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第三章

第21話 ヤマダヨシミ その5

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「私とお友達になって下さい」

 どう見てもクラス一の美少女に名指しでそう言われたヨシミは、一瞬あっけに取られてポカンとしたが、直ぐに気を取り直した。

 大丈夫。今の私はこのクラスの強者なのだ。

「喜んで、結城さん」
「ありがとうございます!」

 そしてリイアが席につくと、福駒が立ち上がった。

「今日の自己紹介に正しい形式は無い。当然間違った形式も無い。
 しかし、自己紹介が始まってからの三時間の間に、この部屋の空気、みんなの思考、策略、感情、色んなものが錯綜してくれたお陰で、俺はとても上質なお芝居を観た気分になったよ。そしてこのお芝居のキーパーソンは沢口、山田、結城の三人だった、と、そういう訳だ」

 沢口というのは、最初にいじめを告白した七番目の女子である。
 そして福駒は大きく一つ手を叩いた。

「では、今日のレッスンは終了する。来週からは開始前に着替えておくように。山田! 代表で挨拶を! 『先生本日のレッスン、ありがとうございました!』と言ったらみんなは後半だけ復唱しろ」
「は、はい!」

 先生に名指しされ、気持ちが高鳴っていくのをヨシミは感じた。
 たった今、ヨシミは、紛れも無く福駒に気に入られ、クラスの代表になったのだ。
 これでプロへの道が大きく開かれたと言っても過言では無かった。

「先生、本日のレッスン、ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」

 こうして、初日のレッスンが無事に終了した。

「山田さん、凄いね! 私、何とかしてあの空気を変えなきゃと思ってたから、凄い助かっちゃった!」

 福駒と事務所の人が退出した後に、リイアがヨシミに話しかけた。

「いや、私が流れをぶった切っちゃったから、最後やりづらくなっちゃったかな、って心配だったんだけど、ごめんね」
「ううん、寧ろとってもやり易くなったよ」

 ヨシミは、優越感に浸りながら余裕綽々でリイアの自己紹介の様子を見ていたことなどおくびにも出さずに、いけしゃあしゃあと謝罪した。
 いや寧ろ、そんな感情をリイアに持っていたことに多少の罪悪感さえも感じていた。

 敵対視していたけど、実はいい奴だった。すみません。

 そんな感覚に近いのかもしれない。

「ねえ、山田さんって、演技経験者?」
「え? うん、まあ、それなりには」

 リイアに質問されて、つい口をついて出たその言葉に、リイアは顔をほころばせた。

「ええ! 凄い、私ツイてる! もしよければ、色々と教えてね!」
「え? ええ、もちろん」

 ヨシミに演技の経験なんてものはない。
 アニメ声優さんの声芝居の真似は、それこそ腐るほどやって来たが。

(まあ、ここは声優の養成所だし、それで何とかなるでしょう)

 ヨシミは、あっさりとそう断定し、リイアと帰路についたのであった。

 初めての女友達との帰り道。
 しかも相手は超絶美少女。
 緊張して何も話せないのではないか。
 ヨシミはそう思ったが、リイアが好きなキャラクターの話を熱く語り出してくれたので、ニコニコ笑いながら相づちを打っているだけで良かった。
 正直、新選組の藤堂平助とやらの良さを熱弁されても良く分からなかったけれど


 ――そして翌週。

 ヨシミは人生最大のピンチに陥っていた。

「これからみんなには、この台本をやってもらう」

 そう言って福駒に配られた紙には、七行ほどの長セリフがずらっと書かれていた。

 それは主人公が、自分の部屋の中で、約束の時間にかかってくるはずの、好きな人からの電話を待っている、というシーンらしい。

 その間に、どんな話をしようか、とそわそわしたり、少し時間が過ぎたのを事故にでもあったのでは、と心配したりして、最終的にかかって来た電話に飛びつくと、違う人からだった。というような短いお話。

「これを、今ここで覚えて、演技プランを考えて、一時間後に一人ずつここでやってもらう。……そうだな、最初の一人だけは決めておくか。誰かやりたいヤツはいるか?」

 福駒のその言葉に教室内が静まり返る。

 みんなは声優になりたくてここに来ているのだ。
 みんなの前で舞台に立っての演技なんて未経験に決まっている。
 それをいきなりやれだなんて、不可能だ。

「なんだ、いないのか? 出来る出来ないに関わらず、積極的に一番に飛び込んで行けないような人間がどうしてプロになれるんだ?」

 福駒のあおりに、一瞬教室内の空気がざわついた。

 これは誰の目にも明らかなアメだ。
 恥ずかしがらずに、失敗を恐れずに、チャレンジできるヤツ、という評価を貰える、という。

 しかし、それにしても、ハードルが高すぎる。

 ヨシミはそう思い、ふと福駒から目線を反らした。

 そして、そのせいで、リイアと目が合った。

 彼女は、明らかに、期待に満ちた目をヨシミに向けていた。

 一瞬ヨシミは恐れた。
 今、リイアと仲良く出来ているのは、自分が凄い人間であると誤解しているからだ。
 もしもそのメッキがはがれれば、彼女は去っていくに違いない。
 あの美少女との友好関係は、このクラスにおいての最強のアドバンテージである。失う訳にはいかない。

「……じゃあ仕方ない、いないならこちらから指名するしかないな。このクラスの皆の気合の度合いは良く分かった……」

 残念そうにそう言い出した福駒をヨシミは反射的に見てしまった。
 そして、目が合った。

(あ、これ、指名されるヤツだ)

 レッスン二日目で、先生は生徒の名前なんぞほとんど覚えていないに違いないのだ。
 そりゃあ、覚えている数少ない中で、骨のありそうな人間を指名するだろう。
 そんなの、確実に私じゃんか。

「あ、あの……じゃあ、私、やります」

 ヨシミは、福駒が指名する前に、おずおずと手を挙げてそう言った。

 どうせ捕まるなら、自首するほうが良い。
 そんな犯罪者の心理に近い選択だった。

 しかし、ヨシミの発言で教室の空気は一変した。

「そうか、よし! さすが山田、お前が一番手だ」

 嬉しそうに言う福駒。
 目を輝かせてヨシミを見ているリイア。
 ヨシミの犠牲により落第クラスの烙印を押されることを回避できたことに対する、尊敬と安堵の入り混じったクラスメイト達の視線。

 ともあれ、こうしてクラスは一時間の自習時間となった。

「さすがヨシミちゃん! 一番手に名乗りを上げるなんて!」
「あ、はははは、うまく出来る気はしないけどね。とりあえず覚えよう。じゃないと何にも出来ないからね」
「あ、うん、そうだね。暗記、苦手なんだよなぁ……」

 興奮するリイアを躱したヨシミは一人、教室の端っこに移動した。

(さてどうしようか。演技なんてやったことないし)

 しかし、このシーンのシチュエーションは理解できる。
 これと似たようなシチュエーションなんて、アニメでも何十回も観て来た。
 幸い、キャラクターの指定なんかはされていない。
 という事は、どんなキャラで演じてもいい、という事ではないだろうか?
 この喋り方に近いのは……そう、あの大好きな三人組魔法少女モノのピンクの主人公に近い。
 じゃあ、もう、あの子のストーリーにしてしまえばいい。
 これはあの作品の、ピンクのスピンオフ。喋り方も全部声優さんを真似て、動きは全部ピンクを真似よう。

 そう決め打ちした瞬間、するするとセリフがヨシミの中に広がっていく。
 頭の中で、目の前の台本のセリフ通りに動くアニメの映像が思い浮かぶ。
 ヨシミはそのアニメ映像を何十回も脳内再生した。

(あとは頭の中のピンクがやった通りにやればいい)


「よし、ちょうど一時間だ。みんな、こちら側に集まってスペースを半分開けろ。山田、準備は良いか?」

 集中していたヨシミは、コクリと頷いた。

「よし、では始め!」

 福駒の合図で、ヨシミは、脳内のアニメを再生した。

「むああああ、早くぅ、早くかけてきてよぉ……じゃないと私、もうどうにかなっちゃう……」

 ピンクと全く同じ動きで床を勢いよくゴロゴロと転がりまわる。
 そしてピンクと全く同じようにピタッと止まると、急にニヤニヤしながら床でくねくね動きはじめた。

「えへへへ、もしもぉ、彼が告白なんてしてきたら、えへへ、どーしよっかぁーなー」

 ゴロリと仰向けになるピンク。その瞬間、彼女の目線の先の時計が目に入る。
 そして背後に雷のエフェクトが走り、ピンクがアップで驚愕の表情を浮かべる。

 ヨシミは、その脳内の映像と全く同じ表情をして、全く同じ行動を取った。

「うぐああああ! 五分! 五分過ぎてるぅ!」

 飛び上がって真逆の声色で叫ぶ。

 クラスメイト達からクスクスと笑い声が上がり始める。
 そしてその声が、ヨシミのボルテージを上げていった。

 時計を見上げながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる脳内のピンク。
 それと全く同じように飛び跳ねるヨシミ。
 そして、急に絶望的な表情になり、へなへなと座り込む。

「うう……もしかしたら、事故にでもあったのでは? だって、おかしいもん、約束したのに、かかってこないの、オカシイもん」
「ピリリリ!」
「ちょぉぉおおっせぇーい!!!」

 ヨシミのキッカケセリフに合わせて、福駒が着信音の代わりに口で効果音を鳴らす。
 それに反応してヨシミは、脳内のピンクと同様に、その場で2メートルジャンプして、ベッドにダイブした……くらいの勢いで飛び上がり、携帯電話を捕まえた。

 そしてそこからは各自設定自由。ラストのアドリブである。

「着信……父……。……お父さん、ここまで育ててくれてありがとう。でもこれだけは言わせてね。『死ねぇ!!』」
「「「「あはははは!」」」」

 そのアドリブにクラスメイトが思わず声を上げて笑った。

 これでヨシミの演技は終了である。

「はい! オーケー!」

 そして福駒のその掛け声とともに、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「山田、お前舞台経験者か? ここまで出来るなら、もっと早めに一番手に出て来いよ」

 これまでに、一度も生徒に笑いかけなかった福駒が初めてヨシミに笑顔を向けた。

「これは予定外だな……五分休憩しよう。この後は誰がやってもやりづらいだろう」

 そしてそう言い残して、福駒は外の喫煙所に出ていった。

 バタンッ。

 スタジオの扉が閉まった瞬間。

『わあああっ!!』

 ヨシミの周りに人だかりが出来た。

「山田さん! 凄いよ!」
「山田さん、演技経験はどれくらいあるんですか!?」
「山田さん、私に色々お芝居の事教えて下さい!」


 この瞬間。
 ヨシミの、このクラスでのエースとしての地位が確定した。

 であれば、ヨシミが取る行動は一つだった。

 ヨシミは囲んだクラスメイトをかき分け、ヨシミの演技に唖然としていたリイアのもとに近寄った。

「ごめんなさい。私、一番にリイアちゃんに教える約束してるから、みんなはその後でね」
「……ヨシミちゃん。あ、ありがとう」

 ヨシミの言葉を聞いて、リイアは思わず涙ぐんだ。

「うわあああ、結城さん、いいなあ!」
「じゃあ、その次、その次お願いします!」

 ヨシミが繋ぎとめるべきはただ一人。このクラスの絶対的存在であるリイアだけだ。

 そう。
 夕海莉愛の時とは違う。
 あっちは私の事など、道端の石ころ程も認識していなかった。
 仮に認識したとて、不細工なモブ程度だろう。

 しかし、今は違う。
 実力でもぎ取ったこの地位によって、私が選べるのだ。
 であれば、最強の布陣になるようにパーティーを編成するのは当然だ。


 こうして。
 自分なりの演技のやり方と共に、クラス内で確実な地位を手に入れたヨシミは、クラスの中心として君臨した。

 しかし、奇しくもヨシミが手に入れてしまった『講師からの信頼』。


 それが、ヨシミの人生を大きく狂わせることになることを、まだ彼女は知らなかった。



(第22話 『ヤマダヨシミ その6』 へつづく)


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