異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第11話 火蓋が切られる前に

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※ラルアー大陸図 第三章版


 万全の準備を整えて、俺とミューはカートライア邸を出立した。
 僅かな時間ではあったが、ここでミューと二人きりで過ごした時間はとても幸せだった。

 とは言っても、ミューの性格はまああんな感じだし、俺は俺で自制心は強い方なので、だらだらと愛欲に溺れたような生活はしなかったけどね。
 そういう意味ではなく、生活の中に自然にミューが存在してくれている。それを日々認識する時間が幸せだったのだ。

 思えば前回の生では、一人で旅をして、一人で戦うことが多かった。
 苦しいことなど何もない。
 辛いことなど何もない。
 ミューと、あのカートライア辺境伯家の時間を取り戻すためならば、どんなことでも耐えられる。

 そう思って戦ってきた。

 しかし、正に神のいたずらか。
 最後の旅、最後の戦いは、そのミューが隣にいる。

 戦いの輪廻に巻き込んでしまったが、彼女と一緒なら、悲観的になることなく、どんな苦難も、どんな長い戦いも乗り越えられる。

「坊ちゃま! 出立しましょう!」

 馬上で、明らかに緊張感よりも楽しみが勝っている彼女を見て、俺はそんな事を考えていた。

「なんだか嬉しそうだね」
「はい! 私、今世ではレバーシーで育ちましたが、北東部以外の土地に行くのは初めてです。不謹慎ですが、坊ちゃまのお供として大陸を横断出来るなんて嬉しくて……」

 家臣になった今では近隣領地に出向くこともあるだろうし、いずれ俺のお嫁さんとして辺境伯夫人になれば、王宮会議シナディリオで王都に行く事にもなる。
 しかし、本来であれば、孤児院育ちのミューがカートライア家のメイドになった時点で、ほとんどその土地から出ることが無い人生が決定していたのだ。好奇心旺盛なミューにとって、大陸中を旅するのは一つの夢だったのかもしれない。

「魔王の侵攻まではおよそ一年弱の時間がある。急いでも仕方ないし、焦らずに行こう」
「はい!!」

 俺のその言葉の意図を読み取ったのだろう。ミューは喜びと感謝を満面の笑みで表現した。
 その笑顔が眩しすぎたせいだろうか。
 俺は愛馬フラッシュをミューの馬の真横に寄せると、彼女を引き寄せ、その唇にキスをした。

「さあ、行こうか」
「……ひゃい」

 こうして俺たちは、最後の旅に出発した。



 ――数日後。
 俺たちの姿はリングブリム領都にあった。

 南ルートを通る予定だったので、若干遠回りにはなるが、リングブリム邸に寄っていく必要があったからだ。ヴァリスにカートライア邸を空けることを伝えておかなくてはならない。
 どうしようもなくなったら俺に助けを求めろ、とか言っておいて、いざ助けを求めたら本人がいない、なんてことになっては事だからな。
 それに、俺の作戦が上手く行けば、リングブリムにどうしようも無い危機が訪れることになる可能性は低いだろうから、俺が屋敷を離れるのはそこまで問題にはならないはずだ。
 ついでに言えば、各領地の砦や関所で足止めを食わないように、子爵家発行の通行許可願いを貰っておきかたかった。

 とまあ、そんな内容の話をヴァリスにして、無事に用件を済ませ、ヴァリスに見送られ、俺達は領主邸を出ようとしていた。
 エミュは体調が思わしくなく眠っていたので、横でそっと挨拶の言葉だけを伝えた。

「では父上、行ってらっしゃいませ」
「ああ、見事、役割を果たしてくるさ」

 俺の右手を両手でしっかりと握るヴァリス。

「ミュー殿も、父上をどうぞよろしくお願いいたします」
「はい、ヴァリス様。お任せください」

 そして今度はミューと、お互いに両手でしっかりと握手をする。

 その時であった。

「リリアお嬢様!?」

 既に開いていた領主邸の門の前に止まっていた馬車の馭者ぎょしゃが叫んだ。

「……キリド?」
「閣下、レバーシー伯爵領のメトラー商会から、お荷物が到着致しました! ちょうどご報告に伺うところでした」

 ぼそっと呟くミューに次いで、馭者の声を無視してヴァリスにそう報告する門番さん。
 いやいや待て待て!

 リリアってのは、確かミューの今世での名前だよな?
 そういやレバーシー伯爵領の商会で育ったって言ってた。
 で、今、目の前にいるのがレバーシー伯爵領のメトラー商会の人。
 ミューの顔が確実に「ヤバイッ」という顔をしている。

「何故、お嬢様がここに!? いや、いま、子爵閣下と握手を……その、どういう事ですか!?」

 選択肢その一。
「リリア? 誰だね、それは?」で押し通す。
 ……無理だ。
 だって「リリアお嬢様?!」という声に完全に反応しちゃってるし。
 馭者さんの名前も口走っちゃってるし。

 選択肢その二。
 馭者さんを倒す。
 いや、絶対ダメだろ!

 選択肢その三。
 本当の事を話……せるわけないよな。

 選択肢その四……よん……、えーっと。

「さあ、旦那様が心配されております。家にお戻りください!」
「あ、いや、その」

 キリドと呼ばれた若い御者は、ミューに近づきその腕を掴むと、無理やり馬車に連れて行こうとした。
 ヤバイ、ミューを連れて行かせはしないが、うまくことを収めるには……。

「貴様! 無礼であるぞ!」

 すると俺とミューがテンパっている後ろから怒号が響き、全員の動きが止まる。
 そして叫んだ張本人であるヴァリスがゆっくりと掴まれているミューに近寄り、その手を解放した。

「例え商会の者であろうと、我が息子の婚約者の腕を掴むとはどういう了見かな?」

((……え?))
「……え、え?」

 三人頭の中に同時にハテナが浮かぶ。

「この者は我が息子、ヴァルクリス・リングブリムである。そして、リリア・メトラー嬢は我が息子と婚約をしておる。もちろんまだ正式なものではないが、私がリリア殿に惚れ込んでのことであるから、もはや公認のようなものだ。旅の途中に引き留めて、領主邸に滞在をお願いし長らく説得していたため、メトラー殿への連絡を怠ってしまった。そこは申し訳ない。」

 ポカンと口を開けて、子爵閣下の言葉を聞いている馭者のキリドさん。
 ナイスだ、ヴァリス。ここは彼のでまかせに乗っかって一気に畳みかけるしかない。

「リリア、まさか旅に出たことをご両親に報告していなかったのか?」
「あ、あの、はい。ごめんなさい」

 突然の俺の叱責に、ミューがうまい事乗っかった。
 ミューが実家に置手紙だけを置いて出てきたことはもちろん知っている。これは、リングブリム家の名誉を守るための発言だ。さすがに黙って出てきたことをリングブリム側が知ってしまっていたら、婚約だの説得だの以前の話になってしまう。リングブリム家はあくまでも善意の第三者にしておく必要がある。

「そうか……そこに関してはこちらも失念していた。しかし、魔王も復活しいつ侵攻が始まるかわからぬ状況、リングブリム家としても次期子爵夫人であるリリアを保護したい。メトラー殿にはそうお伝え願えるかな?」
「うえ? あ、は、はい」

 まだ状況が上手く理解できていないキリドに、今度はヴァリスが畳みかけた。

「ヴァルクリスよ。これがイースマリク辺境伯への手紙である。それを届けるついでに、リリア殿と各地を回ってくるがよかろう。魔王の侵攻開始までには帰ってくるのだぞ」

 嘘である。
 渡された手紙は、リングブリム子爵家発行の各領地への通行許可願いだ。
 しかも、しばらく子爵邸に居ないための理由付けまでしてくれている。
 素晴らしい、なんて素晴らしいんだ、息子よ! デマカセを言わせたらピカ一とは、本当に俺そっくりだ。

「さあ、貴殿はそちらの詰め所で、荷物の受け渡しの手続きを。皆は荷下ろしを手伝ってやりなさい」
「はっ!」
「あ、は、はい」

 こうして、キリドと呼ばれた彼は、仕事の手続きのために、守衛さんと共に門の横の小屋に入って行った。

 ふう、何とか切り抜けたのか?

「……良い機転だった。ありがとう、ヴァリス」
「いえ、父上も、とっさに乗っかって下さって良かったです。さすがは噂に名高い聖女パーティーの名参謀でした」
「いや。それは君の方だ。どうやら君はロヴェルよりも俺の血を強く引いているようだな」
「光栄で御座います。『ヴァリスは本当にルルにそっくりね』というのが、昔から母上の口癖でしたので」

 笑いながらそう言った彼の言葉を聞いて、俺の脳裏にはそのエミュとヴァリスとのやり取りの光景がありありと浮かんでいた。

 エミュはきっと、彼に俺の影を見ていたに違いない。
 そう思うと、ヴァリスが俺そっくりにひねくれて育ってくれて本当に良かった。

「あ、あの、あのような嘘、大丈夫なのでしょうか?」

 俺達のにこやかなやり取りとは対象的に、心配そうなミューが、おずおずと俺たちに聞いた。
 ……まあ、そりゃそうだ。

「ええ、女系一家のリングブリムとしては、以前から男の養子を取ろうか、という話をしておりましたので、大々的に漏れても、きっとそのように誤解してくれるでしょう。それに……」

 笑顔を一切崩すことなく、ヴァリスは言葉を続けた。

「なに、もしも無事に父上がお戻りになり、今世を全うしなくてはならなくなったときは、本当に私の養子という事にして、実際に子爵に、ミュー殿には子爵夫人になって下されば良いだけのことです」

 いや、そんな簡単に言うけどさ。楽観的すぎない?
 うん、訂正しよう。
 やっぱりコイツはロヴェルとヒューリアの血も相当色濃く継いでいるようだ。

「さて、折角ヴァリスが作ってくれた隙だ。今のうちに出発してしまおう」

 俺は苦笑いを浮かべつつ、改めてミューに振り向いた。

 うん。やはり、ミューが真っ赤になって俯いていた。
 ……ですよね。

 俺とミューは互いの気持ちが通じ合った仲だが、第三者から、婚約だの結婚だの夫人だのと言われれば、そりゃあミューの心中も穏やかではあるまい。

「ミュー?」
「はっ! お、思ってません! 新婚旅行みたいだなんて、おもっ……あ!」

 なんか色々と脳内でトリップしていたようである。二つの意味で。
 にしても、結婚を前提とした妄想をしているとは、ミューもなかなか成長したものである。
 しかし、残念ながら自爆して、何故かちょっと目じりに涙を浮かべる、泣き虫ミューさん。ここは、ちっとも変わっていなかった。

 クソ可愛いな。


 まあ、なんにせよ、だ。
 優しいミューの事だ。
 女神の使命と今世の家族を天秤にかけ、無理に押し通してきたとはいえ、どこかで育ててくれた恩を仇で返している事に、罪悪感を持っていたに違いない。

 それを、戦いの火蓋が切られる前に、処理出来て本当に良かった。
 商会の人間が、子爵家に嫁ぐなんて前代未聞である。ある意味両親が喜びそうなところに落とし込めたのは僥倖であった。

「ではヴァリス、行ってくる。達者でな」
「はい、父上も」

 馬に乗り、俺はヴァリスに軽く手を挙げ、その横でミューが会釈をした。

「じゃあ、ミュー、行こうか」
「はい、坊ちゃま」
「新婚旅行に」
「うっ! あ、坊ちゃ……もう」

 うん、やはり可愛いぜ!


 ……こうして俺たちは、領主邸を後に、南へ向かったのであった。

 そんな俺たちの姿を、小屋から出て来たキリドが見送っていた。

(お嬢様が、いつの間に馬に乗れるように……。それに、あんなに楽しそうな笑顔で……)

 手の届かない存在になってしまったと、茫然自失のキリド。
 その彼の、ずっと抱いていた、奉公先のお嬢様であるリリアへのほのかな恋心に、ミューが気づくことは無かった。



(第12話 『戦の残り香と二人の運命』へ続く)


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