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第三部
外の世界 *
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風を感じた、と思うとふわりと宙に浮くような心地がして。
魔法路だ、と分かった時にはもう落下が始まっていた。
「平気ですか?」
「大丈夫……」
熱くてたまらなかったけれど、ルシアンの匂いに包まれていれば、安心する。
真っ暗な中を落ち続ける感覚は、何度経験しても恐ろしさが消えない。遠くへ移動するほど長い時間落ち続けるはずで。隣国までどのくらいの距離があるのか、どのくらいの時間がかかるのか。
シーツにくるまれて抱きあげられた腕の中で、熱に浮かされた頭はぐわんぐわんと揺らいで、考えはまとまらない。ただ、一緒にいられる事が嬉しくて。それだけで酷く満たされた気持ちになって。あとはもう、どうでも良かった。
ふわり、と落下する感覚が緩んで。次の瞬間には、重力を感じた。
「私の部屋です。心配しないで」
声にあたりを見渡せば、見知らぬ部屋だった。薄暗い中、浮かび上がるのは、木目の美しい簡素な調度品に、たくさんの本が並んだ書棚と、乱雑に物が積み上がったサイドテーブル。それから、寝乱れたままの広く大きな寝台。
寝台の上にそっと降ろされる。シーツの合間を描き分けて、指先を取られた。
「こんなにして……」
鋼の封環を力任せに掴んだ指先はところどころ血が滲んで、爪がかけていた。あんな風にうなじが疼くなんて初めてで。「ごめん」と謝る。
「いいえ。煽った私も悪い。発情まで引き起こして……すいません」
謝ることないのに、と、手を伸ばして、肌を引き寄せる。乱れた服を間に合わせに引っ掛けた姿は形無しなのに、その必死さが堪らなく愛おしかった。
「続き……したい」
「ええ。でも少しだけ待って。動けるうちに準備させて下さい」
ちゅ、と頬に口付けして、ルシアンは一度肌を離す。発情した身体は離れていく体温を恋しがって、胸の奥が締めつけられた。
そのまま、寝台の中に残されると、全身が火照っていく。
「……まずいな」
ひとりだ、と思うと堪らなく寂しくて、誰か来てほしくて。そういう時、Ωの芳香は強く香る。それは避けたかった。せめて彼の気配があれば。
「あ、これ……」
寝台の中に脱ぎ捨てられたガウンを見つけて、引き寄せる。ルシアンの残り香を吸い込むと少し落ち着いて。
「……ぅ」
はやく欲しい、と奥が疼いた。
何度経験してもイヤになる。どうしてこんなにも欲望に支配されるのか。
足音がして。彼が帰ってる。気配が近づくのが嬉しくて。
「おまたせしました」
声に、肌に、近づく全てが、心を躍らせる。
「……可愛いことをする」
抱き寄せたガウンを見咎められたようで「しょうが無いだろ……居なくなるから」と答えると、抱きしめられた。
「もう離れません」
その言葉だけで、嬉しくて仕方がなくて。
「……はやく、」
そう言うのが精一杯だった。
「……んっ、ぁ」
邪魔な布を剥ぎ取って肌を重ねると、じんっと心地よさが広がる。腕を回して首筋にしがみつくと、いつもは微かに感じるαの香りが酔いそうなほど強く香って俺を刺激する。
「も、いいから……」
指先で胸元を撫でられただけで後腔がきゅうと鳴いて。たまらなくて脚を開いて「お願い」と囁くと、ふふ、とルシアンは微笑んだ。
ああ……そうだ。発情して触れるのは、初めて会った日以来だ。あの日も、その少し意地悪な視線が、堪らなくて。
「もっと良く見せて。……どうして欲しいんです?」
長い指が開いた中心をゆっくりとたどる。下生えの中で勃ち上がった先をくすぐる様になぞられると、びくっと腰が揺れる。
「……触って」
「ここですか?」
じわりと雫が込み上げてくる先端を辿られると気持ちよくて。でもいま欲しいのは。
「こっち、に……欲しい」
言うのは恥ずかしくて。でもその羞恥心すら、快感を増すスパイスだともう知っていた。
「よく見せて」
命じられるまま、身体をうつ伏せにして腰を上げる。
「ここ……」と双丘を手で押し開いてみせると窄まりの淵がキュンと強張って。それだけで気持ちが良かった。
「良い子ですね。……こんなに濡れて」
指先が溢れ出た愛液を掬う。Ωの後腔が零すそれは期待している証拠で。
「……いれて」
言うと、触れていた指先が潜り込んでくる。
中を探るように擦られて、すぐに敏感な場所を見つけられる。
「ぁ、」声が漏れて。自分から擦りつけるように腰が揺れるのを止められない。
「……ぁ、あっ」
「ここが好き?」
好き、と答えた声が音にならずに「う」と小さく呻く。
「このまま? それとも?」
選択肢。気持ち良くて。でも指先で愛撫されるだけじゃ足りなくて。
「……奥に、いれて」
後腔の奥がきゅんと締まる。拓かれたくて、待ち構えている。
「奥、に?」長い指が奥に潜り込む。でもそうじゃなくて。
「もっと、奥。摩羅で……突いてほしい」
欲望を口にすると恥ずかしくて。でも想像に期待が高まって、興奮する。
「ちゃんと言えましたね」
褒めるように言って。指先が抜けて。先端が濡れた淵にかかる。
ぐっと押し広げられて、中に熱が入り込んでくる。
「あ、ぁっ」
擦りながら一番奥まで埋められると、待ち侘びた感覚に身体が悦ぶように震えた。
「きもち、いい……」
「もっと、……一番奥に。入らせて」
ノックするように、先っぽを揺らされる。その奥は狭くて。緩んだ後でしか開かない。
「まだ……っぁ」
「大丈夫、さっきしたでしょう。ほら、」
トントントンと小刻みに揺らされて。先が入り込みそうで、でもキツくて。
「やだ、待って」
ずん、と打ち付けられて。
「ああ、あぁ、入っちゃう、ア」
弛緩と緊張が入り混じって。気持ち良さが走り抜けていく。
「……っ!」
「あ、ぁ……!」
ちゅぽ、と先が奥に潜り込む。一度拓かれると、後はもうただ悦くて。
「……っあ、そこ、あ、ぁん」
じゅぽじゅぽと抽送の濡れた奥が鳴るたび、ただ気持ち良くって。
「いっちゃう、もう、っぁ」
びくん、と絶頂を駆け上がる。
「……もう少し」
「!」
達してる中を揺らされて。追い詰められるように高められて。
「ぁ……!」
きゅっと背がしなって。苦しくて。でも悦くて。吐精する解放感と、奥が締めあがる感覚に、体中がギュッとしなる。
「……!」
焼き切れる様に、頭の中が真っ白になった。
「……サリュー、大丈夫ですか」
声に気がつくまで、少し意識が飛んでいた様だった。
心配そうに覗き込むルシアンに抱き起こされて、身を起こす。
「大丈夫。すごく……よかった、だけ」
言うと、喉がガラガラだった。
「……これを。飲んでください」
水と一緒に小さな印の錠剤を渡される。
「ありがとう」
避妊薬なら必要ないはずだが。念のためか、と受けとって飲む。水を含んで喉が心地よい。
「……あのさ、……まだ、したい」
甘える様に抱きつくと、困ったようにため息をついて。
「無理しないように……」
甘く口付けられる。
「壊してしまいそうで、怖い」
囁くように言われて。
それも悪くないな、と思って。
うっとりと目を閉じた。
**
目が覚めると、朝の明るい光が満ちていた。自分がどこにいるのか瞬間わからなくて。けれど身を省みれば肌に咲く花が見えて。
「ルシアン……?」
振り返って、姿を探す。さっきまでそこにいたような気配があるのに物音ひとつしない。
「ルシアン」
名を呼んで。
身体の熱が引いていることに気がついた。それに、ひとりになっても発情のときのあの異常な寂しさは湧き上がってこない。
「終わった……のか……?」
通常の発情とは違うのか、それとも。
カツ、と足音がした。扉の向こうに気配を感じて、視線を向ける。
「……先生? 居ないんですか?」
知らない声がした。小さくて幼い声。隣の国の、少し響きの違う言葉だ。
扉をノックする音が響いて。
「入りますよ……?」
慌てて寝具をかき集めて身体を隠す。
「待って!」
「……! ごめんなさい!」
扉を開けたのは、少年だった。顔を覗かせて俺を見つけると、慌てて扉を閉める。
「すいません! 人がいるとは思わなくて……!」
大声で謝る少年の後ろから、バタバタと足音がした。
「ジャン、すまない。説明は後でするから。応接間で待っていてくれますか」
ルシアンの声だった。パタパタと駆けていく小さな足音がして。ルシアンが扉を開けて入ってくる。
「サリュー、すみません。朝食を買いに行っていました。……あの子は、学校の生徒で、ジャンと言います」
腕の中に抱えた袋から、焼き上がったばかりのパンの匂いがする。途端に空腹を覚えて、笑ってしまった。
「そう。びっくりさせたみたいで悪かった。
なぁ、もう治まった感じがする……お前が飲ませたのは何だ?」
「試験品です。発情を抑制する印の。あなたの身体に合わせて調整していたんです。効いたなら良かった」
さらりと言いのけて。
「そんなもの出来るのか」
「……できたみたいですね」
と、笑えない冗談のように続けた。
「ずっと研究はしていたんです。大体できたと思っていたんですが。試す機会がなくて」
淡々と述べながら、戸棚から服を出して渡してくれる。
少し大きいシャツに袖を通しながら、改めて「すごいな、お前って……」と感嘆すると、彼は恥ずかしそうに笑った。
「すみません。……完成してから伝えようと思って」
その身体に手を回して抱きしめる。
「ありがとう」
「お役に立てて何よりです。まだこれはあなた専用です。でも……上手くいったなら、汎用化を目指せる」
そう言った瞳が、まるで新しくおもちゃを貰えた子供のように楽しそうで。彼の新しい一面を見つけたような気がして、こっちまで嬉しくなる。
「さっきの子を紹介してくれるか。朝食を一緒に食べるのは?」
「ええ、もちろん。ただ……すこし隠しましょう」
そう言って、ルシアンは俺のシャツのボタンを、しっかりと上まで留めた。
**
「あの……サリューは先生と番になるの……?」
改めて自己紹介をして、遅い朝食のパンを食べて。ルシアンが食後のコーヒーをつくりに席を立つと、ジャンは恐る恐る、という風に聞いた。
「……そうだな」
習っただけでほとんど喋ったことのない異国の言葉をなんとか返す。いつ、ということは言えなかったが、そのつもりではいた。
「そっか……サリューは魔法を使える?」
「いいや。魔法は出来ない。剣は少し」
言うと、「そう」と素っ気ない返事が返ってくる。
「ジャンは? 魔法を習ってるんだろ」
「うん。先生に習ってる」
見てて、といって、ジャンは手のひらを上に向けて。小さく何かを呟くとキラキラと光を放つ蝶が現れる。ひとつ、ふたつ、と順に現れては宙に溶けて消えていく様はとても綺麗だった。
「先生に習った、蝶を出す呪文」
ジャンが手のひらを閉じると、蝶たちはふわりと掻き消えた。
「すごく綺麗だ。ジャンは魔法が上手なんだな」
笑いかけて褒めると、恥ずかしそうに、でも誇らしげにジャンは笑った。
「先生が、たくさん教えてくれるから……楽しい」
コーヒーの香りがして、ルシアンが戻ってくる。トレーに置かれたカップは3つ。
「ジャンにはミルクを。飲みますか」
「飲みます」
ジャンは嬉しそうに言って笑う。仲の良い二人を見ていると、気持ちが温かくなる。
「あの。先生は、……サリューと番になるの」
「はい。いつか」
「サリューが魔法を使えなくても?」
「構いません。ジャン、魔法以外にも人にはいろんな特技があるんですよ」
「そう。……先生がそれでいいなら、……いいけど」
ふい、と横を向いて。「帰る」というとジャンは歩き出す。
「また明日、ジャン」
背中にルシアンが声をかけると「うん」と彼は振り返って笑った。
「……いいのか? 魔法を教える約束してたんじゃないのか?」
そのまま走っていったジャンを見送ると、心配になって聞いてみる。
「大丈夫です。言い出したら聞かないので。彼は独特の感性があって……学校にも上手く通えなくて。代わりに、ここに好きな時に来て、授業をする約束してるんです。あなたを見て、……不安になったのかも知れません」
ふう、と息をついて。ルシアンはテーブルに残されたカップを見た。
「以前、番になりたいと言われました。断りましたが」
「番って……Ωなのか?」
「ええ、そうです。この国ではΩも何ら制限なく外で生活できます。もちろん、発情期はそうはいきませんが。……不思議ですか」
話には聞いていた。ただ、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。
「……魔法大学校に通ってるんだよな。あの年で」
「はい。ジャンには明らかな才能があります。あの年であれほど繊細に魔力を扱える子はそういません」
非凡な才能をもつことと、Ωであることが、両立する国なのだ、ここは。
そう理解する。もし自分達の国に生まれていれば、ジャンの才能は埋もれたままか……アレクシスのように隠さなければならなかったはずだ。
「良かったな、……いい国で」
素直にそう思った。必要な手を差し伸べられれば、生まれ持った才能を余すことなく伸ばすことができる。そうできるだけの自由がここにはある。
「やっぱりさ……Ωだからって神殿に囲うのは、間違ってる」
手の中のコップに視線を落とす。この国で出来ていることが、なぜ出来ないのか。
「……これを飲んだら、帰してくれるか」
「あなたが望むなら。……少し残念ですが」
そういうと、彼は宮司様に知らせを送ったこと、宮の部屋には魔法で鍵をかけたことを教えてくれた。
「あなたの不在は大婆様が誤魔化してくれます。どうですか、せっかくなので、少しこの国を見てから帰るのは」
その誘惑には、逆らえなかった。
魔法路だ、と分かった時にはもう落下が始まっていた。
「平気ですか?」
「大丈夫……」
熱くてたまらなかったけれど、ルシアンの匂いに包まれていれば、安心する。
真っ暗な中を落ち続ける感覚は、何度経験しても恐ろしさが消えない。遠くへ移動するほど長い時間落ち続けるはずで。隣国までどのくらいの距離があるのか、どのくらいの時間がかかるのか。
シーツにくるまれて抱きあげられた腕の中で、熱に浮かされた頭はぐわんぐわんと揺らいで、考えはまとまらない。ただ、一緒にいられる事が嬉しくて。それだけで酷く満たされた気持ちになって。あとはもう、どうでも良かった。
ふわり、と落下する感覚が緩んで。次の瞬間には、重力を感じた。
「私の部屋です。心配しないで」
声にあたりを見渡せば、見知らぬ部屋だった。薄暗い中、浮かび上がるのは、木目の美しい簡素な調度品に、たくさんの本が並んだ書棚と、乱雑に物が積み上がったサイドテーブル。それから、寝乱れたままの広く大きな寝台。
寝台の上にそっと降ろされる。シーツの合間を描き分けて、指先を取られた。
「こんなにして……」
鋼の封環を力任せに掴んだ指先はところどころ血が滲んで、爪がかけていた。あんな風にうなじが疼くなんて初めてで。「ごめん」と謝る。
「いいえ。煽った私も悪い。発情まで引き起こして……すいません」
謝ることないのに、と、手を伸ばして、肌を引き寄せる。乱れた服を間に合わせに引っ掛けた姿は形無しなのに、その必死さが堪らなく愛おしかった。
「続き……したい」
「ええ。でも少しだけ待って。動けるうちに準備させて下さい」
ちゅ、と頬に口付けして、ルシアンは一度肌を離す。発情した身体は離れていく体温を恋しがって、胸の奥が締めつけられた。
そのまま、寝台の中に残されると、全身が火照っていく。
「……まずいな」
ひとりだ、と思うと堪らなく寂しくて、誰か来てほしくて。そういう時、Ωの芳香は強く香る。それは避けたかった。せめて彼の気配があれば。
「あ、これ……」
寝台の中に脱ぎ捨てられたガウンを見つけて、引き寄せる。ルシアンの残り香を吸い込むと少し落ち着いて。
「……ぅ」
はやく欲しい、と奥が疼いた。
何度経験してもイヤになる。どうしてこんなにも欲望に支配されるのか。
足音がして。彼が帰ってる。気配が近づくのが嬉しくて。
「おまたせしました」
声に、肌に、近づく全てが、心を躍らせる。
「……可愛いことをする」
抱き寄せたガウンを見咎められたようで「しょうが無いだろ……居なくなるから」と答えると、抱きしめられた。
「もう離れません」
その言葉だけで、嬉しくて仕方がなくて。
「……はやく、」
そう言うのが精一杯だった。
「……んっ、ぁ」
邪魔な布を剥ぎ取って肌を重ねると、じんっと心地よさが広がる。腕を回して首筋にしがみつくと、いつもは微かに感じるαの香りが酔いそうなほど強く香って俺を刺激する。
「も、いいから……」
指先で胸元を撫でられただけで後腔がきゅうと鳴いて。たまらなくて脚を開いて「お願い」と囁くと、ふふ、とルシアンは微笑んだ。
ああ……そうだ。発情して触れるのは、初めて会った日以来だ。あの日も、その少し意地悪な視線が、堪らなくて。
「もっと良く見せて。……どうして欲しいんです?」
長い指が開いた中心をゆっくりとたどる。下生えの中で勃ち上がった先をくすぐる様になぞられると、びくっと腰が揺れる。
「……触って」
「ここですか?」
じわりと雫が込み上げてくる先端を辿られると気持ちよくて。でもいま欲しいのは。
「こっち、に……欲しい」
言うのは恥ずかしくて。でもその羞恥心すら、快感を増すスパイスだともう知っていた。
「よく見せて」
命じられるまま、身体をうつ伏せにして腰を上げる。
「ここ……」と双丘を手で押し開いてみせると窄まりの淵がキュンと強張って。それだけで気持ちが良かった。
「良い子ですね。……こんなに濡れて」
指先が溢れ出た愛液を掬う。Ωの後腔が零すそれは期待している証拠で。
「……いれて」
言うと、触れていた指先が潜り込んでくる。
中を探るように擦られて、すぐに敏感な場所を見つけられる。
「ぁ、」声が漏れて。自分から擦りつけるように腰が揺れるのを止められない。
「……ぁ、あっ」
「ここが好き?」
好き、と答えた声が音にならずに「う」と小さく呻く。
「このまま? それとも?」
選択肢。気持ち良くて。でも指先で愛撫されるだけじゃ足りなくて。
「……奥に、いれて」
後腔の奥がきゅんと締まる。拓かれたくて、待ち構えている。
「奥、に?」長い指が奥に潜り込む。でもそうじゃなくて。
「もっと、奥。摩羅で……突いてほしい」
欲望を口にすると恥ずかしくて。でも想像に期待が高まって、興奮する。
「ちゃんと言えましたね」
褒めるように言って。指先が抜けて。先端が濡れた淵にかかる。
ぐっと押し広げられて、中に熱が入り込んでくる。
「あ、ぁっ」
擦りながら一番奥まで埋められると、待ち侘びた感覚に身体が悦ぶように震えた。
「きもち、いい……」
「もっと、……一番奥に。入らせて」
ノックするように、先っぽを揺らされる。その奥は狭くて。緩んだ後でしか開かない。
「まだ……っぁ」
「大丈夫、さっきしたでしょう。ほら、」
トントントンと小刻みに揺らされて。先が入り込みそうで、でもキツくて。
「やだ、待って」
ずん、と打ち付けられて。
「ああ、あぁ、入っちゃう、ア」
弛緩と緊張が入り混じって。気持ち良さが走り抜けていく。
「……っ!」
「あ、ぁ……!」
ちゅぽ、と先が奥に潜り込む。一度拓かれると、後はもうただ悦くて。
「……っあ、そこ、あ、ぁん」
じゅぽじゅぽと抽送の濡れた奥が鳴るたび、ただ気持ち良くって。
「いっちゃう、もう、っぁ」
びくん、と絶頂を駆け上がる。
「……もう少し」
「!」
達してる中を揺らされて。追い詰められるように高められて。
「ぁ……!」
きゅっと背がしなって。苦しくて。でも悦くて。吐精する解放感と、奥が締めあがる感覚に、体中がギュッとしなる。
「……!」
焼き切れる様に、頭の中が真っ白になった。
「……サリュー、大丈夫ですか」
声に気がつくまで、少し意識が飛んでいた様だった。
心配そうに覗き込むルシアンに抱き起こされて、身を起こす。
「大丈夫。すごく……よかった、だけ」
言うと、喉がガラガラだった。
「……これを。飲んでください」
水と一緒に小さな印の錠剤を渡される。
「ありがとう」
避妊薬なら必要ないはずだが。念のためか、と受けとって飲む。水を含んで喉が心地よい。
「……あのさ、……まだ、したい」
甘える様に抱きつくと、困ったようにため息をついて。
「無理しないように……」
甘く口付けられる。
「壊してしまいそうで、怖い」
囁くように言われて。
それも悪くないな、と思って。
うっとりと目を閉じた。
**
目が覚めると、朝の明るい光が満ちていた。自分がどこにいるのか瞬間わからなくて。けれど身を省みれば肌に咲く花が見えて。
「ルシアン……?」
振り返って、姿を探す。さっきまでそこにいたような気配があるのに物音ひとつしない。
「ルシアン」
名を呼んで。
身体の熱が引いていることに気がついた。それに、ひとりになっても発情のときのあの異常な寂しさは湧き上がってこない。
「終わった……のか……?」
通常の発情とは違うのか、それとも。
カツ、と足音がした。扉の向こうに気配を感じて、視線を向ける。
「……先生? 居ないんですか?」
知らない声がした。小さくて幼い声。隣の国の、少し響きの違う言葉だ。
扉をノックする音が響いて。
「入りますよ……?」
慌てて寝具をかき集めて身体を隠す。
「待って!」
「……! ごめんなさい!」
扉を開けたのは、少年だった。顔を覗かせて俺を見つけると、慌てて扉を閉める。
「すいません! 人がいるとは思わなくて……!」
大声で謝る少年の後ろから、バタバタと足音がした。
「ジャン、すまない。説明は後でするから。応接間で待っていてくれますか」
ルシアンの声だった。パタパタと駆けていく小さな足音がして。ルシアンが扉を開けて入ってくる。
「サリュー、すみません。朝食を買いに行っていました。……あの子は、学校の生徒で、ジャンと言います」
腕の中に抱えた袋から、焼き上がったばかりのパンの匂いがする。途端に空腹を覚えて、笑ってしまった。
「そう。びっくりさせたみたいで悪かった。
なぁ、もう治まった感じがする……お前が飲ませたのは何だ?」
「試験品です。発情を抑制する印の。あなたの身体に合わせて調整していたんです。効いたなら良かった」
さらりと言いのけて。
「そんなもの出来るのか」
「……できたみたいですね」
と、笑えない冗談のように続けた。
「ずっと研究はしていたんです。大体できたと思っていたんですが。試す機会がなくて」
淡々と述べながら、戸棚から服を出して渡してくれる。
少し大きいシャツに袖を通しながら、改めて「すごいな、お前って……」と感嘆すると、彼は恥ずかしそうに笑った。
「すみません。……完成してから伝えようと思って」
その身体に手を回して抱きしめる。
「ありがとう」
「お役に立てて何よりです。まだこれはあなた専用です。でも……上手くいったなら、汎用化を目指せる」
そう言った瞳が、まるで新しくおもちゃを貰えた子供のように楽しそうで。彼の新しい一面を見つけたような気がして、こっちまで嬉しくなる。
「さっきの子を紹介してくれるか。朝食を一緒に食べるのは?」
「ええ、もちろん。ただ……すこし隠しましょう」
そう言って、ルシアンは俺のシャツのボタンを、しっかりと上まで留めた。
**
「あの……サリューは先生と番になるの……?」
改めて自己紹介をして、遅い朝食のパンを食べて。ルシアンが食後のコーヒーをつくりに席を立つと、ジャンは恐る恐る、という風に聞いた。
「……そうだな」
習っただけでほとんど喋ったことのない異国の言葉をなんとか返す。いつ、ということは言えなかったが、そのつもりではいた。
「そっか……サリューは魔法を使える?」
「いいや。魔法は出来ない。剣は少し」
言うと、「そう」と素っ気ない返事が返ってくる。
「ジャンは? 魔法を習ってるんだろ」
「うん。先生に習ってる」
見てて、といって、ジャンは手のひらを上に向けて。小さく何かを呟くとキラキラと光を放つ蝶が現れる。ひとつ、ふたつ、と順に現れては宙に溶けて消えていく様はとても綺麗だった。
「先生に習った、蝶を出す呪文」
ジャンが手のひらを閉じると、蝶たちはふわりと掻き消えた。
「すごく綺麗だ。ジャンは魔法が上手なんだな」
笑いかけて褒めると、恥ずかしそうに、でも誇らしげにジャンは笑った。
「先生が、たくさん教えてくれるから……楽しい」
コーヒーの香りがして、ルシアンが戻ってくる。トレーに置かれたカップは3つ。
「ジャンにはミルクを。飲みますか」
「飲みます」
ジャンは嬉しそうに言って笑う。仲の良い二人を見ていると、気持ちが温かくなる。
「あの。先生は、……サリューと番になるの」
「はい。いつか」
「サリューが魔法を使えなくても?」
「構いません。ジャン、魔法以外にも人にはいろんな特技があるんですよ」
「そう。……先生がそれでいいなら、……いいけど」
ふい、と横を向いて。「帰る」というとジャンは歩き出す。
「また明日、ジャン」
背中にルシアンが声をかけると「うん」と彼は振り返って笑った。
「……いいのか? 魔法を教える約束してたんじゃないのか?」
そのまま走っていったジャンを見送ると、心配になって聞いてみる。
「大丈夫です。言い出したら聞かないので。彼は独特の感性があって……学校にも上手く通えなくて。代わりに、ここに好きな時に来て、授業をする約束してるんです。あなたを見て、……不安になったのかも知れません」
ふう、と息をついて。ルシアンはテーブルに残されたカップを見た。
「以前、番になりたいと言われました。断りましたが」
「番って……Ωなのか?」
「ええ、そうです。この国ではΩも何ら制限なく外で生活できます。もちろん、発情期はそうはいきませんが。……不思議ですか」
話には聞いていた。ただ、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。
「……魔法大学校に通ってるんだよな。あの年で」
「はい。ジャンには明らかな才能があります。あの年であれほど繊細に魔力を扱える子はそういません」
非凡な才能をもつことと、Ωであることが、両立する国なのだ、ここは。
そう理解する。もし自分達の国に生まれていれば、ジャンの才能は埋もれたままか……アレクシスのように隠さなければならなかったはずだ。
「良かったな、……いい国で」
素直にそう思った。必要な手を差し伸べられれば、生まれ持った才能を余すことなく伸ばすことができる。そうできるだけの自由がここにはある。
「やっぱりさ……Ωだからって神殿に囲うのは、間違ってる」
手の中のコップに視線を落とす。この国で出来ていることが、なぜ出来ないのか。
「……これを飲んだら、帰してくれるか」
「あなたが望むなら。……少し残念ですが」
そういうと、彼は宮司様に知らせを送ったこと、宮の部屋には魔法で鍵をかけたことを教えてくれた。
「あなたの不在は大婆様が誤魔化してくれます。どうですか、せっかくなので、少しこの国を見てから帰るのは」
その誘惑には、逆らえなかった。
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綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜
白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。
しかし、1つだけ欠点がある。
彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。
俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。
彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。
どうしたら誤解は解けるんだ…?
シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。
書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
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