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Who are you?(貴方は誰?) 5
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「それにしても、なかなか来ないですね」
先触れの兵士が通ったのに、王族を乗せた馬車はいっこうに現れなかった。
「そもそもこんなこと自体がバカげているんだ。こんな風習なぞさっさと廃止にすればいい」
「先輩、王族批判するとあたしが先輩を拘束しなきゃいけないんですからね」
「……いろんな意味で怖いな」
頭を下げたままそんな無駄口を叩いているとようやく車輪の音が近づいてきた。
馬車はひどくゆっくりとした速度で進んでいる。
子供が歩く速度とさしてかわらない。
常とは違う馬車の速度にラチアは嫌な予感を覚えた。
悪い予感とういうのは往々にして的中するもので、今回のラチアの予感もその法則はぴったり嵌った。
「見つけたわ! 止めて!」
馬車の中から聞き覚えのある声がしてラチアは思わず奥歯を噛んだ。
馬車がラチアたちの前で停まり、御者が馬車の下にタラップを置くと中にいた者は扉を開けられるも待たずに自ら扉を開けて馬車から降りてきた。
「姫様! はしたないですよ!」
同乗者に窘められたがその者はそんな声など無視して溢れそうなくらいの喜色を声に乗せてラチアの前に来た。
「我が騎士! やっと逢えた!」
ずっと頭を下げていたから何が起きているのかが分からないラヴィ。
目を横にするとビーズの装飾が施された靴が頭を下げているラチアの前で止まっている。
その靴を履いていると思われる《誰か》が、初めて耳にする我が騎士の呼び名でラチアを呼ぶのでラヴィは気になって頭を上げようとした。
けれど横にいるパイラに頭を押さえられた。
ラチアとラヴィの間で頭を下げているパイラが、なぜか苦しそうに顔を歪めながら小さな声で「おチビちゃん。大人しくしてて」と言う。
見るとパイラだけでなくラチアもひどく辛そうな顔で目を瞑っていた。
「皆の者、私はこの者に話があります。皆は普段の生活に戻るように」
ビーズの靴の主がそう宣言した途端、路肩に寄って膝をついていた人々が立ち上がり蜘蛛の子を散らすようにこの場を去っていった。
「おチビちゃん、あたしらも行くよ」
ラヴィの頭を押さえていたパイラが頭を下げたまま立ち上がり、小声でラヴィを促した。
「え!? でも、ラチアが」
こういう場合のしきたりを知らないラヴィは、立ち上がるのと同時に頭を上げてラチアの前に立つ者を直視した。
「ふぁ……」
ラチアの前に立っている人物を見てラヴィは思わず溜息のような感嘆の声をあげた。
跪いたラチアの前に立っている人物は、そこに存在するという事実のみで周囲を圧倒していた。
それほど隔絶した《美》がそこにあった。
身分を表す紋章が彫り込まれているティアラをのせた頭には日の光を恐縮したような明るい金髪が絹のように煌めいていて、その髪は上等な作りのドレスの上を滑り、腰の辺りまで伸びている。
髪の隙間から僅かに見える首筋の白い肌はまるで真珠のようで、ロンググローブを着用している腕はしやかなラインを描きながら細い指へと続いている。
レース飾りの多いドレスを着ていてもわかるくらいに胸は豊かな膨らみをもっていて、腰のくびれは今にも折れそうなくらいに細かった。
卵を逆さにしたような理想的な丸みのある小さな顔には薄く色づいた唇があって、染みもニキビもないまっさらな頬はラチアに逢えたことで興奮しているのか上気してほんのりと赤く、緩くカーブを描く細い眉の下には長くて濃い睫が伸びている。
それだけでもかなり印象的だけれどなによりもラヴィが目を奪われたのはその瞳。
人間の年齢はラヴィにはよく分からないけれどパイラより少し年上くらいの彼女の瞳にはパイラのような活力がまるで感じられず、代わりに様々な経験を得た後に現れる《諦め》にも似た憂いを帯びていて、それが《姫》と呼ばれている人物に匂い立つほどの妖艶さを付帯させている。
「無礼者!」
遅れて馬車から降りてきた侍女が、王女を凝視しているラヴィを見て怒鳴りつけた。
「人であっても王族を直視するのを憚るというのにアニオンふぜいが姫様を見つめるとは、なんという無礼! なんという非礼! 衛士、何をぼさっとしているのです。この不埒者を縛り上げなさい!」
王女の護衛を任務としている二人の女性衛士たちは何が無礼なのかも分かっていないラヴィのきょとんとした様子を見て拘束するのを躊躇っていたようだが、再び侍女に「早く!」とせっつかれて慌ててラヴィに詰め寄った。
「おやめなさい。その者はどうやらマインナイトの連れ。であるならばその子は私の身内も同然。拘束することは私が許しません」
「姫様、それでは民への示しがつきません!」
なおも食い下がる侍女に、王女は冷ややかな視線をむけた。
「シルバーリルバー?」
「……失礼しました」
王女は侍女の名を呼んだだけだが向けられた視線がはっきりと『私に逆らうつもり?』と言っていた。
侍女が冷や汗を浮かべながら三歩足をひいて頭を下げたので、ラヴィを拘束しようとした衛士たちも、いたいけな子供を拘束するという不名誉な役目から解放されてほっとしながら同じように身をひいた。
「ほら、おチビちゃん。行くよ」
パイラは下げていた頭をさらに深く下げて王女に一礼するとラヴィの腰を抱いてそのまま後ろの本屋へ退避した。
「感謝します。姫」
パイラがラヴィを連れて下がったのを横目で見ていたラチアはようやく口を開いて王女に礼を述べた。
王女はそれが嬉しくて侍女の名を呼んだ声とはまるで違う弾んだ声を出した。
「いいのよマインナイト。こっちこそごめんね、シルリルったら相変わらずでしょ? いつもいつも口うるさくて」
王女は楽しげな声を出してラチアに話しかけているけれど、ラチアは口を噤んだまま頭を上げようとはしない。
そんなラチアの態度に王女は段々と寂しそうな表情になってキュッとスカートの裾を握りしめた。
「久しぶりね……マインナイト。元気だった?」
「はい。おかげさまで」
「や、やだ、そんな他人行儀な喋り方しないでよ。ねぇ、頭を上げて。いつまでも膝をついてないで、立って私を見て」
本屋に避難したパイラとラヴィは窓から少しだけ顔を出してその様子を覗き見ている。
「パイラ。あの人間は?」
ラチアとの間にただならぬ関係を嗅ぎとったラヴィは不機嫌そうに聞いた。
「姫様だよ。この国の王様の一人娘。名前はクレメンティア・バンクロッド。歳はあたしより二つ上の二十一歳」
「姫様……」
かぶりつくようにラチアと王女の様子を見ているふたりの後ろで本屋の店主が「ちっ、なんで俺の店の前で止まるだよ。これじゃ商売あがったりだ」と後ろでぼやいていた。
店主の言う通り店の前の通りは人通りがなくなっていた。
本屋の前でラチアと向き合っている王女を中心にして、通りの前後を二人の衛士が通行止めにしている。
そのせいでこの周辺だけ人通りは途絶えて、さながらゴーストタウンのようだったが周囲の店舗からは息を殺してラチアたちを覗く顔がいくつも出ていた。
王女はこんなことに慣れているのか人の耳目を集めていることを気にせずに一途にラチアだけを見ている。
促されて立ち上がったラチアに王女はもう一歩近づいて胸がつくほどに身を寄せた。
「銀髪の青年が市場から逃げようとした凶暴なアニオンをたった一人で倒したって聞いて、もしかしたら、って急いで探しに来たの。……やっぱり貴方だった、マインナイト。……どうしてあれから一度も会いに来てくれないの?」
胸元から注がれる視線を避けてラチアは顔を横に向けた。
ひどく辛そうな、とても悲しそうな、耐え難いほどに苦しそうな顔で。
「今の私はただの一市民。城内に足を踏み入れて良い身分ではありません……」
「そんな言い方しないでよマインナイト。……ねぇ、昔のように笑顔を見せて」
そっとラチアの頬に手を添えてその顔を自分に向かせた。
ラチアの顔はますます苦しそうに強ばった。
「……お許しを。笑おうとしたのですが今の私にはそれすら無理なようです」
「マインナイト……」
王女は悔しそうに、悲しそうに唇を噛んだ。
吹雪のように寒々しい雰囲気に耐えかねたラチアは肺から絞り出すような声で進言した。
「姫、出過ぎた事と分かっていますがもうお城へ帰られてはいかがでしょう? このような場所で立ち話をしていれば、姫の御身に無用な誤解がふりかかります」
「誤解? 何を言っているのマインナイト。誤解なんてされるはずがないわ。だって私は――」
ラヴィはラチアと王女のやりとりを聞いていて頭の中がじわじわと熱くなってきた。
『なに? なになに!? あの雰囲気!?』
どんなに胸が空いてたときだって感じる痛みはきゅんきゅんくらいだったのに、今はぎゅって締めつけられるように痛い。
痛くて苦しくて頭がクラクラする。
『痛い、痛いよ! 今すぐラチアに頭をなでてもらわなきゃ!』
そう思ってラチアに駆け寄ろうとしたらパイラに手を掴まれて引き戻された。
「こ、こら! どこ行くの!? 今出ていったら今度は姫様が怒っておチビちゃんを投獄しちゃうよ? 今度は流石に庇いきれないよ!?」
「だ、だって、ボク、胸が痛くて、今すぐラチアに頭なでなでしてもらいたんだ!」
「そんな我が儘言っちゃダメ。あたしだって痛いけど我慢してるんだから」
「え? パイラも?」
「そだよ」
パイラは何気なく言っているように見えるけど、指が白くなるほど強く強く拳を握り込んでいて、二人の間に飛び出してしまいそうになる衝動に耐えているようだった。
「じゃ、パイラもラチアになでなでしてもらわなきゃ!」
「先輩にそうしてもらえたらすっごい嬉しいけどねぇ……。でも、あたしがそういうの頼んだら先輩は氷のように冷たい目で『は? 何言ってんだオマエ?』って言うだろうからさー」
パイラはそう言って自虐的な苦笑いをした。
「で、何? おチビちゃんはあの二人を見てると胸が痛くなっちゃうんだ?」
「うん。今までにないくらい。なんか危険な感じがするんだ。あのお姉さん危険だよ、ラチアが危ないよ! 理由はわかんないけど絶対そう! あ、これが《野生の勘》なのかな?」
「そ……それは『野生の勘』じゃなくて『別の勘』だと思うけどなー」
「別の勘?」
ラヴィは意味が分からなくて首を傾げたけれどパイラは「あはは……」と苦笑いするだけで何も教えてくれなかった。
「あ、そうだ! ね、ね? あたしが先輩と喋ってたときもおチビちゃんは胸が痛かった? 野生の勘がビンビンきた?」
「……へ? 全然」
「そっかー。全然かー……(くうっ! こんな小さい子にも安心されるあたしってどうよ?)」
パイラのが項垂れてブツブツと独り言を呟いていたけれど声が小さすぎてラヴィには聞こえなかった。
先触れの兵士が通ったのに、王族を乗せた馬車はいっこうに現れなかった。
「そもそもこんなこと自体がバカげているんだ。こんな風習なぞさっさと廃止にすればいい」
「先輩、王族批判するとあたしが先輩を拘束しなきゃいけないんですからね」
「……いろんな意味で怖いな」
頭を下げたままそんな無駄口を叩いているとようやく車輪の音が近づいてきた。
馬車はひどくゆっくりとした速度で進んでいる。
子供が歩く速度とさしてかわらない。
常とは違う馬車の速度にラチアは嫌な予感を覚えた。
悪い予感とういうのは往々にして的中するもので、今回のラチアの予感もその法則はぴったり嵌った。
「見つけたわ! 止めて!」
馬車の中から聞き覚えのある声がしてラチアは思わず奥歯を噛んだ。
馬車がラチアたちの前で停まり、御者が馬車の下にタラップを置くと中にいた者は扉を開けられるも待たずに自ら扉を開けて馬車から降りてきた。
「姫様! はしたないですよ!」
同乗者に窘められたがその者はそんな声など無視して溢れそうなくらいの喜色を声に乗せてラチアの前に来た。
「我が騎士! やっと逢えた!」
ずっと頭を下げていたから何が起きているのかが分からないラヴィ。
目を横にするとビーズの装飾が施された靴が頭を下げているラチアの前で止まっている。
その靴を履いていると思われる《誰か》が、初めて耳にする我が騎士の呼び名でラチアを呼ぶのでラヴィは気になって頭を上げようとした。
けれど横にいるパイラに頭を押さえられた。
ラチアとラヴィの間で頭を下げているパイラが、なぜか苦しそうに顔を歪めながら小さな声で「おチビちゃん。大人しくしてて」と言う。
見るとパイラだけでなくラチアもひどく辛そうな顔で目を瞑っていた。
「皆の者、私はこの者に話があります。皆は普段の生活に戻るように」
ビーズの靴の主がそう宣言した途端、路肩に寄って膝をついていた人々が立ち上がり蜘蛛の子を散らすようにこの場を去っていった。
「おチビちゃん、あたしらも行くよ」
ラヴィの頭を押さえていたパイラが頭を下げたまま立ち上がり、小声でラヴィを促した。
「え!? でも、ラチアが」
こういう場合のしきたりを知らないラヴィは、立ち上がるのと同時に頭を上げてラチアの前に立つ者を直視した。
「ふぁ……」
ラチアの前に立っている人物を見てラヴィは思わず溜息のような感嘆の声をあげた。
跪いたラチアの前に立っている人物は、そこに存在するという事実のみで周囲を圧倒していた。
それほど隔絶した《美》がそこにあった。
身分を表す紋章が彫り込まれているティアラをのせた頭には日の光を恐縮したような明るい金髪が絹のように煌めいていて、その髪は上等な作りのドレスの上を滑り、腰の辺りまで伸びている。
髪の隙間から僅かに見える首筋の白い肌はまるで真珠のようで、ロンググローブを着用している腕はしやかなラインを描きながら細い指へと続いている。
レース飾りの多いドレスを着ていてもわかるくらいに胸は豊かな膨らみをもっていて、腰のくびれは今にも折れそうなくらいに細かった。
卵を逆さにしたような理想的な丸みのある小さな顔には薄く色づいた唇があって、染みもニキビもないまっさらな頬はラチアに逢えたことで興奮しているのか上気してほんのりと赤く、緩くカーブを描く細い眉の下には長くて濃い睫が伸びている。
それだけでもかなり印象的だけれどなによりもラヴィが目を奪われたのはその瞳。
人間の年齢はラヴィにはよく分からないけれどパイラより少し年上くらいの彼女の瞳にはパイラのような活力がまるで感じられず、代わりに様々な経験を得た後に現れる《諦め》にも似た憂いを帯びていて、それが《姫》と呼ばれている人物に匂い立つほどの妖艶さを付帯させている。
「無礼者!」
遅れて馬車から降りてきた侍女が、王女を凝視しているラヴィを見て怒鳴りつけた。
「人であっても王族を直視するのを憚るというのにアニオンふぜいが姫様を見つめるとは、なんという無礼! なんという非礼! 衛士、何をぼさっとしているのです。この不埒者を縛り上げなさい!」
王女の護衛を任務としている二人の女性衛士たちは何が無礼なのかも分かっていないラヴィのきょとんとした様子を見て拘束するのを躊躇っていたようだが、再び侍女に「早く!」とせっつかれて慌ててラヴィに詰め寄った。
「おやめなさい。その者はどうやらマインナイトの連れ。であるならばその子は私の身内も同然。拘束することは私が許しません」
「姫様、それでは民への示しがつきません!」
なおも食い下がる侍女に、王女は冷ややかな視線をむけた。
「シルバーリルバー?」
「……失礼しました」
王女は侍女の名を呼んだだけだが向けられた視線がはっきりと『私に逆らうつもり?』と言っていた。
侍女が冷や汗を浮かべながら三歩足をひいて頭を下げたので、ラヴィを拘束しようとした衛士たちも、いたいけな子供を拘束するという不名誉な役目から解放されてほっとしながら同じように身をひいた。
「ほら、おチビちゃん。行くよ」
パイラは下げていた頭をさらに深く下げて王女に一礼するとラヴィの腰を抱いてそのまま後ろの本屋へ退避した。
「感謝します。姫」
パイラがラヴィを連れて下がったのを横目で見ていたラチアはようやく口を開いて王女に礼を述べた。
王女はそれが嬉しくて侍女の名を呼んだ声とはまるで違う弾んだ声を出した。
「いいのよマインナイト。こっちこそごめんね、シルリルったら相変わらずでしょ? いつもいつも口うるさくて」
王女は楽しげな声を出してラチアに話しかけているけれど、ラチアは口を噤んだまま頭を上げようとはしない。
そんなラチアの態度に王女は段々と寂しそうな表情になってキュッとスカートの裾を握りしめた。
「久しぶりね……マインナイト。元気だった?」
「はい。おかげさまで」
「や、やだ、そんな他人行儀な喋り方しないでよ。ねぇ、頭を上げて。いつまでも膝をついてないで、立って私を見て」
本屋に避難したパイラとラヴィは窓から少しだけ顔を出してその様子を覗き見ている。
「パイラ。あの人間は?」
ラチアとの間にただならぬ関係を嗅ぎとったラヴィは不機嫌そうに聞いた。
「姫様だよ。この国の王様の一人娘。名前はクレメンティア・バンクロッド。歳はあたしより二つ上の二十一歳」
「姫様……」
かぶりつくようにラチアと王女の様子を見ているふたりの後ろで本屋の店主が「ちっ、なんで俺の店の前で止まるだよ。これじゃ商売あがったりだ」と後ろでぼやいていた。
店主の言う通り店の前の通りは人通りがなくなっていた。
本屋の前でラチアと向き合っている王女を中心にして、通りの前後を二人の衛士が通行止めにしている。
そのせいでこの周辺だけ人通りは途絶えて、さながらゴーストタウンのようだったが周囲の店舗からは息を殺してラチアたちを覗く顔がいくつも出ていた。
王女はこんなことに慣れているのか人の耳目を集めていることを気にせずに一途にラチアだけを見ている。
促されて立ち上がったラチアに王女はもう一歩近づいて胸がつくほどに身を寄せた。
「銀髪の青年が市場から逃げようとした凶暴なアニオンをたった一人で倒したって聞いて、もしかしたら、って急いで探しに来たの。……やっぱり貴方だった、マインナイト。……どうしてあれから一度も会いに来てくれないの?」
胸元から注がれる視線を避けてラチアは顔を横に向けた。
ひどく辛そうな、とても悲しそうな、耐え難いほどに苦しそうな顔で。
「今の私はただの一市民。城内に足を踏み入れて良い身分ではありません……」
「そんな言い方しないでよマインナイト。……ねぇ、昔のように笑顔を見せて」
そっとラチアの頬に手を添えてその顔を自分に向かせた。
ラチアの顔はますます苦しそうに強ばった。
「……お許しを。笑おうとしたのですが今の私にはそれすら無理なようです」
「マインナイト……」
王女は悔しそうに、悲しそうに唇を噛んだ。
吹雪のように寒々しい雰囲気に耐えかねたラチアは肺から絞り出すような声で進言した。
「姫、出過ぎた事と分かっていますがもうお城へ帰られてはいかがでしょう? このような場所で立ち話をしていれば、姫の御身に無用な誤解がふりかかります」
「誤解? 何を言っているのマインナイト。誤解なんてされるはずがないわ。だって私は――」
ラヴィはラチアと王女のやりとりを聞いていて頭の中がじわじわと熱くなってきた。
『なに? なになに!? あの雰囲気!?』
どんなに胸が空いてたときだって感じる痛みはきゅんきゅんくらいだったのに、今はぎゅって締めつけられるように痛い。
痛くて苦しくて頭がクラクラする。
『痛い、痛いよ! 今すぐラチアに頭をなでてもらわなきゃ!』
そう思ってラチアに駆け寄ろうとしたらパイラに手を掴まれて引き戻された。
「こ、こら! どこ行くの!? 今出ていったら今度は姫様が怒っておチビちゃんを投獄しちゃうよ? 今度は流石に庇いきれないよ!?」
「だ、だって、ボク、胸が痛くて、今すぐラチアに頭なでなでしてもらいたんだ!」
「そんな我が儘言っちゃダメ。あたしだって痛いけど我慢してるんだから」
「え? パイラも?」
「そだよ」
パイラは何気なく言っているように見えるけど、指が白くなるほど強く強く拳を握り込んでいて、二人の間に飛び出してしまいそうになる衝動に耐えているようだった。
「じゃ、パイラもラチアになでなでしてもらわなきゃ!」
「先輩にそうしてもらえたらすっごい嬉しいけどねぇ……。でも、あたしがそういうの頼んだら先輩は氷のように冷たい目で『は? 何言ってんだオマエ?』って言うだろうからさー」
パイラはそう言って自虐的な苦笑いをした。
「で、何? おチビちゃんはあの二人を見てると胸が痛くなっちゃうんだ?」
「うん。今までにないくらい。なんか危険な感じがするんだ。あのお姉さん危険だよ、ラチアが危ないよ! 理由はわかんないけど絶対そう! あ、これが《野生の勘》なのかな?」
「そ……それは『野生の勘』じゃなくて『別の勘』だと思うけどなー」
「別の勘?」
ラヴィは意味が分からなくて首を傾げたけれどパイラは「あはは……」と苦笑いするだけで何も教えてくれなかった。
「あ、そうだ! ね、ね? あたしが先輩と喋ってたときもおチビちゃんは胸が痛かった? 野生の勘がビンビンきた?」
「……へ? 全然」
「そっかー。全然かー……(くうっ! こんな小さい子にも安心されるあたしってどうよ?)」
パイラのが項垂れてブツブツと独り言を呟いていたけれど声が小さすぎてラヴィには聞こえなかった。
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