2 / 100
第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
長女メルセデス A面 やべぇ、姉ちゃんが男前すぎて輝いて見える
しおりを挟む
俺には二人の姉と一人の妹がいる。
それぞれが『戦姫』『聖女』『魔女』と、世間から冠名をつけられて呼ばれるくらいに卓越した才能を持っている三人なんだけれど……。
目が覚めると夕方になっていた。
徹夜の堤防補強作業を終えて屋敷に帰って来たのは明け方頃だったから、約半日眠っていたことになる。
これだけ長く眠ったのにまだ疲労が抜けきらない。
おそらく魔力増幅ポーションを飲みまくって無理やり魔力の補給を続けていたせいだろう。
気怠さの残る体を起こしてベッドから降りると、窓の外は夕焼けで染まっていて空には小さな薄雲が浮いていた。
これならもう雨の心配はないな。
部屋着のまま部屋からテラスに出た俺はデッキチェアに腰を下ろして外の景色を眺めた。
四階建ての屋敷の最上階にある俺の部屋から見る景色はとても美しい。
遠くにそびえる竜尾山脈の雄姿。その手前には多くの野生動物が暮らすディーヌの森の深い緑。その側には寂静として夕日をその湖面に映しているアリシア湖がある。
まるで一枚の絵画のような風景を見ていると疲れた心が湖面のように静かに凪いでくる。
完全に気の抜けた状態でぽやーっとしていると、しばらくして屋敷の前庭の方から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
目線を下ろすとウチの次期当主である長女のメルセデス姉ちゃんが帰ってきたところだった。
俺よりも一日早く災害対処の指揮に出かけて今やっと帰って来たのか。ってことは……うわぁ、丸二日も不眠不休で働いていたのかよメルセデス姉ちゃん。
「団長お疲れさまでした!」
屋敷の玄関まで付き添って来ていた二人の小姓騎士が揃って敬礼した。
「あぁ、君たちもご苦労だったね。ずっと働き詰めで疲れただろう。明日の集合は正午にする、それまでゆっくりと体を休めると良い。解散」
「はっ! 失礼します!」
メルセデス姉ちゃんの部下が帰って行くのと入れ替わるように女執事のロメオさんが濡れたタオルを持って駆け寄って行って、馬から降りた姉ちゃんをあれこれと世話し始めた。
乗馬靴を鳴らしながら屋敷に入っていくメルセデス姉ちゃん。ロメオさんは姉ちゃんと同じ速度で横歩きをしながら、まるで奇術のように汚れた外套や手袋を姉ちゃんから脱がせている。
ロメオさんの『お世話術』にはいつもながら感心させられる。
以前ロメオさんが執事仲間に向かって「私がその気になればお嬢様が歩いている状態のまま全裸にすることも可能です」と、なぜか勝ち誇ったような顔で言っていたのを見たことがある。
……本当かな?
う~ん。メルセデス姉ちゃんのことが好きすぎる彼女なら本当にやれそうで怖い。
ま、それはさておき。俺も姉ちゃんにお疲れさまの一言くらいかけておくか。
部屋を出て無駄に広い屋敷を降りて行くと一階の階段の前でようやくメルセデス姉ちゃんと会った。
二階か三階くらいで鉢合わせすると思っていたのだけれど、姉ちゃんは一階で上級官吏たちから渡された書類にサインをしていた。
「なんだ。帰っていたのかイーノック」
階段の前で立ったまま書類を黙読していたメルセデス姉ちゃんは俺が階段から降りてくるのを横目で見て弱く微笑んだ。
「うん、朝には帰ってきてた。それよりもメルセデス姉ちゃんだいぶ疲れているみたいだし、書類仕事は明日にして早く休めば?」
「イーノックは相変わらず優しいな。私もそうしたいところなんだが、喫緊に決裁が必要な書類が溜まっているらしいんだ」
そう言いながら書類に目を通した姉ちゃんはサラリとサインを書いて官吏に戻す。
あ、そうか。今は母さんが王都に行ってるから一級以上の決裁権を持ってるのは姉ちゃんだけなんだ。
「次は?」
「緊急性の高いのはこれで最後です」
官吏はそう言って辞書くらいの厚さがある書類の束の中から一枚を引っ張り出すと、その陳情の内容を口頭で説明する。
「水害を逃れて避難所に集まった住民たちへの食糧配布について。備蓄していた非常食の何割かが水没していたので不足分を補充して欲しいとのことです」
「そうか……ん? ペンのインクが無くなったな。サインが擦れてしまった」
「すみません……どうぞ」
官吏はすぐさま近くの事務机にあった羽ペンを取って姉ちゃんに渡した。
俺たち家族が住んでいるバーグマン侯爵公邸はその名の通り『公邸』であり、一階が住民からの陳情の受付や戸籍管理局などがあり、税務官や庶務行政官などの下級官吏が働く場所でもある。
二階は中央政府との折衝や対応を専門に行う国務課と法務官、行政官らが机を並べる領地運営課が設置されている。
バーグマン家の家族が住んでいるプライベート空間はその上の三階と四階であり、三階も重要案件などを話し合う臨時会議室などがあるため、完全な私邸と言えるのは四階だけだ。
「ん……。これで終わりかな?」
「はい、後は明日の朝でも問題ありません。お疲れのところお引き留めしてしまい申し訳ありませんでした」
姉ちゃんが最後の書類にサインをして官吏に渡すと、書類を受け取った彼は深々と頭を下げた。
「謝罪の必要は無い。渡された書類は本当に急いでいる案件ばかりだった、貴官の判断は正しい。良い仕事をしてくれていると思う」
「恐縮です」
メルセデス姉ちゃんはサインをし終わってもすぐには立ち去らずに、一階でせわしなく働いている官吏たちを見渡すと、みんなに聞こえるようにやや大きな声で労いの言葉をかけた。
「皆、そのまま聞いてくれ。今回の災害のせいで休む間もなく働き通している者もいるだろう。災害復旧作業に従事している全ての者に私は心の中で感謝をしているが、ここで働いている者たちだけにでも私は声に出して感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう。知っていると思うが川の水位は下がり始めている。あと少しだ、もう少しだけ領民のために頑張ってくれ」
姉ちゃんが発した感謝の意と激励を受けて、書類を受け取った官吏が感激して目に涙を潤ませながらもう一度頭を下げると、他の官吏たちも一斉に立ち上がってメルセデス姉ちゃんに向かって深々と礼をした。
やべぇ……。メルセデス姉ちゃんが男前すぎて輝いて見える。
それぞれが『戦姫』『聖女』『魔女』と、世間から冠名をつけられて呼ばれるくらいに卓越した才能を持っている三人なんだけれど……。
目が覚めると夕方になっていた。
徹夜の堤防補強作業を終えて屋敷に帰って来たのは明け方頃だったから、約半日眠っていたことになる。
これだけ長く眠ったのにまだ疲労が抜けきらない。
おそらく魔力増幅ポーションを飲みまくって無理やり魔力の補給を続けていたせいだろう。
気怠さの残る体を起こしてベッドから降りると、窓の外は夕焼けで染まっていて空には小さな薄雲が浮いていた。
これならもう雨の心配はないな。
部屋着のまま部屋からテラスに出た俺はデッキチェアに腰を下ろして外の景色を眺めた。
四階建ての屋敷の最上階にある俺の部屋から見る景色はとても美しい。
遠くにそびえる竜尾山脈の雄姿。その手前には多くの野生動物が暮らすディーヌの森の深い緑。その側には寂静として夕日をその湖面に映しているアリシア湖がある。
まるで一枚の絵画のような風景を見ていると疲れた心が湖面のように静かに凪いでくる。
完全に気の抜けた状態でぽやーっとしていると、しばらくして屋敷の前庭の方から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
目線を下ろすとウチの次期当主である長女のメルセデス姉ちゃんが帰ってきたところだった。
俺よりも一日早く災害対処の指揮に出かけて今やっと帰って来たのか。ってことは……うわぁ、丸二日も不眠不休で働いていたのかよメルセデス姉ちゃん。
「団長お疲れさまでした!」
屋敷の玄関まで付き添って来ていた二人の小姓騎士が揃って敬礼した。
「あぁ、君たちもご苦労だったね。ずっと働き詰めで疲れただろう。明日の集合は正午にする、それまでゆっくりと体を休めると良い。解散」
「はっ! 失礼します!」
メルセデス姉ちゃんの部下が帰って行くのと入れ替わるように女執事のロメオさんが濡れたタオルを持って駆け寄って行って、馬から降りた姉ちゃんをあれこれと世話し始めた。
乗馬靴を鳴らしながら屋敷に入っていくメルセデス姉ちゃん。ロメオさんは姉ちゃんと同じ速度で横歩きをしながら、まるで奇術のように汚れた外套や手袋を姉ちゃんから脱がせている。
ロメオさんの『お世話術』にはいつもながら感心させられる。
以前ロメオさんが執事仲間に向かって「私がその気になればお嬢様が歩いている状態のまま全裸にすることも可能です」と、なぜか勝ち誇ったような顔で言っていたのを見たことがある。
……本当かな?
う~ん。メルセデス姉ちゃんのことが好きすぎる彼女なら本当にやれそうで怖い。
ま、それはさておき。俺も姉ちゃんにお疲れさまの一言くらいかけておくか。
部屋を出て無駄に広い屋敷を降りて行くと一階の階段の前でようやくメルセデス姉ちゃんと会った。
二階か三階くらいで鉢合わせすると思っていたのだけれど、姉ちゃんは一階で上級官吏たちから渡された書類にサインをしていた。
「なんだ。帰っていたのかイーノック」
階段の前で立ったまま書類を黙読していたメルセデス姉ちゃんは俺が階段から降りてくるのを横目で見て弱く微笑んだ。
「うん、朝には帰ってきてた。それよりもメルセデス姉ちゃんだいぶ疲れているみたいだし、書類仕事は明日にして早く休めば?」
「イーノックは相変わらず優しいな。私もそうしたいところなんだが、喫緊に決裁が必要な書類が溜まっているらしいんだ」
そう言いながら書類に目を通した姉ちゃんはサラリとサインを書いて官吏に戻す。
あ、そうか。今は母さんが王都に行ってるから一級以上の決裁権を持ってるのは姉ちゃんだけなんだ。
「次は?」
「緊急性の高いのはこれで最後です」
官吏はそう言って辞書くらいの厚さがある書類の束の中から一枚を引っ張り出すと、その陳情の内容を口頭で説明する。
「水害を逃れて避難所に集まった住民たちへの食糧配布について。備蓄していた非常食の何割かが水没していたので不足分を補充して欲しいとのことです」
「そうか……ん? ペンのインクが無くなったな。サインが擦れてしまった」
「すみません……どうぞ」
官吏はすぐさま近くの事務机にあった羽ペンを取って姉ちゃんに渡した。
俺たち家族が住んでいるバーグマン侯爵公邸はその名の通り『公邸』であり、一階が住民からの陳情の受付や戸籍管理局などがあり、税務官や庶務行政官などの下級官吏が働く場所でもある。
二階は中央政府との折衝や対応を専門に行う国務課と法務官、行政官らが机を並べる領地運営課が設置されている。
バーグマン家の家族が住んでいるプライベート空間はその上の三階と四階であり、三階も重要案件などを話し合う臨時会議室などがあるため、完全な私邸と言えるのは四階だけだ。
「ん……。これで終わりかな?」
「はい、後は明日の朝でも問題ありません。お疲れのところお引き留めしてしまい申し訳ありませんでした」
姉ちゃんが最後の書類にサインをして官吏に渡すと、書類を受け取った彼は深々と頭を下げた。
「謝罪の必要は無い。渡された書類は本当に急いでいる案件ばかりだった、貴官の判断は正しい。良い仕事をしてくれていると思う」
「恐縮です」
メルセデス姉ちゃんはサインをし終わってもすぐには立ち去らずに、一階でせわしなく働いている官吏たちを見渡すと、みんなに聞こえるようにやや大きな声で労いの言葉をかけた。
「皆、そのまま聞いてくれ。今回の災害のせいで休む間もなく働き通している者もいるだろう。災害復旧作業に従事している全ての者に私は心の中で感謝をしているが、ここで働いている者たちだけにでも私は声に出して感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう。知っていると思うが川の水位は下がり始めている。あと少しだ、もう少しだけ領民のために頑張ってくれ」
姉ちゃんが発した感謝の意と激励を受けて、書類を受け取った官吏が感激して目に涙を潤ませながらもう一度頭を下げると、他の官吏たちも一斉に立ち上がってメルセデス姉ちゃんに向かって深々と礼をした。
やべぇ……。メルセデス姉ちゃんが男前すぎて輝いて見える。
0
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。


【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる