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第三章
第46話 その魂で最後の再会
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「ベル様、ありがとうございました」
小説を書き終えた俺は、女神が用意してくれたPC魂版のようなシステムから席を立った。
もはやこれがなんなのかは、考えるだけ無駄なので言及しないでおこう。
体感で二カ月くらい書いていた気もするし、ほんの五分くらいだった気もする。
ヒトリ精神とナントカの部屋、みたいなもんだろうか?
それにしても、時間の概念が無い、眠くもならない、疲れもしないその場所で一つの事に集中するとこんな感覚になるのか。
あれが書籍化されたり、アニメ化されたりしたら面白いな。
そしたらなんかスゲェメタな話になるな。
まあ、期待はしてないけど。
でも、俺の遺作って事で山口君の手に渡ってくれたのなら、なんだかもうそれだけで十分だった気もする。
もといた空間に戻ると、エフィリアとミューが待ってくれていた。
どうやらフェリエラたちはもう先に旅立ったらしい。
「あ、坊ちゃま、もう宜しいのですか?」
「ああ、すまない。長いこと待たせてしまって」
「いいえ。こういう表現で合っているのかはわかりませんが、ほんの数分ですよ、兄上様」
既にこの空間の時間概念の事さえもしっかりと熟知している。
さすがはマイエンジェル・エフィリアである。
ともあれ、後はもう本当にラルアーに旅立つだけとなった。
『さて、では次はあなた方の番です、宜しいですか?』
女神様サイドもそれを分かっていたようで、ウル様が俺たちにそう呼びかけた。
「はい、宜しくお願いします」
「では、坊ちゃま、向こうでお会いしましょう」
「それでは後ほど、兄上様」
「ああ」
ウル様が手をかざす。
するとその視線の先に再び、俺がこれまでに何度も通って来たあのゲートが現れた。
俺たちは手を繋いで、そのゲートの前に立った。
「行くぞ!」
「「はい!」」
そして一歩を踏み出した。
(あれ? そういえば、そもそもなんかどっかの良いタイミングの所に入り込む、って話じゃなかったっけ? これってどっから始まるんだ?)
俺は一瞬そう思ったが、もはや後の祭り。
俺たちの意識は、何かとてつもない引力のようなものに引っ張られ、そのままブラックアウトした。
『……良い人生を』
最後にそう呟いたベル様の言葉を俺たちが聞くことは無かった。
******
……。
分かる、分かるぞこの感じ。
なんてったって、もうこの世界に来るのは四度目である。
しかも過去三回。全てこの感じを味わってきたのだから。
眼球を動かす筋肉も未発達で、思うように視線が定まらない。
言葉は覚えているが、上手く形にならない。
PC筋というか、骨盤底筋というか、確かなんかそんな名前の筋肉が未発達の為、下半身がじんわりと生暖かい。
(ぐはっ! おねしょーべん!)
……そう、俺たちは赤ん坊からスタートしていた。
(でも、よくよく考えればそうか)
全く同じ人生の途中から入り込むのならばともかく、今回は、世界の前提の設定自体がおよそ33、4年前に変わっているのだ。
「フェリエラと聖女が戦い、聖女が身を挺して魔王の内部に入り込み、共に共存することで戦いを永遠に終わらせた」という。
その世界線を一度も生きていない俺たちが、いきなり途中から始めたら、何というか、上手く行かない気がするもんな。
(フェリエラ……うまくやってると良いけど)
ちなみに、設定を確定させたとき、ベル様からは、
『世界の前情報は教えられませんが、三人はちゃんと同じところに産まれるので問題ありません』
とお墨付きを貰っているので、そこに関しては心配していないのだが。
産まれてからどれくらいたったのだろう? 数日か? 数週間か?
しかしまあ、いわゆるこれが、「物心ついたとき」というやつなのだろう。
ガチャ
扉が開く音がする。
しかし、今の状況では誰が入って来たのかを確認することが出来ない。
やがて足跡が近づいて来ると共に、天井しか見れない俺の狭い視界の中に、こちらを覗き込むような二つの顔が映り込んだ。
「あら、起きてるわね、ヴァルスちゃん」
「はは、良い子にしていたか、息子よ」
……ああ。
そこには、およそ三十年ぶりに見る、懐かしい顔があった。
眩いほどの金髪をした、若く壮健な父。
鮮やかな青い髪をした、美しい母。
その姿はまさしく、ラルゴス・カートライアとミネア・カートライアの姿だった。
ああ……ああああ。
良かった、良かった、本当に、戻ってこられた。
父上! 母上!
今の俺には、涙と止めることなど出来ようも無かった。
感情的にも、そして物理的にも。
でも……。
折角泣いても良い年齢なのだ。
思い切り泣こう、何も考えずに。
思い切り叫ぼう、恥も外聞も無く。
「おぎゃあああ! おぎゃああ!」
「あらあら、よしよし、どうしたの、ヴァルスちゃん?」
「ははは、少し臭うな。誰か、ヴァルスのおむつを替えてやってくれ」
しかし、この日ばかりは、おむつを替えて貰っても、ミルクを貰っても、俺は当分泣き止まず、父と母を困らせてしまったのだったが。
――そして三年の月日が経った。
いやあ、新しい世界の三年はなかなかエキセントリックだったぜ。
メイド長が水の魔法で洗濯したり、料理長が火の魔法で火をつけたり。
凄い! 魔法の異世界!
ときめく! ときめくぞぉ!
ちなみに、この世界の魔法は、五歳になってから使えるようになるという設定にしてある。
だいたい満五歳くらいになると、才能がある者は徐々にそれを体内に感じるようになる。
俺が五歳になったら、果たしてどんな魔法が使えるようになるんだろう!?
あ、一応、俺たち三人と、ロヴェルとヒューリアだけは「才能あり」に固定させてもらった。
インチキとは言わないで欲しい。
こればっかりはやっておかないと、フェリエラの面倒も見なきゃだし、それに、この大前提が無いと、俺の三つの夢が叶わなくなってしまう。
だから仕方ないのだ。
もちろん俺にも罪悪感はあるので「能力はチート」みたいなことはやっていない。それで勘弁してもらいたい。
……いや、そうじゃない!
そんな話がしたいんじゃない。
三年だぞ、三年。
今、母ミネアは臨月である。
もう間もなく、俺の天使が産まれてくるのだ。
そして、ということはさらに、だ。
そろそろだ。そろそろのはずなんだ!
俺がそう思っていた矢先。
父上に突如声をかけられた。
「おお、ヴァルス、ちょっと良いかな?」
「はい、なんでございましょう? 父上」
「我がカートライア家には、代々長男には、傍仕えとして年の近い専属の使用人を招いている。出来れば孤児から選びたいのだが、異存はないか?」
来た! 来ました!
「もちろんです。素晴らしいアイデアだと思います。あの、父上」
「なんだ?」
「私も、孤児院についていって宜しいでしょうか?」
ウル様に聞いた情報はあくまでも『三人とも生まれる』でしかない。
ここで詰めの甘い俺が行かずに、万が一、父上が別の人間を選んできたりしたら目も当てられないじゃないか。
「そうか、わかった。良いだろう」
こうして、その話を聞いた翌週。
俺は父上に連れられて、カートライア領都の孤児院に向かった。
馬車が入口に止まり、父上に抱きかかえられて馬車から降りる。
孤児院にも当然話が通っているようで、小学校のように校庭で遊んでいる者はおらず、皆緊張した面持ちで院内の広い集会場に整列していた。
「領主カートライア辺境伯、そしてご子息ヴァルクリス様のご来院です!」
「「「「ようこそいらっしゃいました! ご領主様!」」」」
孤児たちが一斉に挨拶する。
まあほとんどは、12、3歳の上級生であるが。
いや、そんな期待したような目で見るなよ。上級生たち。
カートライア家は、年の近い傍仕えを探しに来たんだから。
「ヴァルス、お前の生涯の友となる者だ。自身で選びたければ……」
俺は父上が最後まで言い終わる前に、集会場を走り出した。
どこだ、どこだ?
見当たらない。
きっと見つけやすい所にいると思ったのだが?
いや、まだ彼女は三歳か四歳のハズ。
しかもたとえ前世の記憶があったとして、一番前の方に来てアピールできるような子ではない。
きっと端っこの方に居るはずだ。
しかし、集会場にミューの姿は見当たらなかった。
……いない。
どこにも。
そんな、嘘だろ!?
まさか、生まれたは生まれたけど、孤児院に来なかった、とか?
不慮の事故で、なんてことは無いよな?
俺の顔が青ざめていくのが自分でもわかる。
なんで、なんでミューは居ないんだ!?
「……おや? ミューはどこに行ったのですか?」
突如、シスターがそう言った。
い、いま、なんて!?
「ジェード? ミューがどこにいるか、知っているのでしょう?」
「え? さ、さあ。何のことだか」
瞬間、俺は集会場を飛び出していた。
あのジェードと呼ばれた少年。
彼は明らかに嘘をついていた。
そういえば昔ミューに聞いたことがあった。
孤児院には意地悪な上級生がいた、と。
きっと彼に嵌められたのだろう。
俺は、孤児院の教室を片っ端から見て回った。
そして裏庭に差し掛かった時。
井戸に隠れて、一瞬ピンク色の髪が見えた気がした。
俺は窓から裏庭に飛び出した。
誰かが井戸の横で、手洗いで洗濯をしている。
ピンク髪をした誰かが。
井戸まであと五メートルというところまで近づいたとき。
彼女が立ち上がった。
「……え?」
きっと、意地悪かなにかで知らされていなかったのだろう。
だから、俺たちが今日ここに来ることを彼女は知らなかったのだ。
思えば、この本来の彼女に会うのは本当に久しぶりだ。
共に戦った時のミューの姿がどうこう、というわけではない。
しかしやはり再会してみると、この本来のミューの姿に、得も言われぬ感激が湧き上がって来た。
そして、それは彼女にしてみても同じだったようである。
目が合ったその瞬間に、彼女の目が潤んでいくのが分かった。
「……ミュー」
「……坊ちゃま」
永遠とも思えるような、時間が止まったような刹那。
その時間が動き出すと同時に、俺とミューは互いに走り寄った。
そしてその場で固く抱き合った。
この瞬間こそが、俺にとって、本当の意味でルールブレイクを成し遂げた瞬間だった。
……長かった。
長かった。本当に。
「ずっと……ずっと、お待ち申し上げておりました」
「ああ、会いたかった。待ち遠しかったよ、ミュー」
抱擁を解いて、互いの顔を見つめ合った。
「あの、エフィリア様は……」
「ああ、今、エフィリアは母上のお腹の中だ。もう間もなく産まれてくるだろう。
もちろん、ロヴェルとも知り合った。ヒューリアを紹介して貰うのは、もう少し後になるかな」
「そうなんですね。本当に、本当にまたこうして……わたし……」
涙が再び溢れ出したミューを、もう一度強く抱き締めた。
その姿を、追いかけて来た父上とシスターだけが、廊下から不思議そうに眺めていた。
そうして。
俺はミューを選んだことを父上に伝えた。
いきなり女子を抱き締めていたことについては若干突っ込まれたが、「会った瞬間にお互いに運命を感じました。もしかしたら前世で、生まれ変わったら必ず会おう、とか、そういう約束をした人なのかも知れません」とかなんとかそんなロマンチックなテンプレで誤魔化されてくれた。
この世界の人が、テンプレストーリーの耐性が無くて助かったぜ。
結果それ以外はなんの問題も無く承諾された。
しかし、危なかった。
細部の歴史が変わっているとはいえ、俺が行かなかったら下手したら父上はミューを見落としていたかもしれないのだ。
全く、油断も隙も無い。
ふと、見送りに来る孤児たちを見た。
(……あ)
その瞬間、なんとなく俺には分かってしまった。
あの男子たちの顔。
どこか悔しそうで、名残惜しそうで、悲しそうな、そんな顔。
可愛くて、思いやりがあって、しかも前世の記憶持ちだから大人でもあるミュー。
さぞかし、男子たちの人気は高かったに違いない。
だからきっと、シスターの伝言を伝える上級生たちをも巻き込んで、ミューを隠しておく作戦に出たのだ。
多くの男子がほのかな恋心を抱いている彼女を、俺に渡さないために。
(ごめんな、みんな。彼女だけは絶対に駄目だ)
こうして、俺は多くの男子の恨みの籠った目線を浴びながらも、ついに彼女と再開を果たした。
この魂で最後となるであろう再会。
それは、女神との約束を果たし、俺に与えられた異世界転生ライフの、本当の意味での始まりだった。
魔王はいない。
いや、人間を滅ぼす、という意味での魔王だが。
だから、剣術大会も開かれるかどうか。
しかし、魔法がこの地に生まれておよそ四十年。
魔法の発展に付随して、すでに各領地同士でのいざこざも生まれ始めている。
防衛のための訓練としての剣術は、昔のヴィ.フェリエラ期よりも盛んになったと言っても良い。
十分に可能性はあるだろう。
また一からのスタートになってしまうが、ミューを必ず騎士爵にして、彼女と結婚する。
その最も叶えたい夢のために、彼女に魔法の才能を付与したのだからな。
さあ、今度こそ始めよう。
何にも縛られない。
使命にも、運命にも。
広がるのはただ未確定な未来。
ああ楽しみだ。
「さあ、着いたぞ」
「……懐かしい、です」
父上の言葉に、ミューは密かにそう漏らした。
俺はミューをエスコートして、ゆっくりと馬車から降ろした。
「さあ、始めよう。ここから、もう一度、みんなで」
「はいっ! 坊ちゃま!」
この先の俺たちが果たしてどうなるのか。
それはまた別のお話……。
……とか言っちゃうんだろうな、有りがちなテンプレストーリーなら、さ。
異世界転生ルールブレイク
第三章 バル・レデルラーク編 ―完―
(アフターストーリー その1 へ続く)
(※アフターストーリーは書き溜め中です。投票や応援コメントなどで作品を引き上げて下さると、スピンオフの投稿があるかもしれません!)
小説を書き終えた俺は、女神が用意してくれたPC魂版のようなシステムから席を立った。
もはやこれがなんなのかは、考えるだけ無駄なので言及しないでおこう。
体感で二カ月くらい書いていた気もするし、ほんの五分くらいだった気もする。
ヒトリ精神とナントカの部屋、みたいなもんだろうか?
それにしても、時間の概念が無い、眠くもならない、疲れもしないその場所で一つの事に集中するとこんな感覚になるのか。
あれが書籍化されたり、アニメ化されたりしたら面白いな。
そしたらなんかスゲェメタな話になるな。
まあ、期待はしてないけど。
でも、俺の遺作って事で山口君の手に渡ってくれたのなら、なんだかもうそれだけで十分だった気もする。
もといた空間に戻ると、エフィリアとミューが待ってくれていた。
どうやらフェリエラたちはもう先に旅立ったらしい。
「あ、坊ちゃま、もう宜しいのですか?」
「ああ、すまない。長いこと待たせてしまって」
「いいえ。こういう表現で合っているのかはわかりませんが、ほんの数分ですよ、兄上様」
既にこの空間の時間概念の事さえもしっかりと熟知している。
さすがはマイエンジェル・エフィリアである。
ともあれ、後はもう本当にラルアーに旅立つだけとなった。
『さて、では次はあなた方の番です、宜しいですか?』
女神様サイドもそれを分かっていたようで、ウル様が俺たちにそう呼びかけた。
「はい、宜しくお願いします」
「では、坊ちゃま、向こうでお会いしましょう」
「それでは後ほど、兄上様」
「ああ」
ウル様が手をかざす。
するとその視線の先に再び、俺がこれまでに何度も通って来たあのゲートが現れた。
俺たちは手を繋いで、そのゲートの前に立った。
「行くぞ!」
「「はい!」」
そして一歩を踏み出した。
(あれ? そういえば、そもそもなんかどっかの良いタイミングの所に入り込む、って話じゃなかったっけ? これってどっから始まるんだ?)
俺は一瞬そう思ったが、もはや後の祭り。
俺たちの意識は、何かとてつもない引力のようなものに引っ張られ、そのままブラックアウトした。
『……良い人生を』
最後にそう呟いたベル様の言葉を俺たちが聞くことは無かった。
******
……。
分かる、分かるぞこの感じ。
なんてったって、もうこの世界に来るのは四度目である。
しかも過去三回。全てこの感じを味わってきたのだから。
眼球を動かす筋肉も未発達で、思うように視線が定まらない。
言葉は覚えているが、上手く形にならない。
PC筋というか、骨盤底筋というか、確かなんかそんな名前の筋肉が未発達の為、下半身がじんわりと生暖かい。
(ぐはっ! おねしょーべん!)
……そう、俺たちは赤ん坊からスタートしていた。
(でも、よくよく考えればそうか)
全く同じ人生の途中から入り込むのならばともかく、今回は、世界の前提の設定自体がおよそ33、4年前に変わっているのだ。
「フェリエラと聖女が戦い、聖女が身を挺して魔王の内部に入り込み、共に共存することで戦いを永遠に終わらせた」という。
その世界線を一度も生きていない俺たちが、いきなり途中から始めたら、何というか、上手く行かない気がするもんな。
(フェリエラ……うまくやってると良いけど)
ちなみに、設定を確定させたとき、ベル様からは、
『世界の前情報は教えられませんが、三人はちゃんと同じところに産まれるので問題ありません』
とお墨付きを貰っているので、そこに関しては心配していないのだが。
産まれてからどれくらいたったのだろう? 数日か? 数週間か?
しかしまあ、いわゆるこれが、「物心ついたとき」というやつなのだろう。
ガチャ
扉が開く音がする。
しかし、今の状況では誰が入って来たのかを確認することが出来ない。
やがて足跡が近づいて来ると共に、天井しか見れない俺の狭い視界の中に、こちらを覗き込むような二つの顔が映り込んだ。
「あら、起きてるわね、ヴァルスちゃん」
「はは、良い子にしていたか、息子よ」
……ああ。
そこには、およそ三十年ぶりに見る、懐かしい顔があった。
眩いほどの金髪をした、若く壮健な父。
鮮やかな青い髪をした、美しい母。
その姿はまさしく、ラルゴス・カートライアとミネア・カートライアの姿だった。
ああ……ああああ。
良かった、良かった、本当に、戻ってこられた。
父上! 母上!
今の俺には、涙と止めることなど出来ようも無かった。
感情的にも、そして物理的にも。
でも……。
折角泣いても良い年齢なのだ。
思い切り泣こう、何も考えずに。
思い切り叫ぼう、恥も外聞も無く。
「おぎゃあああ! おぎゃああ!」
「あらあら、よしよし、どうしたの、ヴァルスちゃん?」
「ははは、少し臭うな。誰か、ヴァルスのおむつを替えてやってくれ」
しかし、この日ばかりは、おむつを替えて貰っても、ミルクを貰っても、俺は当分泣き止まず、父と母を困らせてしまったのだったが。
――そして三年の月日が経った。
いやあ、新しい世界の三年はなかなかエキセントリックだったぜ。
メイド長が水の魔法で洗濯したり、料理長が火の魔法で火をつけたり。
凄い! 魔法の異世界!
ときめく! ときめくぞぉ!
ちなみに、この世界の魔法は、五歳になってから使えるようになるという設定にしてある。
だいたい満五歳くらいになると、才能がある者は徐々にそれを体内に感じるようになる。
俺が五歳になったら、果たしてどんな魔法が使えるようになるんだろう!?
あ、一応、俺たち三人と、ロヴェルとヒューリアだけは「才能あり」に固定させてもらった。
インチキとは言わないで欲しい。
こればっかりはやっておかないと、フェリエラの面倒も見なきゃだし、それに、この大前提が無いと、俺の三つの夢が叶わなくなってしまう。
だから仕方ないのだ。
もちろん俺にも罪悪感はあるので「能力はチート」みたいなことはやっていない。それで勘弁してもらいたい。
……いや、そうじゃない!
そんな話がしたいんじゃない。
三年だぞ、三年。
今、母ミネアは臨月である。
もう間もなく、俺の天使が産まれてくるのだ。
そして、ということはさらに、だ。
そろそろだ。そろそろのはずなんだ!
俺がそう思っていた矢先。
父上に突如声をかけられた。
「おお、ヴァルス、ちょっと良いかな?」
「はい、なんでございましょう? 父上」
「我がカートライア家には、代々長男には、傍仕えとして年の近い専属の使用人を招いている。出来れば孤児から選びたいのだが、異存はないか?」
来た! 来ました!
「もちろんです。素晴らしいアイデアだと思います。あの、父上」
「なんだ?」
「私も、孤児院についていって宜しいでしょうか?」
ウル様に聞いた情報はあくまでも『三人とも生まれる』でしかない。
ここで詰めの甘い俺が行かずに、万が一、父上が別の人間を選んできたりしたら目も当てられないじゃないか。
「そうか、わかった。良いだろう」
こうして、その話を聞いた翌週。
俺は父上に連れられて、カートライア領都の孤児院に向かった。
馬車が入口に止まり、父上に抱きかかえられて馬車から降りる。
孤児院にも当然話が通っているようで、小学校のように校庭で遊んでいる者はおらず、皆緊張した面持ちで院内の広い集会場に整列していた。
「領主カートライア辺境伯、そしてご子息ヴァルクリス様のご来院です!」
「「「「ようこそいらっしゃいました! ご領主様!」」」」
孤児たちが一斉に挨拶する。
まあほとんどは、12、3歳の上級生であるが。
いや、そんな期待したような目で見るなよ。上級生たち。
カートライア家は、年の近い傍仕えを探しに来たんだから。
「ヴァルス、お前の生涯の友となる者だ。自身で選びたければ……」
俺は父上が最後まで言い終わる前に、集会場を走り出した。
どこだ、どこだ?
見当たらない。
きっと見つけやすい所にいると思ったのだが?
いや、まだ彼女は三歳か四歳のハズ。
しかもたとえ前世の記憶があったとして、一番前の方に来てアピールできるような子ではない。
きっと端っこの方に居るはずだ。
しかし、集会場にミューの姿は見当たらなかった。
……いない。
どこにも。
そんな、嘘だろ!?
まさか、生まれたは生まれたけど、孤児院に来なかった、とか?
不慮の事故で、なんてことは無いよな?
俺の顔が青ざめていくのが自分でもわかる。
なんで、なんでミューは居ないんだ!?
「……おや? ミューはどこに行ったのですか?」
突如、シスターがそう言った。
い、いま、なんて!?
「ジェード? ミューがどこにいるか、知っているのでしょう?」
「え? さ、さあ。何のことだか」
瞬間、俺は集会場を飛び出していた。
あのジェードと呼ばれた少年。
彼は明らかに嘘をついていた。
そういえば昔ミューに聞いたことがあった。
孤児院には意地悪な上級生がいた、と。
きっと彼に嵌められたのだろう。
俺は、孤児院の教室を片っ端から見て回った。
そして裏庭に差し掛かった時。
井戸に隠れて、一瞬ピンク色の髪が見えた気がした。
俺は窓から裏庭に飛び出した。
誰かが井戸の横で、手洗いで洗濯をしている。
ピンク髪をした誰かが。
井戸まであと五メートルというところまで近づいたとき。
彼女が立ち上がった。
「……え?」
きっと、意地悪かなにかで知らされていなかったのだろう。
だから、俺たちが今日ここに来ることを彼女は知らなかったのだ。
思えば、この本来の彼女に会うのは本当に久しぶりだ。
共に戦った時のミューの姿がどうこう、というわけではない。
しかしやはり再会してみると、この本来のミューの姿に、得も言われぬ感激が湧き上がって来た。
そして、それは彼女にしてみても同じだったようである。
目が合ったその瞬間に、彼女の目が潤んでいくのが分かった。
「……ミュー」
「……坊ちゃま」
永遠とも思えるような、時間が止まったような刹那。
その時間が動き出すと同時に、俺とミューは互いに走り寄った。
そしてその場で固く抱き合った。
この瞬間こそが、俺にとって、本当の意味でルールブレイクを成し遂げた瞬間だった。
……長かった。
長かった。本当に。
「ずっと……ずっと、お待ち申し上げておりました」
「ああ、会いたかった。待ち遠しかったよ、ミュー」
抱擁を解いて、互いの顔を見つめ合った。
「あの、エフィリア様は……」
「ああ、今、エフィリアは母上のお腹の中だ。もう間もなく産まれてくるだろう。
もちろん、ロヴェルとも知り合った。ヒューリアを紹介して貰うのは、もう少し後になるかな」
「そうなんですね。本当に、本当にまたこうして……わたし……」
涙が再び溢れ出したミューを、もう一度強く抱き締めた。
その姿を、追いかけて来た父上とシスターだけが、廊下から不思議そうに眺めていた。
そうして。
俺はミューを選んだことを父上に伝えた。
いきなり女子を抱き締めていたことについては若干突っ込まれたが、「会った瞬間にお互いに運命を感じました。もしかしたら前世で、生まれ変わったら必ず会おう、とか、そういう約束をした人なのかも知れません」とかなんとかそんなロマンチックなテンプレで誤魔化されてくれた。
この世界の人が、テンプレストーリーの耐性が無くて助かったぜ。
結果それ以外はなんの問題も無く承諾された。
しかし、危なかった。
細部の歴史が変わっているとはいえ、俺が行かなかったら下手したら父上はミューを見落としていたかもしれないのだ。
全く、油断も隙も無い。
ふと、見送りに来る孤児たちを見た。
(……あ)
その瞬間、なんとなく俺には分かってしまった。
あの男子たちの顔。
どこか悔しそうで、名残惜しそうで、悲しそうな、そんな顔。
可愛くて、思いやりがあって、しかも前世の記憶持ちだから大人でもあるミュー。
さぞかし、男子たちの人気は高かったに違いない。
だからきっと、シスターの伝言を伝える上級生たちをも巻き込んで、ミューを隠しておく作戦に出たのだ。
多くの男子がほのかな恋心を抱いている彼女を、俺に渡さないために。
(ごめんな、みんな。彼女だけは絶対に駄目だ)
こうして、俺は多くの男子の恨みの籠った目線を浴びながらも、ついに彼女と再開を果たした。
この魂で最後となるであろう再会。
それは、女神との約束を果たし、俺に与えられた異世界転生ライフの、本当の意味での始まりだった。
魔王はいない。
いや、人間を滅ぼす、という意味での魔王だが。
だから、剣術大会も開かれるかどうか。
しかし、魔法がこの地に生まれておよそ四十年。
魔法の発展に付随して、すでに各領地同士でのいざこざも生まれ始めている。
防衛のための訓練としての剣術は、昔のヴィ.フェリエラ期よりも盛んになったと言っても良い。
十分に可能性はあるだろう。
また一からのスタートになってしまうが、ミューを必ず騎士爵にして、彼女と結婚する。
その最も叶えたい夢のために、彼女に魔法の才能を付与したのだからな。
さあ、今度こそ始めよう。
何にも縛られない。
使命にも、運命にも。
広がるのはただ未確定な未来。
ああ楽しみだ。
「さあ、着いたぞ」
「……懐かしい、です」
父上の言葉に、ミューは密かにそう漏らした。
俺はミューをエスコートして、ゆっくりと馬車から降ろした。
「さあ、始めよう。ここから、もう一度、みんなで」
「はいっ! 坊ちゃま!」
この先の俺たちが果たしてどうなるのか。
それはまた別のお話……。
……とか言っちゃうんだろうな、有りがちなテンプレストーリーなら、さ。
異世界転生ルールブレイク
第三章 バル・レデルラーク編 ―完―
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