Ωの国

うめ紫しらす

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番外編

Wedding Rhapsody ep.1

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 結婚は一生のこと、という言葉を実感したのは、結婚式の準備に取り掛かってからだった。
「多くないか……」
 ルシアンとの柘榴の間での茶会は、今はもっぱら式の準備に充てられていた。渡された招待状のリストが延々と続くのに文句を言うと「呼ばなければ後から挨拶に来られるだけです」と頷くしかない答えが返ってくる。

 古くから続く一門であること、王立魔法協会の最高位をもつこと、隣国で教鞭をとること。どれをとってもルシアンの招待客が片手で済むはずは無かった。
 一方のこちら側といえば、領主の傍系と一応の格はあるが、この数代はαも出ず、ほそぼそと片田舎の小さな村で暮らすだけの家で。家族と古くからの付き合いのある数人を数え上げてしまえばそれで終わりだった。

 あまり差があるとな、と考え混んだ俺をカウチに並んで座ったルシアンが覗き込む。
「神殿の皆様を招待しては? もう問題にはならないはずでしょう」
「そうだな……」
 燃えてしまった表殿の代わりに、外の神殿を会場にすることは決まっていた。桟敷席といわず、皆に式に列席してもらいたいのは確かで。王命の通り、Ωであっても発情期でない限りは外に出ても問題はないはずで。

「けど、なかなか皆、外に出たがらないからな……」
 許されているとはいえ、外を出歩けば、Ωを珍しがる視線に晒される。βにとってΩは見知らぬ存在で、今は特に神殿の不正が明るみにでたせいで、『可哀想な存在』として扱われる傾向があった。悪気はないのだろうが、あまり心地よい扱いではない。

 それ以上に問題視されているのは、αからの接触だった。神殿では手続きを通してしか会えない巫覡に、外ならいくらでも声がかけられる。不埒な考えで接触してくるαに、殆どのΩは上手く逆らうことができない。そのため仕方なく、外出には神殿の衛兵を同行させることが多かった。

「いっそ、花嫁行列を盛大にやれば、良い機会になるのでは?」
「盛大に……それ、俺がやられるんだぞ」
 正直に言えば式など簡素に済ませたいのが本音だった。生来Ωとして成長してこなかった自分には、シャオたちのように華やかに着飾って結婚式をすることへの憧れは薄い。口にはしないが、単なる通過儀礼、としか思えない。それが、どんどん話が大きくなってきている。
「あなたは宮司副官。巫覡の皆さんの上に立つ身でしょう。適任ではないですか」
 ただ単にお前が見たいだけだろう、という気はする。が、一考の価値はあるから問題だった。
 確かに大神殿の宮司副官と、王立魔法協会最高位の魔術師の結婚、と言えば充分な話題性があった。その結婚式を使って神殿に暮らす巫覡の華やかなイメージをアピールするのは、数々のスキャンダルで神殿に張り付いた暗いイメージの払拭につながるだろう。

 案としては悪くない。
 ただそれを演るのがと言う事を除けば。

「……分かった。やればいいんだろ」
 溜息と共に答えると、ルシアンは嬉しそうに微笑んだ。
「きっと素敵な思い出になりますよ」
「だと良いけど……」
 先が思いやられる、と肩を落とすと、そっと抱き寄せられる。
「誰にも見せたくない、とは私も思います」
 そう囁かれて。首筋の噛み跡に口づけられる。真新しい噛み跡は敏感で。触れられるとぞくりと肌の奥に響く。
「……やめろよ、」
「いいでしょう。今日決めるべきことは決まりました」
 そんなことない、まだ決めなきゃいけない事が山積みだろ、と反論しようとして。けれどあとは招待客の数と、花嫁行列の詳細が決まらないと決めきれないのも確かだった。
「分かった。……こっちの数がわかったら、知らせるから」
 言うと、返事の代わりに口づけが降ってくる。

「……ん」
 番になってから、肌を合わせるとそれだけで安心感に似た、温かな安らぎを感じるようになった。
 性感の心地よさとは少し違う、ぴたりと心の隙間を埋めるような心地よさ。その情感にのまれると、発情のときのうっとりと相手の存在に酔うような感覚に、簡単に引き込まれてしまう。
「……っふ、あのさ……発情させないで」
 抱かれるたびにこの発情に似た感覚に飲み込まれて。その後、丸一日は使い物にならなくなるのを繰り返していた。
「明日、仕事になんなくなる、から……」
 深く口づけられるだけで、もう捕まりかけている。

「……忙しいなら、止めましょうか?」
 そう気遣うようにルシアンが身体を離すと、途端に寂しさが胸の中に満ちてくる。
 ああ、もう駄目だ。
「いやだ。……くそ、何でこんな……」
 離された距離を取り戻すように、手を伸ばして抱き寄せる。両立しない欲求に苛立って悪態を零すと、こちらの内情を察知したようにルシアンが苦笑する。
「それじゃあ、加減して? ……それで、満足出来ますか」
 満足できるか、なんてまるで全部俺のせいみたいで。

「……半分はお前のせいだろ。余裕ぶるなよ」
「余裕なんかないから聞いてるんです。……仕事くらい、なんとかしてください」
 その声が硬くて。あ、まずい。怒らせた、と思ったときにはカウチに押し倒されていた。どうやら迂闊なことを言ったらしい。

「手加減できるなら、とっくにしてます。……あなたの、私だけに向けられた香りがどれだけ魅力的か。……知らないでしょう」
 首筋を甘咬みされて、うなじの噛み跡が疼く。番を得たΩは、番相手のαにしか発情しなくなる。それは芳香が届く相手が番相手だけになる、と同義で。
 自覚はないが、番になる前とは芳香の性質そのものが変化しているのだろう。

「……知るわけないだろ。お前だって、俺がどれくらい、お前に触られるとクるのか、知らないくせに」
 言ってから、ちょうど裏返しなんだな、と気づく。Ωにとって、番となったαは唯一無二の存在で。香りもそうだが、とにかく側にいることが、触れられることが心地よい。
 香りに惹かれて触れたい欲と、側にいて触れられたい欲がちょうど鏡合わせのようだった。

「ねぇ。なら……諦めましょう?」
 同じように思ったのか、ふふ、と可笑しそうに笑ってルシアンは俺を抱きしめた。
「新婚なんですから。それらしく浮ついて過ごせば良いじゃないですか。仕事が、なんて野暮なことは言わないで」
「お前は……後に引かないから、そういうことが言えるんだろ」
 抱きしめられて近づいた体温に、ルシアンの香りに、もううっとりと身体は反応してしまっていて。愚痴るようにこぼすと、ルシアンは許しを乞う様に俺の髪を撫でた。
「確かに後には引きませんけど。でも……禁断症状のようなものがでますよ。間があくと。……そうなると何も手につかなくて。……困っています」

「……俺のせいで?」
「そうです。会えばすぐ触れたくなるし、この香りにあてられると、どうしても抱きたくなる。これでも自制してるつもりなんですが」
 初めて聞くα側の事情に、思わず口元が緩む。いつも俺の希望を優先するような素振りだから、余裕があるように見えていて。そんな風に、求められているのを知らされると、……なんだか嬉しい。

「悪かった。でもさ、コレがずっと続くってなると……やっぱり困る……よな?」
 まだ仕事の上で致命的な問題にはなってないが、ルシアンとの茶会のたびにリファや宮司様に断りをいれるのは、それなりに恥ずかしかった。
「そのうち治まりますよ、きっと。今は離れて暮らしてますし。新居に移って、なんなら蜜月休暇ハニムーンを取りましょう? それで、番であることに慣れていけば、きっと」
 祈るように言って、ルシアンはついばむように俺の唇をんだ。この国ではほとんどのカップルが蜜月休暇を取る。αとΩなら、ひと月程度は取ることが推奨されているくらいだ。
「それとも、……手加減無しでしたら、満足して治まるでしょうか」
 言いながら指先が服の裾をたくし上げて肌に触れてくる。手加減無しで抱かれたら……その言葉だけで期待感が疼いて。それはどう考えても、逆効果に思えた。
「それは……実験しなくていい」
 言うと「分かりました」と笑みを含んだ声が返る。
「……ぁ、……っん」
 肌をたどって指先は勝手知ったるとばかりに服の下の乳首を探り当てる。ゆっくりと味わうように指の腹で撫でられると先端は硬さを増して。爪先を引っ掛けられると抑えられずに声が漏れた。
「ね、あなたが感じるほど、香りが増すのは、知ってますか」
「知らない。そんなの……言うな」
 自分の官能がバレバレだなんて。そんなの恥ずかしすぎる。

「ほら、また濃くなった。案外、恥ずかしいのが好きですよね」
 囁かれて、羞恥に赤くなった耳朶を噛まれる。
「やめろよ、そういうの……」
「好きでしょう。自分がどうなってるのか、言われるの。それとも、自分で言ってくれますか。あなたのココがどうなってるのか」
 するりと、指先で硬くなった乳首をなであげられる。

「っ……!」
 言えるわけが無くて。
「ほら、こうするの、……気持ちいいでしょう?」
「あっ、……ん」
 くりくりと指先で転がされてぎゅっと摘まれる。確認するように何度も。
「やだ……、意地悪しないで」
「煽ったのはあなた。……いいですよ、優しいだけの抱き方で、満足できるなら」
 挑発するように言って、ルシアンは一度身体を離すと俺を見下ろす。その一瞬、突き放すような冷めた表情で「苛められるのが、好きなくせに」と囁かれて。
 ぎゅっ、と心臓を掴まれるみたいな衝動が走る。

「そういうの……ずるい」
「また濃くなった。……あなたって本当に……実はもっとハードなプレイがしたいとか、隠してませんか」
 溜息のように吐息を吐き出すと、ルシアンはいつもの優しさの滲む表情に戻ってしまった。
「いや。全然そんなつもり無いけど……ただ今の、かっこ良かったな、って……」
 言うと、苦笑するように微笑まれる。

「冷たくされるのが? なら、もっと酷く振る舞えばいいですか?」
「いや、別に……」
 特別それを望んでるわけじゃなくて。ただいつもと違って。
「……新鮮だっただけ」
 言うと、なにか可笑しかったのか、ルシアンは珍しくクツクツと声を殺すように笑った。
「あなたにとっては、そうかもですね」
 言った唇が、口づけに降りてくる。

「なんだよ、それ。何が可笑しいの……」
「いえ。こちらのことです。酷くされたいなら、いつでも付き合いますけど。あなたのことは、優しく甘やかしたい……忘れないで」
 含みのある言い方で言われて「今だって充分、意地悪するだろ」と返すとルシアンはまた可笑しそうに笑った。
「やっぱり蜜月休暇ハニムーンを取りましょう? そしたら、……教えてあげます」
 甘やかに囁かれて。でもその笑顔にはなにか裏がありそうで。
「……怖いこと言うな」
 文句を言うと、赤い瞳は愉しそうに「大丈夫」とうそぶいた。
 そのまま、結局いつものように身体のすみずみまで愛撫されて。翌日はやっぱり使い物にならなくて。
「新婚気分はどうしたら終わるんだ……?」とリファに聞けば、呆れたように「惚気もほどほどにして」といさめられた。
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