Ωの国

うめ紫しらす

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第二部

翼を踏むものは

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 朝が来れば、問題が山積みだった。

「柘榴様、コレ、なに?」
「……。わからない。貰ったんだ。ペットになるのか……?」
 宮の雑務を片付けにやってきたリファは、私室にはいると目敏めざとくルーに気がついた。首元を覗き込むのを止めさせると、ルーはリファに挨拶をするように手の甲まで降りてきて尻尾を振った。指で撫でてもらうと嬉しそうに目を細める。

「神官にバレないよう黙っててくれないか。ルー、ちゃんと隠れてくれないと困る」
「もしかして蝶の人? 柘榴様って、……何者なの」
「それは……俺が聞きたいくらいだ」
 溜息をついて。けれど密かに結ばれた縁に心の中は温かかった。
「なぁ、……発情期に入って表殿にいかない、というのは可能だと思うか」
「無理だね。神官に捕まる。だいたい、シーズンになったら逃げられないでしょ。芳香も隠せないし」
 取り付く島もなくリファは断言する。

「そうか。じゃあやっぱり……神官に禰宜を選ばれるんだな」
「嫌なの? 石榴様が縁を結んだのって、……つまり王子様を振るってこと? ……本気で?」
 表向き、縁を結んだのはフェル先輩しかいない。だから、縁をもとに禰宜を選ぶなら、きっと――フェル先輩が選ばれる。それを断る、というのはつまり、フェル先輩を振ることに違いなかった。
まったく。察しが良すぎるのは困ったものだった。
「そうなる、かな……」
 溜息とともに肯定する。頭の痛い問題だった。先輩に抱く憧れは確かなもので。けれど彼と愛情をはぐくめるかというと、まだ実感はできなかった。
「……柘榴様って……凄いね」
 ヒュウと口笛を吹く真似をして、リファはニコニコと続きをせがむようにこっちを見る。
「どんな人なの?」
「……わからない。あまり知らないんだ。……ただ、話しやすい、のかな……少なくとも、こっちの話を聞いてくれる」

 言いながら、だんだん恥ずかしくなってくる。
 ただ、言葉にしてみると、自分が一体何を感じて――何を選び取ったのかが、見えてくるようだった。

「あー。なんか、わかるよ。どんなに素敵な人でも、それだけじゃ、ね。最後は自分の気持ちにぴったりくるかどうかだよね」
 うんうん、と自分で納得するように言って、リファは何か遠い記憶を思い出すように外を見た。

「シャオと昔、手紙を並べて話し込んだなぁ。
 どの人が一番かって。あいつ、結構惚れっぽくて。すぐに好きになって、同時に何人もっていうのが上手く捌けなくて……楽しかったなあ」
「……そういうものか」
 それは『外』の世界ではタブーに近い。誰かと誰かを比べて、選ぶ、なんて。
「それくらいは、楽しんだって良いんじゃないかな。僕たちは」
 言った眼は寂しそうに伏せられた。それくらいしか楽しめないのだからと、この箱庭のことわりを嘆くように。けれど確かに、多くの縁を結び――夜ごとに禰宜を与えられる巫覡にとっては、一人に決めることのほうが、ずっと難しいに違いなくて。
 誰かを思い続ければ、――その思いが強いほど傷つくに違いなかった。

「リファは? 相手のこと、聞かせてくれるか」
「いいけど、柘榴様みたいに華々しい話じゃないよ」
 ふふ、と自嘲するように言って、リファはずっと付き合いのあるαがいること、けれど彼の家の商売が傾き、結婚を先延ばしされていること教えてくれた。

「会いに来るのも、お金がかかるからさ。だんだん少なくなってて。でも次のシーズンも来てくれるとは言ってくれてるんだけどね」
「お金……? 会うのに金がいるのか」
「ああ……そうだよ。知らなかった?
 まぁ、表向きはそんなことない風になってるからね。けど、ちゃんと神事に見合った喜捨きしゃをしないと出入り出来なくなるんだ。もちろん、それが理由、なんて神殿は言わないけどね」
 だからさ、とリファは続ける。

「たくさんのαと会って、縁を結べっていうのは、僕らの都合だけじゃなくて、神殿としても嬉しいんだよ。――収入になるからね。逆に、あまりにも縁を結ばないΩは冷遇される。
 柘榴様は王子様って大物が付いたから何も言われてないけどさ、たぶん――、この先、王子様を断るなら……他の誰かと、って画策されるよ。そのために神託が出たりとかね」

「……じゃあ何か、神殿の金のために、知りもしないαが禰宜になるってことか」

 思わず、低く怒気をはらんだ声がでた。リファは「そう」と肩をすくめてみせる。

「最近はよほどのことがない限りないって言うけどね。
 でも、気をつけて。柘榴様は宮の長だから、神官たちもを気にすると思うよ。僕らだって、霞を食べて生きてるわけじゃないからね」

 怒りが込み上げて。握りしめた拳がぶるぶると震えた。
 つまり、構造としては俺たちは、巫覡とは、神殿の囲う商品に違いなかった。形はどうであれ、外の世界で言う娼館とやっていることは変わらない。

 何が縁だ、何が神託だ。
 ――何がだ。

 何もかもが嘘っぱちだった。

「それじゃあ、リファが結婚を延ばされてるのは……」
「そうだよ。挙式には多額の喜捨が必要なんだ。だから僕は……待ってる」
 そう言うと、リファは小さく、深い溜息をついた。

「あの……柘榴様、神官がお呼びです」
 リファと振り返ると、カロルが戸口に立っていた。
 今しがた知った内実に、神官という言葉に怒りを感じてしまい、気配を察したのかカロルが緊張した面持ちでこちらを見上げる。

「ありがとう。いま行く」
 努めて感情を押し殺し、安心させるようにカロルの手を取って、階下へ向かう。
 心の中は、怒りと不安でごちゃ混ぜだった。

「柘榴の君。宮司ぐうじ様がお呼びです。本日の夕食をともに、と」
「宮司様が? なぜ」
「要件はうかがっておりません。非公式の会食となりますので、お支度は略式でとのことでした」
「わかった」
 それでは、夕刻になったらお迎えに上がります、と言いおいて神官は深く礼をし部屋を辞した。

「何? 柘榴様、何かしたの?」
 やり取りを聞いていたカロルが心配そうにこっちを見る。
「いや、心当たりはない、が……」
 言いながら、――元凶はルシアンに違いないと推し量る。
 仮にも神殿に楯突いた男だ、もし昨夜の侵入がバレたのだとしたら――咎められても仕方がない。
 けれど、そもそもあの男を禰宜に選んだのは、宮司様ではないのか。
 だったら、なぜ。

 ……何もわからない。
「大丈夫、会えばわかるさ。――心配するな」
 言って、カロルの頭を撫でてやる。不安そうな瞳は、これ以上誰もいなくなって欲しくない、という思いを滲ませていた。
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