Ωの国

うめ紫しらす

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第二部

恋文の嗜み

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三ヶ月。
神官は印を結んで、俺の次の発情期がいつ来るかをそう占った。
またあの耐え難い発情がやってくる。それも、たった三ヶ月で。

何もしなければ、また勝手に神託がくだされ、禰宜が訪れて、抱かれる。そうなることはわかっていた。
それはどう考えても、いやだ、と思う。

――誰に抱かれるかなんて、神巫さまが決めればいいことだ

そう言ったガルシアの言葉。
それが、当然だと思った。相手など自分で見つければ良いと。

それが――どんなに困難なことなのか、少しも自分はわかっていなかった。

「柘榴さま。お手紙、ここに置いとくね」
リファが俺宛の手紙を文机に置いていく。「ちゃんと読みなよ」そう小言を言って、積み上がった封筒をトンと揃えてくれる。
「うん、わかってる」

読まないと、依頼の内容もわからない。それを断るのか、受けるのかも答えないといけない。わかってはいるが、どうにも億劫だった。
「リファ、……代わりに手紙を書いてくれないか」
言ってみると「ダメ」とリファは微笑んだ。
「宮の長たるもの、責務を放棄してはいけません」
当たり前だ。
当たり前だが、気が乗らない。

恋文だろ、とシャオが言った通り、言われてみればどの手紙にも、祈祷や舞の奉納についてだけでなく、いかに自分が柘榴の君に相応しいか、あるいは心酔してるか、と言った内容が美辞麗句を駆使して書き連ねてあった。

「この中から選ぶ、か……」
祈祷や舞はできないこと、お話だけなら承れることを記して、お茶会に誘う。書くべきことは決まっていた。
だけど、書く気になれなかった。

柘榴宮に居を与えられて1週間あまり。いま手紙を送って来ている連中は、柘榴の君に新しい神巫が着いた、という報だけで、名も知らぬ、顔も経歴も知らぬ俺に「会いたい」と告げるような輩だ。
会って、縁を結んで――など、到底気乗りしない。

「じゃあ、開けるのくらいは手伝ってあげる」
見かねてリファが言った。
「ありがとう。頼む」
「開けて、名前と要件を読み上げるから、書くか書かないか答えて。それで、書くやつから、やること」
合理的なやり方だった。Ωたちにとって、よくある事なのだろう。
「1つ目。ダンシオ伯爵、あこの人僕のとこにも来てた人。お茶会」
「……書かない」
「そう。割といい人だよ」
言って、リファは手紙を左におく。
「次、メイウールさん、商館の人。お茶会」
「……書かない」
開けられた封筒が左に積まれる。
「次、ヤジマさん、辺境警備隊師団長。祈祷」
「……書かない」
その後も、手紙はどんどん左に積み上がっていく。

「次、フェルディナ王子。え、王子様! 柘榴さまスゴい」
「かせ」
フェル先輩だ。手紙を読まれるのはまずい、と手を出したが、すでに遅かった。
「なんだ……そういうこと。それじゃあ他の誰にも書きたくなくなるよね。会いたい、お茶会しようだって」
いいな~と露骨にニヤつきながらリファはその手紙を右側に置いた。
「書きなよ? 書かなきゃダメ」
「……わかったから、かせ」
「ダメ、ぜんぶ開けてから」
リファはぴしゃりと言って、俺に微笑む。まったく有能なやつだった。

  **

その手紙は、まさしく恋文に違いなかった。
時候の挨拶から始まり、こちらの身を気遣い、偶発的な出来事だったと非礼を詫び、不運を嘆く。そして、それでもまたもう一度会うことが可能なら、とても嬉しい、と綴る。穏やかな言葉遣いのひとつひとつに、思慕の情が滲み出るようで、彼の強い思いを感じることができた。
読み進めるうちに頬に熱が上がる。これじゃ、耳を赤くしたシャオのことを笑うこともできない。

「これを、先輩が?」
ほんとうに、だろうか。
にわかには信じられなかったが、たしかに王家の紋の入った封蝋が押され、フェル先輩の御名が記されている。その筆跡は軽やかで美しく、彼の素養の一端を伺わせた。

だからこそ――なぜ自分が、と感じてしまう。
彼に適うものなど、何一つない、そう思ってしまう。
こうなるまでは、士官候補生として、彼を慕う後輩として、それだけでは、きっと彼の眼には映らない存在だった。
あの日、突然Ωに、神巫になったというだけで、それ以外は何も変わらないのに。

その落差が、俺を戸惑わせた。

『書かなきゃダメ』
とリファに言われたとおり、返事をしなければいけない。
あの日をともに過ごしてくれてありがとうございます、是非もう一度お会いしたく存じます。
そう、書くことは決まっている。
なのに、取り出した便せんの上に、一つの言葉も書き出せずにいる。

会って、それでーーまた禰宜としての相手をお願いするのだろうか。
それで。
番になりたい、のだろうか。

この国の王子と。

――立派にお務めをお果たしください。

この宮に入る前、短い出仕の挨拶を交わしたときの、母親の言葉を思い出す。ほんの一時の間ではその目に浮かぶ涙がどのような意味を持つのか、すべてを推し量ることはできなかった。
けれど彼女は、士官学校に入るときと同じように、俺を鼓舞して送り出した。
務め。
Ωとして、神巫として、果たすべき務め。

フェル先輩に、会わなければならない。
そして、縁を結ばなければならい。

どう考えても、そうするより他なかった。

俺自身としても、顔も知らぬ他のαたちと会うより、ずっと望ましい。
彼は確かに――俺の憧れだったのだから。

 **

結局、リファにアドバイスをもらいながら何度も文面を書き直し、筆跡を整え、封をして返事をだせた時には、さらに一週間が過ぎていた。

その頃には、柘榴宮の生活にも慣れ、宮にいるΩたちの事も少しずつ分かってきた。
この宮に暮らすΩは14人。全員が男で、幼い頃からこの神殿で暮らす者たちだった。年はばらばらで、年長の者が下の者の面倒を見ながら、基本的に自分たちの生活は自分たちで管理している。宮につく神官はβの女性が3人。代わり代わり姿を見せ、神殿とのやりとりや宮全体の差配を取り仕切っていた。

「シャオは?」
「表殿に。もうすぐシーズンだから」
朝食の席に姿が見えなかったのを聞けば、リファが静かに答えた。
表殿とは、巫覡の居住区とは分けられた、αを迎え入れるための区画をさす。αと会う茶会をはじめとした神事ーー発情期のそれを含むーーはすべて表殿と呼ばれる区画で行われた。

「シーズン、か」
年長の者には、シャオやリファのようにすでに発情期を迎えている者と、そうではない者が混じっている。発情期を迎えた者は希望すれば別の館で私室をもらえるらしいが、そうはせず長く暮らした宮にとどまる者も多いらしい。そして、番を得て婚姻を結べば、神殿を出て外の世界へと、αの元へと居を移す。

「そ。そろそろ番になるんじゃないかな。ずっと通ってるαがいるんだ」
「番になるには、どうするんだ?」
そう問うと、呆れたようにリファはこっちをみる。
「これ。これをとるの。そして噛んでもらうの」
そういって、首元を覆う封環をつまみ上げてみせた。ここでは、発情期を迎えた者は誰もがつけている代物だ。

「噛まれたら、もうそのαにしか発情しなくなる。だから、これも取れるし、外にも出れる」
そういうとリファは「僕も早く噛まれたいよ」とこぼした。
「・・・・・・いい人がいるんじゃないのか」
「まあ、ね。でも、ダメかもしれない」
自嘲するように笑って、少し寂しそうな表情をする。
「好きなだけじゃ、決まらないんだ。家柄とか、タイミングとか、いろんな事が関係してくる。・・・・・・一生のことだから」
そう言うと、リファはいつもの柔らかな微笑みをみせて。ーー小さくため息をついた。

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