Ωの国

うめ紫しらす

文字の大きさ
上 下
42 / 47
外伝:アレクシス

あいしてるの罪 ep2

しおりを挟む
「翡翠様。お加減はよろしいですか」
「良くない。……寝かせて」
「では、朝餉あさげはこちらに置いておきます」
 ハクロがテーブルに膳を置くのを、アレクシスはくるまった寝具の隙間から垣間見た。空位だった翡翠宮の長を与えられてはやひと月。アレクシスはほとんどどの時間を私室に引きこもって過ごしていた。
 宮の皆は、シェルターで最初の禰宜を刺し殺した神巫を恐れていた。ハクロだけが唯一、彼を怖いと思わなかった。そのせいか宮長の世話はみなハクロが行うこととなった。
「カーテンは開けますね。起きて朝餉を食べてください。また後で来ます」
 にこやかにハクロが言って部屋から出ていくと、アレクシスは猫のようにうーんと背を伸ばして、与えられた膳の前に起きだした。
「……変な味」
 文句を言いながらも粥と果物の朝餉を食べ終えて、アレクシスは窓辺に立った。
 朝日を受けて神殿の白々とした建物たちが輝いている。
「みんな、無くなっちゃえば良いのにな……こんなとこ」
 アレクシスは呟いて、想像した。
 大神殿が炎に包まれる様を。
 何もかもが炎に包まれ、灰に還っていく様を。
 そのイメージは、愉快だった。
「いたっ……」
 強いイメージに当てられて、魔力が溢れる様に手指に満ちると、両腕に嵌められた魔封じの腕輪がキリキリと痛んだ。
「……ルー」
 痛みから意識を逃がすように、目を閉じて、自分の魔力を手放し、弟の魔力を手繰り寄せる。
 他人のものであるルシアンの魔力には魔封じの腕輪は干渉してこない。そのことに気づいてから、アレクシスはルシアンの魔力を引き出しては自分の物のように扱うことを繰り返していた。
 涼やかで、気高い、ルシアンの魔力に触れると心が満ち足りていく。
 Ωの境遇を、神殿を呪う感情が和らいで薄れていくまで、アレクシスはじっとただそこに佇んでいた。


「……ハクロは?」
 その日、朝餉を持ってきた神巫に、アレクシスは問いかけた。
「発情期なので、表殿に出ています」
「そう」
 言うと、アレクシスはそれ以上の興味を失ったかのように視線を外した。
「ハクロがいない間のお世話をします、ユーゴと言います」
 一礼したユーゴは、Ωの男にしてはしっかりとした体格と、低い声をしていた。「ねぇ」ユーゴを呼び止めて、アレクシスは寝台から降りる。
「……表殿って、どんなところ?」
「αと神事をするところです。ご覧になったことは無いですか」
「ない。手を貸してくれる? 表殿をイメージして。見てみたい」
 ユーゴが差し出した手を握り、彼の思い浮かべる表殿のイメージを魔法でトレースする。魔力を集めすぎると腕輪が痛むので、微かな魔力で、そっと。
 アレクシスには、遠見の力があった。思い描くことができれば、その場所の今の様子を見ることができる。その力を、アレクシスは外の世界を知るために使ってきた。他人が見た場所を、共有してもらう。そうすれば自在にその場所を覗き見ることができる。
 それは家の中に存在を隠され、容易には外に出ることのできなかったアレクシスにとって、唯一の愉しみだった。
「へぇ、素敵な場所だね。……ねぇ。その部屋の中を、思い浮かべて」
 繋いだ手から、アレクシスはユーゴのイメージに同調した。
 表殿の中。
 その小さな部屋の中――ハクロがいた。寝台の上、一糸纏わぬ姿でαに組み敷かれて、乱される姿。
「!」
 ユーゴが慌てて、手を放す。
「……ハクロが好きなの?」
 その腕をつかんで、アレクシスは囁いた。同調した者の感情を読み解くなど、容易いことだった。ユーゴの耳朶が羞恥に赤く染まるのを見て、薄く笑う。
 ΩがΩを好きだなんて。
 許されるはずがないユーゴの恋情を、アレクシスは心地よく感じ取った。
「じゃあ、ハクロを見てなよ。……悦くしてあげる」
 アレクシスはユーゴの手を引いて、寝台に誘った。手を握り遠見のビジョンを繋ぎながら、ユーゴの中心に触れてなぞる。そこはすぐに反応して、熱く硬さを増した。
「……っ」
 アレクシスの指が布をかき分けて勃ち上がった屹立を取り出す。「おおきいね」囁いて先を撫でると、ユーゴのソレはビクンと震えた。
「……ハクロ、気持ち良さそう。ユーゴはハクロを抱きたいの? あんなふうに」
 ビジョンの中で、ハクロはαに縋り付くようにして快楽に酔っている。朝のこの時間まで抱き合ったままだなんて、きっと相性がいいのだろう。
「舐めてもいい?」
 問いかけて、アレクシスは舌先を伸ばして見せる。ユーゴが微かに頷くと、アレクシスはぱくりと口を開いて、目の前の猛りを口に含んだ。
「……っぁ」
 アレクシスが口腔いっぱいに含んで喉奥に擦り付けると、ユーゴのそれは硬度を増して悦ろこんだ。ずっとこうしたいと思い描いていたイメージがあった。自分の身を使って、相手に奉仕して――好きな人に抱かれる。
 ユーゴの叶わぬ夢をみる気持ちなら、アレクシスは痛いほど理解できた。
「っぁ……!」
 拙くも喉奥を使って締め上げると、ユーゴはあっという間に果てた。青臭い精を口の中に含んで、アレクシスは笑った。
 ああこれが、あの人だったなら。
 薄暗い気持ちが渦巻く。
 ビジョンの中で、いつの間に果てたのか、ハクロもまた荒い息を整えるように肩で息をついている。
「秘密だよ。――また見たかったら、夜もおいで」
 アレクシスはユーゴに囁く。その誘惑に逆うようにユーゴは視線を背けた。


 その夜、ユーゴがアレクシスの部屋を尋ねることはなかった。
 ハクロが表殿から帰ってくると、ユーゴもアレクシスも、何もなかったかのように振る舞った。
 けれどアレクシスは知っていた。
 ユーゴがいつもハクロを視線で追っていることを。ハクロが、折を見てはユーゴをじっと見つめていることを。
 そのピースを繋ぎ合わせるのは、とても愉しそうだと、彼は微笑んだ。
 禁忌など、犯せばいいのだ。
 みな――自分と同じように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

運命を知っているオメガ

riiko
BL
初めてのヒートで運命の番を知ってしまった正樹。相手は気が付かないどころか、オメガ嫌いで有名なアルファだった。 自分だけが運命の相手を知っている。 オメガ嫌いのアルファに、自分が運命の番だとバレたら大変なことになる!? 幻滅されたくないけど近くにいたい。 運命を悟られないために、斜め上の努力をする鈍感オメガの物語。 オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω 『運命を知っているアルファ』というアルファ側のお話もあります、アルファ側の思考を見たい時はそちらも合わせてお楽しみくださいませ。 どちらかを先に読むことでお話は全てネタバレになりますので、先にお好みの視点(オメガ側orアルファ側)をお選びくださいませ。片方だけでも物語は分かるようになっております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。 コメント欄ネタバレ全解除につき、物語の展開を知りたくない方はご注意くださいませ。 表紙のイラストはデビュー同期の「派遣Ωは社長の抱き枕~エリートαを寝かしつけるお仕事~」著者grottaさんに描いていただきました!

王太子専属閨係の見る夢は

riiko
BL
男爵家のシンは、親に売られて王都に来た。 売られた先はこの国最大の相手!? 王子の閨係というお仕事に就いたのだった。 自分は王子が婚約者と結婚するまでの繋ぎの体だけの相手……だったはずなのに、閨係なのに一向に抱いてもらえない。そして王子にどんどん惹かれる自分に戸惑う。夢を見てはいけない。相手はこの国の王太子、自分はただの男娼。 それなのに、夢を見てしまった。 王太子アルファ×閨担当オメガ 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語、お楽しみいただけたら幸いです!

たしかなこと

大波小波
BL
 白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。  ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。  彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。  そんな彼が言うことには。 「すでに私たちは、恋人同士なのだから」  僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

処理中です...