異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第42話 エンジェルズ・マヌーバー その1

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 聖女の耳元でわざわざ会話を続けたのは、背中に隠し持っていた抜き身のショートソードを取り出すのをバレないようにするため。
 抱き合ったまま背中から刺さなかったのは、魔法使い達の視界に剣を見せないようにするため。
 仮面を外すように促したのは、俺の顔に意識を集中させるため。

 こうして全てのロジックが積み重なり、俺は聖女の心臓を確実に貫いた。

「ご……、ごばっ!」
「ティセア様!」

 座り込んでいたキアスが声を上げる。
 聖女はよろめきながら、俺を突き飛ばすと、ふらふらと後ろに離れた。

 心臓を貫かれたのだ。
 確実に致死ダメージだ。
 口から大量の血を吐き、ろくに息も出来ない聖女。
 回復をしようにも、呪文ワードの詠唱など出来まい。

 しかし、油断はできない。
 俺が止めを刺そうと両手剣バスタードソードを拾い上げようとした瞬間……。

 信じられないものを見た。

「"完全回復パーフェクトリカバリー"」

 一音すらも、きちんと発音できていたかも定かではないその「ゴボゴボ」という言葉を発した瞬間。
 聖女の身体に刺さっていた剣が、まるで肉体の内部にあった部分が消失でもしたかのように、そのはみ出していた先っぽと柄の部分だけが地面に転がった。
 そして見る見るうちに、胸の傷が塞がっていく。

 なんだそれは?!

(まずい! まずい! まずい!)

 俺の脳が全開で警鐘を鳴らしていた。

 このままでは完全回復される。
 少しでも手負いの隙に!

「おあああああ!」

 俺は猛然と聖女に斬りかかった。

 しかし、時すでに遅し。

「"聖なる防壁セイクリッドプロテクション"」

 聖女の防壁によって、俺の一太刀は完全に遮られた。

 くっ! まだだ、今からでも、何か策を!
 一応まだ俺は、操られているルレーフェだ。
 であればきっとそこに突破口が……。

「"聖なる礫セイクリッドヘイル"」

 すかさず聖女の放った光の礫が俺に襲い掛かる。

「ぐわああああ!」

 これは物理百パーセントに振ってやがる!
 鎧を貫通することは無かったが、むき出しだった俺の太ももや二の腕に穴が開いた。

 からーん。

 そして最後の頼みの綱までもが、空しく乾いた音を立てた。

 そう、俺の仮面が弾き飛ばされたのだ。

「……あなた、ルルじゃない。そう……嘘をついたのね?」

 ……その時の俺はどんなにひどい顔をしていたことだろう。
 きっと絶望に歪んだ顔をしていたに違いない。

 だって、もう俺たちに勝ちの目は無いのだから。

 どうして……。
 どうして俺は、心臓を貫く、なんて生易しい攻撃を仕掛けたのだ!?

 猿轡を噛ませれば、魔法を封じられる。
 そんな弱点を聖女が残すはずもない。
 であれば、念じることすらも出来ない形でらなければならなかった!

 そう。
 どうして一撃で首を斬り落とすという選択をしなかったのだ!?

 少し考えれば分かりそうなものなのに……。

 でも、どんなに後悔しても後の祭りだった。


 ダメージも蓄積しない。いつでも完全回復可能。
 MPマジックポイントも無限。
 接近できても、完璧な防御魔法がある。

 どう考えても詰みだ。

(だったら、だったらもうこの際……)

 ……言いたかった。
 言ってしまいたかった。

 俺が地球からの転生者で、ルレーフェの魂も持っていることを。

 きっと聖女だって、悪気があってこんな世界を創ったわけじゃないんだ。
 ただ、自分の承認欲求を満たすために、俺TUEEEな主人公をやりたかっただけなんだ。
 だからもしかしたら、説得すれば応じてくれるかもしれない。
 みんなが幸せになれるような世界に作り直してくれるかもしれない。

「でもおかしいな。なんであなたがルルの記憶を知ってるの?」

 本当に言っても良いのだろうか?
 話を聞いてくれるのだろうか?


 ふと俺の脳裏に、地球時代の、会社のデスクでの一コマが浮かんだ。
 目の前のPCのディスプレイの中に並ぶ無限のタイトル。

 『なぜか異世界に飛ばされたけど俺だけ……』
 『実は気づかれなかった、俺だけの最強スキル……』
 『追放されたけど、実は俺だけ……』
 『俺だけの特殊スキルで無双したら……』
 『実は生まれつき最強レベルだった俺は……』
 『俺だけのゴミスキルが、実は……』

 実は、実は、実は、実は……。
 俺だけ、俺だけ、俺だけ、俺だけ……。

 その全ての集大成が、
 その全ての欲望の権化が、
 目の前のコイツなのだ。

 そう考えれば、結論はおのずと出た。

 その世界を、その理想郷ユートピアを手に入れたこいつが、果たしてそれを手放すだろうか?

(……いや、無理だろ、普通に)


「もういいや、全員倒せばそれで終わり」

 応えない俺にしびれを切らしたらしい聖女はそう言うと、剣を担ぐように上段に構えた。

『来るぞ! ヴァルス!』
「坊ちゃま!」
「はああああ! "聖剣エクスカリバー"!!」
『ちいっ!』

 慌ててフェリエラが俺の前に出た。
 そして床の仕掛けに手を入れると、畳返しの要領で、事前に床に敷いておいた石壁を持ち上げ、巨大な盾を作った。

 ばしゅん!

 魔素攻撃に全振りしていた聖女の最強魔法が、石壁に当たってあっさりと霧散した。

『しっかりするのだ! 最後まであきらめるな!』
「……でも、フェリエラ」
『良いところまで行ったではないか。お前の作戦で、聖女をあと一歩まで追い詰めた。さすがだったぞ。
 例え我らが消滅しようとも、聖女の奴隷にされようとも、お前と共に戦った日々は楽しかった。未来を思い描けただけでも嬉しかった。もうそれだけで十分だ、悔いはない』

 そういって、魔王フェリエラは爽やかに微笑んだ。

 ……何なんだよ。
 なんでこんなやつが魔王なんてやらされてんだよ。
 マジでなんなんだよ聖女って。
 テメエの方がよっぽど魔王じゃねえかよ!
 承認欲求と自己顕示欲の化け物が!

 駄目だ。
 コイツに媚びへつらうのだけはダメだ。
 それだけは俺の魂にかけて容認出来ない!

 たとえ負けても、最後まで戦う!

「ふうん、じゃあ、これならどう? "聖剣エクスカリバー"!」

 俺とフェリエラの石壁の陰に隠れた会話など聞こえない様子で、聖女は再び最終魔法を放ってきた。

 もう見境無しかよ。

 その魔法で、俺たちを守っていた石壁が爆散する。
 今度は物理全振りだ!

『いかん!』

 フェリエラが慌てて俺をかばい、盾になる。
 さすがに最終魔法とはいえ、物理全振りではフェリエラを倒すことは出来ない。しかし、人間である俺はかすれば消し炭になってしまうだろう。

 どごおおおおん!

 風圧で、床がめくれ、盾用に置いてあった石壁が全て吹き飛んだ。
 もうこれでフェリエラに、最終魔法を防ぐ術は無くなった。

「宣言するわ。次は物理と魔素、半々で打つ。跡形もなく消えなさい」
「一回こっきりの最終魔法のはずじゃねえのかよ?」

 俺はせめてもの抵抗として悪態をついてみた。
 しかし聖女はクスリと笑ってこう言い放った。

「……そうね。次回からは▪▪▪▪▪気をつけるわ」
と。

 そして聖女が、最後の構えに入るその時だった。

 からーん。

 乾いた音がした。

 見れば、ミューがおのれの仮面を投げ捨てていた。

 その音で、一瞬、彼女に注目が集まる。

 そしてその隙に、彼女はゆっくりと俺たちの前に立った。

「……ミュー?」

 ミューは何も言わなかった。
 俺のために盾になろうとしているのだろうか?
 やぶれかぶれで敵に挑もうとしているのだろうか?

 しかし俺にはそうは思えなかった。
 何故なら、その顔を、俺は見たことがあったからだ。

 三辺境領合同で催された剣術大会。
 その時に戦いに挑んだあの彼女の顔だった。

 確信をもって、彼女はその場に立っていた。
 「絶対に私が倒す」と。

 でも、そんな事は不可能だ。いくら何でも。

「やめろ! ミュー!」
「坊ちゃま、初めてです。」
「……え?」

 ミューはゆっくりと俺に振り返ると、眩いばかりの笑顔を向けて俺に言った。

「人生で初めて、坊ちゃまの命に逆らいます」

 その強さと、その凛々しさは、まさしく疾風の戦乙女だった。

 そしてミューは、一気に聖女に向かって突っ込んで行った。

(駄目だ! どう考えても、聖女の魔法の方が早い!)

 そもそもあの"聖剣エクスカリバー"には溜めなんて必要ないのだ。
 撃とうと思えば即座に撃てる。
 これまでわざわざ溜めて溜めて撃っていたあれは、ヤツの演出に過ぎない。

 距離にして三十メートル。
 ミューが近寄る前に消し炭にされるのは目に見えていた。
 そう、俺たちもろとも。

 その時だった……。

「――! ―――!」

 ミューが信じられない言葉を発した。

 その瞬間……。
 何が起こったのかわからなかった。

 しかし、瞬きをするほどの時間の後。

 ミューの、その正確に薙ぎ払われた槍の一閃は……。

 聖女の首を刎ね飛ばしていた。



(第43話 『エンジェルズ・マヌーバー』その2 へつづく)
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