Ωの国

うめ紫しらす

文字の大きさ
上 下
4 / 47
第一部

けものたちの唄 *

しおりを挟む
 長い夜だった。

 まるで互いの哀しみをぶつけ合うように抱き合い、何度も果て、また兆し。運命を呪いながらただ、いっときの悦楽に溺れた。

「あ、あっ、あぁっ!」
 追い詰められ、昂められて、それでもなお赦されず、絶頂の先であえぐ。
「待って、まって」
「だめです。ほら、ここはもっと欲しがっているでしょう」
 うっとりと愉しむような声音。

 すらりとした指先が優しく中をくすぐる。敏感な場所を撫でられると、奥がきゅぅっと締め上がる。
「こんなにきつく絡みついて……」
 耳元で囁いて、唇で耳朶じだを喰まれる。甘噛みするように歯をたてられると、びりっと背筋が跳ねる。その刹那に指先で中を擦られると、すぐに、びくびくと身体の奥は絶頂に達してしまう。
「っは! あ、」

「幾度達したら、終わるのでしょうね? 可哀想なほどに蕩けて、こんなにもまだ甘い」
 言った唇は、汗ばんだ肌の上を滑って、散々責められて赤く熟れた胸の尖りを含んだ。湿った舌先にぬぶられ、硬くなった先を甘噛されると、まるで本当に食べられているようで。
「あ、んっ」
 おもわず嬌声をあげれば、もう片方の尖に指先がかかる。強い刺激に翻弄されて、達したばかりなのに身体の奥はますます熱を昂めていく。

「奥に欲しいですか?」
 ん、ともはや羞恥も忘れて頷く。
「いい子だ」
 ぬぷ、と蕩けきった後腔に彼が入り込んでくる。指先にはない圧迫感に、待ちかねたように身体がこわばる。ず、と重みをかけて、一息に奥まで貫かれる。それだけで、じん、と快感が甘く頭の中を痺れさせる。

「あなたの良いところはもう覚えましたよ」
「あっ。そこ、……や、あっ!」
 ぴたりと狙いを定めて彼の切先が中を突く。何度も刺激されて敏感になった奥は、ぐずぐずに悦くなって、何も考えられなくなって。
「ぅ、ふぅっ、あっ」
 揺さぶられるたびに、あられもなく声が溢れた。

「素敵な声だ。もっと聞かせてください」
 抽送が小さなさざめきのように続く中、彼の指先が立ち上がり揺さぶられている男芯を捉えた。
「あ! だめ、出ちゃう」
 先走りを絡めて擦り上げられれば、すぐに射精感が湧き上がる。奥を突かれる快感と、解き放ちたい衝動がないまぜになって、ただ、気持ちよくて。

「あぁっ! いっちゃう、あ、」
 びくん、と全身が跳ねて、また絶頂を迎える。吐き出した精と、後腔から溢れた愛液に、彼が吐き出した精が混ざりあって。もうめちゃくちゃだった。

「もっと気持ち良くなりましょう?」
 言った彼の手が、ぐったりとしなだれた男芯にかかる。
 スルスルと切先を擦られると、恐ろしいほどの刺激がビリリと走った。
「や、嫌! やめて」
 怯えたように口走ると、ピタリと動きは止まる。

「もちろん。あなたが望むなら」
 言って、彼は俺から身体を離す。触れ合っていた体温が離れて、熱に浮かれたような頭が、少し正気を取り戻す。

「……意地悪を、しないでください」

 はあはあと荒い息で言葉を紡ぐ。
 ふふふ、と彼は可笑しそうに笑って、再び俺に覆い被さるようににじりよった。
「私はあなたの忠実な下僕。お忘れなきよう」

 じっと赤い瞳が、俺を見下ろす。その濡れた輝きは、見入ってしまうほど美しくて。――どこか寂しげだった。
 手を伸ばし、乱れてなお端麗さを損なわないその頬に触れる。
「なんです?」
 甘い囁き。
 余裕を崩さない仕草。優しくて、意地悪で、軽薄そうに笑ってみせ、それでいて礼節をわきまえ、ひとを寄せ付けない。
 複雑で、不可解なひと。
 その瞳の奥をじっと見通す。

「……寂しい、の……?」
 問いかけると。
 思いがけず、赤い瞳が見開く。ほんのひと呼吸の静寂。それから、くしゃりと困ったように彼は笑った。
「なぜ、そう思うのです」
「わからない。ただ、あなたは、わざと一人きりになろうとしているみたいだ」
寂しくて、けれど誰にもその穴を埋められないと、いや、埋めさせたくないと、思っているのかもしれない。

「……失ったものが、多すぎるのです」
 答えにならない答えを言って。
 彼は寂しそうに微笑んだ。その赤い瞳は、溢れ出した感情を押し込めるように潤んでいる。
 何を指すのかはわからない。ただ、彼の中に、深く暗い記憶が眠っているのだろう。
「そう……」

 その傷が、いつかえますように。
 身を起こし、願いを込めて額に口付ける。小さな頃、母が良くしてくれた仕草だ。
「やめてください……」
 困ったように言う声に、思わず微笑む。
「嫌だ」

 なんだか可笑しくなって、腕を伸ばして体を抱きしめ、そのままぐるり、と体勢を入れ替える。
「じっとして」
 仰向けにこちらを向いた視線に言い聞かせ、長い髪を抱き寄せるように腕を回す。

「~小さなレディ、靴を片方落としたの。まあどうしましょう。大丈夫、もひとつ似合いの靴を見つけたわ~」
 囁くように小さな頃に母が歌ってくれた唄を口ずさむ。何かを無くして悲しんで泣いている自分を、こうしてよく慰めてくれた。
 トン、トン、トン、と抱き寄せた肩を優しく叩くと、腕の中でふっと深く息を吐く気配がする。

「もひとつ、素敵な靴を見つけたわ」
 最後のリフレインを唄い終わると。
 彼はそっと腕を伸ばして、俺を抱き寄せ、頭を撫でた。

 ぎゅっと数秒、ただ互いを抱きしめ合う。

「素敵な唄をありがとう」
 優しい声で彼は言った。
「キスさせて下さい。とびきりロマンチックな」
 ふふっ、と、軽口を叩くように言って。けれど、どこか、泣き出しそうな声音だった。

「もちろん」
 彼の口調を真似て言うと、お互いに可笑しくなって。
 見つめ合い、微笑んだままそっと唇を触れ合わせた。

「……もう、朝になってしまう」
 名残惜しそうに、彼が言う。
「日が昇る前に、去らねばなりません」
 人目を避けるためだろう。俺は首肯いて答える。身体の熱はどうやら引いてる。

「ねえ。最後にもう一度、あなたを抱かせて下さい」
 懇願するような真摯さで、彼は言った。
「……うん」
 それから。
 長い夜の終わりを惜しむように、彼は優しく俺を抱いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

運命を知っているオメガ

riiko
BL
初めてのヒートで運命の番を知ってしまった正樹。相手は気が付かないどころか、オメガ嫌いで有名なアルファだった。 自分だけが運命の相手を知っている。 オメガ嫌いのアルファに、自分が運命の番だとバレたら大変なことになる!? 幻滅されたくないけど近くにいたい。 運命を悟られないために、斜め上の努力をする鈍感オメガの物語。 オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω 『運命を知っているアルファ』というアルファ側のお話もあります、アルファ側の思考を見たい時はそちらも合わせてお楽しみくださいませ。 どちらかを先に読むことでお話は全てネタバレになりますので、先にお好みの視点(オメガ側orアルファ側)をお選びくださいませ。片方だけでも物語は分かるようになっております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。 コメント欄ネタバレ全解除につき、物語の展開を知りたくない方はご注意くださいませ。 表紙のイラストはデビュー同期の「派遣Ωは社長の抱き枕~エリートαを寝かしつけるお仕事~」著者grottaさんに描いていただきました!

王太子専属閨係の見る夢は

riiko
BL
男爵家のシンは、親に売られて王都に来た。 売られた先はこの国最大の相手!? 王子の閨係というお仕事に就いたのだった。 自分は王子が婚約者と結婚するまでの繋ぎの体だけの相手……だったはずなのに、閨係なのに一向に抱いてもらえない。そして王子にどんどん惹かれる自分に戸惑う。夢を見てはいけない。相手はこの国の王太子、自分はただの男娼。 それなのに、夢を見てしまった。 王太子アルファ×閨担当オメガ 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語、お楽しみいただけたら幸いです!

たしかなこと

大波小波
BL
 白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。  ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。  彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。  そんな彼が言うことには。 「すでに私たちは、恋人同士なのだから」  僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

白兪
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

処理中です...