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第三部
夢の礎
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発情期までの日がないこともあり、短い手紙のやり取りから三人を選んだ。
茶会に招待して。会って話をして。
一人は、どうも互いに香りに惹かれなくて、早々に会を終えた。もう一人は、ただ抱き合って話すだけで良いと言って。最後の一人には、ほとんど言葉を交わす間もなく抱かれて。ただ抱かれただけなのに、どうしても情が湧いて。
その感情を俺は持て余して――深く考えることをやめた。
「柘榴様。こっち」
カロルに手を引かれて、神殿の中を歩いていく。
沢山の建物が連なる大神殿の中は、さながら迷路のようだった。巫覡の生活を知ろうと周囲を歩き回っていると、それを面白がったカロルがあたりを案内してくれるという。
それで、今日はカロルの先導で方々を訪ね歩いていた。
「ここが、舞を習うとこ。僕はまだだけど、柘榴様は習えるんじゃないかな。こっちで、時々皆で踊るの。綺麗だよ」
窓を覗くと、広いホールのような部屋には、何人もの巫女が揃いの衣装を着て先生のまわりに集っている。カロルが指さす方には、広場に面して舞台のような東屋が建っていた。それはちょうど自分の村にあった祭場を思わせるもので。村で祭りのたびに巫女様たちが奉納していた舞の練習場なのだと理解する。
「習うのは、舞だけか? ……他には?」
「えっと、祈祷と、占いと、あと手紙の書き方を習う場所があっち。僕ももうすぐ通うんだ」
広場の対角にある大きな建物を指してカロルがいう。近づいて中を覗き込むと、教室に机を並べて、巫女たちが神官の話を聞いている。
ちょうど学校のような形で、ここで読み書きを習うだろう。
「中を見ても大丈夫か?」
「どうかな? 僕まだ入ったことないよ」
なら、止めとくか、と外から授業の様子を眺める。
神官の声はよく聞き取れないが、どうやら神殿の教義について教えているらしい。熱心に耳を傾ける子供たちは、きっと疑うこともなく神殿の教えを学ぶのだろう。
その光景はのどかなのに。なぜか胸の中がざわついた。
少し考え込んで。
宮司様が言っていた、出仕年齢が下ったのは、そのほうが収支が良いから、という話を思い返す。
きっと、こうして疑う事を知らないうちから、神殿の生活に慣れさせ、教義を教えることで――巫覡の世界を閉じてしまう方が、外の世界で育つよりもずっと、管理しやすくなるのだろう。そう想像がついて。
胸の中のざわつきが、静かな怒りに変わっていく。
リファだけでなく、宮の神巫はみな、複数のαとやり取りし、神事を、禰宜をとることを当然のこととみなしていた。いま自分が感じているような、縁を増やしていくことの葛藤は、あたりまえの日常で。
もちろん好きな相手ができればその相手と番うことを夢見る。けれど同じくらい、その夢が儚いものであることも理解していて。
それは、運命だからと――誰しもが乗り越えるべきことだというように見なされていた。
まるで、この状況に抗うことなど、無意味だというように。
「……学校、か」
呟いて、思いを馳せる。
この箱庭の理が理不尽なものだと、どうしたら皆に気づいてもらえるのか。
皆に、もっと外の世界のことを知ってほしかった。この閉じられたこの箱庭だけの常識じゃなく。もっと大きな世界があることを、知って欲しい。
そう願うことは、――無茶だろうか。
「柘榴様、次は商店を案内してあげる。こっちだよ」
カロルが手を引く。「わかった」と笑いかけて、歩きだす。
胸の中に灯った願いは、小さくて。けれど熾火のように、なかなか消えそうに無かった。
**
「よう。久しぶり、だな」
がちゃりとドアの鍵が締まると、ガルシアは柔らかに微笑んでみせた。その表情と、身にまとった黒のシャツと合わせた黒のジャケットから滲みでる凄みはどこかちぐはぐで。そのつかみどころのない雰囲気が、彼の色香に良く似合っていた。
「来てくれてありがとう」
微笑みを返すと、静かに手を引かれて、腕の中に抱き込まれる。
「元気そうでなによりだ。……神殿には慣れたか?」
ぎゅ、っと無事を確かめるように抱擁すると、ガルシアはすぐに体を離した。一瞬近づいた、甘い花のようなガルシアの香りに、鼓動がトクトクとスピードを上げる。
身体が、αの香りを、共に過ごした褥の記憶を覚えているようで。その反応の良さは、相変わらず俺を混乱させる。
「うん。それなりに……かな」
答えると、くしやりと髪を撫でられる。
「外とは何もかも違うからな。……あんまり、無理はするなよ」
そうやって気遣われるのは嬉しくて。「ありがとう」と返すとガルシアは指先で乱暴に髪を乱してみせた。
「良いってことよ。それで? 話があるんだろ?」
テーブルをはさんで対になったソファと、カウチを指さして、ガルシアは軽く聞く。
「うん。お茶、淹れるから……座って」
ソファを示すと、ガルシアは大人しく席に向かって。
「やっぱ、こっちで聞く。……いいだろ?」
と、テーブルを引きずってカウチの前に移動させる。そのまま、隣に座れ、というようにガルシアはカウチに腰掛けた。
「我慢しようと思ったが、だめだな。どうも嬢ちゃんの香りが好すぎる。……嫌か?」
「……嫌じゃないよ」
言葉の意図をくみ取りながら、答える。きっと俺がガルシアの香りを心地よく感じたように、彼にとっても俺の香りが合う、のだろう。
ティーカートの上で茶を淹れてテーブルに出すと、示された通りにガルシアの隣に腰掛ける。
「ありがとう。……なあ、嬢ちゃんにとっても、俺は悪くない、か?」
出された茶に手を付けると、ガルシアは含みのある聞き方で俺を覗き込む。
「……うん。甘くて、とてもいい匂いだよ……あの、さ。これって、……この間、のせいなのかな」
「ああ……そいつは、卵が先か鶏が先か、って話だな。香りが合う相手は、大抵、体の相性がいい。けど、好きな相手と寝ると、相手の香りが好くなってく、ってのも確かにある。だから香りの良さってのは、まあ、……きっかけの一つくらいだな。それだけで全部決まるわけじゃない」
俺の疑問に答えると、ガルシアは手を伸ばして、俺の身体を引き寄せた。まるで味わうように首筋に顔をよせられる。
「最初に感じたときから、嬢ちゃんの香りはすごく俺に合ってる、と思った。けど、だからってすぐに番にする、とかそういう話にはならないさ。……惚れるかどうかってのは、別もんだ」
ちゅ、と耳の後ろに口づけられる。それだけで、身体がびくりと揺れて。胸の中に、期待するような甘い痺れが生まれて――嫌になる。
「……でも。すると、どうしても……情がうつる」
「Ωはどうしても、な。……そうか、嬢ちゃんにとってはそれも『初めて』か」
ふ、と小さな子供をあやすような笑みで、ガルシアは俺を見た。
「最初はどうしても振り回されちまうだろうな。そういう……体の反応に。俺だって、αになったばっかの頃は……まあ、いろいろあった。けど、だんだん分かるようになるさ。単に体が合ってるのか、それとも、ちゃんと惚れてるのか、って違いがな」
「誰かを……ちゃんと好きになるのと、ただ抱かれて好きになるのは、違う、ってこと?」
言われたことは、理屈ではわかる。そうであって欲しいと、思う。
でも、まだ――実感はできずにいる。
身体が相手を欲するときの情と、相手を好きだと思う気持ちは、すごく近くて。ない交ぜになって俺を混乱させている。
「ああ、違う。すぐには無理でも、慣れればちゃんと区別がつく。……なんだ、もう好いた奴がいるのか?」
揶揄うように言って。俺が否定せずに視線を逸らすと、ガルシアは楽しそうに笑った。
「なら、良い。すぐにわかるさ。惚れるっていうのは、理屈じゃなくて……そうだな、それこそ、運命、ってやつだ。そいつは、なにもかも台無しにするくらいの強さで、全部もってっちまう。だから……あんまり、心配するな」
慰めるようにいって、ガルシアは俺の手を握った。
「それで? 俺に聞きたかったことは、この話か?」
まるで用は終わったか? と聞くような言い方で。その意図をくみ取って……俺は内心、ため息をつく。どうしたってこの部屋でαに会えば、抱かれることは避けられないようだった。
「いや……その。神殿について、教えて欲しくて」
そう切り出して、俺はなるべく簡潔に、宮司様から依頼された話の内容を伝えた。どうしたら――今の神殿のやり方を変えることができるか、その方法を考えたい、と。
「そのために、神殿のやり口っていうやつを教えて欲しい。どういう理屈で、どうやって……Ωを囲っているのか。それが知りたい」
俺の説明を聞くうちに、ガルシアの表情は真剣な眼差しに代わっていった。
「そりゃ、……ずいぶん大きな話だな。後ろにいるのは誰だ? 神官の一派か?」
「違う。誰だかは、……まだ言わない。今はまだ、あくまで俺が個人的にやりたい、だけだ。けど逆に、俺が一人でできることで……何が実現できるのか、それを考えたい」
含みを持たせて答えると、ガルシアは視線を外して。少し考えるような素振りをする。
「……いいだろう。嬢ちゃんは神降ろしだ。きっと、何かがある。それに乗ってやる。
なあ、……こういうのはどうだ? 俺は、俺が知っていることを話す。それで、嬢ちゃんは対価に俺と寝る。……いやか?」
取り引きだ、というようにガルシアは言う。
「……神事の対価なら、喜捨で払ってるだろ」
「神殿にはな。嬢ちゃんにじゃない」
言われて。ガルシアがなぜそんなことを言ったのか、見当がつく。
――優しいのだ、この男は。最初から、ずっと。
俺が払えるもので、ちゃんと対等な関係になるように……配慮してくれている。
「それで……ガルシアがいいなら」
そう承諾すると、彼は口角を上げてみせる。その瞳は、新しいいたずらに成功した子供の用に楽しそうに輝いていた。
「なら、前払い、でもらおうか。安心しな……ちゃんと、嬢ちゃんのためになる、飛び切りのネタを用意してやるよ」
言った口が近づいて。唇にそっと重ねられる。
抱きしめられると、甘い香りに誘われるように身体は悦んで。
「んっ、ぁ……」
これは、対価なのだから――そう言い訳すれば、抱かれるのは、怖くはなかった。
茶会に招待して。会って話をして。
一人は、どうも互いに香りに惹かれなくて、早々に会を終えた。もう一人は、ただ抱き合って話すだけで良いと言って。最後の一人には、ほとんど言葉を交わす間もなく抱かれて。ただ抱かれただけなのに、どうしても情が湧いて。
その感情を俺は持て余して――深く考えることをやめた。
「柘榴様。こっち」
カロルに手を引かれて、神殿の中を歩いていく。
沢山の建物が連なる大神殿の中は、さながら迷路のようだった。巫覡の生活を知ろうと周囲を歩き回っていると、それを面白がったカロルがあたりを案内してくれるという。
それで、今日はカロルの先導で方々を訪ね歩いていた。
「ここが、舞を習うとこ。僕はまだだけど、柘榴様は習えるんじゃないかな。こっちで、時々皆で踊るの。綺麗だよ」
窓を覗くと、広いホールのような部屋には、何人もの巫女が揃いの衣装を着て先生のまわりに集っている。カロルが指さす方には、広場に面して舞台のような東屋が建っていた。それはちょうど自分の村にあった祭場を思わせるもので。村で祭りのたびに巫女様たちが奉納していた舞の練習場なのだと理解する。
「習うのは、舞だけか? ……他には?」
「えっと、祈祷と、占いと、あと手紙の書き方を習う場所があっち。僕ももうすぐ通うんだ」
広場の対角にある大きな建物を指してカロルがいう。近づいて中を覗き込むと、教室に机を並べて、巫女たちが神官の話を聞いている。
ちょうど学校のような形で、ここで読み書きを習うだろう。
「中を見ても大丈夫か?」
「どうかな? 僕まだ入ったことないよ」
なら、止めとくか、と外から授業の様子を眺める。
神官の声はよく聞き取れないが、どうやら神殿の教義について教えているらしい。熱心に耳を傾ける子供たちは、きっと疑うこともなく神殿の教えを学ぶのだろう。
その光景はのどかなのに。なぜか胸の中がざわついた。
少し考え込んで。
宮司様が言っていた、出仕年齢が下ったのは、そのほうが収支が良いから、という話を思い返す。
きっと、こうして疑う事を知らないうちから、神殿の生活に慣れさせ、教義を教えることで――巫覡の世界を閉じてしまう方が、外の世界で育つよりもずっと、管理しやすくなるのだろう。そう想像がついて。
胸の中のざわつきが、静かな怒りに変わっていく。
リファだけでなく、宮の神巫はみな、複数のαとやり取りし、神事を、禰宜をとることを当然のこととみなしていた。いま自分が感じているような、縁を増やしていくことの葛藤は、あたりまえの日常で。
もちろん好きな相手ができればその相手と番うことを夢見る。けれど同じくらい、その夢が儚いものであることも理解していて。
それは、運命だからと――誰しもが乗り越えるべきことだというように見なされていた。
まるで、この状況に抗うことなど、無意味だというように。
「……学校、か」
呟いて、思いを馳せる。
この箱庭の理が理不尽なものだと、どうしたら皆に気づいてもらえるのか。
皆に、もっと外の世界のことを知ってほしかった。この閉じられたこの箱庭だけの常識じゃなく。もっと大きな世界があることを、知って欲しい。
そう願うことは、――無茶だろうか。
「柘榴様、次は商店を案内してあげる。こっちだよ」
カロルが手を引く。「わかった」と笑いかけて、歩きだす。
胸の中に灯った願いは、小さくて。けれど熾火のように、なかなか消えそうに無かった。
**
「よう。久しぶり、だな」
がちゃりとドアの鍵が締まると、ガルシアは柔らかに微笑んでみせた。その表情と、身にまとった黒のシャツと合わせた黒のジャケットから滲みでる凄みはどこかちぐはぐで。そのつかみどころのない雰囲気が、彼の色香に良く似合っていた。
「来てくれてありがとう」
微笑みを返すと、静かに手を引かれて、腕の中に抱き込まれる。
「元気そうでなによりだ。……神殿には慣れたか?」
ぎゅ、っと無事を確かめるように抱擁すると、ガルシアはすぐに体を離した。一瞬近づいた、甘い花のようなガルシアの香りに、鼓動がトクトクとスピードを上げる。
身体が、αの香りを、共に過ごした褥の記憶を覚えているようで。その反応の良さは、相変わらず俺を混乱させる。
「うん。それなりに……かな」
答えると、くしやりと髪を撫でられる。
「外とは何もかも違うからな。……あんまり、無理はするなよ」
そうやって気遣われるのは嬉しくて。「ありがとう」と返すとガルシアは指先で乱暴に髪を乱してみせた。
「良いってことよ。それで? 話があるんだろ?」
テーブルをはさんで対になったソファと、カウチを指さして、ガルシアは軽く聞く。
「うん。お茶、淹れるから……座って」
ソファを示すと、ガルシアは大人しく席に向かって。
「やっぱ、こっちで聞く。……いいだろ?」
と、テーブルを引きずってカウチの前に移動させる。そのまま、隣に座れ、というようにガルシアはカウチに腰掛けた。
「我慢しようと思ったが、だめだな。どうも嬢ちゃんの香りが好すぎる。……嫌か?」
「……嫌じゃないよ」
言葉の意図をくみ取りながら、答える。きっと俺がガルシアの香りを心地よく感じたように、彼にとっても俺の香りが合う、のだろう。
ティーカートの上で茶を淹れてテーブルに出すと、示された通りにガルシアの隣に腰掛ける。
「ありがとう。……なあ、嬢ちゃんにとっても、俺は悪くない、か?」
出された茶に手を付けると、ガルシアは含みのある聞き方で俺を覗き込む。
「……うん。甘くて、とてもいい匂いだよ……あの、さ。これって、……この間、のせいなのかな」
「ああ……そいつは、卵が先か鶏が先か、って話だな。香りが合う相手は、大抵、体の相性がいい。けど、好きな相手と寝ると、相手の香りが好くなってく、ってのも確かにある。だから香りの良さってのは、まあ、……きっかけの一つくらいだな。それだけで全部決まるわけじゃない」
俺の疑問に答えると、ガルシアは手を伸ばして、俺の身体を引き寄せた。まるで味わうように首筋に顔をよせられる。
「最初に感じたときから、嬢ちゃんの香りはすごく俺に合ってる、と思った。けど、だからってすぐに番にする、とかそういう話にはならないさ。……惚れるかどうかってのは、別もんだ」
ちゅ、と耳の後ろに口づけられる。それだけで、身体がびくりと揺れて。胸の中に、期待するような甘い痺れが生まれて――嫌になる。
「……でも。すると、どうしても……情がうつる」
「Ωはどうしても、な。……そうか、嬢ちゃんにとってはそれも『初めて』か」
ふ、と小さな子供をあやすような笑みで、ガルシアは俺を見た。
「最初はどうしても振り回されちまうだろうな。そういう……体の反応に。俺だって、αになったばっかの頃は……まあ、いろいろあった。けど、だんだん分かるようになるさ。単に体が合ってるのか、それとも、ちゃんと惚れてるのか、って違いがな」
「誰かを……ちゃんと好きになるのと、ただ抱かれて好きになるのは、違う、ってこと?」
言われたことは、理屈ではわかる。そうであって欲しいと、思う。
でも、まだ――実感はできずにいる。
身体が相手を欲するときの情と、相手を好きだと思う気持ちは、すごく近くて。ない交ぜになって俺を混乱させている。
「ああ、違う。すぐには無理でも、慣れればちゃんと区別がつく。……なんだ、もう好いた奴がいるのか?」
揶揄うように言って。俺が否定せずに視線を逸らすと、ガルシアは楽しそうに笑った。
「なら、良い。すぐにわかるさ。惚れるっていうのは、理屈じゃなくて……そうだな、それこそ、運命、ってやつだ。そいつは、なにもかも台無しにするくらいの強さで、全部もってっちまう。だから……あんまり、心配するな」
慰めるようにいって、ガルシアは俺の手を握った。
「それで? 俺に聞きたかったことは、この話か?」
まるで用は終わったか? と聞くような言い方で。その意図をくみ取って……俺は内心、ため息をつく。どうしたってこの部屋でαに会えば、抱かれることは避けられないようだった。
「いや……その。神殿について、教えて欲しくて」
そう切り出して、俺はなるべく簡潔に、宮司様から依頼された話の内容を伝えた。どうしたら――今の神殿のやり方を変えることができるか、その方法を考えたい、と。
「そのために、神殿のやり口っていうやつを教えて欲しい。どういう理屈で、どうやって……Ωを囲っているのか。それが知りたい」
俺の説明を聞くうちに、ガルシアの表情は真剣な眼差しに代わっていった。
「そりゃ、……ずいぶん大きな話だな。後ろにいるのは誰だ? 神官の一派か?」
「違う。誰だかは、……まだ言わない。今はまだ、あくまで俺が個人的にやりたい、だけだ。けど逆に、俺が一人でできることで……何が実現できるのか、それを考えたい」
含みを持たせて答えると、ガルシアは視線を外して。少し考えるような素振りをする。
「……いいだろう。嬢ちゃんは神降ろしだ。きっと、何かがある。それに乗ってやる。
なあ、……こういうのはどうだ? 俺は、俺が知っていることを話す。それで、嬢ちゃんは対価に俺と寝る。……いやか?」
取り引きだ、というようにガルシアは言う。
「……神事の対価なら、喜捨で払ってるだろ」
「神殿にはな。嬢ちゃんにじゃない」
言われて。ガルシアがなぜそんなことを言ったのか、見当がつく。
――優しいのだ、この男は。最初から、ずっと。
俺が払えるもので、ちゃんと対等な関係になるように……配慮してくれている。
「それで……ガルシアがいいなら」
そう承諾すると、彼は口角を上げてみせる。その瞳は、新しいいたずらに成功した子供の用に楽しそうに輝いていた。
「なら、前払い、でもらおうか。安心しな……ちゃんと、嬢ちゃんのためになる、飛び切りのネタを用意してやるよ」
言った口が近づいて。唇にそっと重ねられる。
抱きしめられると、甘い香りに誘われるように身体は悦んで。
「んっ、ぁ……」
これは、対価なのだから――そう言い訳すれば、抱かれるのは、怖くはなかった。
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