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第三章
第45話 叶えたかった夢
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現在、ラルアーはまだフリーズした状態にある。
俺が世界のシステムを改変したのだが、それはまだあくまでもプログラムを組んだだけだ。
まだ世界に適用していない状態、だと思ってもらえればいい。
何故かって?
その世界にして辻褄を合わせるために、やっておかなければならないことがあるからだ。
「ではウル様、お願い致します」
『分かりました』
ウル様が何やら言葉にならない音を発する。
すると目の前に新たな魂が出現した。
『なんだ? 一体ここはどこだというのだ?』
『うむむ、我は確かに、聖女にやられたハズ……』
『ああ、俺もだ』
おお良かった、三人とも魂はちゃんと無事だな。
「よう、フェリエラ」
『なんと、ヴァルクリスではないか!? あの後どうなったのだ? 確かにミューが聖女の首を落としたと思ったが?』
「ああ、勝ったぞ。俺たちの勝利だ」
俺はここまでの状況を、出来るだけかいつまんでフェリエラ達に話した。
さすがに会話の難易度が高すぎて、バルガレウスは途中から意識がどっか行ってしまっていたが。
「そういう訳で、聖女の作った、聖女の存在を前提とした世界のルールは全て消去した。フェリエラ達も人間を襲わなくてもいいし、寧ろ人間たちと共存していく未来を創っていけたらと思う」
『なんと……我の行動も自由なのだな? あの薄暗い部屋から出られるのだな?』
「ああ、そうだ」
少しフェリエラが感極まっている。
そりゃあそうだろう。
いくら魔王とはいってもそれは名前だけ。言うなれば聖女の奴隷として、ラスボスという名と共に、拠点に縛り付けられていた存在なのだ。
そりゃあ、この先の自由に胸がときめいてもおかしくはない。
「人間たちも、魔物たちも、いわば聖女の被害者だ。聖女を排除した今、俺たちは共に新しい世界を創っていこうと考えているが、異存はないか?」
『ヴァルクリスよ。話を聞く限りでは、我らの存在も消去して、人間だけの世界を創ることも出来たのではないか?』
「ああ、出来たな」
『だというのに、何故我らをわざわざ呼び出して、左様な事を申すのだ? 我らの存在などただの面倒事ではないか』
「……怒るぞ、フェリエラ」
俺は少し声を低くして言った。
俺たちなんかの一方的な言い分を受け入れて、共同戦線を張ってくれた三人。
囚われたミューを救いだし、聖女戦では彼女を身を挺して守ってくれたバルガレウス。
俺の無茶ぶりに、やれやれという顔をしながらも、指示通りに動いてくれたドーディア。
そして、作戦が失敗に終わり心が折れかけた俺を、守りながらも鼓舞してくれたフェリエラ。
その三人を見捨てることなどどうして出来ようか。
「魔物とか人間とかなんて関係ない。そんなものは所詮聖女が決めた枠組みだ。お前らは本当に誇り高い、俺たちのかけがえのない仲間だ。誰一人欠けても勝利なんて呼べない」
俺のその言葉を聞いて、ドーディアとバルガレウスがふっと微笑んだ。
そして俺の言葉を咀嚼するように聞いていたフェリエラは、まるで涙でも流しそうな表情に歪めた。
『すまぬ……そしてありがとう』
「ああ、これからもよろしく頼む」
魂同士ではあるが、俺とフェリエラは柔らかく握手を交わした。
……さて、こっからが本題である。
聖女が生まれないのに、魔王一派が残っているという設定。
これをどのように辻褄を合わせていくか。
それは魔王チームの協力無くしては無しえない。
俺の考えた設定はこうだ。
「俺たちが生まれる前の聖女対魔王の決戦で、聖女様は魔王と同化し、悪の力を封じましたとさ。めでたしめでたし」
と、こんな感じ。
『……なんだと!? 我が聖女を同化しただと?! 馬鹿も休み休み言え!』
やっぱり怒った。
さっきのしおらしい態度はどこへ行ったのやら。
「まあ聞けって。あくまでもそういう設定にするだけだ。別に本当に同化するわけじゃない。
それに、この設定には深い意味がある。
まず人間と共存していくにあたり、これまで人間を苦しめて来た魔王がいきなり改心した、とか言っても誰も信用しないだろう。
仮に聖女の最後の力で邪悪な心だけを消滅させたという説明をしても、いつまた魔王が人間を苦しめるか分からない、と考えるだろう」
『う、うむ、なるほど』
「しかし、聖女と魔王が同化した、という設定にしてしまえば、姿は魔王でも、人間からすれば中身は人間を守護する聖女様なんだ。しかも永遠に訪れるヴィ・フェリエラ期をもたらしたお方だ。おいそれと糾弾することは出来まい」
『……ぐぬぬ、わかった』
よし、ここさえ納得してもらえれば話は早い。
フェリエラ達には大役を任せなくてはならないのだから。
「でだ、この世界では、フェリエラ出現の影響で三名から四名の魔法使いが生まれる、という設定になっていたわけだが……」
『ほう、そんな形に明文化されていたのか』
「ああ、そこをいじって、『才能のある者が数多く魔法使いとして生まれる』と書き換えておいた。当然内容も、様々な魔法に変えてある。まあ聖女と魔王の力が融合したことで、そういった魔法に変化した、とかなんとか言っておけば問題ない」
こちらの世界では科学やテクノロジーでは無く、魔法をメインとした世界にしてみよう。
これぞザッツファンタジーである。
魔法で火をおこし、魔法で水を出す。
魔法で空を飛び、魔法で穴を掘り、魔法で物を運ぶ。
そんな世界を一からみんなで創っていくのだ。
もうそのために、あらゆるテンプレ作品からパクりまくったのだから。
魔法の属性から、その力を付与した魔道具の設定、作成法、魔素の扱い方から成長方法に至るまで、散々。
もちろん、あまりに魔法の扱いが簡単すぎると、その親ガチャならぬ神ガチャの時点で人生の成否が決まってしまうので、魔力持ちも魔法を扱うにはかなりの才能と努力が必要な感じにしておいた。
さすがにエルフやドワーフ、獣人族みたいな亜人種をラルアー大陸に創るのは不可能だった。
辻褄を合わせるのが無理だったから。
でもどうせなので、別の広い大陸の、未開拓地域にそういう亜人種が産まれるかもしれない設定を組み込んでおいた。
これでもしかしたら、いつかは交流が出来るかもしれない。
うーん、ときめき無限大だな。
おら、ワクワクすっぞ!
『なるほど、魔王を倒すため、ひいては聖女を引き立たせるためだけの魔法では無く、数多くの人間が実用的に魔法を使う世界か。そのような事、考えもしなかったぞ。何という発想力よ!』
いや、すみません。地球のファンタジー界では基礎でございます。
「でだ、フェリエラ達にはその世界の魔素、魔法使いの祖としての大役を任せたいと思う」
『なんだ?』
興味津々で聞いて来たフェリエラに、俺はそっと耳打ちした。
『な、なんだと!? そ、そのような事出来る訳が無いだろう!?』
あ、やっぱり、怒りますよね。
「いや、出来る。というかやってもらわねば困る」
『いや、我は魔王であるぞ?』
「半分は聖女様だ」
『それはそういう設定なだけだろうが!』
思った以上に頑固だなちきしょう。
『フェリエラ様、一体何を頼まれたのです?』
俺はそう聞いて来たドーディアに、耳打ちの内容を話した。
『ははは、まあ、良いのではないですか?』
『ド、ドーディア?!』
『このままでは、折角自由の身になっても、フェリエラ様は人間たちとコミュニケーションが取れず、どっかに引きこもってしまいそうですからな。ヴァルクリスには返しきれない恩がある訳ですし、一石二鳥でしょう』
「……だそうだ」
ナイスアシストだドーディア。
参謀役の部下にそう言われては、フェリエラとしても頷かざるを得なかった。
「宜しく頼むぜ! 未来の魔法学校の校長先生」
さて……これで、ここでやれるべきことは全て終わった。
後は転生するだけなのだが。
そう思い俺は女神様達の方を見た。
思えば、長い事お世話になりっぱなしだ。
きちんと礼は尽くさねばなるまい。
「ベル様、これまで本当にありがとうございました。きっとこれが最後の別れになるでしょう」
『ええ、そうですね。こちらこそ、本当にありがとう。やはりあなたは我が地球における救世主の最適任者でした』
『本当にありがとう、ベル。それにヴァルクリス』
確かに、俺は救世主としてラルアーを救ったが、そんな事で女神様達に礼を言われる筋合いは無かった。
病気で死んだ俺の意識は、あそこで無になるはずだったのだ。
恋人も、夢も、充実も何も無く、ただただ消えていくだけの存在だった俺は、異世界に行けたことで多くのものを手に入れた。
本当に女神様達には感謝しかなかったのだから。
『折角です。地球でのあなたの願いを叶えたいと思うのですが、何かありませんか?』
「願い、ですか?」
『ええ、もしも地球でやり残したことがある、とか、伝えたいことがある相手がいるとか、そういうことはありませんか?』
……うーん、そう言われても。
地球に残してきた人なんていないしなあ。
別段伝えたいことも、伝えたい相手もいない。
あ、そうだ。
俺のPCに入っていたアンケートのデータ。
アレを山口君に渡したいかも。
若干心残りだったからね。
「あの、ベル様。じゃあ、俺のPCの中に入っているデータを、同僚の山口君のPCのフォルダに入れる事は出来ますか?」
『それは出来ません』
イヤ出来ねえんかーい!
思わずワイングラスを高く掲げるジェスチャーをしそうになったじゃねえか!
『ああ、すみません。言い方が悪かったですね。それですと諸々、世界の辻褄が合わなくなってしまうので……。あの世界はもはや情報という網にがんじがらめになり過ぎて、どこに手を加えても矛盾が生じてしまうのです。
ですので、そのデータを、彼のデスクに入っているUSBメモリに入れておく、的な事ならば問題ありません』
「それならば矛盾は生じないのですか?」
『ええ、回線が繋がっていないところであれば、あなたが過去にこっそり移して入れておいてくれたのだろう、ということになるでしょうから』
「なるほど、ではそれでお願い……」
俺は、その正直どうでもいい願いをベル様にお願いしようとしたところで、言葉を止めた。
……あった。
俺のたった一つ、叶えたかった夢が。
正直やった所でどうなるものでもない。
結果も分からない。
どうなるのかも、どうなったのかも。
全ては俺の自己満足に過ぎない。
でも……それで良い。
これをやれれば、俺は本当の意味で、何の未練も無く、地球とお別れできる。
そんな気がしていた。
この場所では、時間の流れは無いに等しい。
俺だけが長居してもなんの問題は無いはずだ。
「……すみません、ベル様。やはり一つ、お願いしたいことがございます」
******
「……ふう」
なんだかんだいって長い付き合いになった、先に逝った同僚のデスクを片付けて、彼は一息ついた。
(広瀬さん、幸せな人生だったのだろうか?)
思えば、人手不足だった当時、無理やりこっち側に引きずりこんで以来、ずっと一緒に仕事をして来た。
彼は文才がある方では無かった。
でも、読んだ作品量と、作品を見る目はピカイチだった。
絶対に、クリエイターよりも、出版社サイドの方が向いている。
そう思って、会社の中途採用を彼に勧めたのは間違ってなかったと思う。もちろん、今でもそう思っている。
……しかし。
いざ、先に逝かれると思う。
本当に、あれでよかったのか、と。
彼は作家を目指していた。
それは夢だ。
芽が出ようと出まいと関係ない。
夢に向かって進む人生は、どんなにみじめでも、どんなに貧しくとも、俺からすれば眩しく、羨ましいものだった。
それを俺が、途中で無理やり諦めさせてしまったのではないか。
そんなの、会社に勤めながらでも目指せるだろう、という意見もあると思うが、そんなのはこの激務を経験してから口にして貰いたい。
「はあ……」
何度となく繰り返してきた自問自答。
当然その時も答えなど出ないまま、彼はコーヒーを淹れ、自分一人しかいないフロアの自身のデスクにカップを置いた。
(これを飲んだら帰るか……)
そう思い、机を片付けようと引き出しを開けた瞬間。
妙なものが目に入った。
それは生前、広瀬さんが使っていた、ハードカバーの小説の形をしたオモシロUSBメモリだった。
「なんでこんなところに?」
もしかしたら、倒れる前に仕事の引継ぎデータを入れておいてくれたのかもしれない。
彼はそう思い、直ぐにPCを起動した。
USBメモリを開く。
そこには一つのフォルダが入っていた。
「山口さんへ」
そう書かれたそのフォルダを開く。
中に入っていたのは二つのファイル。
一つはエクセル。
アンケート企画の集計データだった。
(さすがは広瀬さん。忌の際までしっかりしてるな……)
しかし、もう一つのデータを見て、彼は驚いた。
それはワードファイルだった。
「1.6MBだって!?」
慌てて開く。
読み込みに二十秒。
一,四二三ページ、百二万文字のそのファイルの冒頭には、こう書かれていた。
『異世界転生ルールブレイク』
と。
「広瀬さん……」
知らなかった。
彼がこんなものを書いていたなんて。
(俺が知らなかっただけで、彼は歩んでいたのだ。
激務に追われながらも、遅々としてでも、ただただ前を見据えて。
その眩しい道のりを)
そう思うだけで、彼は涙があふれて止まらなかった。
自分が止めてしまったかもしれない、彼のその夢への歩み。
その実、その歩みは止まっていなかったことを、目の前で証明してくれたのだ。
(この作品がどんなにつまらなくても、これを最後まで読む義務がある)
彼はそう心に決め、画像をスライドさせた。
タイトルが目に飛び込んでくる。
『第一章 第一話 平凡な人生でしたけど?』
そして……。
山口良男は、人生で十数年ぶりに。
徹夜で小説に没頭したのだった。
その作品がその後どうなったのか……。
それは誰も知る由も無かった。
(第46話 『その魂の最後の再会』へつづく)
俺が世界のシステムを改変したのだが、それはまだあくまでもプログラムを組んだだけだ。
まだ世界に適用していない状態、だと思ってもらえればいい。
何故かって?
その世界にして辻褄を合わせるために、やっておかなければならないことがあるからだ。
「ではウル様、お願い致します」
『分かりました』
ウル様が何やら言葉にならない音を発する。
すると目の前に新たな魂が出現した。
『なんだ? 一体ここはどこだというのだ?』
『うむむ、我は確かに、聖女にやられたハズ……』
『ああ、俺もだ』
おお良かった、三人とも魂はちゃんと無事だな。
「よう、フェリエラ」
『なんと、ヴァルクリスではないか!? あの後どうなったのだ? 確かにミューが聖女の首を落としたと思ったが?』
「ああ、勝ったぞ。俺たちの勝利だ」
俺はここまでの状況を、出来るだけかいつまんでフェリエラ達に話した。
さすがに会話の難易度が高すぎて、バルガレウスは途中から意識がどっか行ってしまっていたが。
「そういう訳で、聖女の作った、聖女の存在を前提とした世界のルールは全て消去した。フェリエラ達も人間を襲わなくてもいいし、寧ろ人間たちと共存していく未来を創っていけたらと思う」
『なんと……我の行動も自由なのだな? あの薄暗い部屋から出られるのだな?』
「ああ、そうだ」
少しフェリエラが感極まっている。
そりゃあそうだろう。
いくら魔王とはいってもそれは名前だけ。言うなれば聖女の奴隷として、ラスボスという名と共に、拠点に縛り付けられていた存在なのだ。
そりゃあ、この先の自由に胸がときめいてもおかしくはない。
「人間たちも、魔物たちも、いわば聖女の被害者だ。聖女を排除した今、俺たちは共に新しい世界を創っていこうと考えているが、異存はないか?」
『ヴァルクリスよ。話を聞く限りでは、我らの存在も消去して、人間だけの世界を創ることも出来たのではないか?』
「ああ、出来たな」
『だというのに、何故我らをわざわざ呼び出して、左様な事を申すのだ? 我らの存在などただの面倒事ではないか』
「……怒るぞ、フェリエラ」
俺は少し声を低くして言った。
俺たちなんかの一方的な言い分を受け入れて、共同戦線を張ってくれた三人。
囚われたミューを救いだし、聖女戦では彼女を身を挺して守ってくれたバルガレウス。
俺の無茶ぶりに、やれやれという顔をしながらも、指示通りに動いてくれたドーディア。
そして、作戦が失敗に終わり心が折れかけた俺を、守りながらも鼓舞してくれたフェリエラ。
その三人を見捨てることなどどうして出来ようか。
「魔物とか人間とかなんて関係ない。そんなものは所詮聖女が決めた枠組みだ。お前らは本当に誇り高い、俺たちのかけがえのない仲間だ。誰一人欠けても勝利なんて呼べない」
俺のその言葉を聞いて、ドーディアとバルガレウスがふっと微笑んだ。
そして俺の言葉を咀嚼するように聞いていたフェリエラは、まるで涙でも流しそうな表情に歪めた。
『すまぬ……そしてありがとう』
「ああ、これからもよろしく頼む」
魂同士ではあるが、俺とフェリエラは柔らかく握手を交わした。
……さて、こっからが本題である。
聖女が生まれないのに、魔王一派が残っているという設定。
これをどのように辻褄を合わせていくか。
それは魔王チームの協力無くしては無しえない。
俺の考えた設定はこうだ。
「俺たちが生まれる前の聖女対魔王の決戦で、聖女様は魔王と同化し、悪の力を封じましたとさ。めでたしめでたし」
と、こんな感じ。
『……なんだと!? 我が聖女を同化しただと?! 馬鹿も休み休み言え!』
やっぱり怒った。
さっきのしおらしい態度はどこへ行ったのやら。
「まあ聞けって。あくまでもそういう設定にするだけだ。別に本当に同化するわけじゃない。
それに、この設定には深い意味がある。
まず人間と共存していくにあたり、これまで人間を苦しめて来た魔王がいきなり改心した、とか言っても誰も信用しないだろう。
仮に聖女の最後の力で邪悪な心だけを消滅させたという説明をしても、いつまた魔王が人間を苦しめるか分からない、と考えるだろう」
『う、うむ、なるほど』
「しかし、聖女と魔王が同化した、という設定にしてしまえば、姿は魔王でも、人間からすれば中身は人間を守護する聖女様なんだ。しかも永遠に訪れるヴィ・フェリエラ期をもたらしたお方だ。おいそれと糾弾することは出来まい」
『……ぐぬぬ、わかった』
よし、ここさえ納得してもらえれば話は早い。
フェリエラ達には大役を任せなくてはならないのだから。
「でだ、この世界では、フェリエラ出現の影響で三名から四名の魔法使いが生まれる、という設定になっていたわけだが……」
『ほう、そんな形に明文化されていたのか』
「ああ、そこをいじって、『才能のある者が数多く魔法使いとして生まれる』と書き換えておいた。当然内容も、様々な魔法に変えてある。まあ聖女と魔王の力が融合したことで、そういった魔法に変化した、とかなんとか言っておけば問題ない」
こちらの世界では科学やテクノロジーでは無く、魔法をメインとした世界にしてみよう。
これぞザッツファンタジーである。
魔法で火をおこし、魔法で水を出す。
魔法で空を飛び、魔法で穴を掘り、魔法で物を運ぶ。
そんな世界を一からみんなで創っていくのだ。
もうそのために、あらゆるテンプレ作品からパクりまくったのだから。
魔法の属性から、その力を付与した魔道具の設定、作成法、魔素の扱い方から成長方法に至るまで、散々。
もちろん、あまりに魔法の扱いが簡単すぎると、その親ガチャならぬ神ガチャの時点で人生の成否が決まってしまうので、魔力持ちも魔法を扱うにはかなりの才能と努力が必要な感じにしておいた。
さすがにエルフやドワーフ、獣人族みたいな亜人種をラルアー大陸に創るのは不可能だった。
辻褄を合わせるのが無理だったから。
でもどうせなので、別の広い大陸の、未開拓地域にそういう亜人種が産まれるかもしれない設定を組み込んでおいた。
これでもしかしたら、いつかは交流が出来るかもしれない。
うーん、ときめき無限大だな。
おら、ワクワクすっぞ!
『なるほど、魔王を倒すため、ひいては聖女を引き立たせるためだけの魔法では無く、数多くの人間が実用的に魔法を使う世界か。そのような事、考えもしなかったぞ。何という発想力よ!』
いや、すみません。地球のファンタジー界では基礎でございます。
「でだ、フェリエラ達にはその世界の魔素、魔法使いの祖としての大役を任せたいと思う」
『なんだ?』
興味津々で聞いて来たフェリエラに、俺はそっと耳打ちした。
『な、なんだと!? そ、そのような事出来る訳が無いだろう!?』
あ、やっぱり、怒りますよね。
「いや、出来る。というかやってもらわねば困る」
『いや、我は魔王であるぞ?』
「半分は聖女様だ」
『それはそういう設定なだけだろうが!』
思った以上に頑固だなちきしょう。
『フェリエラ様、一体何を頼まれたのです?』
俺はそう聞いて来たドーディアに、耳打ちの内容を話した。
『ははは、まあ、良いのではないですか?』
『ド、ドーディア?!』
『このままでは、折角自由の身になっても、フェリエラ様は人間たちとコミュニケーションが取れず、どっかに引きこもってしまいそうですからな。ヴァルクリスには返しきれない恩がある訳ですし、一石二鳥でしょう』
「……だそうだ」
ナイスアシストだドーディア。
参謀役の部下にそう言われては、フェリエラとしても頷かざるを得なかった。
「宜しく頼むぜ! 未来の魔法学校の校長先生」
さて……これで、ここでやれるべきことは全て終わった。
後は転生するだけなのだが。
そう思い俺は女神様達の方を見た。
思えば、長い事お世話になりっぱなしだ。
きちんと礼は尽くさねばなるまい。
「ベル様、これまで本当にありがとうございました。きっとこれが最後の別れになるでしょう」
『ええ、そうですね。こちらこそ、本当にありがとう。やはりあなたは我が地球における救世主の最適任者でした』
『本当にありがとう、ベル。それにヴァルクリス』
確かに、俺は救世主としてラルアーを救ったが、そんな事で女神様達に礼を言われる筋合いは無かった。
病気で死んだ俺の意識は、あそこで無になるはずだったのだ。
恋人も、夢も、充実も何も無く、ただただ消えていくだけの存在だった俺は、異世界に行けたことで多くのものを手に入れた。
本当に女神様達には感謝しかなかったのだから。
『折角です。地球でのあなたの願いを叶えたいと思うのですが、何かありませんか?』
「願い、ですか?」
『ええ、もしも地球でやり残したことがある、とか、伝えたいことがある相手がいるとか、そういうことはありませんか?』
……うーん、そう言われても。
地球に残してきた人なんていないしなあ。
別段伝えたいことも、伝えたい相手もいない。
あ、そうだ。
俺のPCに入っていたアンケートのデータ。
アレを山口君に渡したいかも。
若干心残りだったからね。
「あの、ベル様。じゃあ、俺のPCの中に入っているデータを、同僚の山口君のPCのフォルダに入れる事は出来ますか?」
『それは出来ません』
イヤ出来ねえんかーい!
思わずワイングラスを高く掲げるジェスチャーをしそうになったじゃねえか!
『ああ、すみません。言い方が悪かったですね。それですと諸々、世界の辻褄が合わなくなってしまうので……。あの世界はもはや情報という網にがんじがらめになり過ぎて、どこに手を加えても矛盾が生じてしまうのです。
ですので、そのデータを、彼のデスクに入っているUSBメモリに入れておく、的な事ならば問題ありません』
「それならば矛盾は生じないのですか?」
『ええ、回線が繋がっていないところであれば、あなたが過去にこっそり移して入れておいてくれたのだろう、ということになるでしょうから』
「なるほど、ではそれでお願い……」
俺は、その正直どうでもいい願いをベル様にお願いしようとしたところで、言葉を止めた。
……あった。
俺のたった一つ、叶えたかった夢が。
正直やった所でどうなるものでもない。
結果も分からない。
どうなるのかも、どうなったのかも。
全ては俺の自己満足に過ぎない。
でも……それで良い。
これをやれれば、俺は本当の意味で、何の未練も無く、地球とお別れできる。
そんな気がしていた。
この場所では、時間の流れは無いに等しい。
俺だけが長居してもなんの問題は無いはずだ。
「……すみません、ベル様。やはり一つ、お願いしたいことがございます」
******
「……ふう」
なんだかんだいって長い付き合いになった、先に逝った同僚のデスクを片付けて、彼は一息ついた。
(広瀬さん、幸せな人生だったのだろうか?)
思えば、人手不足だった当時、無理やりこっち側に引きずりこんで以来、ずっと一緒に仕事をして来た。
彼は文才がある方では無かった。
でも、読んだ作品量と、作品を見る目はピカイチだった。
絶対に、クリエイターよりも、出版社サイドの方が向いている。
そう思って、会社の中途採用を彼に勧めたのは間違ってなかったと思う。もちろん、今でもそう思っている。
……しかし。
いざ、先に逝かれると思う。
本当に、あれでよかったのか、と。
彼は作家を目指していた。
それは夢だ。
芽が出ようと出まいと関係ない。
夢に向かって進む人生は、どんなにみじめでも、どんなに貧しくとも、俺からすれば眩しく、羨ましいものだった。
それを俺が、途中で無理やり諦めさせてしまったのではないか。
そんなの、会社に勤めながらでも目指せるだろう、という意見もあると思うが、そんなのはこの激務を経験してから口にして貰いたい。
「はあ……」
何度となく繰り返してきた自問自答。
当然その時も答えなど出ないまま、彼はコーヒーを淹れ、自分一人しかいないフロアの自身のデスクにカップを置いた。
(これを飲んだら帰るか……)
そう思い、机を片付けようと引き出しを開けた瞬間。
妙なものが目に入った。
それは生前、広瀬さんが使っていた、ハードカバーの小説の形をしたオモシロUSBメモリだった。
「なんでこんなところに?」
もしかしたら、倒れる前に仕事の引継ぎデータを入れておいてくれたのかもしれない。
彼はそう思い、直ぐにPCを起動した。
USBメモリを開く。
そこには一つのフォルダが入っていた。
「山口さんへ」
そう書かれたそのフォルダを開く。
中に入っていたのは二つのファイル。
一つはエクセル。
アンケート企画の集計データだった。
(さすがは広瀬さん。忌の際までしっかりしてるな……)
しかし、もう一つのデータを見て、彼は驚いた。
それはワードファイルだった。
「1.6MBだって!?」
慌てて開く。
読み込みに二十秒。
一,四二三ページ、百二万文字のそのファイルの冒頭には、こう書かれていた。
『異世界転生ルールブレイク』
と。
「広瀬さん……」
知らなかった。
彼がこんなものを書いていたなんて。
(俺が知らなかっただけで、彼は歩んでいたのだ。
激務に追われながらも、遅々としてでも、ただただ前を見据えて。
その眩しい道のりを)
そう思うだけで、彼は涙があふれて止まらなかった。
自分が止めてしまったかもしれない、彼のその夢への歩み。
その実、その歩みは止まっていなかったことを、目の前で証明してくれたのだ。
(この作品がどんなにつまらなくても、これを最後まで読む義務がある)
彼はそう心に決め、画像をスライドさせた。
タイトルが目に飛び込んでくる。
『第一章 第一話 平凡な人生でしたけど?』
そして……。
山口良男は、人生で十数年ぶりに。
徹夜で小説に没頭したのだった。
その作品がその後どうなったのか……。
それは誰も知る由も無かった。
(第46話 『その魂の最後の再会』へつづく)
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