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第三章

第29話 ヴァルクリスチームの暗躍 その3

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 聖女が滞在している場所の特定は容易い。

 防衛の要となっているような要所の砦には、概ね太守が派遣されている。そして大抵そこには領主が滞在している際に宿泊する領主別邸があるが、平常時は太守がそこを使用している。
 ここキードレイセルの砦くらいの要所であれば、太守が聖女を迎え入れる準備くらいは整えているだろう。

 ドーディアとの打ち合わせのせいで日は落ち切ってしまったが、まだ訪問するには許容範囲の時間帯だろう。

「よし、行くぞ」
『了解。』
「違う! わかった、お兄ちゃ……」
『うん、わかった、お兄ちゃん!』

 領主邸の死角で、準備を整えた俺たちは、入り口に向かった。

 ドーディアは、少し乗ってきているようだ。
 いや、やけくそになっているのか?
 まあ、どちらにしても俺のせいなんだけどさ。

「何者だ、止まれ!」

 門番が、近づいて来た俺たちに向かってテンプレ通りに言った。
 どう考えても子供の二人組なんだ。もう少し優しい言い方ってもんがあるだろうに。
 いや、中身は地球からの転生者と幹部魔物なのだから、門番さんの方が正しいんだけどさ。

「あ、あの、先ほど、聖女様にお助け頂いたものです。妹の怪我を直して下さって、ありがとうございました」
『ありがとうございました』
「そ、それで、あの、聖女様にお伝えしたいことがございまして……。お話だけでも、と」
「お伝えしたい事? なんだ? 確認してきてやるから、名前と内容を簡単に言え」

 いぶかしげな表情をしつつも、聖女に用があると言った途端に、急に好意的になった。さすがに子供とはいえどんな情報を持っているのかわからない。幹部魔物や、まだ見つかっていない魔法使いの情報の可能性だってありうるのだ。
 仮に幹部魔物が潜入したとしても、中にいるのは最強の救世主である聖女である。門前払いせずに取り次ぐのは当たり前だった。

 まあ、仮に、じゃなくて、本当に幹部魔物が潜入するんだけどね。
 そこはなんつーか、すんません。

「僕はバル、こちらは妹のアイシャです。以前、『魔物から見えない男の人』に助けて貰いまして、その人の事を聖女様に伝えようと……」
「バルにアイシャか。分かった。少しここで待て」

 俺の言葉を反芻はんすうして、門番さんは駆けて行った。

 この世界においては、聖女とって予想外の出来事は起こらない。
 魔王も幹部魔物も、その侵攻もその攻撃方法も全ては聖女の持つ知識の範疇はんちゅうだ。
 きっと聖女が飽きたら、全員が魔法を使える世界、とか、魔法学校がある世界とかに徐々にマイナーチェンジされていくのだろうが、全ては聖女の手の平の上だ。
 だからこそ、ここで聖女の範疇を超えた情報を流し込む。

 会わない訳にはいかないだろう。

 俺の予想通り、数分も待たずして戻って来た門番さんは、屋敷の扉を開き、
「聖女様がお会いになる、ついてこい」
と言って俺たちを中に通した。


 俺が調べたところ、過去に「認識阻害」の魔法を使った魔法使いは居なかった。
 ルレーフェにご執心だった聖女が、インターバルでそれに気づかなかったはずは無い。

 もしそうであれば、聖女はどう思うだろうか?

 何らかのバグかと思うかもしれない。
 最悪、女神の使いである何者かが聖女の世界を壊そうとしている、と言うところまで気づくかもしれない。

 ともあれ、「認識阻害魔法を使った男」について、何らかの疑心暗鬼を抱えている可能性を考えておかなくてはならない。

 もしも俺が女神さまの刺客だと聖女に気付かれればそれでゲームオーバーだ。
 聖女はとっとと自殺してインターバルに戻り、「別の世界の魂が入れないようにする」とか、ルールを改変するだろう。

 そうならないように、何らかのミスリードを促しておく必要があるのである。

「聖女様、お連れしました」

 一つの部屋の前で、俺たちを先導したトラジアーデの騎士らしき人が呼びかけた。その言葉に応えて聞こえた「どうぞ」という言葉に従って、騎士さんは扉を開けた。

「あら、さっきの。ようこそ」
「し、失礼します、聖女様」
『失礼します』

 緊張した様子を装って、俺たちは中に入り、促されるままにソファに座った。

 風呂上りだからなのだろうか。纏めていたロングヘアーを下ろし、ゆったりとした白のローブを身に纏った聖女のそのいで立ちは、妖艶な若い巫女のようであった。
 それにしても、今回はアジアンビューティーというか、和風美少女の感じで攻めて来たな。

「改めまして、私はトラジアーデの聖女、ティセアと言います」
「ぼ、僕は、バル。こちらは妹のアイシャです。先ほどはありがとうございました」
『聖女様、ありがとうございました』
「いいのよ。私は聖女、この世界の皆を守るために戦う使命を帯びているのだから。あれくらいは当然よ」

 相変わらず、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
 その笑い方の癖が聖女アイシャと瓜二つであった。

「それで、あなたたちが見たという、その、『魔物から見えない男』について聞かせて貰える?」

 長い付き合いだったから俺には分かる。
 アイシャは……いや、ティセアはこの話にかなり食いついている。
 記憶を引き継いでいる以上、性格や癖までは変えられないのだろう。

「はい。実は僕らの両親はゼガータ侯爵領で交易商をしておりました」
「ゼガータ侯爵領!? 魔王が復活したバジェルのすぐ近くじゃない」
「はい。数年前、セリュール準男爵領、ビーレット男爵領が魔物に滅ぼされてからの事です。リハリス子爵領ももう危ないかもしれないから、滅ぼされる前に、最後にリハリス産の鉱石を仕入れておこうと、両親とリハリスの山岳部に向かいました。そこに現れたのです」
「……なにが現れたの?」
「砦の城壁よりも大きな赤い体に、長い角と尻尾。大きな口と牙を持った、巨大な化け物です」
「……魔獣ゲージャ?」

 100%でっちあげで構成された俺の嘘であるが、聖女ティセアはしっかりと騙されてくれていた。
 まあ、魔獣ゲージャの正確な情報を知らないはずの子供から、具体的な色や大きさまで示唆されているのだから当然だろう。

「化け物の一撃で、両親も商隊の皆も吹き飛ばされました。まだ幼かった僕もアイシャも、もう終わりだって思いました。その時、その人が現れたんです」
「それが、『魔物から見えない男』ね?」
「はい。化け物は、目の前にいるその人に気付かずに、『誰だ、出てこい』としきりに叫んでいました。そして、その男の人は、その化け物をあっという間に倒しました」
「その人の名前は?! その人は他にはなんて!?」

 よし、良い感じだ。
 聖女ティセアは確実に興味津々である。
 いや、この場合、聖女アイシャは、と言った方が正しいかもしれない。

 ともあれここが情報の出しどころである。
 こちらの思惑を一から十まで言ってしまってはかえって怪しい。
 全てを言わずに、過不足なく、違和感なく、こちら思惑通りに誘導するのだ。

「……すみません、名前は分かりません。お聞きしようと自己紹介したのですが、妹のアイシャ、という名前を妙に気にされたご様子で、そのまま聞きそびれてしまいました」
「……え?」
「『アイシャ、アイシャ。聞いたことのある名前だ』としきりに呟かれていて。どうも、記憶があいまいなご様子でした」
「バル君、その人の髪の色は? その人の特徴は? 何か分かる?」
「はい。髪は灰色。鎧にボロボロのマントを羽織っていて、両手剣バスタードソードを使っておられました」

 その言葉を聞いた彼女は思わず立ち上がっていた。

「……そ、そう。ありがとう」

 そして、しばらく立ち上がったままだった彼女はなんとかその言葉だけを絞り出すと、なかば放心状態でソファに座った。

「そ、その人は、どこに向かったか分かる?」
「……いえ、ただ、俺の事を知る人を探している、と。それで大陸中を旅している、と」
「……そう」

 その後。
 俺たちは、大量の謝礼を受け取って、屋敷を後にした。

 よしよし、これで旅の資金はさらに潤沢になったぞ。

 そして宿に戻った俺たちはひとまず今日の戦果を共有し合った。

『上手く行ったようだな』
「ああ、上々だ」

 まず今回、魔獣ゲージャと魔女シャルヘイスは現れない。

 聖女の特段の指示がないのに魔物が出現しないという状況は、ルールブレイクの根幹を悟られる恐れがあるので、どこか聖女のあずかり知らぬところで倒されている、という設定にしなくてはならない。
 ひとまずゲージャについては達成した、と言って良いだろう。

 そして何より。

 ルレーフェ・ハーズワートは生きているかもしれない。
 というか、同じ姿で転生しているのかもしれない。

 これを提示した。

 その理由は大きく二つ。

 一つ。
 聖女の情報のかく乱である。

 「認識阻害魔法」について何らかの不信感を持っていたとしても、それを使う人間が再び現れているとしたならば、聖女はそれについての思考を停止するはずだ。

 えっと、つまり、分かり易く言えば……。

「良く分かんないけど、会えば分かる!」

 と言うヤツだ。

 ついでに、「認識阻害魔法」よりも気になる謎を提示して、バレてはならない「この世界のことわりの外」というルールから目を反らさせる。

 認識阻害魔法なんかよりもよっぽど重要な「前世で好きだったルレーフェが、何故か転生しているかもしれない!」という謎だ。

 情報戦は、プロのマジシャンのマジックと一緒。
 如何に目を反らすデコイをはなっておくか、これが重要なのである。


 そして二つ目。
 まあ……それは最終決戦でのお楽しみである。

 ともあれ、俺たちは念のため、再び聖女がバル少年とアイシャ少女を探しに来た時のために、聖女の出立までこの街に滞在することにしたのだった。

 結局その時は訪れなかったけどね。


 ******


 兄妹から話を聞いた後のこと。

 聖女ティセアは動揺していた。
 いや、ドキドキしていた、という方が正しいかもしれない。

 彼女は、魔法使いの補助魔法の一覧に無かった「認識阻害魔法」については、不審に思っていた。
 彼女だって馬鹿ではない。
 いやむしろ頭は切れる方である。

(認識阻害……魔物から見えない。一体どういうことなのだろう?)

 彼女は暇さえあれば、その疑問を頭に浮かべていた。
 それは、その相手が、「ルレーフェ・ハーズワート」であったから、という要因も非常に大きかった。

(魔物が襲わない、という事は、魔物の仲間? 新しい魔物を作り出そうとしたのかも。そういう能力を持っているフェリエラかシャルヘイス辺りには可能かもしれない。でも、彼はハーズワート公爵家に産まれているし……私の仲間として戦ってくれた)

(そもそも、魔法使いなんて嘘をどうしてついたのだろう。魔法使いと嘘をついて、魔王討伐に参加したかった? その理由は?)

 一歩一歩、正解に近づいていく。
 それは、聖女おいても同じであった。

 まさにその矢先の出来事であった。

 彼女のその思考は、完全に崩れ去っていた。

(たしかに、私は前回のインターバルで、「ルルにもう一度会いたい」と願っていた。その願いのせいで、システムを無意識に改変してしまったのだろうか?)

(ルルらしき人は「俺を知る人を探している」と言っていた。それは自分以外にありえない)

(きっと、転生するまでのこの長い眠りのせいで、記憶を一部欠損してしまったのかもしれない)

 そして彼女の思考は、最終的にこう帰結した。

(良く分かんないけど、ルルに会えば、きっとわかる! そうに違いない!)


 自身に都合のよい展開が垣間見えた瞬間に、人は都合の良い解釈をする。そういうものである。

『私の願いが叶って、恋した人と再び次の生で巡り合う』

 そんな展開に、前世で初めて男性に恋をした彼女が、焦がれないはずは無かった。



 恋は盲目。

 彼女は、まさかそれを自身で体現しているとは思いもよらなかったのであった。



(第30話 『ミューチームの暗躍 その1』へつづく)
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