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第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
長女メルセデス A面 やべぇ、姉ちゃんが男前すぎて輝いて見える
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俺には二人の姉と一人の妹がいる。
それぞれが『戦姫』『聖女』『魔女』と、世間から冠名をつけられて呼ばれるくらいに卓越した才能を持っている三人なんだけれど……。
目が覚めると夕方になっていた。
徹夜の堤防補強作業を終えて屋敷に帰って来たのは明け方頃だったから、約半日眠っていたことになる。
これだけ長く眠ったのにまだ疲労が抜けきらない。
おそらく魔力増幅ポーションを飲みまくって無理やり魔力の補給を続けていたせいだろう。
気怠さの残る体を起こしてベッドから降りると、窓の外は夕焼けで染まっていて空には小さな薄雲が浮いていた。
これならもう雨の心配はないな。
部屋着のまま部屋からテラスに出た俺はデッキチェアに腰を下ろして外の景色を眺めた。
四階建ての屋敷の最上階にある俺の部屋から見る景色はとても美しい。
遠くにそびえる竜尾山脈の雄姿。その手前には多くの野生動物が暮らすディーヌの森の深い緑。その側には寂静として夕日をその湖面に映しているアリシア湖がある。
まるで一枚の絵画のような風景を見ていると疲れた心が湖面のように静かに凪いでくる。
完全に気の抜けた状態でぽやーっとしていると、しばらくして屋敷の前庭の方から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
目線を下ろすとウチの次期当主である長女のメルセデス姉ちゃんが帰ってきたところだった。
俺よりも一日早く災害対処の指揮に出かけて今やっと帰って来たのか。ってことは……うわぁ、丸二日も不眠不休で働いていたのかよメルセデス姉ちゃん。
「団長お疲れさまでした!」
屋敷の玄関まで付き添って来ていた二人の小姓騎士が揃って敬礼した。
「あぁ、君たちもご苦労だったね。ずっと働き詰めで疲れただろう。明日の集合は正午にする、それまでゆっくりと体を休めると良い。解散」
「はっ! 失礼します!」
メルセデス姉ちゃんの部下が帰って行くのと入れ替わるように女執事のロメオさんが濡れたタオルを持って駆け寄って行って、馬から降りた姉ちゃんをあれこれと世話し始めた。
乗馬靴を鳴らしながら屋敷に入っていくメルセデス姉ちゃん。ロメオさんは姉ちゃんと同じ速度で横歩きをしながら、まるで奇術のように汚れた外套や手袋を姉ちゃんから脱がせている。
ロメオさんの『お世話術』にはいつもながら感心させられる。
以前ロメオさんが執事仲間に向かって「私がその気になればお嬢様が歩いている状態のまま全裸にすることも可能です」と、なぜか勝ち誇ったような顔で言っていたのを見たことがある。
……本当かな?
う~ん。メルセデス姉ちゃんのことが好きすぎる彼女なら本当にやれそうで怖い。
ま、それはさておき。俺も姉ちゃんにお疲れさまの一言くらいかけておくか。
部屋を出て無駄に広い屋敷を降りて行くと一階の階段の前でようやくメルセデス姉ちゃんと会った。
二階か三階くらいで鉢合わせすると思っていたのだけれど、姉ちゃんは一階で上級官吏たちから渡された書類にサインをしていた。
「なんだ。帰っていたのかイーノック」
階段の前で立ったまま書類を黙読していたメルセデス姉ちゃんは俺が階段から降りてくるのを横目で見て弱く微笑んだ。
「うん、朝には帰ってきてた。それよりもメルセデス姉ちゃんだいぶ疲れているみたいだし、書類仕事は明日にして早く休めば?」
「イーノックは相変わらず優しいな。私もそうしたいところなんだが、喫緊に決裁が必要な書類が溜まっているらしいんだ」
そう言いながら書類に目を通した姉ちゃんはサラリとサインを書いて官吏に戻す。
あ、そうか。今は母さんが王都に行ってるから一級以上の決裁権を持ってるのは姉ちゃんだけなんだ。
「次は?」
「緊急性の高いのはこれで最後です」
官吏はそう言って辞書くらいの厚さがある書類の束の中から一枚を引っ張り出すと、その陳情の内容を口頭で説明する。
「水害を逃れて避難所に集まった住民たちへの食糧配布について。備蓄していた非常食の何割かが水没していたので不足分を補充して欲しいとのことです」
「そうか……ん? ペンのインクが無くなったな。サインが擦れてしまった」
「すみません……どうぞ」
官吏はすぐさま近くの事務机にあった羽ペンを取って姉ちゃんに渡した。
俺たち家族が住んでいるバーグマン侯爵公邸はその名の通り『公邸』であり、一階が住民からの陳情の受付や戸籍管理局などがあり、税務官や庶務行政官などの下級官吏が働く場所でもある。
二階は中央政府との折衝や対応を専門に行う国務課と法務官、行政官らが机を並べる領地運営課が設置されている。
バーグマン家の家族が住んでいるプライベート空間はその上の三階と四階であり、三階も重要案件などを話し合う臨時会議室などがあるため、完全な私邸と言えるのは四階だけだ。
「ん……。これで終わりかな?」
「はい、後は明日の朝でも問題ありません。お疲れのところお引き留めしてしまい申し訳ありませんでした」
姉ちゃんが最後の書類にサインをして官吏に渡すと、書類を受け取った彼は深々と頭を下げた。
「謝罪の必要は無い。渡された書類は本当に急いでいる案件ばかりだった、貴官の判断は正しい。良い仕事をしてくれていると思う」
「恐縮です」
メルセデス姉ちゃんはサインをし終わってもすぐには立ち去らずに、一階でせわしなく働いている官吏たちを見渡すと、みんなに聞こえるようにやや大きな声で労いの言葉をかけた。
「皆、そのまま聞いてくれ。今回の災害のせいで休む間もなく働き通している者もいるだろう。災害復旧作業に従事している全ての者に私は心の中で感謝をしているが、ここで働いている者たちだけにでも私は声に出して感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう。知っていると思うが川の水位は下がり始めている。あと少しだ、もう少しだけ領民のために頑張ってくれ」
姉ちゃんが発した感謝の意と激励を受けて、書類を受け取った官吏が感激して目に涙を潤ませながらもう一度頭を下げると、他の官吏たちも一斉に立ち上がってメルセデス姉ちゃんに向かって深々と礼をした。
やべぇ……。メルセデス姉ちゃんが男前すぎて輝いて見える。
それぞれが『戦姫』『聖女』『魔女』と、世間から冠名をつけられて呼ばれるくらいに卓越した才能を持っている三人なんだけれど……。
目が覚めると夕方になっていた。
徹夜の堤防補強作業を終えて屋敷に帰って来たのは明け方頃だったから、約半日眠っていたことになる。
これだけ長く眠ったのにまだ疲労が抜けきらない。
おそらく魔力増幅ポーションを飲みまくって無理やり魔力の補給を続けていたせいだろう。
気怠さの残る体を起こしてベッドから降りると、窓の外は夕焼けで染まっていて空には小さな薄雲が浮いていた。
これならもう雨の心配はないな。
部屋着のまま部屋からテラスに出た俺はデッキチェアに腰を下ろして外の景色を眺めた。
四階建ての屋敷の最上階にある俺の部屋から見る景色はとても美しい。
遠くにそびえる竜尾山脈の雄姿。その手前には多くの野生動物が暮らすディーヌの森の深い緑。その側には寂静として夕日をその湖面に映しているアリシア湖がある。
まるで一枚の絵画のような風景を見ていると疲れた心が湖面のように静かに凪いでくる。
完全に気の抜けた状態でぽやーっとしていると、しばらくして屋敷の前庭の方から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
目線を下ろすとウチの次期当主である長女のメルセデス姉ちゃんが帰ってきたところだった。
俺よりも一日早く災害対処の指揮に出かけて今やっと帰って来たのか。ってことは……うわぁ、丸二日も不眠不休で働いていたのかよメルセデス姉ちゃん。
「団長お疲れさまでした!」
屋敷の玄関まで付き添って来ていた二人の小姓騎士が揃って敬礼した。
「あぁ、君たちもご苦労だったね。ずっと働き詰めで疲れただろう。明日の集合は正午にする、それまでゆっくりと体を休めると良い。解散」
「はっ! 失礼します!」
メルセデス姉ちゃんの部下が帰って行くのと入れ替わるように女執事のロメオさんが濡れたタオルを持って駆け寄って行って、馬から降りた姉ちゃんをあれこれと世話し始めた。
乗馬靴を鳴らしながら屋敷に入っていくメルセデス姉ちゃん。ロメオさんは姉ちゃんと同じ速度で横歩きをしながら、まるで奇術のように汚れた外套や手袋を姉ちゃんから脱がせている。
ロメオさんの『お世話術』にはいつもながら感心させられる。
以前ロメオさんが執事仲間に向かって「私がその気になればお嬢様が歩いている状態のまま全裸にすることも可能です」と、なぜか勝ち誇ったような顔で言っていたのを見たことがある。
……本当かな?
う~ん。メルセデス姉ちゃんのことが好きすぎる彼女なら本当にやれそうで怖い。
ま、それはさておき。俺も姉ちゃんにお疲れさまの一言くらいかけておくか。
部屋を出て無駄に広い屋敷を降りて行くと一階の階段の前でようやくメルセデス姉ちゃんと会った。
二階か三階くらいで鉢合わせすると思っていたのだけれど、姉ちゃんは一階で上級官吏たちから渡された書類にサインをしていた。
「なんだ。帰っていたのかイーノック」
階段の前で立ったまま書類を黙読していたメルセデス姉ちゃんは俺が階段から降りてくるのを横目で見て弱く微笑んだ。
「うん、朝には帰ってきてた。それよりもメルセデス姉ちゃんだいぶ疲れているみたいだし、書類仕事は明日にして早く休めば?」
「イーノックは相変わらず優しいな。私もそうしたいところなんだが、喫緊に決裁が必要な書類が溜まっているらしいんだ」
そう言いながら書類に目を通した姉ちゃんはサラリとサインを書いて官吏に戻す。
あ、そうか。今は母さんが王都に行ってるから一級以上の決裁権を持ってるのは姉ちゃんだけなんだ。
「次は?」
「緊急性の高いのはこれで最後です」
官吏はそう言って辞書くらいの厚さがある書類の束の中から一枚を引っ張り出すと、その陳情の内容を口頭で説明する。
「水害を逃れて避難所に集まった住民たちへの食糧配布について。備蓄していた非常食の何割かが水没していたので不足分を補充して欲しいとのことです」
「そうか……ん? ペンのインクが無くなったな。サインが擦れてしまった」
「すみません……どうぞ」
官吏はすぐさま近くの事務机にあった羽ペンを取って姉ちゃんに渡した。
俺たち家族が住んでいるバーグマン侯爵公邸はその名の通り『公邸』であり、一階が住民からの陳情の受付や戸籍管理局などがあり、税務官や庶務行政官などの下級官吏が働く場所でもある。
二階は中央政府との折衝や対応を専門に行う国務課と法務官、行政官らが机を並べる領地運営課が設置されている。
バーグマン家の家族が住んでいるプライベート空間はその上の三階と四階であり、三階も重要案件などを話し合う臨時会議室などがあるため、完全な私邸と言えるのは四階だけだ。
「ん……。これで終わりかな?」
「はい、後は明日の朝でも問題ありません。お疲れのところお引き留めしてしまい申し訳ありませんでした」
姉ちゃんが最後の書類にサインをして官吏に渡すと、書類を受け取った彼は深々と頭を下げた。
「謝罪の必要は無い。渡された書類は本当に急いでいる案件ばかりだった、貴官の判断は正しい。良い仕事をしてくれていると思う」
「恐縮です」
メルセデス姉ちゃんはサインをし終わってもすぐには立ち去らずに、一階でせわしなく働いている官吏たちを見渡すと、みんなに聞こえるようにやや大きな声で労いの言葉をかけた。
「皆、そのまま聞いてくれ。今回の災害のせいで休む間もなく働き通している者もいるだろう。災害復旧作業に従事している全ての者に私は心の中で感謝をしているが、ここで働いている者たちだけにでも私は声に出して感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう。知っていると思うが川の水位は下がり始めている。あと少しだ、もう少しだけ領民のために頑張ってくれ」
姉ちゃんが発した感謝の意と激励を受けて、書類を受け取った官吏が感激して目に涙を潤ませながらもう一度頭を下げると、他の官吏たちも一斉に立ち上がってメルセデス姉ちゃんに向かって深々と礼をした。
やべぇ……。メルセデス姉ちゃんが男前すぎて輝いて見える。
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