようなダメージを負って団長は体をくの字に曲げながら真横に吹っ飛んだ。
「ぐっ!? な、ぜ……」
地面に落ちて転がりながら見た回る世界。その景色の中に最初の立ち位置から一歩も動かずに膝を屈している副長のカラムがいた。
強張った顔でカチカチと歯を鳴らして剣を取り落としている。
くそっ。さっきの一撃で恐怖に負けていのたか……。
連携が取れないまま一人で突っ込んで自滅した。結果だけを見ればこの上なく愚かで情けない負け方だった。
エリック団長はすぐに立ち上がろうとしたが体に力が入らない。剣が手から滑り落ちそうになって、初めて自分の手が血で濡れていると気づく。
王より直々に下賜された金属鎧がスッパリと斬られて横腹に深い傷をつけていた。
「ア、アダマンタイト鋼線が組み込まれているのに……」
急速に冷えていく身体とぼやけて見えにくくなった視界の奥で必死の抵抗を続ける部下たちが見えた。
槍も矢も。火玉も風刃も。全てザバルダーンの斬撃で弾き飛ばされ、構えた盾を貫かれ、次々に倒れてゆく。
エリック団長が最期に見たのは最も信頼していた副長のカラムが必死になって命乞いをしている姿だった。
もう生きている者がいないのに執拗に剣を死体に突き入れているザバルダーンを見て僅かに目を眇めたノッブタは落胆した様子でため息をつきながら猿翁の尻を膝で軽く蹴った。
「なぁ猿翁。勇者どこにいんの? こいつらやっちゃえば出てくるみたいな事言ってたのに来ねぇじゃん」
「おかしいねぇ『お約束』なら勇者は仲間の危機にバッとかっこよく登場するのに。どうやら勇者は本当に近くにはいないみたいだ。こっちの位置も教えることになっちゃうから使ってなかったけれど、手っ取り早く探知魔法で探そうか」
猿翁が地面を指差してピィンと張り詰めた魔力の波を放つ。
「……ん?」
しばらくして猿翁は首を傾げた。
「どうした?」
「反応がおかしい。いや、すごく強い反応を示すのがここと魔王城の中間地点あたりにいるんだけれど……」
「ん? 普通に考えたらそれが勇者だろ。つか、『だけど』ってなんだ」
「いや、こいつらがウルルマルカの野営地点にまだ千人以上を残しているんだけどね、その野営地の中に変なのがいる」
「変なの?」
「探知魔法の波がそこで掻き消えた。ちょっと有り得ない反応だね。何があるんだろう」
「強力な魔力耐性が付与された防具とかじゃね? それは後で襲って頂くとして、今は勇者だ。俺ぁ勇者と戦いたいんだよ! 中間地点ってどのへんだよ、早くナビしろよ!」
「へいへい」
猿翁がもう一度ピィンと探知魔法を使う。
「位置はここから北北西に向かって約二キロ。数は……あぁ、こっちは反応がデカすぎて数がわからないね。もう一度見ようか」
「ほぉ? そんなにデケェ反応か。勇者で間違いなさそうだな」
数の確認のために猿翁がピィンと三度目の探知魔法を放った直後、
ポッ。
突然、猿翁の頭に穴が空いた。
「おい、頭に穴空いてんぞ。なんだこれ?」
「……」
猿翁は返事をすることなく、頭の穴から血を噴出させながら壮絶な死を遂げた。
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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