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番外編
Wedding Rhapsody ep.4
しおりを挟むその日は、穏やかな晴天だった。
柘榴宮の私室で目を覚ますと、昨日、一昨日と静養したせいか、ずいぶん身体が軽かった。荷物をすっかり片付けた私室は、ここに来た日と同じようにがらんとして。けれど来たときとは違って、たくさんの思い出が詰まった、愛着ある空間に変わっている。暮らしていくうちにたまった私物の多くは、慣習通り夕べ、宮の皆に分け与えていた。
夕食の席が、宮の皆とゆっくりと過ごす最後の時間だった。一人一人に話しかけ、私物を分け与えて行くのは、少しさみしくて。
カロルには、まだ早いが自分が使っていた木剣を贈った。泣くのをどうにか我慢しようとしていたカロルが、大事にする、と言った声は震えていた。
一番世話になったリファには、剣舞で使っていた揃いの短刀を贈った。リファは剣舞なんて演らないよ、とうそぶいでいたが、ありがとう、と抱きしめると泣いていた。けどその後、次の宮長として挨拶をするときには、しっかり前を向いていて。安心して引き継げる事を嬉しく思った。
今日は、このあと朝食を取ったらすぐに衣装室の面々がやってきて、婚礼衣装の着付けをしてくれる予定だった。
それから、輿に乗って。神殿の皆とともに外の神殿まで、花嫁行列として練り歩く。
すでに神殿と新聞社を通じて行列が通る道筋は発表されていて、反響は上々とのことだった。沿道には朝から警護の衛兵が配置され、観客の誘導にあたっているはずだ。
どれくらいの人が集うのかは、想像もできなかった。けれど、ここまでくればあとは心配しても仕方が無い。
見込みより多くても、少なくても。気にせず今日を楽しむことのほうが有意義だろう。
予定では行列は、約半刻ほどで会場となる神殿に着く。その後は輿を降りて、神殿の中で式に臨む。
一昨日やった式の予行では、特に問題はなかった。誓いの手順も、宣誓の言葉もちゃんと覚えている。
それでも、緊張のせいか、頭の中で何度も手順を確認した。
「柘榴様。お支度、お願いします」
「うん」
リファに促されて応接間に用意された着付け用の椅子に座ると、あとはもう職人達の手に任せるだけだった。髪を結われ、目元に紅を差し、唇にも朱の色をのせる。化粧は舞のために何度もされていたから、それほど抵抗はなかった。それに今日はヴェールを被ってしまうから。薄布越しでもわかるような色味が必要な事は理解している。
顔と髪が終わったら、仕立てられた婚礼衣装に袖を通す。
希望したとおり、全体のデザインは騎士の正装であるサーコートを基調にしている。ゆったりとドレープをもつサテン地の白シャツに、当初のデザインから変更された、白布に銀糸の刺繍を入れたサーコート。
下半身を包むトラウザーは同じ意匠で、けれど当初の想定よりゆったりと布を多く取ったデザインに変更された。歩くたびに裾が揺れるような、柔らかな光沢のある布が使われている。サーコートを上からの締めるベルトは銀糸の刺繍紐になり、腰には懐剣を思わせる宝剣を差す。
熟考された足元は、舞で使うような革製のサンダルに、キラキラと光を反射する色とりどりのスパンコールが飾られたデザインになった。歩くたびに光を反射してキラキラと光るのが綺麗だ。
それから、当初のデザインと変わらずトレーンは、肩からマントとしてとり付けられた。肩端の銀細工から足元までを覆う白の薄絹にはレースと銀糸の刺繍があしらわれ、まるで羽衣のように身体を包み込む。そして、その裾は、ゆるやかなカーブを描いて後ろに長く広がっていく。
床を這う布端には、贅沢に銀糸に金糸を混ぜたさざ波のような刺繍が施されていた。歩くたびに布端が波打ち、まるで水辺を歩いているような情景を思わせた。それは、教本にある運命の番が出会う湖畔のシーンを連想させるのだと言う。
この意匠をたった二ヶ月で完成させた縫子たちの力量には、ただただ素直に感嘆した。
Ωの象徴である首元には、足元の輝きと同じ色とりどりの宝石をあしらった、封環を模したネックレスが用意された。それはヴェールに隠れてしまうのが勿体ないほど、繊細で美しい。
「では、最後にヴェールをお付けしますね」
結いあげた髪に、真っ白なチュールが止められる。ふわり、と肩先までを覆うように拡げられれば、出来上がりだった。
「本当に、お綺麗です……。行列には私が同行して、お直しなど適宜させていただきます。もし不具合がありましたら、すぐに仰って下さいね」
神官が、柔らかく微笑む。
「ありがとう。とても素晴らしい出来だよ、本当に……」
自分が着るのが勿体ないくらいの出来栄えだった。
「柘榴様、お支度出来た? 取材の人、来てるけど」
「ああ、入れてくれ」
リファに伴われて入ってきたのは、記者のジョシュアと、記録器を持った青年だった。
「こんなとこまで入れてもらって、済まないね。……本当に、素晴らしいですよ、柘榴の君」
かちり、と記録器を操作する音。慣れなくて音の方を見ると「自然にしてて下さい」と注意される。
「柘榴の君、今のお気持ちは、いかがですか」
ジョシュアが朗らかに聞く。
「その……この素晴らしい日を迎えられたことに、ただ感謝しています。私たちのために、こんなにも多くの人の手を借していただき……大変幸せなことだと、心から御礼申し上げます」
柔らかに本心を述べて一礼すると、数秒の沈黙があってから、ジョシュアがパンッと、手を叩く。遅れて、記録器を操作する小さな音。
「一回目で完璧です。さすがですね。このコメント、記事に使わせてもらいますよ。このあと花嫁行列にも同行して記録を取りますが、記録器を意識しすぎないようにしてください」
はい、と返事をして。後から緊張感がやってくる。
「リファ、いまの、変じゃ無かったか……?」
「大丈夫だよ。なんか、いつもの調子じゃないけど。でも凄く素敵な人って感じだった」
「それ……いつもが素敵じゃないって言ってないか……?」
言うと、リファはくすくすと笑って。つられるように俺も笑った。
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