異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第31話 ミューチームの暗躍 その2

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 バルガレウスとの大立ち回りを披露したけれど、魔法使いは援護に出てこなかった。
 という事は、この前線の砦ブロドには魔法使いはいないみたいだ。

 私は、「疾風の戦乙女」というあだ名をつけてくる街の人たちを尻目に、悠々と砦を後にしようとした。

 内心ではちょっと居心地が悪かっただけなんだけどね。
 だって、全部バルガレウスと仕組んだことだったのに、それでもてはやされるなんて、なんか悪い事してるみたいなんだもん。

「お待ちください! お待ちください!」

 ところが何かに呼び止められて私は立ち止まった。

 振りかえると、そこには大声で叫びながらこちらに向かって走ってくる騎馬隊の姿があった。
 え、何だろう? まさかバレてないよね?
 さすがに一応この街を守ったていのはずだし、いきなり連行されたりはしないとは思うけど……。

 逃げるのも怪しいし、聞こえないふりも不自然だし、どうしようかとまごついている間に、その騎馬隊は私の目の前まで来てしまった。
 先頭のおじさまが馬を降りて私に向かってくる。

「あなた様が、この砦の危機をお救い下さった方でしょうか?」
「この少女が、目にもとまらぬ槍裁きで、デカい魔物を撃退してくれたんだ!」
「疾風の戦乙女様! 万歳!」

 おじさまの質問に、周りにいた街の人たちが声を上げる。
 良かった、どうやらバレてはいないようだ。
 ならばひとまず、この流れに乗っかろう。

「はい。あなた様はどちら様でしょうか?」

 すると、そのおじさまは私の前に跪いて、手を胸に当て言った。

「私はクリストフ・フィアローディ侯爵。このフィアローディの領主で御座います」
「ええ!? 侯爵様!?」

 慌てて私も跪いて礼をする。
 だって、侯爵様って。
 私のお父様代わりだった……ううん、お父様のようにお慕い申し上げていたラルゴス・カートライア辺境伯よりも上の爵位って事になる。
 さすがに上から見下ろしてお話をするわけにはいかない。

 私が跪くのを見て、慌てて侯爵閣下は私の手を取り、一緒に立ち上がる形で私を立たせてくれた。

「この砦を、いや、フィアローディを救って下さった大恩あるあなた様に対して、爵位など関係ございません。本当にありがとうございました」
「いえ、私は私の為すべきことを為したまでですので」
「あなた様を何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」
「ミューとお呼びください」

 私の自己紹介に、周りがざわつき始める。

「おい、確かカートライア辺境伯領にいたとされる疾風の戦乙女って……」
「ああ、ミュー・ラピスラズリだったはず」
「ああそれ、私も歴史書で読んだことある!」

 しまった。ついつい本名を名乗ってしまった。
 それにしても、カートライアでの私の名前がそんなに有名になっているなんて。一体どれだけ尾ひれがついて後世に伝わっているんだろう。
 歴史書にまで載ってるなんて聞いてないんだけど?!

「はい、両親が英雄ミューにあやかって同じ名前を付けて下さりました」

 なんとかそういう事にしてごまかした。

 ああ、ごめんなさい坊ちゃま。
 ミューは嘘つきになってしまいました。

 でも、バルガレウスとの作戦も言ってしまえば町の人を騙している訳で、今更そこに懺悔するのも違う気もする。
 そうだ、これは坊ちゃま風に言えば「戦略的方便」と言うヤツだ。
 私の中では、坊ちゃまの前でさえ嘘をつかなければそれでいい! そうに決めた!

 それにしてもフィアローディの領都はもっと内陸にあるのに、侯爵閣下はどうしてこんなところにいるのだろうか?

「魔物の動きが活発になって来たので、前線の要であるこのブロドの砦に視察に来ていたところでの今回の件。本当に助かりました」
「そういう事でしたか」

 なるほど。
 私が聞く前に先に説明してくれた。

「して、ミュー殿は、その、本当に聖女様では無いのですね?」
「はい、私は聖女ではありません」
「では、魔法使い様なのでしょうか?」

 この質問は正直困った。

 だって、聖女でも魔法使いでもない一般人が、バルガレウスの魔法を武器で、遥か彼方に弾き返すなんて出来るはずがないと思う、多分。

 かといって、魔法使いだ、と偽るのはもっとまずい。
 この噂が広がって聖女パーティーに無理やり入れられたりしたら、魔物に見つからない「この世界の理の外」の人間であることがバレかねない。
 王宮に届けを出していない、平民上がりの野良魔法使い、なんて言い訳も出来そうだけど、そんな存在、唯一無二の救世主になりたい聖女からしたら、迷惑でしかないだろう。
 いや、それ以前に、ここでそんな事を言ったら、フィアローディの魔法使い、という事にされて、この地に留めておくために拘束されかねないんじゃ?
 どう考えても、魔法使いという嘘をつく方が、リスクが大きいと思う。

「いえ、私は魔法使いでもありません。ただ武芸を極めた小娘でございます」

 私個人としては「武芸を極めた」なんて大それたこと思って無いです。本当に武芸を極めた方すみません。

「……そうでしたか。いや、聖女様や魔法使い様でなくとも、初代フォアージ男爵のフッツァ様や、我が祖父セリウス・フィアローディのように、数多くの魔物を倒し英雄として語り継がれている方は多いですからな。あなた様のその一人なのでしょう」
「いえいえ、私なんてそんな……」

 いや、多分だけどフッツァさんや、その侯爵閣下のおじい様は、魔物の放った魔法をお空にぶっ飛ばしたりはしていないと思うけど。
 でも折角納得してくれたので、ここは素直に従っちゃおう。

「私は、私の両親を殺したあのバルガレウスを追っています。そしてバルガレウスはどうやら、魔法使いを見つけ出し殺すように魔王フェリエラに命令を受けているようなのです。この砦には魔法使いはいなかった。バルガレウスがあっさりと引いたのはその為でしょう」
「なるほど……」

 これは嘘じゃない、嘘じゃないんだから! そう、これは設定! そういう設定なんです!

 ……うええん。罪悪感が凄いよぉ。

 嘘をつくことがこんなに心苦しいだなんて、思ってもみませんでした。

「侯爵様。フィアローディに魔法使い様はいらっしゃいますか? もしもいればバルガレウスの標的になりかねません。すぐに行ってお守りしたいと思うのですが」

 これでもしもフィアローディに魔法使いがいれば、知らせないわけにはいかないはずだ。

 しかし残念ながら、侯爵閣下は俯いて首を横に振った。

「いや、残念ですが我がフィアローディに魔法使い様の情報はありません」
「……そうですか。いえ、それだけでも十分です」

 あてが外れたが仕方ない。
 むしろ別のフィアローディ領の街に攻撃を仕掛けなくて良くなった分、手間が省けた。
 それを喜ぶことにしよう。

 それにしても本当に情報というものは重要だ。
 カートライアの時から、坊ちゃまがしきりに情報収集に拘っていた意味が良く分かる。

 やっぱり凄いや、私の坊ちゃまは。

「ですが……その……ですな。実は、あの……」

 しかし、私が今度こそここから立ち去ろうと思った矢先、侯爵様が何やらもごもごと歯切れの悪い様子で仰った。
 何だろう? 何か伝えにくい事を伝えようとしているのだろうか?

 ……あ、そうか!

 基本的に、魔法使いの情報は王宮以外には秘匿しなくてはならない。
 しかし当然、別の領地の魔法使いの存在を知ってしまう事だってありうる。
 もしもそうなった場合、そこの領主と結託して、情報管制を敷くことになる。

 つまりきっと、フィアローディ侯爵様は、別の領地に魔法使いがいる事を知っているのだ。
 そしてそれを口外することが出来ない。
 今この現状、フィアローディ侯爵が知ることが出来る、魔法使いがいそうな領地はただ一つ。

 サンマリア男爵領以外に無い。

 そう確信した私は、自身の口に人差し指をあてた。

「侯爵閣下、もう十分です。それを口外されてはなりません。それは国王陛下に楯突くことになってしまいますからね」
「う……うむ」
「時に閣下、私見で構わないのですが……もしもサンマリア男爵領が危険にさらされるとしたら、どのあたりになるとお考えですか?」

 私のこの質問で全てを悟ったらしい、侯爵閣下は、ハッとしたように顔を上げ、そして私に向かって言った。

「準ガルダ男爵領との境目、西ジャーツィが危ないだろう」

 そこに、サンマリアの魔法使いがいる。
 値千金の情報だった。


 恩賞を取らせると言って下さった侯爵閣下の申し出を丁重にお断りしつつ、その代わりにと大量の食材を受け取った私は、待ち合わせ場所に指定しておいたリハリス子爵領のレイディオの街でバルガレウスと合流した。
 あ、当然、その場で、フィアローディ領内の通行許可書を発行してもらった。
 これがあればひとまずフィアローディとサンマリアであれば、どこでも侵入出来るだろう。

『おお、ミューよ、戻ったか』
「お待たせしてごめんなさい、バルガレウス」

 私は、頂いた大量の食材の中から腐りやすいものを選んで、直ぐに調理に取り掛かった。
 バルガレウスのお腹を満たすこと。これも人類のために必要な仕事だ。

 そしてどうやら、今日調理した肉料理がバルガレウスはいたくお気に入りのようだった。

「有力な情報を仕入れました。フィアローディには魔法使いはいない。その代わり、サンマリア男爵領の西ジャーツィ、ここにいる可能性が高いみたい」
『そうか! 予定を一気に短縮出来そうではないか!』

 食後に、先ほど仕入れた情報をバルガレウスと共有する。彼の言う通り、本来襲うはずだったフィアローディの山岳部の砦など数か所をすっ飛ばして行けるのはとても有難い。
 同じ領地内で、同じ大立ち回りをあちこちで繰り返すのも、なんだかバレそうで怖いし。

『それにしても……だ』
「なんですか?」
『ミュー、おぬしがこれほどまでに達人だとは思わなかったぞ! 魔素の力無しで戦えば、もしかしたら負けるかもしれん。はじめは人間の小娘が仲間など、と思っていたがな。飯は上手いし、腕は立つ。我はおぬしに惚れ込んだぞ!』
「え……そ……どうも、です」

 惚れ込んだなんて、何を言い出すんだ、この赤い巨人さんは。
 大体私には坊ちゃまという、心に決めた……いや、魂に決めたお方がいるんだから!

 何故か照れた私を尻目に、『がっはっは』と大笑いしているバルガレウス。

 ……まあいいか。
 実力を認めて貰えたのならなによりだ。

 それにしても、フェリエラにしてもドーディアにしてもバルガレウスにしても。
 少なくともコミュニケーションを取ることが出来る魔物に限って言えば、だが。何というか。そんなに悪い人じゃないのかもしれない。
 私は改めてそう思ったのだった。


 ――それから約一週間後。

 私たちは、滅びた領地と未開拓地域だけを通って、既に滅びたガルダ準男爵領に入った。
 当然、サンマリアの西ジャーツィを攻めるには、ガルダの東ジャーツィから入らなければならないからだ。

 さて、どうしたもんか。

 前回みたいに攻めても良いのだけど、私は正直気が乗らなかった。
 というのも、私とバルガレウスのどちらもが街の外から現れるのはやはり怪しすぎると思ったからだ。

 そんなに毎回毎回、幹部魔物が襲い掛かった瞬間に、同じ方角から救世主が現れるなんて、都合が良すぎるような気がする。

 バルガレウスが城門を突破した際に、場内にいた私が迎え撃つ。

 この形が一番怪しまれないだろう。

 バルガレウスに伝えたところ、意外にもすんなり受け入れてくれた。
 というか、もともと友好的だったけど、あの前回の戦いの一件以来、妙に好意的になった気さえする。

 それに、豪胆な性格で嘘が無いバルガレウスは、私にとってとても話しやすく、もはや仲の良い友達のようになっていた。
 なんか不思議だ。
 大量虐殺をして来た幹部魔物なのに。
 いや、それすらも、聖女に決められた役割をやらされているに過ぎないのだ。
 寧ろ彼らも被害者なんだ。

 であれば、この新しく出来た真っ赤な友達の為にも、何としてでも聖女を討たなくてはならない。

 私は改めてそう誓ったのだった。



 ――翌日。

 内陸部の街道に回り込んだ私は一人、サンマリア男爵領内から正規のルートで西ジャーツィに潜入した。
 それにしても、さすがは侯爵閣下。
 通行許可書の効果は覿面てきめんだった

 比較的城門に近いカフェで軽めの食事を頼む。
 空いているし、ここならのんびり居座っても白い目で見られることは無さそうだ。

 腹ごしらえを済ませて、お日様の位置を見る。
 そろそろかな。

 そう思った瞬間。

 城壁の兵士さんたちが慌ただしく動き始めた。
 そしてやがて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める。

 来た!

 しかしまだ城壁内の人々の反応は様々だった。
 いち早く逃げ出す者は少なかった。
 何が起こったのか分からず、ざわつきながらもその場で佇んでいる者がほとんどだ。

 しかし、次の瞬間。
 街の中は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。

 がごおおおおん!

 圧倒的な謎の力により、これまで盤石に守って来た砦の門が崩れ去り、そこから赤い巨人が姿を現した。


『我が名は魔王フェリエラ様の配下、バルガレウス。人間どもよ、この世の絶望を味わうがいい!』

「うわあああああ!」
「ぎゃあああああ!」
「いやあああああ!」


 うう……街の皆さん、怖い思いさせて本当にごめんなさい!
 大丈夫、大丈夫ですから! 彼には絶対に人を殺さないように、って言い聞かせてあるので!

 私は内心、全力で町中の人に謝りながらも、因縁の相手との決着をつける戦士の表情を崩すことなく、槍を掴み、ゆっくりと立ち上がった。


 ……奇しくも。

 きっといま私がやっていることは、聖女と同じなのだろう。

 バルガレウスという悪役を使って、それを倒す救世主を演じる。
 それで、町中の人から賞賛の声を浴びる。

 ……でも。

(申し訳ないけど……罪悪感しかない。これで気持ち良くなれる聖女の気が知れない)

 どうやら、私は、バルガレウスとは友達になれても、聖女とは友好的な関係を築けそうにない。

 そんな事を身に染みて感じていた。



(第32話 『ミューチームの暗躍 その3』へつづく)
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