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第三章
第39話 決戦前夜
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魔王フェリエラの情報によると、最後の領地、ビーレット男爵領が奪還されたらしい。
ついに、ここ魔王城ことバジェル伯爵領が最後の砦となった。
とはいえ、そもそも今回は、魔王と魔物たちにこの世界を侵略する意図は無いので最後の砦もクソも無いか。
俺たちの目標はたった一つ、聖女の討伐。
そういう意味では、聖女側と同様に、「辿り着いたファイナルバトル」と言う訳だ。
『恐らく、あと数日で聖女はここに現れるであろうな』
「ああ……そうだな」
俺たち五人は魔王の間で、その時をただ待つばかりだった。
何と言うか……形容しがたい気持ちである。
待ちわびた日の訪れのようでもありつつ、はたまた刑の執行日か近づいて来るかような心持ちでもあった。
そう、柄にもなく俺は緊張していた。
無理もないだろう。
相手は、二位に大差をつけて世界最強の聖女だ。
異世界転生し、自分だけのチート能力を身に付け、最高の容姿を持ち、世界を救う。
地球の生み出した、俺TUEEEな、承認欲求の権化。
ヤツの生み出したマッチポンプのシステムによって、これまで一体何万人、いや何十万人の人々が命を落としたことだろう。
しかし、救世主であるヤツには、人々のために戦ってきたという自負はあれど、罪悪感など皆無である。
俺たちが挑むのは言わばそんな世界の創造神だ。
しかもチャンスは一度きり。
緊張しない方が無理というものだ。
『なあ、ヴァルクリスよ。もしもこの戦いで我らが敗北を喫したら、この世界はどうなる?』
「……」
聖女がどういうシステムでこの世界のルールを管理しているのかは知らないが、今回しくじれば、恐らくルレーフェの魂を調べ、管理しようとするだろう。
そうなれば……恐らくバレる。
ルレーフェは地球人の魂である、という事が。
そうなればもはやおしまいだ。
ベル様に今後手出しが出来ないように、別世界の魂をシャットアウトするだろう。
その際、もしも俺がベル様の元に……つまり、あの霧のグラデーションの世界にいた場合、二度とここには入り込めない。
そしてもしも、四度目のチャレンジの為にこの世界に存在していた場合。
……何をされるのか想像もつかない。
魔王のように、永遠のやられ役を押し付けられるかもしれない。
或いは永遠に聖女の奴隷として魂を縛り付けられるかもしれない。
普通に成仏だけはさせてくれなさそうだ。
「……とまあ、そんな感じだ。このままの世界で行くにせよ、多少設定や世界観をいじられるにせよ、聖女にとってただただ都合のいい、気持ちいい世界創造の駒にされるだろうな、永遠に」
『そうか……』
「それでもまだ良い方だ。最悪、今回の戦いに関わった魂は全員消去。新たに魔王や幹部を作り直すだろうさ」
『我らの復活……それすらも聖女の作ったルールなのだから、当然か』
「……ああ」
俺の説明を聞いたフェリエラは、深刻な表情でやれやれ、とでも言うかのように首を振った。
『なあ、ヴァルスよ。正直なところ、勝率はどのくらいだ?』
いつも冷静で飄々としたドーディアでさえ、落ち着きのない様子で俺にそう聞いてくる。
やはり、魔物にとっても……いや寧ろ、今まで常に復活が前提とされていた魔物にとってだからこそ、なのか。負ければ二度と復活できないかもしれない、真の意味での「死」が訪れる戦いは、相当不安なようだった。
しかしすまんなドーディア。
お前のお気に召す答えはあげられそうにない。
「まだそんな事を言っているのか、ドーディア。勝率だって? そんなものあるはずがないだろう。ゼロだ、ゼロ。言うなれば今回の戦いは、剣を握るどころかまだ立って歩けない赤ん坊が、百戦錬磨の騎士団長と一対一で果し合いをするようなものだ」
『そ、そんなに、なのか?』
「ああ。しかし、敵が赤ん坊を斬り殺せずに抱き上げ、思わずその頬にキスすれば、そこに塗ってあった猛毒がそいつを殺す。例えるならば、今回のはそういう戦いだ。
だから……まあ、そうだな。聖女と戦って勝てる可能性は皆無だが、無事聖女に抱き上げて貰える可能性は……半々ってところだと思うぞ。その為に、俺たちは色々と画策してきたんだからな」
しかし、そう言った俺の言葉の一拍後。
『……はっはっはっは!』
魔物たちが声を上げて大笑いした。
どうした? バグったのか?
『台本を渡されて、セリフと演技を覚えさせられたのも、全ては聖女に抱き上げて貰うためか!』
『人間の少女の姿で、ヴァルクリスをお兄ちゃん呼ばわりさせられたのも、その為だと思うと……くっくっく』
『はっはっは! いや、逆にそれくらい卑屈に、はっきりと言ってくれた方が、清々しいわ!』
どうやらバグッたようでは無かった。
逆に俺たちを下げて、卑屈に例えたのが、かえって功を奏したようだ。
聖女に対抗できる、などという思い込みやプライドはしくじる可能性を上げるだけだ。
最後の戦いを前に、みんながそれを理解してくれていたようで、本当に良かった。
「みんながこれまで戦ってきた聖女とは、『自らが神であることを隠し通してきた神』だ。しかし今回、みんながそれを知ったとて、聖女が神であることは揺るがない。唯一の隙は、『俺たちが気づいたことを、聖女は知らない』という一点だけだ。だからそこを突き、一撃で致死量のダメージを与える」
『ふふ……。全くもって、その通りだな』
『おう! 我もやり遂げて見せようぞ!』
徐々に、みんなの顔が明るくなってきた。
目的と手段を見失わずに、聖女に相対さねばならない。
そこにおいては、ひとまず我ら「チーム魔王軍」は問題無さそうであった。
『のう、ヴァルクリスよ』
「なんだ?」
『……感謝する。我らにこのような機会を与えてくれて』
「どうした急に」
一息ついたところで、フェリエラが改まって俺に礼を言ってきた。
『おぬしが現れなければ、我らはただ、訳も分からずに、何の疑問も持つことも無く、永遠に、聖女に繰り返しやられるだけの無意味な存在だったことだろう。しかし、今、我らは初めてこうして自身の生と向き合い、まだ見ぬ未来の形というものを思い描いている。それだけでこれほどまでに、清々しい気持ちになるとは思いもしなかった』
思えば、魔王としての役割を与えられたフェリエラは、魔王の間から出る事も許されず、日の光を見る事も出来ずに、ただただ何百年も聖女にやられ続けて来たのだ。
日の光を浴び、人間と共存し、自由に生きる。
彼女にだってそんな未来があっても良いじゃないか。
バルガレウスとドーディアを見ると、フェリエラのその言葉に頷きながらも優しく微笑み、俺に親愛のまなざしを向けていた。
『だからな、異世界の勇者よ。もしも我らが敗北した時、そなたとミューは、この世界に戻って来てはならぬ。そなたらまでこの世界に囚われ、聖女の奴隷になり下がる必要は無い。ここまでで十分じゃ。こうして運命の一戦を交えることが出来ただけでも、十分意義のある生だった』
「……やめろ」
ロヴェルもヒューリアも。
フッツァもマビューズも。
エミュもヴァリスも。
この世界で出来た俺の大切な仲間だ。
そして、魔王フェリエラ、魔鬼バルガレウス、魔人ドーディア。
彼らも、俺の大切な仲間だ。
しかも、最終決戦に挑む、最強パーティーだ。
絶対に助けて見せる!
「俺の生きる世界はここだ。もう地球に未練はない。それにこの世界で救いたい人たちがいる。俺とお前らは一つ、運命共同体だ。俺に感謝してくれるなら、そんな弱気な発言などせずに、聖女を欺くことを第一に考えろ」
そっけなく言ったつもりが、少し震えてしまった。
それが、フェリエラたちへの親愛の情を隠し切れなかったが故の震えだと、俺には分かっていた。そしてきっと彼らにも伝わってしまったに違いなかった。
『ふふ、そうだな。全く、人間を殺すために作られた恐怖の魔王が、人間にそのような口をきかれる日が来ようとはな』
「そんな聖女の作った設定だろ。俺には関係ないさ」
『違いない』
こうして、最後の戦いを前に、俺たち五人は声を上げて笑い合った。
******
――それから四日後。
フェリエラさんから、ついに魔王城付近の魔物が討伐されたとの報告が来た。
恐らく明日未明、聖女たちがこの場に来る。
それは間違いなさそうだった。
「ミューついに明日が決戦の時だ。大丈夫かい?」
寝室に向かう廊下で、坊ちゃまが私にそう言って下さった。けれど、私には坊ちゃまの方が緊張している様に見えた。
だって、この世界を救うための細い筋道も、それを突破する作戦も、全て坊ちゃまが立てたんだから。
私なんて、坊ちゃまを信じて、例え死のうともついていくだけなんだから。
きっとそういう意味では、坊ちゃまの方が何百倍も緊張しているに違いない。
そう思い、私は坊ちゃまの手を取った。
「ミュー?」
「大丈夫ですよ、坊ちゃま。私は坊ちゃまを信じています。そして私が信じる坊ちゃまの作戦が、失敗するなんてあり得ません」
そして珍しく、いや、きっと初めてかもしれない。
私の方から坊ちゃまを抱き締めた。
「頑張りましょう。もう一度、ラルゴス様や奥様、ロヴェル様にヒューリア様、そしてエフィリア様にお会いするためにも」
「……ああ、ありがとう」
そして私は坊ちゃまと口づけを……交わす雰囲気だったけど、止めておいた。
戦いに挑む最後の晩。
正直に言えば、坊ちゃまと肌を重ねたかった。
抱き締めて貰ったまま眠りにつきたかった。
でも、これまでの人生で良く分かった。
私きっと、とっても貪欲な性格なんだって。
だから……。
「今日はここまでにしておきます。わたし、思い残すことがあった方が、きっと本気になれますので」
「え? あ、ああ」
「おやすみなさいませ、坊ちゃま」
そして私は、自身の部屋に入った。
(もちろん、嘘じゃないけど……)
先程の言葉は本当だ。だって事実いま、生きて坊ちゃまに愛して頂くために闘志に燃えているのだから。
しかし、私には今晩、坊ちゃまと共に過ごせない理由があった。
ふと、遠征の時に使った自身の鞄が目に入る。
私は、ゆっくりとそれに近づいた。
手を入れ、奥にしまってあった便せんを取り出す。
それと同時に、私にこれを手渡した、ヴィエリディア領で出会った銀髪の美少女の顔が思い浮かんだ。
(『最も危険な戦いに挑む前に、私一人で読むこと』だよね。今ならきっと問題ないはず)
そして私はその便せんを丁寧に開き、中に入っていた、二つ折りにされた一枚の手紙を取り出した。
そして……。
エルティアさんによって書かれたその手紙の内容は、私の冷静さを吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。
(!! ええ!? そ……そんな、そんなことって!?)
最終決戦の前日。
残念ながら私は眠りにつけそうになかった。
(第40話 『そして積み上げた先に その1』へつづく)
ついに、ここ魔王城ことバジェル伯爵領が最後の砦となった。
とはいえ、そもそも今回は、魔王と魔物たちにこの世界を侵略する意図は無いので最後の砦もクソも無いか。
俺たちの目標はたった一つ、聖女の討伐。
そういう意味では、聖女側と同様に、「辿り着いたファイナルバトル」と言う訳だ。
『恐らく、あと数日で聖女はここに現れるであろうな』
「ああ……そうだな」
俺たち五人は魔王の間で、その時をただ待つばかりだった。
何と言うか……形容しがたい気持ちである。
待ちわびた日の訪れのようでもありつつ、はたまた刑の執行日か近づいて来るかような心持ちでもあった。
そう、柄にもなく俺は緊張していた。
無理もないだろう。
相手は、二位に大差をつけて世界最強の聖女だ。
異世界転生し、自分だけのチート能力を身に付け、最高の容姿を持ち、世界を救う。
地球の生み出した、俺TUEEEな、承認欲求の権化。
ヤツの生み出したマッチポンプのシステムによって、これまで一体何万人、いや何十万人の人々が命を落としたことだろう。
しかし、救世主であるヤツには、人々のために戦ってきたという自負はあれど、罪悪感など皆無である。
俺たちが挑むのは言わばそんな世界の創造神だ。
しかもチャンスは一度きり。
緊張しない方が無理というものだ。
『なあ、ヴァルクリスよ。もしもこの戦いで我らが敗北を喫したら、この世界はどうなる?』
「……」
聖女がどういうシステムでこの世界のルールを管理しているのかは知らないが、今回しくじれば、恐らくルレーフェの魂を調べ、管理しようとするだろう。
そうなれば……恐らくバレる。
ルレーフェは地球人の魂である、という事が。
そうなればもはやおしまいだ。
ベル様に今後手出しが出来ないように、別世界の魂をシャットアウトするだろう。
その際、もしも俺がベル様の元に……つまり、あの霧のグラデーションの世界にいた場合、二度とここには入り込めない。
そしてもしも、四度目のチャレンジの為にこの世界に存在していた場合。
……何をされるのか想像もつかない。
魔王のように、永遠のやられ役を押し付けられるかもしれない。
或いは永遠に聖女の奴隷として魂を縛り付けられるかもしれない。
普通に成仏だけはさせてくれなさそうだ。
「……とまあ、そんな感じだ。このままの世界で行くにせよ、多少設定や世界観をいじられるにせよ、聖女にとってただただ都合のいい、気持ちいい世界創造の駒にされるだろうな、永遠に」
『そうか……』
「それでもまだ良い方だ。最悪、今回の戦いに関わった魂は全員消去。新たに魔王や幹部を作り直すだろうさ」
『我らの復活……それすらも聖女の作ったルールなのだから、当然か』
「……ああ」
俺の説明を聞いたフェリエラは、深刻な表情でやれやれ、とでも言うかのように首を振った。
『なあ、ヴァルスよ。正直なところ、勝率はどのくらいだ?』
いつも冷静で飄々としたドーディアでさえ、落ち着きのない様子で俺にそう聞いてくる。
やはり、魔物にとっても……いや寧ろ、今まで常に復活が前提とされていた魔物にとってだからこそ、なのか。負ければ二度と復活できないかもしれない、真の意味での「死」が訪れる戦いは、相当不安なようだった。
しかしすまんなドーディア。
お前のお気に召す答えはあげられそうにない。
「まだそんな事を言っているのか、ドーディア。勝率だって? そんなものあるはずがないだろう。ゼロだ、ゼロ。言うなれば今回の戦いは、剣を握るどころかまだ立って歩けない赤ん坊が、百戦錬磨の騎士団長と一対一で果し合いをするようなものだ」
『そ、そんなに、なのか?』
「ああ。しかし、敵が赤ん坊を斬り殺せずに抱き上げ、思わずその頬にキスすれば、そこに塗ってあった猛毒がそいつを殺す。例えるならば、今回のはそういう戦いだ。
だから……まあ、そうだな。聖女と戦って勝てる可能性は皆無だが、無事聖女に抱き上げて貰える可能性は……半々ってところだと思うぞ。その為に、俺たちは色々と画策してきたんだからな」
しかし、そう言った俺の言葉の一拍後。
『……はっはっはっは!』
魔物たちが声を上げて大笑いした。
どうした? バグったのか?
『台本を渡されて、セリフと演技を覚えさせられたのも、全ては聖女に抱き上げて貰うためか!』
『人間の少女の姿で、ヴァルクリスをお兄ちゃん呼ばわりさせられたのも、その為だと思うと……くっくっく』
『はっはっは! いや、逆にそれくらい卑屈に、はっきりと言ってくれた方が、清々しいわ!』
どうやらバグッたようでは無かった。
逆に俺たちを下げて、卑屈に例えたのが、かえって功を奏したようだ。
聖女に対抗できる、などという思い込みやプライドはしくじる可能性を上げるだけだ。
最後の戦いを前に、みんながそれを理解してくれていたようで、本当に良かった。
「みんながこれまで戦ってきた聖女とは、『自らが神であることを隠し通してきた神』だ。しかし今回、みんながそれを知ったとて、聖女が神であることは揺るがない。唯一の隙は、『俺たちが気づいたことを、聖女は知らない』という一点だけだ。だからそこを突き、一撃で致死量のダメージを与える」
『ふふ……。全くもって、その通りだな』
『おう! 我もやり遂げて見せようぞ!』
徐々に、みんなの顔が明るくなってきた。
目的と手段を見失わずに、聖女に相対さねばならない。
そこにおいては、ひとまず我ら「チーム魔王軍」は問題無さそうであった。
『のう、ヴァルクリスよ』
「なんだ?」
『……感謝する。我らにこのような機会を与えてくれて』
「どうした急に」
一息ついたところで、フェリエラが改まって俺に礼を言ってきた。
『おぬしが現れなければ、我らはただ、訳も分からずに、何の疑問も持つことも無く、永遠に、聖女に繰り返しやられるだけの無意味な存在だったことだろう。しかし、今、我らは初めてこうして自身の生と向き合い、まだ見ぬ未来の形というものを思い描いている。それだけでこれほどまでに、清々しい気持ちになるとは思いもしなかった』
思えば、魔王としての役割を与えられたフェリエラは、魔王の間から出る事も許されず、日の光を見る事も出来ずに、ただただ何百年も聖女にやられ続けて来たのだ。
日の光を浴び、人間と共存し、自由に生きる。
彼女にだってそんな未来があっても良いじゃないか。
バルガレウスとドーディアを見ると、フェリエラのその言葉に頷きながらも優しく微笑み、俺に親愛のまなざしを向けていた。
『だからな、異世界の勇者よ。もしも我らが敗北した時、そなたとミューは、この世界に戻って来てはならぬ。そなたらまでこの世界に囚われ、聖女の奴隷になり下がる必要は無い。ここまでで十分じゃ。こうして運命の一戦を交えることが出来ただけでも、十分意義のある生だった』
「……やめろ」
ロヴェルもヒューリアも。
フッツァもマビューズも。
エミュもヴァリスも。
この世界で出来た俺の大切な仲間だ。
そして、魔王フェリエラ、魔鬼バルガレウス、魔人ドーディア。
彼らも、俺の大切な仲間だ。
しかも、最終決戦に挑む、最強パーティーだ。
絶対に助けて見せる!
「俺の生きる世界はここだ。もう地球に未練はない。それにこの世界で救いたい人たちがいる。俺とお前らは一つ、運命共同体だ。俺に感謝してくれるなら、そんな弱気な発言などせずに、聖女を欺くことを第一に考えろ」
そっけなく言ったつもりが、少し震えてしまった。
それが、フェリエラたちへの親愛の情を隠し切れなかったが故の震えだと、俺には分かっていた。そしてきっと彼らにも伝わってしまったに違いなかった。
『ふふ、そうだな。全く、人間を殺すために作られた恐怖の魔王が、人間にそのような口をきかれる日が来ようとはな』
「そんな聖女の作った設定だろ。俺には関係ないさ」
『違いない』
こうして、最後の戦いを前に、俺たち五人は声を上げて笑い合った。
******
――それから四日後。
フェリエラさんから、ついに魔王城付近の魔物が討伐されたとの報告が来た。
恐らく明日未明、聖女たちがこの場に来る。
それは間違いなさそうだった。
「ミューついに明日が決戦の時だ。大丈夫かい?」
寝室に向かう廊下で、坊ちゃまが私にそう言って下さった。けれど、私には坊ちゃまの方が緊張している様に見えた。
だって、この世界を救うための細い筋道も、それを突破する作戦も、全て坊ちゃまが立てたんだから。
私なんて、坊ちゃまを信じて、例え死のうともついていくだけなんだから。
きっとそういう意味では、坊ちゃまの方が何百倍も緊張しているに違いない。
そう思い、私は坊ちゃまの手を取った。
「ミュー?」
「大丈夫ですよ、坊ちゃま。私は坊ちゃまを信じています。そして私が信じる坊ちゃまの作戦が、失敗するなんてあり得ません」
そして珍しく、いや、きっと初めてかもしれない。
私の方から坊ちゃまを抱き締めた。
「頑張りましょう。もう一度、ラルゴス様や奥様、ロヴェル様にヒューリア様、そしてエフィリア様にお会いするためにも」
「……ああ、ありがとう」
そして私は坊ちゃまと口づけを……交わす雰囲気だったけど、止めておいた。
戦いに挑む最後の晩。
正直に言えば、坊ちゃまと肌を重ねたかった。
抱き締めて貰ったまま眠りにつきたかった。
でも、これまでの人生で良く分かった。
私きっと、とっても貪欲な性格なんだって。
だから……。
「今日はここまでにしておきます。わたし、思い残すことがあった方が、きっと本気になれますので」
「え? あ、ああ」
「おやすみなさいませ、坊ちゃま」
そして私は、自身の部屋に入った。
(もちろん、嘘じゃないけど……)
先程の言葉は本当だ。だって事実いま、生きて坊ちゃまに愛して頂くために闘志に燃えているのだから。
しかし、私には今晩、坊ちゃまと共に過ごせない理由があった。
ふと、遠征の時に使った自身の鞄が目に入る。
私は、ゆっくりとそれに近づいた。
手を入れ、奥にしまってあった便せんを取り出す。
それと同時に、私にこれを手渡した、ヴィエリディア領で出会った銀髪の美少女の顔が思い浮かんだ。
(『最も危険な戦いに挑む前に、私一人で読むこと』だよね。今ならきっと問題ないはず)
そして私はその便せんを丁寧に開き、中に入っていた、二つ折りにされた一枚の手紙を取り出した。
そして……。
エルティアさんによって書かれたその手紙の内容は、私の冷静さを吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。
(!! ええ!? そ……そんな、そんなことって!?)
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