Ωの国

うめ紫しらす

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外伝:アレクシス

あいしてるの罪 ep2

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「翡翠様。お加減はよろしいですか」
「良くない。……寝かせて」
「では、朝餉あさげはこちらに置いておきます」
 ハクロがテーブルに膳を置くのを、アレクシスはくるまった寝具の隙間から垣間見た。空位だった翡翠宮の長を与えられてはやひと月。アレクシスはほとんどどの時間を私室に引きこもって過ごしていた。
 宮の皆は、シェルターで最初の禰宜を刺し殺した神巫を恐れていた。ハクロだけが唯一、彼を怖いと思わなかった。そのせいか宮長の世話はみなハクロが行うこととなった。
「カーテンは開けますね。起きて朝餉を食べてください。また後で来ます」
 にこやかにハクロが言って部屋から出ていくと、アレクシスは猫のようにうーんと背を伸ばして、与えられた膳の前に起きだした。
「……変な味」
 文句を言いながらも粥と果物の朝餉を食べ終えて、アレクシスは窓辺に立った。
 朝日を受けて神殿の白々とした建物たちが輝いている。
「みんな、無くなっちゃえば良いのにな……こんなとこ」
 アレクシスは呟いて、想像した。
 大神殿が炎に包まれる様を。
 何もかもが炎に包まれ、灰に還っていく様を。
 そのイメージは、愉快だった。
「いたっ……」
 強いイメージに当てられて、魔力が溢れる様に手指に満ちると、両腕に嵌められた魔封じの腕輪がキリキリと痛んだ。
「……ルー」
 痛みから意識を逃がすように、目を閉じて、自分の魔力を手放し、弟の魔力を手繰り寄せる。
 他人のものであるルシアンの魔力には魔封じの腕輪は干渉してこない。そのことに気づいてから、アレクシスはルシアンの魔力を引き出しては自分の物のように扱うことを繰り返していた。
 涼やかで、気高い、ルシアンの魔力に触れると心が満ち足りていく。
 Ωの境遇を、神殿を呪う感情が和らいで薄れていくまで、アレクシスはじっとただそこに佇んでいた。


「……ハクロは?」
 その日、朝餉を持ってきた神巫に、アレクシスは問いかけた。
「発情期なので、表殿に出ています」
「そう」
 言うと、アレクシスはそれ以上の興味を失ったかのように視線を外した。
「ハクロがいない間のお世話をします、ユーゴと言います」
 一礼したユーゴは、Ωの男にしてはしっかりとした体格と、低い声をしていた。「ねぇ」ユーゴを呼び止めて、アレクシスは寝台から降りる。
「……表殿って、どんなところ?」
「αと神事をするところです。ご覧になったことは無いですか」
「ない。手を貸してくれる? 表殿をイメージして。見てみたい」
 ユーゴが差し出した手を握り、彼の思い浮かべる表殿のイメージを魔法でトレースする。魔力を集めすぎると腕輪が痛むので、微かな魔力で、そっと。
 アレクシスには、遠見の力があった。思い描くことができれば、その場所の今の様子を見ることができる。その力を、アレクシスは外の世界を知るために使ってきた。他人が見た場所を、共有してもらう。そうすれば自在にその場所を覗き見ることができる。
 それは家の中に存在を隠され、容易には外に出ることのできなかったアレクシスにとって、唯一の愉しみだった。
「へぇ、素敵な場所だね。……ねぇ。その部屋の中を、思い浮かべて」
 繋いだ手から、アレクシスはユーゴのイメージに同調した。
 表殿の中。
 その小さな部屋の中――ハクロがいた。寝台の上、一糸纏わぬ姿でαに組み敷かれて、乱される姿。
「!」
 ユーゴが慌てて、手を放す。
「……ハクロが好きなの?」
 その腕をつかんで、アレクシスは囁いた。同調した者の感情を読み解くなど、容易いことだった。ユーゴの耳朶が羞恥に赤く染まるのを見て、薄く笑う。
 ΩがΩを好きだなんて。
 許されるはずがないユーゴの恋情を、アレクシスは心地よく感じ取った。
「じゃあ、ハクロを見てなよ。……悦くしてあげる」
 アレクシスはユーゴの手を引いて、寝台に誘った。手を握り遠見のビジョンを繋ぎながら、ユーゴの中心に触れてなぞる。そこはすぐに反応して、熱く硬さを増した。
「……っ」
 アレクシスの指が布をかき分けて勃ち上がった屹立を取り出す。「おおきいね」囁いて先を撫でると、ユーゴのソレはビクンと震えた。
「……ハクロ、気持ち良さそう。ユーゴはハクロを抱きたいの? あんなふうに」
 ビジョンの中で、ハクロはαに縋り付くようにして快楽に酔っている。朝のこの時間まで抱き合ったままだなんて、きっと相性がいいのだろう。
「舐めてもいい?」
 問いかけて、アレクシスは舌先を伸ばして見せる。ユーゴが微かに頷くと、アレクシスはぱくりと口を開いて、目の前の猛りを口に含んだ。
「……っぁ」
 アレクシスが口腔いっぱいに含んで喉奥に擦り付けると、ユーゴのそれは硬度を増して悦ろこんだ。ずっとこうしたいと思い描いていたイメージがあった。自分の身を使って、相手に奉仕して――好きな人に抱かれる。
 ユーゴの叶わぬ夢をみる気持ちなら、アレクシスは痛いほど理解できた。
「っぁ……!」
 拙くも喉奥を使って締め上げると、ユーゴはあっという間に果てた。青臭い精を口の中に含んで、アレクシスは笑った。
 ああこれが、あの人だったなら。
 薄暗い気持ちが渦巻く。
 ビジョンの中で、いつの間に果てたのか、ハクロもまた荒い息を整えるように肩で息をついている。
「秘密だよ。――また見たかったら、夜もおいで」
 アレクシスはユーゴに囁く。その誘惑に逆うようにユーゴは視線を背けた。


 その夜、ユーゴがアレクシスの部屋を尋ねることはなかった。
 ハクロが表殿から帰ってくると、ユーゴもアレクシスも、何もなかったかのように振る舞った。
 けれどアレクシスは知っていた。
 ユーゴがいつもハクロを視線で追っていることを。ハクロが、折を見てはユーゴをじっと見つめていることを。
 そのピースを繋ぎ合わせるのは、とても愉しそうだと、彼は微笑んだ。
 禁忌など、犯せばいいのだ。
 みな――自分と同じように。
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