Ωの国

うめ紫しらす

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第二部

果たすべきこと

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 明け方近くに、目が覚めた。
 傍らに、眠る体温を感じて、その寝顔を見上げる。何もかもを話して荷が降りたのか、すぅすぅと眠る吐息は安らかだった。
 初めて見る無防備な姿を、目に焼き付ける。

 ――何を成すべきか。

 宮司様の話と、
 ルシアンの過去と、
 マヤの哀しみと、
 シャオやリファたちの生き方。

 それから――俺の、Ωとしてのサガ。

 沢山の思いが、俺の中で渦を巻く。
 どうしたらこの『流れ』を断ち切れるのか。
 Ωを呑み込み、押し流して行く力を、打ち破ることができるのか。

 夜明けに向け、夜の闇が薄らいでいく世界。
 俺は移り変わる空の色を、その最初の色を忘れずにいたいと思った。

  **

「お願いが二つある」
 切り出すと、呼び出しに応じて現れたルシアンは「なんでしょう」と甘く囁いた。

 昔話を聞いた夜から、数日。
 ようやく、何を成すべきかが見えてきていた。そして、そのためには、ルシアンの力を借りる必要があった。

「ひとつは、俺に、魔法をかけて欲しい。決して受胎しない様に。
 もうひとつは、俺に――他の禰宜を取ることを、赦して欲しい」

 驚いた表情が、ほう、と息をつきながら冷たく変わっていく。

「何故か、理由を教えてください」
 静かで、けれど冷たい声音。

「考えた結果――それしか無いからだ。
 俺がこの神殿の中で力を持ち、何かを変えるためには、この神殿のルールに則って『上』に立つしかない。
 この神殿のルール、つまり神巫が与えられた役目は、禰宜を取って、より多くの収益をあげること。それができなければ、神殿ではなんの力も持てない。
 だから、禰宜をとる。なるべく力のある禰宜を味方につける。
 ただそれだけだ。他に意味はない。

 けど――もし禰宜を取って、受胎したら――そしたら、この神殿にはいられなくなる。だから、魔法で受胎しない様にして欲しい」

 なるべくフラットな言い方で言う。
 これはただの作戦であって、それ以外の意味なんかないと。

「正気ですか? あなたはそれで良いと。あなたの身体を……『目的』のために差し出すと」

「ああ。良く考えた。もちろん、他に方法があれば喜んでそっちにする。だけど、どう考えても、これが一番いい方法だ」

 ぐ、とルシアンの眉間に力がこもる。呆れるような、悲しむような、怒り。

「私に、その手伝いをしろと? ――あなたを欲して止まない私に」

「分かってる。ひどい話だとは思う。けど、ルシアンにしか頼めない事だ。どうか、赦して欲しい」

「嫌です」

 ぶっすりと口をへの字に曲げて、ルシアンはそっぽを向いた。

「わかった。じゃあ、勝手にやる」

「それは、だめです。もし懐妊したら……。
 あなたは、ほんとうに……酷い人だ」

 断っても、断らなくても――結局は止められない事を見越して、ルシアンは苛立つように言い捨てる。

「そうだな。愛想を尽かしてくれても仕方がない。
 俺だって嫌だよ。でも――やるしかない。
 俺が使えるものはこの『身体』だけなんだ。だから、赦して欲しい。……俺の心はルシアンにある。それだけは忘れないでくれ」

 ふ、と彼は笑って。

「なら、いますぐあなたをここから連れ去って、二度とこの国に戻れないように閉じ込めてしまいたい……!」

 激情のままに吐き出し、俺の腕を掴む。
 真剣な眼差しで、赤い瞳が俺を射る。

「……やりたければ、そうしたらいい。
 どこか遠くの国で、全部忘れて、二人で暮らす。それも悪くないと俺も思う。
 だけど……それじゃ、何も成せないままだ。誰の未来も救えない。
 俺は、この身体がΩになったことの意味を見つけたいんだ」

 抱きしめられた腕の中で、静かに言った。

「私だけでは、だめですか。
 私に愛され、満たされて、幸せな時間を過ごす。
 それだけでは、あなたの『意味』には、足りないですか」

「ルシアン」

 名を呼んで。その背に手を回す。

「欲張りでごめん。……たとえ誰に抱かれても、俺が好きなのはルシアンだよ。俺が愛されたいと願うのは、この腕の中だよ」

 泣いているのか、首筋に顔を埋めたまま、ルシアンは応えなかった。
 静かに、じっと耐えるように。体温を、鼓動を、伝え合う。

「……約束してください。あなたのうなじを噛むのは私だと。決して他の誰とも番わないと」

「うん。分かった。全部終わったら、そしたら噛んで。それで……一緒に暮らそう」

 ルシアンは答えなかった。
 ただ、ぎゅっと俺の身体を抱きしめて。
 いつまでも、離そうとしなかった。

 全部終わったら。
 それがいつになるのかなんて――誰にも分からなかった。

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